アワ(粟)に穂がついていた
プランターにアワ(粟)の苗を植えていたのですが、穂が付いておりました。
アワ(粟)

アワ(粟)

これって脱穀するの面倒だったりするのかな、と思ったんですが、
アワ(粟)
指で軽く揉んだら、プツプツと中身が出てきました。これは、こんなんあったら、普通に食べますわな。

ちなみに、雑穀は米に比べて食味が劣ると言われていたりしますが、かつてアワだけ炊いて食べたときは、たいへん美味でした。
その件は以下をご参照ください。
■キビ、アワ、ヒエを炊いて食してみた
http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=1246


| 家庭園芸 | 12:28 AM | comments (0) | trackback (0) |
古典SFの奨め
高校時代、SFの古典を読みあさったものです。最近はラノベに押されて、たぶんあまり読まれてないのではないかと思いますが、やはり古典を読む、というのは非常に大事であると思います。SFの古典と言ったら何を置いても、ハイライン、クラーク、アシモフの3巨匠であろうと思いますが、今の高校生はこんな名前誰も知らないでしょう。などと思ったけれども、私の高校時代でも、知っている人はクラスに1人居ればいいぐらいだったか。あんま変わらんな。ちなみに、私は専らクラーク派で、ほとんどクラークばっかり読んでた口です。と言っても、まぁ、だいたい全般に的にそれなりには読んでましたが。
↓はそんな私が高校時代に作ったゲームで、例によってマイコンBASICマガジンに載せて頂いたものですが、当時読んでいたSF小説の要素がてんこ盛りになっています。

当時フランク・ハーバートのDUNEシリーズに憧れていて、ま、と言っても、シリーズの最初の『砂の惑星』の3巻ぐらいまでしか読んでませんでしたが、台詞と同じくらいに心理描写というか、ここのつぶやきみたいなものが書かれており、そこがすごく文学的でシビれたものです。さらに設定資料の豊富なSF小説というのは山ほどありますが、この本がその先駆けだったのではないかと思いますが(日本で有名な「風の谷のナウシカ」は設定もプロットもほぼこの小説が原作かと思われるぐらいに似ていますが、その辺が海外では日本ほどメジャーになれない理由でしょうか。)、巻末に用語集みたいなものがあって、そこがものすごく格好いい感じがして夢中になって読んだものですが、たぶん、こういうのは今見たらちょっとガッカリするのかもしれませんが、当時はスゲーと思っておりまして、拙作ゲームの説明原稿にも無理矢理付けてます。よく見ると、ちゃんと用語集が付いています。たった3つぐらいですけど・・・。ゲームのタイトルが”STARMAN JOE”となっておりますが、これはたまたまそのとき読んでいた、ハインラインの『スターマンジョーンズ』という本から取りました。しかし、この本が面白いかという、まぁ、そこそこ面白いんですが、あえて今読んでみるほどのものでもないと思います。クラーク派の私としては、ハイラインはちょっと軽い気がしているのですが、冒険小説的な面白さは否定できません。ハインラインの『宇宙の戦士』と『月は無慈悲な夜の女王』は初代ガンダムの元ネタであると言われています。『宇宙の戦士』は軍隊生活を肯定しているということで、当時凄まじい論争があったのですが、一読の価値ありと言えるでしょう。個人的にハイラインで最も気に入っている作品は『宇宙の孤児』です。これはハイラインの作品でも初期のものですが、これを読んだときの衝撃は忘れられません。高校の文化際の古本コーナーに置いてあったものですが、これを買ってしまったせいでその後多大な時間を無駄にすることになってしまった・・・じゃなくて非常に有意義な読書生活をおくるきっかけになったわけですが、これはある閉鎖空間の中で生活している人たちの話ですが、まぁ、ネタバレになってしまいますが、カバー絵でわかっちゃうので描きますと、自分たちが世界だと思って生きていた場所は実は宇宙船の中であったという話なんですけれども、自分が暮らしている世界とか、学校に通って勉強していることなど、あたり前にしていることが、本当に当たり前のことなのだろうかと、非常に哲学的なことを考えまして、その後の自分の思考に多大な影響を与えてくれたような気がしないでもないです。しかしそう言った意味では、その点を非常に考えされられる作品はA.C.クラークの『都市と星』と言えるでしょう。普通はここで『幼年期の終り』を推すところでは、あっちは私としてはどうもピンとこなかったもので。しかし、「都市と星」は作者の『銀河帝国の崩壊』という小説を改筆したものらしいですが、むしろ『銀河帝国の崩壊』の方が素朴で言い感じがします。もし、今読んでみたいと思ったら、こちらをどうぞ。
クラークと言えば、映画『2001年宇宙の旅』の原作者として映画史にも名を残していますが、今の高校に聞くと、原作がどうこう以前に映画の存在すら知らないわけですが、まぁ、これも時代の流れでしょう。現在SFを題材とした映画は、ほとんどアクション映画かファンタジー映画であって、ハードSFファン的に言えば、正当なSF映画は2001年宇宙の旅だけであるといえるでしょう。まぁ、細かく挙げていくと、スタニスワフレム原作、タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』をはじめ、まぁけっこうありますが。しかし、ハードSFの映画としては、あまりにも完成度が高すぎた為に、これ以上は別路線を行くしかなかったというのは、当時から言われていたことですが、それはやはりその通りだったのでしょうが、そんなことはともかく、私はむさぼるように読みました、クラーク作品を。最もお薦めは、定番中の定番であり、私がお薦めするのも意味があるかどうかわかりませんが、『宇宙のランデヴー』でしょう。これは、もうなんというか、描写力が凄くて、状況を文字で描くという事において、これ以上の小説家などありえないと思ったものです。SFが好きか嫌いかは別としても、文字の可能性という面でも読んでおいて損はないくらいであろうかと。短編では『明日にとどく』という文庫に収められている「太陽系最後の日」、これは名作として名高い作品ですが、短編SFの最高傑作と言えるでしょう。純粋にSF的な面白さと言ったら『渇きの海』とかもお薦めです。挙げたらきりがありません。そしてクラーク以外でも挙げればきりがありませんが、あえて言及するとしたら、フレデリック・ポールの『ゲイトウエイ』でしょうか。ストーリーの筋はふつうのSFですが、主人公は心的な傷を負っている、というか、あるトラウマを抱えているのですが、精神的に瀬戸際に追い詰められている主人公とAI精神科医との会話、それとSF的なストーリー展開が平行して進み、やがてそれの原因があきらかとなっていくのですが、これはもう巷の雰囲気だけの文学作品より遥かに立派な文学作品だと思ったものです。今再び読んでもそう思うかどうかはわかりませんが。

| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 01:07 AM | comments (0) | trackback (0) |
技法ビデオの紹介
俵屋工房 高橋さんの新作技法DVDのプロモーション映像を見ながら語り合うという映像に出演しました。



ちなみにこれは前編で、引続き後編も公開されるかと思います。詳細はyoutubeの説明欄をごらんください。

| 絵画材料 | 10:39 PM | comments (0) | trackback (0) |
読了:菊池良生(著)『ドイツ三〇〇諸侯 一千年の興亡』
菊池良生(著)『ドイツ三〇〇諸侯 一千年の興亡』

ハプスブルク家についての本はいくつも読みました、というか、ふつうはハプスブルク家を追うような感じで、歴史を追いがちですが、こちらはドイツ諸侯について書かれており、たいへん勉強になりました。情報量が多く、しかも、ヨーロッパの人名は非常に少ないバリエーションを使いまわすの、同じ名前がどっさり出てきて、全体像を把握するのも大変ですが。中世からバロック美術についていろいろ読んでおりますが、ドイツの歴史って大事ですな。中世神学から近代哲学もさることながら、特にバロック芸術においては宗教改革というのが、ポイントになるので、大事なところなんですが、カトリック側はカトリックなのだけれども、プロテスタントは、ルター派やカルヴァン派などいろいろあってややこしく、そして、ドイツ諸侯は頻繁に鞍替えしたりして、そして領主が変わる度に国のカラーも変わる。そして、バロックに限らず、芸術家がどこの領主に遣えていたのか、というのは非常に重要なポイントで、単にドイツ人というふうに覚えていてもあまり意味はなくて、ドイツの中でも、どの国の何という領主に遣えていてとか、その辺まで覚えていないといけない。何しろドイツという国が出来上がったのが、歴史的には最近のことであるから。

なお、ルターの宗教改革に先立って、ボヘミアやフス戦争などの単語がやたら出てきますが、それについては、『乙女戦争』という漫画がお薦めです。

| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 02:27 AM | comments (0) | trackback (0) |
バロック歌劇について語る:モンテヴェルディ『オルフェオ』
音楽に限らず諸芸術のバロック期の始まりはだいたい1600年前後、厳密な年代からどこから始まったかといえば、ジャンルによって見解が異なるかと思いますが、例えば建築なら1580年代くらいとか、何かしら記念碑的な作品が完成した年を当てはめるという手があるかと思います。音楽の場合はオペラといういかにもバロック的なジャンルの始まりをバロックの始まりということに設定すれば、けっこうはっきり年代設定でるかと思います。音楽のジャンルは、徐々に形成されてくることが多く、正確な形成過程自体わからないことが多いのですが、オペラはかなりはっきりしており、ある集団が古代の劇を再現しようと試み、歌いようにセリフを言っていたという想定で、再現してみたのがオペラの発生と言われており、その年代もわかっているので、それをバロック音楽の発生としてもよいかと思います。歴史上最初の歌劇は現存しておらず、現存するものとして最古のオペラはヤコポ・ペーリの「エウリディーチェ」で、1600年にフランス王とマリー・ド・メディシスの結婚の際に、フィレンツェのピッティ宮殿で初演されたということなので、そこをバロック音楽のはじまりとするときっかり1600年です。異論はいっぱいあるかもしれませんが、クラシック音楽に果たしたオペラの役割を考えると捨てがたいところです。

ちょっと話が外れますが、古代劇の再生という意図があるなら、バロックよりも「ルネッサンス」の方が言葉の意味的には合っていないでもないですね。絵画の方も、ポンペイの遺跡が発掘されるまでは、古代の絵画というものがあまり伝わってなかったので、ルネサンスの頃の人が、実際の古代の絵画について触れる機会は相当少なかったと思われます。ですから、実際に影響を与えたのは、建築様式、そして彫刻作品、文芸作品などに依るのでしょう。ましてや音楽となると、古代の音楽は、ピタゴラスやプラトンのような音楽理論だけですから、ルネッサンス音楽といえど、古代の再生とは言い難いものがあったわけですが、これは、先に読んだ中島智章(著)『図説 バロック』(ふくろうの本/世界の文化)に書いてあった話なのですが、言われてみればなるほどと感心しました。

ヤコポ・ペーリの「エウリディーチェ」はマリー・ド・メディシスの結婚の際に上演されたそうなのですが、マリー・ド・メディシスは後にルーベンスに自分の生涯を描かせ、『マリー・ド・メディシスの生涯』という連作が現在ルーブル美術館にありますが、これはまさにバロック絵画の代表ともいえる作品なので、マリー・ド・メディシスはまったく持ってバロック的な生涯であったのでしょう。ヤコポ・ペーリの「エウリディーチェ」は私はまだ聴いたことがありません。きっと探せば売ってると思うので、そのうち聴いてみたいと思います。注目すべきは、歴史上3作目、現存するものとしては、2作目の歌劇作品である、モンテヴェルディの『オルフェオ』です。

再びちょっと脇道にそれますが、まずオペラというものについて言えば、オペラというのは歴史上これまでに数多作曲されていますが、オペラハウスの定番レパートリーになっている曲は、その歴史の割にはあまり多くありません。ドイツならモーツァルトから始まって、魔弾の射手とか、ワーグナーの作品とか、イタリアなら、ロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニとか、っていうふうに挙げていくとそれなりの数にはなりますが、17世紀からの歴史と考えてみると、それほどでもない数の作品を延々くり返して上演しているわけで、それもだいたい古典派以降の作品で締められています。いや、実際は、ヴェルディとかプッチーニだらけだったりするものですが。モーツァルトなど古い方だと言っていいかと思うのですが、いずれにしても古典派以降の作品であり、バロックオペラというのは滅多なことで聴けるものではありませんでした。オペラというジャンルほど、バロックを体現したものはないと言えるのですが、オペラ座の定番レパートリーはそれより後の作品なのです。が、最近は状況が変わって、けっこう演奏されており、映像化されてもいるので、DVDとかで買えたりします。音楽好きの方が海外に行ってようやく観劇できた作品が、バロックオペラだとガッカリするみたいですが。確かにフィガロの結婚とか、プッチーニとかの方がいいっすよね。定番オペラですら、それなりの予備知識がないと楽しめないのですが、バロックオペラだとさらにハードルが高いと言えるでしょう。いずれまた語りたいと思いますが、バロックという時代であったからこそという要素が多々あって、違う時代で聴いて理解が難しいこともいろいろあるわけです。が、しかし、現存2作目オペラであるモンテヴェルディの「オルフェオ」。これは珍しく、けっこう時代を超越している完成度です。いや、もはやしょっぱなでバロック期オペラの最高傑作になってしまっているのではないか、とも思えるほどです。

『オルフェオ』はバルセロナのリセウ大劇場で上演されたもののDVDがとても良い出来映えなのでお薦めです。日本語字幕も付いてます。

題材はギリシャ神話のオルフェウスの物語。竪琴の名手オルフェオは、新婚の妻エウリディーチェがいましたが、毒蛇に噛まれて死んでしまい、連れ戻す為に黄泉の国にゆくという、誰でも知っている物語です。

youtubeにも上がっているので、それを参照しつつ、ちょっと観てみましょう。
既に立派な序曲っぽいものがありますが、とってもいいですね。

後に、モーツァルトやベートーヴェン等が活躍する頃に、交響曲という形式が台頭してきますが、その萌芽となるのがオペラの序曲であり、このオルフェオの序曲はまさにその最初の一撃といえるでしょう。あるいは交響曲に限らず器楽曲全般のスタートラインかもしれません。

音楽の女神的なものが前振り歌を歌ってくれますが、この時点でもう素晴らしいという他ありません。私などはこの歌だけでワイン一本空けられます。

当時の民衆の音楽がどんなだっかはともかく、現在クラシック音楽と言われるものの流れでは、ルネサンス期までは、対等のパートが織りなすポリフォニーが主流であり、何を言っているのは聞き取りづらい音楽だったのが、セリフを歌うという行為により、しっかりと聞き取り安いホモフォニーになっています。バックバンドやオーケストラを背景にした歌謡曲のようでもあり、これが歌劇のはじまりでありつつ、現代に続く音楽の始まりなのでもあるのでしょう。例えば、日本のテレビで演歌歌手が歌っているのを見て、それが昔からの日本のものだとうっかり思ってしまうかも知れませんが、記譜方法だって西洋の記譜方法だし、単に日本っぽい音階に限っているだけで、スタートはここなのではないか、と。

幸せいっぱいの場面とか、さらに合唱も交えてみたり、娯楽作品としても完成度が高く、とくに合唱はルネサンス期のポリフォニー的要素も残っていて、いろいろ楽しめると言える、バランス良く練られた作品なのですが、それは各自観てもらうとして、とりあえず合唱と主人公オルフェオの歌を聴いてみましょう。


その後、いろいろあって、三途の川の場面です。

三途の川の船頭を歌で眠らせ通過します。

それから、冥界の王ハデスの夫婦も歌で説得するなどして、無事エウリディーチェを連れ帰れそうになるのですが、道中決して振り返ってはならないという約束を破って妻は去ってしまいます。

悲嘆にくれるオルフェオを哀れに思った父であり太陽神であるアポロが雲に乗って登場します。

バロックオペラには、最後に雲に乗った神が降りてきて救いの手を差し伸べるというパターンがけっこうありますが、当時、王侯貴族が舞台に立つことが多く、この場面で、登場して慈悲深いところを見せるという演出もあったようです。このオルフェオがどうだったかはわかりませんが。しかし、これはバロック期にオペラがどのような役割を果したかを語るには重要な要素です。

ちなみに、なんでこんなことを書いたかというと、この曲のガーディナーのCDを買ったわけです。
モンテヴェルディ『オルフェオ』(ガーディナー指揮/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ)
素晴らしい。清明な演奏です。CDで買うならダントツでこれがよいでしょう。

しかし、映像と字幕もあった方がいいので、まず手初めにという感じでしたら、下記DVDがお薦めといえるでしょう。
モンテヴェルディ:歌劇《オルフェオ》リセウ大歌劇場2002
めっちゃプレミアついてますけれども。

| 音楽 | 03:17 AM | comments (0) | trackback (0) |

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