.昔の技法書/手記 全般 (1) (2) (3) (4) (5) (6) [コメントする]

.昔の技法書/手記 全般 (1)」からの続き。


.昔の技法書/手記 全般 (2)


画術にまつわる文献 05

Miyabyo さんのコメント
 (2007/02/26 23:12:02)



今回の14〜15世紀の原典は、写本彩飾画術からテンペラ画術、そして油彩画技術へと、共存しつつも、油彩画技術に言及したものが増えていきます。

『デ・アルテ・イルミナンディ(写本彩飾画術)』著者不詳14世紀 通称『ナポリ手稿』
 伊国 ラテン語
 ナポリ図書館にある写本が唯一で、『ナポリ手稿』ともいわれている。処方の寄せ集めが多い中、修道士テオフィルスやチェンニーニの書と同様に、体裁は計画的体系的構成を有す。絵具は筆用とペン用に分けて記してある。
 羊皮紙は、羊1頭で4葉分程度しかとれなかったようです。
●Thompson, D. V.“De Arte Illuminandi, translated from the Latin of Naples MS. XII. E. 27”, Yale University Press, 1933. 英訳のみ 
 ブルネッロ訳と比較すると、やや訳が荒いようだ。この時点でも、下地のゲッソ・グロッソはパリ・プラスターだとしている。
●Brunello, Franco ,“De arte illuminandi e altri trattati sulla tecnica della miniatura medievale”, Vicenza(1975), Neri Pozza 2nd ed. , 1992 
通称『ナポリ手稿』 Salazaro, D. がナポリで1877年に刊行したものの復刻及び注釈。ブルネッロの注釈が素晴らしい。


『アルケリウス手稿−写本装飾に用いる様々の顔料について−』(1398-1411)アルケリウス  ラテン語
この手稿は、14世紀後半から15世紀初頭に生きていたヨハネス・アルケリウス(Johannes Alcherius/ Archerius/ Alcerius)によって書かれた。彼の生涯も職業もほとんど判っていないが、画家ではなかったようだ。フランスとイタリアを巡る旅行を通じて絵画技術に関する様々な処方を書き留めている。例えば、パリ在住だったフランドルの画家(Jacob Cona)や、イタリアの細密画家アントニオ・ディ・コンペンディオ(Antonio di Compendio)からの直接聞き取りしている。彼は、それを校正し、別途収集した資料からの情報も加えている。

 1.『De coloris diversis modis tractatur』(*1398年)アルケリウス 
 フランス及びイタリアを巡る旅行中に、彼は絵画及び顔料の調合に関する処方を書き留めた。1398年に、彼はDe coloris diversis modis tractaturを構成する細密画及び鍍金に関する6処方を書き留めた。彼自身の記述によれば、この著作はその当時パリに居住のフランドル画家Jacob Conaに口述させた。その文書は、後にアルケリウス自身が校正し、他の資料から収集して多少の情報も加えた。
●『写本装飾に用いるさまざまの顔料について』Merrifield, M.P.,“Original Treatises”pp.259-321.

 2.『様々な顔料について De diversis coloribus』 アルケリウス
 De diversis coloribusは、短文−わずか4つ(後述)の処方−である。すなわち、赤レーキ顔料の製法、ethanoate銅(緑青)の若干の誘導剤および鍍金技術を述べている。この論文も、アルケリウスによって書かれており、このときはイタリアの年長者で熟練者のミニチュア画家、アントニオ・ディ・コンペンディオ(Antonio di Compendio)からの聞き取りによっている。
その来歴は、De coloribus diversis modis tractatur(1398年)のそれと、非常に類似している。
1398年に書かれ、1411年に校正及び増補した(アルケリウスは、インク作りの処方を加えた)。

 3.『顔料の実験Experimenta de coloribus』 アルケリウス
 メリフィールドの解題を参考にすると、
「Experimenta de coloribus Experimentaは、アルケリウスが1409〜1410年間にイタリアでいくつかの原典から編集した処方の収集である。処方1〜88は、彼がイタリアの修道士Dionisioより借りていた本から採用された。それらは、金属加工や鍍金技巧に用いる絵具やインクの製法を述べている。処方110〜116は、画家ジョヴァンニ・ダ・モデナ(Giovanni da Modena)が彼に貸した本から引き写された。これらの処方は、顔料と染料の製法および鍍金に関する若干の技術を述べている。彼も、他の活動している画家から口述の情報を集めた(『画匠ヨハネス(ノルマン人)』、『テオドール(フランドル生まれの人)』、そして、『Michelino di Vesuccio』)。
パリに戻って、1411年に、アルケリウスは必要だと考えた処方を校正した。これらの処方のいくつかはイタリア語で書かれていたので、ル・ベーグ(彼は、イタリア語が読めなかった)は、ラテン語に翻訳されたものを所持していた。」

 4.『Miscellaneous recipes 様々なる処方』アルケリウス+α
 1431年に、ル・ベーグはアルケリウスの『De diversis coloribus 様々の顔料について』に、インク、顔料、膠の製法及び鍍金に関する彼自身の処方を50加えた。それらは、フランス語で書かれており、表題は一切ない。あるのはル・ベーグによる短い注のみ。
 以上の1〜4は
●Archerius Ms – ‘De Coloribus Civersis Modis Tractatus’ ‘De Diversis Coloribus’
メリーフィールド『絵画技法原資料集』vol.1, pp.258 – 321.


『絵画術の書』(1390-1400年初頭頃完成か)チェンニーノ・チェンニーニ[c.1370-c.1440] 1437年?。
○Mary P. Merrifeld, A treatise on painting, London, 1844.
●Tompson, Daniel V. / Cennini,C. ,“The Craftman’s Handbook <Il Libro dell’ Arte>”, Dover(1964)
●チェンニーノ・チェンニーニ『芸術の書』中村彝訳 中央公論美術出版(1964)
 仏版からの重訳
○Franco Brunello, Il libro dell’arte, Vicenza, Italy: Neri Pozza, 1971.
●チェンニーノ・チェンニーニ『絵画術の書』辻茂編訳 岩波書店(1991) 
本全体の約1/3を占める「用語解説」も非常に有益。原語からの翻訳
○Cennini, C. ‘Boken om målarkonsten. Översättning och notkommentar av Ossian Lindberg’. Lindberg, B. O. 1991.
●Cennino Cennini, Il Libro dell'Arte, Vicenza: Neri Pozza Editore, 2003.
                                   研 究
●Thompson, Daniel V. , “The Practice of Tempera Painting Materials and Methods”, (1936), rp. Dover, New York, 1962 ダニエル・V・トンプソン『テンペラ画の実践 材料と方法』 現代のテンペラ画普及に貢献した実技書としてあまりにも有名。2005/08に邦訳が出た。独自の図版が豊富。『トンプソン教授のテンペラ画の実技』佐藤一郎 監訳 三好企画2005年
●Denninger, E. ,“Die Herstellung von reinem, natürlichem Ultramarinblau aus Lapislazuli nach der Methode des Cennino Cennini”, Maltechnik, band 70, pp.2-5(1964)
●津田周平『テンペラのプレパレーション』京都市立芸術大学紀要 pp. 1-22, 1972
●田口安男『黄金背景 テンペラ画の技術』新技法シリーズNo.91 美術出版1978
●Mactaggart, Peter & Ann, “Practical Gilding”, Mac & Me Ltd. 1984.
テンペラで金箔を利用する方には得るところがあるでしょう。但し、図版は少ない。
●Dillian Gordon, David Bomford, Joyce Pleesters and Ashok Roy, Nardo di Cione's Altarpiece: Three Saints', National Gallery Technical Bulletin, vol. 9, 1985, pp. 21-37.
 特に、Joyce Plesters and Ashok Roy, The materials and technique: Cennino Cennini's treatise illustrated, pp. 26-37. は、チェンニーニの『画術の書』との画術上の比較をしており、非常に有益。
●根岸正 他『テンペラ・グラッサについて』武蔵野大学研究紀要18号pp. 6-16, 1987
●佐藤一郎『絵画技術入門―テンペラ絵具と油絵具による混合技法―』新技法シリーズ146美術出版社1988年
●Bomford, D. / Dunkerton, J. / Gordon, D. / Roy, A. ,“Art in Making Italian Painting before 1400”, National Gallery, London, 1989.
このカタログは、ロンドン・ナショナルギャラリーで1989年11月29日〜1990年2月28日の期間行われた展覧会に向けて出版されたもの。単なる図録集に終わらず、当時の画家がどのような画材を使いどのように描いたかを理解しやすいように配慮されたカタログ。1300年代のイタリア絵画制作過程を知る上で非常に有益。特に、「序章」(pp. 1-52)では、チェンニーノ・チェンニーニの「絵画術の書」や、修復過程で調査された資料をもとに制作過程を図版入りでデモンストレーションしてある。
●『テンペラ画ノート』みみずく・アートシリーズ 視覚デザイン研究所1990年
●金沢美術工芸大学美術工芸研究所『テンペラ技法の研究−』寺田栄次郎 執筆1992年非売品
●Marco Ciatti, Some observations on panel painting technique in Tuscany from the twelfth to thirteenth century, Painting Techniques: History, Materials and Studio Practice, Contributions to the Dublin Congress - 7-11 September 1998, pp. 1-4.  
 『12〜13世紀のトスカーナ板画技法に関する若干の所見』
●『報告書:金箔接着剤の研究』金沢美術工芸大学 美術工芸研究所 2002(平成14年)非売品.
 箔用に使えるかどうかにかかわらず、市販のありとあらゆる接着剤を使った実験研究(但し、古典的接着剤は割愛されている)。
●紀井 利臣『黄金テンペラ技法』誠文堂新光社 2006
 副題が「イタリア古典絵画の研究と制作」とあり、実技書としてお勧め。日本人の手になる技術書として非常に参考になります。個人的なことで恐縮しますが、私は「序」と「あとがき」がとても好きです。


『シュトラスブルグ手稿』1400年代説ベルガー 1325年以前説イーストレーク ドイツ
アルプスを境として初期絵画技法書の南方の雄がC・チェンニーニの『絵画術の書』なら、それに匹敵する北方の技法書はこの『シュトラスブルグ手稿』になろうか? この書は1870年に焼失し、ロンドン・ナショナルギャラリーにその写しがあるのみ。かろうじて残っているその写しは、イーストレークが『油彩画史に関する史料集』を執筆中に、参考にするために写しを取り寄せたものだった。
手稿は3部に分かれており、
  第1部 ルーベックの画匠ハインリヒ(Heinrich von lübbegge)の教えに基づく顔料の調合
  第2部 コルマールの写本装飾画師アンドル(Andres von Colmar)
  第3部 顔料やワニスの調合及び適用と鍍金に関する断章
 特に第3部は油彩画技術とのかかわりでよく出典に挙げられる。
 第1部で興味を引くのは、鍍金用の下地として「湿式(濡れ)」(処方13)と「乾式」(処方14)について触れていることでしょう。
 また、特に私が興味を持つのは、このルーベックの教える処方の6と10です。
 (※本来原文には番号も小見出しもありません。処方番号は、ベルガー版に従い、小見出しは、私が便宜上勝手につけたものです)

処方6.〈青の選定と調合〉
 「汝が青(lazur)を買う場合は深い色味のものを選択せよ。それを調合したい場合は卵黄でよく練り、次に灰汁で洗い、そのまま浸しておけ。次に別の壷に残液を注ぎだし、色材がきれいになるまでこの水洗工程を続けよ。それをよく乾かし、小袋に入れて汝が望むだけ長く保管するがよい。使用したいときはインキ壺に取りだし、濃い目のガムと卵黄2滴とで調合して液を一日澄ませる。もし汝が暖か味のある青(*青紫色)が欲しいなら、少量のばら色(* ブラジル・ウッドで作った色)を加えよ。」
(「深い」も「暖か」も原文はbrun。英訳に従った)

処方10.〈ペン画に向いた良い青の調合〉
 「もしもペンから淀みなく青が流れ出るようにそれを調合したいならば、まず汝が必要とする量の青(lazur)を用意し、濃い目のガム液と卵黄を使って、石盤上で青が固まらないように練よ。それをすぐに錫製容器に移し、そこに温かい灰汁を勢いよく注ぎ込んで青と一緒によく掻き混ぜよ。容器の底に顔料が沈むまでしばらく放置し、沈澱したら上水を別の容器に移すがよい。次に最初の器(すなわち青顔料が残っている方)に、もっと温かい灰汁を注ぎ込むがよい。このように、顔料を沈澱させたり液を注ぎだしたりを3、4回おこなって、それ(灰汁)がすっかりきれいになるまで繰り返すがよい。最後に清水を青顔料に注いで錫製容器の底に沈澱させ、そのあとよく水を切るがよい。これは、細かい粒子に仕上がり、よく調合された青となる。」

この二つの処方にいう「青(lazur)」とは具体的に何なのか。
ルーベックは他の色材については、ヴァーミリオン、ヴェルドグリ、オルピメント、など具体的な名称を使っていながら「青」に関しては、人工なのか、鉱物なのか、鉱物ならラピスラズリなのかアズライトなのか、何も言っていない。

仮に、処方6が、「汝が青を(原石で)買う場合は深い色味のものを選択せよ。」であるとするなら、ラピスラズリを意味する。また、「汝が暖か味のある青(*青紫色)が欲しいなら、少量のばら色(* ブラジル・ウッドで作った色)を加えよ。」というのは、グレードの劣る顔料ラピスラズリを高価なラピスラズリに見せかける技でした。チェンニーニの第62章でも、グラーナと蘇芳で着色し、明礬で色止めする方法を述べているし、ボローニャ手稿でも散見される処方で、決してアズライトに施す処方ではない。アズライトの青色を調整する場合は、顔料そのものを着色するのではなく、パレットで他の色と混ぜるか、画面に塗った後に他の色を被せるかして求める色にした。

処方10は、明らかに鉱物顔料の抽出について述べており、通常アズライトを抽出する処方では、(灰)水の温度を上げながら何度か洗うという工程を踏まないことから、ラピスラズリであると察しはつく。

ただ、私が興味があるというのは、実はこれから先の話である。この書が書かれた中世の北方絵画で用いられた青はドイツの鉱山から産出するアズライトが多く用いられた。にも関わらず、なぜ、リューベックはこの著者に何も語っていないのか。

実は、もう一人の情報提供者コルマールの画家アンドルは、処方55で述べている。
処方55.〈アズライト+ブラジル・ウッド+鉛白の混色で作る紫〉
 「もし汝が衣文用や、均一な色合いの文字、花、その他の下地用にするために、美しい紫を作りたいならば、明るい青のアズライト(liecht lazur)を取り、それを少量のばら色と少量の鉛白に混ぜよ。他の絵具のように濃くも薄くもならないようにそれをよく調合せよ。汝は優れた紫が得られよう。」
また、第3章の処方70の<油絵具について>では「liech blau lazur」light blue azuriteとある。

ただし、英訳したヴィオラ&ロザムンド・ボラダイルでは「lazur」のみの場合は「青」とし、「liecht lazur」「liech blau lazur」のように、「明るい」を意味する「liecht」又は「liech」がある場合「アズライト」としているが、その根拠は示されておらず、推測の域を出ない。
少なくとも、処方6、10については、顔料ラピスラズリのことを言っていると考えてよいが、処方55については、質の劣る顔料ラピスラズリ又はアズライト、としておいた方がよいのかもしれない。
●The Strasburg Manuscript, Alec Tiranti, London(1966).
 原文と英語の対訳付。
●ベルガー『絵画技法発展への寄与』vol.2, pp. 167-201.
 原文と若干の注釈を含む。
 ベルガー版と独英対訳版とでは構成が異なっている。


『様々な顔料と箔置きに関する書』(1422年)
“Libro Secondo de Diversi Colori e Sise da Mettere a Oro”
 『様々な顔料と箔置きに関する書』彩飾手写本に関する技法書。ラピスラズリに言及
●Wallert, Arie, “Libro Secondo de Diversi Colori e Sise da Mettere a Oro”, (Preprints) Historical Painting Techniques, Materials, and Studio Practice, University of Leiden, the Netherlands 26-29 June 1995. The Getty Conservation Institute, pp.38-47, 1995.
中世からルネサンスに移行する絵画技法を考える上で有益だと解説している。
ラピスラズリに関する言及が一箇所あり。
[11] ウルトラマリン青が良いものかどうか試す方法
鉄ナイフを取り、火中にそれを保て。次に少量の青を取り、それをこのナイフの上に乗せよ、そしてそのとき、それが良いものなら、それは、より美しく穏やかな色の青となる。それが良くなければ、インクのように黒くなる(14)。


『絹織物制作に関する論』作者不詳14世紀末〜15世紀初期 染料 伊国
 “Trattato dell’ arte della seta”は無名のフィレンツェ人の書いたもので、絹の糸巻きの状態から織物が店先に並ぶまでの工程を詳述した書。特にこの書の約1/3余りが染色に関する記述で、非常に具体的に書かれている。

●Gargiolli, Girolamo, Trattato dell'Arte della Seta in Firenze. Trattato del secolo XV pubblicato per la prima volta e dialoghi raccolti da G.Gargiolli., 2vols., Firenze, 1868(reprint, 1980).
vol. 1 pp. 339. 20X13cm vol. 2 pp. 60. 30X22cm 
版形が異なりvol.1は活字翻刻と解題。vol.2は大判で、原書のファクシミリ。染色職人の作業風景がカラー挿絵で多く挿入。

                   参考
●伊藤亜紀著『色彩の回廊−ルネサンス文芸における服飾表象について』ありな書房2002年


『ゲッチンゲンのモデルブック』15世紀半ば
 非常にユニークな手稿本で、制作工程を図入りで解説している点、技法書といっていいだろう。 
 Salvador Muñoz Viñus, Original written sources for the history of mediaeval painting techniques and materials: A LIST OF PUBLISHED TEXTS, Studies in Conservation, vol.43 no.2 pp.114-124 (1998) に、以下の解説あり。
「『ゲッチンゲン・モデルブック』はゲッチンゲンのNiedersächsische Staats- und Universitäts Bibliothekに保管されていた小冊子である。これは15世紀半ばにドイツで書かれ又描かれたものである。写本彩飾の絵具の作り方や使い方の教えと、いくつかの制作工程での装飾的モチーフの実例を含んでいる、ユニークな書である。しかしながら、『ゲッチンゲン・モデルブック』は、もっぱら幾何学や花柄装飾画(その教えの多くは挿絵を利用している)にページを割いている。Lehmann-Hauptが1972年に原書のファクシミリ、現代独訳、現代独訳からの英訳を公刊。」
●Lehmann-Haupt, Hellmut.,“The Göttingen Model Book. A Facsimile Edition and Translation of a Fifteenth-century Illuminator's Manual”, University of Missouri Press, Columbia (1972).
                       参考
●Robert Fuchs / Doris Oltrogge, ‘Utilisation d’ un livre de modèles pour la reconstitution de la peinture de manuscrits; aspects historiques et physico-chimiques’ ,Pigments & Colorants de l’ Antiquité et du Moyon Age, Centre National de La Recherche Scientifique(1990), pp. 309-323.


『ジャン・ル・ベーグ手稿−顔料の実験−』(1431)
 法律修士の彼がなぜこのような手稿をまとめようとしたのかは不詳ながら、芸術に対する並々ならぬ愛着が彼を駆り立てたのではないかと、メリーフィールド女史はいう。絵画に関する諸書を整理したのは63歳で、残された原稿が出版されたのは彼が死去して29年後であった。用いたその主たる典拠は、ジャン・アルケリウスが収集したものと、1286年に整理され1460年に活字印刷されたラテン語辞書『Catholicon (カテリコン)』だという。
●Jehan Le Begue Ms. −Experimenta de Coloribus−. メリーフィールド『絵画技法原資料集』vol.1, pp. 1-321. 
 ル・ベーグ手稿を構成しているそのほとんどは、彼のオリジナルではない。
「画術にまつわる文献 03」でも紹介した、
 『エラクリウス手稿―ローマ人の顔料と技術について―』(第1〜2部10世紀:第3部は12〜3世紀)
 『様々の技能について』(11世紀前後)の一部断章 
 『P・サン・アウデマル手稿―顔料の製法について―』(1300年頃)
そして今回挙げている
 『アルケリウス手稿−写本装飾に用いる様々の顔料について−』(1398-1411)
上記のそれぞれの写本に前書きを加え、彼自身で構成した「同義語集」(二種類残っていて、ひとつは「A」の項のみ、もう一方は「Q〜W」の項と、未完)を載せた。
メリーフィールド女史は、ル・ベーグ手稿に含まれる原典の中で、テオフィルスの『様々の技能について』を除外し、それぞれ他のオリジナルにも当たって検証し、より完全な形にした上で『ジャン・ル・ベーグ手稿−顔料の実験−』と総称して収録している。
つまり、ル・ベーグは諸書を編纂しただけ、といったほうが良い。しかも未完の「同義語集」は間違いが多く、そのためにメリーフィールド女史は、そのラテン語の原文をあえて英訳せずに、脚注をつけるに留めているという事情がある。
 

『絵画論』(1431) レオン・バチスタ・アルベルティ(1404-64) 伊国 ラテン語
 1435年刊で生存が1404―1472年との紹介もある。
○ALBERTI, Leon Battista, De pictura. Latin (Florence, Italy: manuscript), 1435.
○英訳版, “Of painting”, in The architecture of Leon Battista Alberti, ed. Giacomo Leoni (London, 1726). New ed. 1739. New ed. (London: Edward Owen, 1755).
○英訳版 John R. Spencer, 'On painting' , New Haven, Connecticut: Yale University Press, 1956.
このほかに現代伊語訳、独語訳、スペイン訳等々多数
●アルベルティ『絵画論』三輪福松訳 中央公論美術出版社(1974)
                     研究
●Charles Parkhurst,“Leon Battista Alberti’ s Place in the History of Color Theories”, Color and Technique in Renaissance Painting Italy and North, Marcia B. Hall(edit.), J. J. Augustin, Publisher, Locust Valley, New York, pp.161-204, 1987.
『色彩理論史におけるレオン・バチスタ・アルベルティの位置』


『ボローニャ手稿−顔料の秘密−』(1425-50頃) 伊国
 顔料の処方に関する手稿としては、もっとも充実したもの。特に、ラピスラズリの処方は多く、丸々1章を割いている(ただし、若干の処方は、アズライトに関して述べている)。
メリーフィールド女史は、第7章の「シナバー及びその他の絵具の作り方:画家ヤコブ・デ・トレットによる絵具の調合と泥絵具の溶き方について」でスペイン人と思しき画家の技能について懐疑的で、「コンスタンチノ―プルから導入されたがさつなギリシャ様式に従って」いる、と率直に解題で述べている。
 第1章「天然青の様々な製法について」第1節の書き出しに「鉱物であるラピスラズリは、海を渡ってもたらされることを知っておくがよい。業者の多くはそれを粉末にして売っているが、塊のままで売る業者もおり、その品質も様々である。」とある。
 色材の鉛-錫黄を記した手稿として有名。
●Bolognese Ms – Secreti per Colori -メリフィールド『絵画技法原資料集』vol.2, pp. 325-600.


『建築論』A. A. フィラレーテ(1451-64年頃)
○Spencer, J. R. , “Filarete’s Treatise on Architecture”, 2 vols., Yale U. P. , 1965.
○Finoli, A. M. & Grassi, L. , Filarete ,Trattato dell'architettura, Mirano, 1972.
 科学関連ルポライターのフィリップ・ボールの書で
  ●Ball, Philip , Bright Earth: art and the invention of color, New York, 2002.
 によると、ラピスラズリについて《1464年に、イタリア人のA. A. フィラレーテ [Filarete] は、『建築論 [Trattato dell'architettura] 』で、「素晴らしい青は石から得られ、海を渡ってもたらされる、そのためにウルトラマリンと呼ばれた。」と書いた。》(p.92)とある。


『ニュルンベルク手稿 [Kunstbuck] 』15世紀後半 独
 ニュルンベルクにある聖カテリーナ修道院蔵 MS. Cent. VI, 89. 中世の織物色材の技術 
○Ploss, Emil E. Ein Buch von alten Farben. Technologie der Textilfarben im Mittelalter mit einem Ausblick aud die festen Farben. Munich, Heinz Moos Verlag, 1977. 168 pp. (初版は1962年)


『色彩の紋章』1435-58年(初仏版は1495年) シシル 仏
 この“Le Blason des Couleurs”の著者シシル(Sicille:これが名前なのか肩書きなのかも不明)はアラゴン領シシリア王国のアンフォルソ5世の紋章官で、1435-58年にモンス(現ベルギー)で書き上げたようである。この書は、1565年にイタリア語に翻訳されているが、それ以前からこの書の影響はイタリアに見受けられる。リナルディやルドヴィコ・ドルチェの『色彩問答』(1565)より1世紀も先行する中世末期のヨーロッパを代表する色彩論。書の内容などは、伊藤亜紀著『色彩の回廊』ありな書房2002年p. 223(脚注116)も参照のこと。
○Sicille,“Le Blason des Couleurs”, èd. Hippolyte Cocheris, Chez Auguste Aubry, Paris, 1860 
●Sicille araldo d’Alfonso V d’Aragona,“Il Blasone dei colori. Il simbolismo del colore nella Cavalleria medievale”, a cura di Massimo D. Papi, presentazione di Franco Cardini, il Cerchio, Rimini, 2000 


『Ricepte daffare piu colori(様々な顔料製法の処方)』1462年
○Thompson, D. V. ,“The ’Ricepte daffare piu colori’ of Ambruogi di Ser Pietro da Siena”, Archeion XV, pp. 339-347, 1933.
 現役の写本筆写師で写本挿画師らしいシエナのAmbruogi di Ser Pietroが、1462年4月13〜5月18日に書いたもの。

今回は以上です。

春先は私にとっては憂鬱です。26歳から始まった花粉症のせいなのですが。その当時は、花粉症は社会的にはまだ認知されていず、私も数年はこの風邪でもないのに、それとよく似た症状の病名も知りませんでした。
その当時は東京の福生に住んでいました(正確には、西多摩郡瑞穂町石畑)。立川から出ている奥多摩線で7つ目にあるのですが、横田基地の脇に広がるジャパマハイツという米兵用に賃貸されていた一軒家で、700戸余りありました。
村上龍の『限りなく透明に近いブルー』の舞台になったところ、といった方が判りやすいのかもしれません。
春の花粉症という「喪」が明けると、20メートル程離れた元ハピーエンドのメンバーでもあったE ,O.さんの庭先でパーティーをやり、10メートルほど先のイラストレーターで現在多くの絵本も出しているK,I.さんたちを呼んでパーティーをやりと、パーティー三昧だったものでした。庭先でパーティーをやっていますと、まったく知らない人たちも加わり、こちらもまったく面識のない家のパーティーに加わりで、毎夜のようにどこかで何かを名目にして飲んでいたものでした。

おお、なつかしや。

さて、次回は16〜17世紀の予定です。


初カキコです。よろしくお願いします。

初心者 さんのコメント
 (2007/03/07 00:49:00)

今の話題から戻ってしまいますが、今度エンコスティック技法で絵を描きたいと思っていたところなんですが、情報が少なく描き方が全く分かりません。なので教えて頂きたいのですが‥‥
また、表現としては、実際に見たことはないのでよくわからないのですが、
阿部展也さんやジャスパー・ジョーンズさんのように平面的に描くものなのでしょうか。また、彼等は何故エンコスティック技法で古い技法なのに突如やり、それも平面的に書こうと思ったのでしょうか?


エンコスティックの実践

Miyabyo さんのコメント
 (2007/03/08 02:58:52)

初めまして。

1.≪阿部展也さんやジャスパー・ジョーンズさんのように平面的に描くものなのでしょうか≫
2.≪彼等は何故エンコスティック技法で古い技法なのに突如やり、それも平面的に書こうと思ったのでしょうか?≫

私は作家研究をしている者ではありませんので、作家の内面の問題にかかわることについてはお答えできる立場ではありません。
したがって、挙げられた作家さんも含めていいと思うのですが、一貫してエンコスティックを主たる表現材料に選んでいるかたは稀で、一時期、あるいはあるテーマを追う過程で選んだ表現手段であろうかと思われます、といった程度の所感でしょうか。

それで、もっぱらエンコスティック技術に関する一般的な事柄についてのみ書きます。

「初心者」さんが、どのような動機からエンコスティックに興味を持たれ、描いてみようとなさっているのか、その事を書いてもらうと、もう少し具体的に書きようがあるかと思いますが‥‥


この画術の起源である古代エジプト時代(最盛期はB. C.4〜A. D.8世紀)の、特に有名なファイユーム地方の棺に描かれたものを画集などで見てもらうと判るのですが、細部にこだわらずシンプルで非常に力強い表現が、この画材の持ち味だろうと考えています。日本では、「古代エジプト展」を冠した企画展が毎年どこかでやっていますので、蝋画を見る機会はけっこうあります。

実際に描けば判ってきますが、この画材で、油彩画が得意とする微妙な色のニュアンスを表現したり、立体的で空間感のある絵を描くことには向いていません。こう書きますと、では挑戦してみようじゃないか、という方もおられるかもしれませんが‥‥。

蝋画風絵画の試み
本格的に画材や機材を購入するまでには至らないが、ちょっと描いてみようかな、とお考えでしたら、簡単な方法を書いておきます。

1.色材
日本では、低学年に向けた「クレパス」「クレヨン」がありますが、蜜蝋に類似したパラフィンを用いた「クレヨン」12色入りを数箱用意します。
もし可能なら、若干の土系の乾燥顔料(黄土、レッド・オーカーなど)を用意し、適量添加してみてください。

2.機材
熱源としての電熱器(高低で温度調整が可能な五徳つきのもの)と、パレット代わりとなる12個程度の穴のあるたこ焼き器
(中国製などで、双方が一体化したものが1000円程度でありますが温度調整ができないので不可)

3.筆
画材屋にあるような高価な筆でなく、日曜大工店などのペンキ類コーナーにある豚毛の安い筆で結構です。
ナイロン筆は、当然不可。

4.支持体
習作でしたら、通常パネル画に使用するシナベニアでなく、普通のラワンベニアで結構です。


これで後はクレヨンを溶かして描くのみです。


エンコスティック画法は、確かに古い技術ではありますが、修復保存の観点からすると、最も耐久性に優れている画法といえます。2000年以上もの年月に耐えているのですから。

また、蝋の性質上画面がグロッシーになりがちな油彩画と対照的に、マット(艶消し)なので、画面がすっきりとして見やすいでしょうし、最終ワニスを引く面倒もありません。


今回ご紹介した方法以外にもいくつものヴァリエーションがあります。
もう少し楽に描きたい場合は、予め、湯煎で蜜蝋とテレピンに極微量の蜂蜜を混ぜたものを用意するという手もあります。
技術書もいくつかありますが、わたしのお勧めは、既に紹介している中の、

●Pratt, F. / Fizell, B.,“Encaustic, Materials and Method”, New York, 1949

です。100頁に満たない小冊子ですが、中身は濃く、先人の処方がいくつも紹介してあります。


.昔の技法書/手記 全般 (3)」へ続く。


[HOME] [TOP] [HELP] [FIND]

Mie-BBS v2.13 by Saiey