柴田有(著)『教父ユスティノス キリスト教哲学の源流』読了
中世キリスト哲学はプラトン主義的なところが濃厚であり、その理由といいますか、そこへ至る道程みたいなものが前々から気になっていたのですが、実際はそれを理解するのは古代史の知識が一定以上必要となるので、なかなか至難の道のりです。プラトンのイデア論的な考え方が、神の国を考える上で親和性が高かったのであろうというのはすぐに思いあたりますが、しかしルネサンスの始まりと言えばプラトンの再発見のようなところもあり、プラトンまたは新プラトン主義について文献を収集したり、語らったりするのがアカデミーの発端でもあったとも言われてしまうと、中世がプラトニズムと言われていたのに、ルネサンスでプラトン再発見とは如何なることなのか、間にアリストテレスが挟まるとしても。中世初期あるいは古代末期にキリスト教哲学が影響を受けたのは、純粋なプラトンそのものというよりは古代末期頃の新プラトン主義ということを知るわけですが、中世前期のキリスト教哲学はこの新プラトン主義というものの影響は非常に色濃いものがありますが、その最たるものはアウグスティヌスですが、アウグスティヌについての本を読んだりしておりますが、どちらかというと異教及び異端との闘争が最たるものであるような気がしないでもないし、時系列的に新プラトン主義が起こるのは初期のキリスト教父の活躍より後ではないか、というわけで、教父の先頭を走るユスティノスについて読むことしたのですが、そうして読んだのが柴田有(著)『教父ユスティノス キリスト教哲学の源流』。これは非常に面白かったです。中期プラトニズム学派の元で研鑽を積んだ後に回心したという経歴の後にキリスト教哲学の原型を作ってゆくような感じであり、キリスト教とプラトン主義の関係についてようやくすこし納得がいくようになってきました。もっともまだまだ勉強不足ではありますので、もっといろいろ読んでおきたいところなのですが、とりあえず日下部吉信(著)『シリーズ・ギリシア哲学講義II プラトニズム講義・4講』なる本も目を通してみたのですが、哲学講義にしては非常にやさしい言葉で書かれてあって、プラトニズムについて説明したものの中では最もわかりやくす纏められていたように感じました。とはいえ、いきなり読んでわかるかと言えばそれは難しいかもしれません。むしろ復習用として優れているかもしれません。これまで読んできた雑多な情報が頭の中で整理されるようなところがあって、たいへん勉強なりました。

| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 11:29 PM | comments (0) | trackback (0) |










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