昔のキャンバスの木枠は意外とシンプルだったのか?
キャンバスに絵を描こうと思うと、事実上、メーカーの作った木枠以外に選択肢がなさそうに見えるのは何故なのかしら。

『画材の博物誌』P.199には「近代以前にはカンバスをまず仮枠に張って制作し、完成後に、作品の大きさに合わせて木枠と額をつくるのが通例であり、したがって木枠には定まった形や大きさの規格もなかった。桟木の互換性も必要なく、隅の木組みはじょうぶであれば、手法を問わなかった。この伝統は、一八世紀初頭まで支配的だった」とあるが、実際どんなものだったのか、今までさほど感心がなかったので、手元にぜんぜん資料がないのだけれども、谷川渥(著)『図説 だまし絵―もうひとつの美術史』という本に、手がかりになりそうな図版が多数載っていたので、そちらを引用させてもらいつつ考えてみることに。

まず、ヘイスブレヒツのだまし絵作品(17世紀中頃)。
だまし絵
画布がめくれて、木枠が見えているが、今の木枠のような傾斜もなく、ただ角材を組み合わせただけのように見る。ちょっとしたホゾみたいにはなっているだろうけど、現代の木枠ほどでもなさそうである。
パレットがあるので、制作中?、あるいは完成直後?

↓は別の作家のほぼ同じ年代の作品。
だまし絵
腕鎮やパレットが描かれているので、制作中の様子に見える。
やはり木枠はただの角材で、傾斜もなさそうである。釘のようなものが見える。
現在のように木枠を画布でくるむのではなくて、木枠の内側に画布が張られている。下の方は紐で引っ張っているが、縦横比の違う作品でも同じ仮木枠を使っていたのかもしれない。

だまし絵
それにしても、さっきからキャンバスの上にナイフみたいなのが見えるのだが。何だろう? 何かの象徴?
それとも、これで画布を仮枠から外すのだろうか。木枠に麻布を張って膠引きすると、染み込んだ膠でくっついたりすることがあるし。

だまし絵
↑こちらも「だまし絵」で、イーゼルやキャンバスなどの形になった、巧妙な変形キャンバスに描かれたものだけれども、裏返しになったキャンバスが見えている(これも絵である)。
「桟木」が適当な感じで付けられているが、実際、こんなものでもいいのかもしれない。

だまし絵だけで判断するのもちょっとあれだし、参考の木枠が小品ばかりなので、まだまだ疑問点も多いのだが、これらの画像を見る限りでは「桟木の互換性も必要なく、隅の木組みはじょうぶであれば、手法を問わなかった」というのは、実際その通りな感じがする。

で、なぜ、現代だと、立派な木組み、桟木、傾斜を備えた木枠を使わなければならないのかというと、まずは、キャンバスを買うときから、制作中から、額装まで、木枠とキャンバスが一体化して取り扱われている傾向があるせいかも。描くときから、立派な木枠が必要ということか。ただし、17世紀のだまし絵には、額装後に裏返したキャンバスみたいな作品もあったりするが、そこに見える木枠も仮枠と同じくらいシンプルである。

以降の話は、ほとんど完全に予測上の話で、細かな検証はしていないのだけれど、角の木組みが重要になってくるのは、昔よりもキャンバスをきつく張っているせいかもしれない。これは、絶対に弛んではいけないという思い込みもあるかもしれない。「かつてはピンピンにキャンバスを張ってはいけないと言われていた」という話を、以前、mongaさんから聞いたような憶えが(記憶違いだったらすみません)。日本だと湿度の差が大きい気候のせいで、天候によるたるみなどを防ぐために、より引っ張って張っているということも考えられるかもしれない(未検証)。次も厳密に計ったりしたわけではないのだけど、画材店で市販キャンバスを触ってみると、麻+膠目止+油性地塗りキャンバスはなんとなく堅めで、あまり木枠に頼らなくても支持体としてそこそこの堅さを持っているような気がするのに対し、化繊混合、PVA目止、アクリル地塗りのキャンバスはちょっと柔らかいので、木枠に依存する率が大きいということがあるかもしれない。あと、プライヤーで引っ張ると、妙に伸びるキャンバスもあるような。。。高校の頃、美術の先生から、絵は木枠から外したお仕舞いだと聞かされて、しかし後々考えると、ベネツィア派やルーベンスが完成した絵を木枠から外して輸送したというのに、なんで木枠から外すと駄目になってしまうのかと思ったものだけど、現代のキャンバスだとあり得ないことでもないのかも。実際に、木枠に張っていたときは大丈夫だったのに、外した途端に厚塗りした絵具が樹皮みたいに剥がれてきた例を目撃したことがある。ちなみに、石膏地、白亜地などを行なったキャンバスは非常に固く、木枠の傾斜がなくとも大丈夫そうだという手応えがあるが、これらは曲げると割れるので、現代の市場ではちょっと難しい。

※最後の方は、ほとんど想像上の話であることをご了承ください。

■追加の参考画像
National Gallery Technical Bulletin Vol.20から


| 絵画材料 | 01:05 AM | comments (7) | trackback (1) |
色々ナゾが多いですね。

欧米の画家の制作してる所をテレビ等で見ると、たいていタルタルにゆるんだキャンバスに描いててなんでなんだろうと思ってました。

描いた後で木枠にちゃんと張るのも理由がよくわからないですね。
仮張りがすごく面倒くさそうだし、ボンヌクロワってひとの絵を見ると、後でサイズ変更することを想定しての事とも思いにくいし。

木枠に張るくらいなら、板に仮張りした方が木枠よりサイズに巾があるから使いやすいだろうし張りやすいだろうに、なんで木枠なんでしょう?

出来上がった絵を張ると、はしっことか歪んでしまうリスクもあるのに(ゆるく張るからいいんでしょうかね?)そこまでするメリットってなんでしょう?
日本よりも収縮が大きいんでしょうか?
| 古吉  | EMAIL | URL | 2010/05/21 08:34 AM | kLDpijVw |

すみません。ちゃんと理解してなくて書いてしまいました。
木枠に張るのは裏抜けした膠でくっつくからなんですね。
| 古吉  | EMAIL | URL | 2010/05/21 08:53 AM | kLDpijVw |

どうも、こんにちは。

> 欧米の画家の制作してる所をテレビ等で見ると、たいていタルタルにゆるんだキャンバスに描いててなんでなんだろうと思ってました。

ああ、言われてみると、確かにそうですね。。。

>ボンヌクロワってひとの絵を見ると、後でサイズ変更することを想定しての事とも思いにくいし。

記事中の画像は「木枠」がよく見えるので載せてみましたが、画布の張り方について最適な例とは言えかねますので、画布の張り方の参考材料としては少々間引いてご覧いだだければと思います。また、やはり「だまし絵」ですので、多少、状況を操作したモチーフになっている可能性もあります。特に作中画が小品なので、画布の貼り方に関しては、そのまま参考にできるかどうかわかりません。
一応、仮木枠に画布をどのように張ったのか状況が判りそうな絵を探して追加してみました。大きなカンバスに小品を描くという参考図は私の手元にはなかったので、これに関しても今回掲載した画像からのご判断は保留いただければと思います。ただし、大サイズのカンバスに小品を複数描くという方法は、実際にそういう慣習があったことは確かのようです。『画材の博物誌』には、「大きな白いカンバスを立てて、そこに気ままに小さな絵をいくつも描いていた」というルノワールのアトリエの様子が紹介されています。そのような方法が、ルノワールの時代でもまだ残っていたことになります。

膠引きから地塗りのような作業を、どのくらいまで自前でやっていたかは、時代や工房によって変わると思いますが、膠引きや地塗りから始める場合、大きな仮枠内側に来るように布を張った方が、やりやすいということはあるかと思います(現代だと、市販の木枠に布をくるむように張って、膠引きと地塗りをする人が多いと思いますが、これは何かとトラブルに見舞われやすくて大変です)。

小品の場合、毎度そのサイズの木枠に張って、地塗りしたりなどするのは面倒なので、大きな枠に張ったものに、たくさん描いてしまうというのは、かなり効率がいい方法かもしれません。現代では、小さなサイズの張りキャンバスが安く売っていますから、あまり意味はありませんが、自分で膠引きと地塗りを行なう人の場合は、今でもこの方法は検討の価値があるかもしれません。

木枠の内側に画布を張るというのは、一見面倒なことをしているようにも見えますが、布に、引っ張るための糸を差し込んでいき、予め木枠に釘など打っておいて、それに引っかけていってクイっと引っ張れば、という感じで意外と簡単なのかもしれません。

>木枠に張るくらいなら、板に仮張りした方が木枠よりサイズに巾があるから使いやすいだろうし張りやすいだろうに、なんで木枠なんでしょう?

やはり、膠引きと地塗りの際は、裏に板はない方がいいでしょうね。制作中でも、板を使うと重くなるし、動かしずらい等の不便さもあるかと思います。膠引きを自分でする場合でも、既に地塗りまでされたキャンバスを使う場合でも、枠だけで済めば、やはり枠だけの方がいいような気がします。

>出来上がった絵を張ると、はしっことか歪んでしまうリスクもあるのに

はしっこの歪みですが、膠でしっかり目止めすると、非常に固
| 管理人 | EMAIL | URL | 2010/05/22 02:29 AM | E7l.Aa5A |

途中で切れてしました。

はしっこの歪みですが、膠でしっかり目止めすると、非常に固くなって、その状況で固定されるので、問題になるほど歪んでしまうことはないかと思います。ただし、あまり強く引っ張り過ぎるのはやはり良くないと思いますが。
あと、完成した作品を、丸めて輸送するという方法が頻繁に行なわれていたようで、ルーベンスも、「マリー・ド・メディシスの生涯」の連作を納品する際には、そうして送っていたような記憶があります。そんなことも考えると、我々が恐る恐るやりそうな、張り直したりすることに関する抵抗感みたいなものは無かったんじゃないかと思われます。

クドイ感じの長文になってすみません。
何かありましたら、またコメントください。
| 管理人 | EMAIL | URL | 2010/05/22 02:38 AM | E7l.Aa5A |

参考画像にあります「糸張り画枠」については以前当方のブログに書きましたので参照頂ければいくつか画像を拝借しております。
http://torilogy.exblog.jp/10372921

また木枠についてはクヌートニコラウスの「絵画鑑識事典」「絵画学入門」にいくつかモノクロの写真が載っていました。
いずれも、恐らく合抉り加工した木をクギ留めしたもので、中桟ではなく、角に斜めに木の棒を釘留めして強度をあげたものもありました。

素手でも組める様な現在の市販木枠と比較して、接合部をクギ留めした木枠は画布に対し水平方向の歪みに対して強固であっただろうと思います。("ねじれ"には弱いと思います)
思うに手軽に組めてそこそこの精度と強度を出せる様に作られたのが現在の木枠であって、その構造は複雑で精緻ではありますが、強度の面ではもしかすると昔の木枠の方が(部分的には)今より頑丈だったんじゃなかろうかという気もします。
| TORIさん | EMAIL | URL | 2010/05/22 05:51 PM | J/mlJSO2 |

お忙しい中とても御丁寧なご教示いただきまして誠に有難うございました。
なんで仮張りなんてするんだろうと思っていましたが、単純にそのつど地塗りを施してたからだって今更気がつきました。(恥)

ヨーロッパは木材が少ないので、木枠は出来るだけ細くする必要もあったかもしれませんが、そうすると膠引きの際に木枠がねじれるかもしれないのでいったん他の枠で張るということもメリットの1つにあったかも...とも思いましたが、そんなには歪まないですかねえ。
| 古吉  | EMAIL | URL | 2010/05/23 08:13 AM | kLDpijVw |

>ヨーロッパは木材が少ないので、木枠は出来るだけ細くする必要もあったかもしれません〜

このことについて、私も同感です。
木材が少ないために、キャンバスを利用することからも、仮張りをするのにも木枠の方が、材料調達の都合が良かったことでしょう。
木枠には建材や家具などの廃材を利用していた可能性も大きいかと思っております。

安価な合板を工業生産するようになったのは、欧米でも19世紀(蛇足までにダイナマイトの発明より前でしょう)らしいので、現在のようなベニヤ板を利用したパネルは無かったと思われます。

仕事柄、キャンバスと木枠については継続した研究主題になりますので、発見がございましたら報告いたします。
| bambook | EMAIL | URL | 2011/01/04 04:57 AM | RFjGIrms |











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