中世とアリストテレスについて考えてみる
映画を紹介する動画 『薔薇の名前』 その2
#1の続きです。



さて、動画の中でもいろいろ語っておりますが、この映画、ある程度、中世に関する予備知識がないとよくわからないと思います。特に最後のオチはいったい何だよと思うかも知れません。なので、私ができる範囲で説明してみたいと思います。補足したいことも多々ありますので。

中世の初期から中期においては、文化の担い手は修道院でした。やがて都市が勃興し、技術は都市の職人へ、学問は大学へと主役的な役割が移行していきますが、映画の時代はもうすでにかなり移行してしまったという時代でしょう。テオフィルスが修道士だったのに対し、チェンニーニが職人だったのもそれを物語っているような気がします。映画において最後に大図書館が燃えてしまうのも、それを象徴していると言えます。大量の書物が燃えてしまってなんというもったいなことだろうと思ってしまいますが、もしかしたらその役割を終えたのかもしれません。

この物語でキーとなるのがアリストテレスの書です。その内容を巡って連続殺人事件が発生するわけですが、中世におけるアリストテレスの重要度がわかっていないと、きっと意味不明な結末と思われてしまうことでしょう。この時代、アリストテレスは非常に重要な存在でした。哲学、神学、自然科学などの学問においては、聖書と並ぶぐらいの存在感があったと言えます。それをちょっと手短に説明してみたいと思います。古典古代から中世の哲学の考え方として特徴的なのは、現実の世界の上位に普遍的な何かがあって、キリスト的にはそれは神ですが、それについて考察するのが学問といえました。プラトンのイデア思想をさらに特化した、現在では新プラトン主義と呼ばれる考え方と、キリスト教が結びついたという感じでしょうか。そのような考え方を通して、現実の物質や現象などについても考察を深めてゆくわけですが、現代人からみると自然科学のようなものはまるで進展しないように見えます。

一方、中世初期にはアリストテレスの本はヨーロッパにはほとんど伝わっていませんでした。アリストテレスはアラビアの方に伝わってイスラム勢力圏で盛んに研究されます。やがて、十字軍の往き来などで、アリストテレスとプトレマイオスが(アラビアから翻訳で)西洋に再び知られるようになります。これが12世紀ルネサンスというものです。アメリカの歴史家ハスキンズが提唱、著書『12世紀ルネサンス』という本に書かれています。日本語訳が出ていますが、日本人の著者が書いた伊東俊太郎(著)『十二世紀ルネサンス』(講談社学術文庫)が、入手しやすく、その後の成果もフィードバックされているので、こちらでもよろしいかと思います。15世紀の盛期イタリアルネサンスの前に、古代の哲学書が復興するという、ルネサンスがあったわけです。ギリシア・ローマの古典文化の書物の数々が翻訳され、文献的に古典復興が起こりました。大翻訳時代とも言われます。映画で最初に殺されるのもギリシア語翻訳家です。キーパーソンである盲目の老人はイベリア半島から来たという設定になっていたと思います(ちなみに、文書作成の下地としてはカール大帝の頃にカロリングルネサンスというのもありますが)。中世哲学の発展や考え方については、八木雄二(著)『神を哲学した中世 ヨーロッパ精神の源流』 (新潮選書) という本がお薦めの書と言えます。

アリストテレスはプラトンのイデア論とは違って、現実の物質について考える傾向があり、場合によっては、近代的な自然科学の発達を促した可能性もあるのですが、中世ヨーロッパの大学や修道院ではその違いはあまり伝わらず、専ら哲学する為(普遍について考える為)の道具として使われたようです。哲学ツールとして非常に優れていたようで(この件に関しては私の手には負えませんが)、深く考察するという面については深化して、たぶんその後の西洋哲学のベースになったのだと思われます。というわけで、大学や修道院では現代人が思うような自然科学、実験や追試をくり返すような自然科学には至らなかったのですが、チェンニーニなど、中世の職人による技法書を見ると(あるいは修道院でもテオフィルスのような役割の人の書を見ると)、仕事をする上で化学実験に近いことが日々くり返されるわけで、やがて職人階級において突出した成果が現れます。それに関しては山本義隆(著)『一六世紀文化革命 1』などが面白いので、合せて読んでみるといいんではないかと思います。

| 映画 | 04:25 AM | comments (0) | trackback (0) |
映画を紹介する動画 『薔薇の名前』 その1
美術に関する映画を紹介しようという動画を作ってみました。最初に取りあげたのは『薔薇の名前』です。


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THE NAME OF THE ROSE (仏・伊・西独/1986) ヨーロッパに異端審問の嵐が吹き荒れている1327年、北イタリアのベネディクト修道院に会議の準備のためにバスカビルのウィリアムと見習い修道士メルクのアドソがやって来る。だが、修道院に着いた二人を待ち受けていたのは、不可解な殺人事件だった。文書館で挿絵師として働く若い修道士が謎の死を遂げ、それに続いて、ギリシャ語の翻訳を仕事とする修道士が殺されたのだ。ウィリアムは事件の究明に乗り出し、この事件が文書庫と関係があるとにらむが…。イタリアの記号学者ウンベルト・エーコの描くメタファーと引用に散りばめられた、知の迷宮世界を映画化した中世ミステリーの佳作。
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グーテンベルクの活版印刷術発明発明以前の話です。写本と言われる手で筆写する本が多数出てくるのですが、中には豪華な装飾が施された写本がいくつも登場するということで、美術的にも面白い映画です。映画の設定年代は1327年、テオフィルスの技法書(テオフィルス「さまざまの技能について」)とチェンニーニの技法書(チェンニーニ「絵画術の書」)の間くらいでしょうか。修道士テオフィルスが活躍したのが、おそらく11世紀末から12世紀初頭、チェンニーニの絵画技術書が書かれたのは1400年頃、しかし書かれている技術はジョットから連なる工房で、以前から引き継がれていたものだと思われます。ジョットの没年は1337年なので、彼の活躍した時期と被っています。装飾写本というのは非常に大事です。
我々は美術館の壁にかかっている額縁に入った絵画や、イタリアの礼拝堂の壁画などにばかり目がいった状態で美術の歴史、あるいは絵画の歴史を俯瞰しがちですが、忘れてならないのが、写本装飾の細密画です。いや、挙げていけば、厳密にはもっと他にもいろいろあるのですが、まぁとりあえずそのひとつということで。絵画の様式の変遷で、何か空白がありそうだとか、いきなりなんでこんな完成度の高い様式が出てきたのだろうかと思うとき、写本の細密画にも目を向けてみたいところです。というか、中世ではむしろ写本の方が主役じゃね?的な感じかもしれません。ということで、そんな写本に興味を持つきっかけになるかもしれない映画ですので、未見でしたらご覧になってみてください。

なお、写本に興味を持つだけでしたら、ただ見ているだけでもなんとなく面白いかと思いますが、内容を理解しようとなると、中世に関する予備知識がある程度必要になってきます。というわけで、この動画の続きでは、その点について語っていきたいと思います。

| 映画 | 07:33 PM | comments (0) | trackback (0) |
The Wizard of Speed and Time - Mike Jittlov (1988)
ゲームでも映画でも世界史ものが好きなので、そんなのばっかり見ているのですが、世界史ものを除くて、最も好きな映画は何かと言えば、Mike JittlovのThe Wizard of Speed and Time(1988)です。

ストップモーションで映画を撮っているマイク・ジトロフという人物が主人公(作者が主演している)で、紆余曲折の末に映画を完成させるまでの物語ですが、劇中に短編映像が多数出てきて、終始楽しい映画です。80年代の映画なので、今のような高性能のパソコンはありませんから、フィルムで合成してストップモーションアニメを作っていますが、現在のフルCGの映画よりずっと面白いです。

この映画を知っている人はほとんどいないと思いますが、youtubeにFull Movieが上がっているので、全編観ることができます。


残念ながら日本語字幕はついていません。日本では当時、字幕付ビデオテープが販売されていたのですが、それらしいものがニコニコ動画にあがっているので、字幕が欲しい人はそちらをご覧ください。

ちなにみに日本版のタイトルは「マイク・ザ・ウィザード」です。私がかつて観たのはVHS版ですが、もはやビデオデッキもないし、DVD版がないものだろうかと探してはみたのの、米国でも公式にはDVD版は販売されていないようです。作者がネットでDVD版イメージを無料配布しているようですが。知る人ぞ知ると言った感じですが、ニコニコのコメントなど観ると、一度観た人は思わず何度も、テープがすり切れるまで観てしまっている様子が覗えます。

| 映画 | 05:03 PM | comments (0) | trackback (0) |
『ヴェネツィア・コード』なる映画を観る。
映画『ヴェネツィア・コード』2004

「ダ・ヴィンチ・コード」につられて観たわけではなくて、絵画が出てくる映画を探しているうちに発見して観たという次第。
美術品が出てくる映画を観ると、絵を描きたくなってくるような気分になるので、ときどきそういうのを観るわけです。

邦題は営業上の都合か、「ヴェネツィア・コード」なってしまったが、原題は"TEMPESTA"で、ヴェネツィアのアカデミア美術館に所蔵されるジョルジョーネ作『嵐』(テンペスタ)が盗難されるとか、贋作だったとか、そういうサスペンスである。鑑定士が登場し、顔料などのサンプルを採取して、真贋判定をするシーンが多々あり、興味深そうな感じであるが、その件に関してはいろいろとツッコミどころがなきにしもあらずで、そんなにリアリティは期待しない方がいいかも。

ところで、ジョルジョーネの「テンペスタ」は美術史家にとっては頗る重要な作品だけれど、絵画の技法面に興味がある人にとっては、それほど重要とは思われていないかもしれない。いや、ジョルジョーネは技法上でもけっこう重要であろうけど、世にいくつも出ている、テンペスタに関する本を開いても、個人的にはいまいち関心が持続しないというのが(飽くまで個人的には)本音っぽいところである。と言ったら怒られるかもしれない。しかしそれでも、映画の方はテンペスタの主題に絡む展開が全く無くて、そうなると、それはそれで物足りなかったりする。

| 映画 | 01:49 AM | comments (0) | trackback (0) |
映画『コンクラーベ 天使と悪魔』
1458年のローマ教皇選出選挙(いわゆるコンクラーヴェ)の様子を淡々と描いただけであるが、非常に面白い。後のアレクサンデル6世など、歴史上の蒼々たるメンバーが登場しており、なかなか歴史の勉強にもなる。屋外風景のCGなど見る限りではそれほど予算が多そうにも見えないが、全般的に色彩のセンスがよい。派手なシーンよりシナリオの勝利といった感じで、こういう映画は好きである。

| 映画 | 03:06 AM | comments (0) | trackback (0) |

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