諏訪古墳(黒川郡大郷町)
我が町の古墳について調べようと思い、大和町史上巻(昭和50年刊)の古墳時代について読むと、まずは黒川郡域の古墳全般について述べられているのだが、そこで最初に写真、図を伴って取り上げられているのが大崎町の諏訪古墳である。どうも、大和町の鶴巣から大郷町にかけて、多数の古墳群が存在したらしい。ちなみに、宮城県の本格的な古墳は仙南地域に在って(東北最大の古墳である雷神山古墳など)、それに比べると黒川郡の古墳は、数はともかく、サイズ的に小さいようである。なお、泉市史を見ると古墳のような遺跡はない様子で、在るところには在るが、無いところにはやっぱり無いのか。大和・大郷地域でも吉田川を境に南に古墳が集中し、北側にはないということである(参照したいずれの資料も相当古いので現在の発掘状況とは異なるかもしれない点ご了承下さい)。そんなわけで、大郷町の代表的古墳かと思われる諏訪古墳、大和町史には埴輪を並べて復元した写真が載っていて、なかなか壮観であり、ちょっと見てみようという気になったりしたわけである。

しかしながら、位置に関する情報が全くない。
Webで検索して見つかったのは、下記のイラストMAPのみ。
http://www.nandemomiyagi.com/district/016kurokawa/016_1osato/index.htm
大郷町役場の上の方に古墳の絵が描かれているところがそうである。円墳のはずなのに、イラストは前方後円墳になっていますなぁ。まぁ、とりあえず、ヒントはこれだけ。町史によると、諏訪古墳は、大郷町粕川海老沢地区にある海老沢古墳群に含まれるとある。粕川海老沢というあたりまでは特定できたので、とりあえず行ってみることにした。

大変だろうと予想して向かったのだが、田んぼのなかにじつにわかりやすい感じの盛り上がりがあり、なんの苦労もなく発見できた。
諏訪古墳(大郷町)
数十年前に復元されたときとは、だいぶ様子が変わっているけれど、これはなかなか堂々とした立派な古墳であります。

諏訪古墳(大郷町)

町史によると、この一帯は「太平洋戦争直後のころに、円分が大小十数基あったのであるが、現存するものとして埴輪をもつ古墳は、二基だけである。その一つは、諏訪古墳であり、他の一つは山中古墳・・・」とある。こんな感じで、大和町鶴巣から大郷町にかけて古墳が多数存在するようである。

なお、宮城県図書館の蔵書検索を行なうと、諏訪古墳の発掘調査報告書がヒットしたので、先日訪れた鳥屋八幡古墳の調査報告書と合わせて、閲覧しに行ってみた。両方ともかなり古い記録であり、頁数も少なく、半手作りっぽい感じの冊子であった。大和町史の執筆者は意外と気合いが入っていたようで、上記2件の発掘結果について、かなり細部までフィードバックしていたので、新たな情報となるものでもなかった。その代わり、大郷町の古墳発掘調査報告書として、大小寺古墳、勢見ヶ森古墳の2件を扱ったものがあった。こちらも非常に古い冊子だが、ぎりぎりで著作権の保護期間内であり、権利保護の為、全部の複写は認められなかった。教育委員会の報告書など共有の財産ってことでフリーしてもいいじゃんって気もするが、とりあえず、古墳の位置を示した地図の部分だけ複写して、再び大郷町へ向かう。が、それに関しては後日エントリーするということで。

| 史跡・古墳・名所等 | 10:41 PM | comments (0) | trackback (0) |










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