保存、修復、洗浄 (1) [コメントする]

保存、修復、洗浄


管理人 さんのコメント
 (2002/05/03 08:08:03)

絵画やその他の美術品の保存、修復、洗浄に関するスレッドです。
簡単な質問から、専門的な議論まで、なんでもどうぞ。


油絵のひび割れ修理法おしえて

金光 邦彦 さんのコメント
 (2002/10/12 16:13:33 -
E-Mail)

古い油絵ですが絵の具がひび割れを起こしています.修復できないまでも進行をとめるには、またはがれるのを防ぐにはどうしたらいいでしょうか


RE:油絵のひび割れ修理法おしえて

管理人 さんのコメント
 (2002/12/06 03:28:14)

金光 邦彦 さん

レスが遅くなってしまったので、ご覧になっていないかもしれませんが、油絵は古くなると油膜が硬化して柔軟性を失い、大なり小なり亀裂のようなものが走ったりするものです。文面からはどんなひび割れかわからないので、答え難いと思います。
原因はさまざまですが、キャンバスなどの支持体の伸縮も大きな要因だと思います。画布は湿度の変化で伸縮するので。
それで、進行をとめるには、飾る場所を気をつけるの一番だと思います。湿度の変化の大きい場所、温度の変化の大きい場所などを避けると良いと思います。
あとは、壁に掛けるときですが、外壁となっている壁(もちろん家の内側の話です)にかけると露がつくことがあるようです。

修理法は、私の範疇ではないので、何も言ってあげられません。
ただし、実際にやるとしたら、どのみち修復家に見てもらうべきでしょう。

では。


RE:油絵のひび割れ修理法おしえて

かえる さんのコメント
 (2002/12/09 02:33:51 -
E-Mail)

ひび割れは気になるものです。
管理人さんがお書きになったように、油彩画に亀裂はつきものです。
かの《モナリサ》もヒビダラケですから。
亀裂は、物理的な衝撃によるもの、経年による物理的なもの、絵具層の固化時の体積変化によるもの、に大別できます。
(ざっと書いてしまっていますが、実際にはこれらが複合しています。)
注意していただきたいのは、その亀裂が浮き上がりを伴っているかどうかです。
浮き上がりは絵具層のみか?地塗り層を伴っているか?もしくは絵具層内部の層間からおきているのか?確認して下さい。
冠水や結露水による亀裂・浮き上がりの場合は支持体と地塗り層との層間からおきる場合が多いようです。
この損傷は進行性が高く、放置することは危険ですし、設置場所を変えてもあまり効果はありません。
絵具層のみの亀裂の場合、絵具の固化時に発生した乾燥亀裂の場合が多いようです。
こちらは多少の絵具層の浮き上がりを伴っていても、すぐに剥落する危険性は低いと考えられます。
温湿度変化の少ない場所に移動させる事で保存可能でしょう。
それ以外の亀裂の場合、浮き上がりを伴っているのであれば、すぐに修復家に相談してください。
その際修復家は安易に選ばず、(日本には修復家の資格制度は無く、自称修復家がゴロゴロしています。)
特に画材屋さんや額屋さんに注意して下さい。
彼らは専門の教育を受けた事も無く、民間療法家にすぎません。
画材屋さんが修復に使用する材料を販売している内に、修復家を名乗ってしまったケースもあるようです。
各都道府県には美術館がある状況になっていますから、最寄りの美術館に相談されてはいかがでしょうか?
その美術館で実績がある修復家であれば、何らかのアドヴァイスは受けられると思います。
実物を見せるのが一番なのですが、良心的な修復家ほど忙しいもので、簡単には会っていただけないかも知れません。
出来る限り損傷の状況が分かる写真を用意してください。
これは、薄曇りの日に窓辺に作品を置き、大きさの目安や色の目安となるものと一緒に撮影します。(定規等)
この時にストロボは使わないで下さい。(特にガラスの入った額に額装されている場合。)
できれば、損傷部の拡大撮影ができるとより分かりやすくなります。
また、光を作品の横から当てるようにすると、画面の凸凹が分かりやすくなります。
これらの写真と具体的な寸法(縦・横・厚さ)作者名、制作年をまとめてください。
あとは修復家に任せる以外できることはありません。
くれぐれも、亀裂・浮き上がりを留めるためにニスや接着剤を作品表面に塗布してはいけません。
瞬間的には改善したと見えても、この付加物のために暫くすると損傷はより進行する筈です。


RE:かえるさん

管理人 さんのコメント
 (2002/12/09 10:19:35)


さっそく掲示板にご登場いただいて、ありがとうございます。
今までは、修復の話題が出ても、ほとんど話が進まなかったもので、心強い限りです。

私も本では修復について、いろいろ読んだりしていますが、なかなか実際の現場を目にすることもなく、あまり深い話もできませんが、よろしくお願いいたします。

修復となると、やはり修復家に任せるべきですが、そうなると絵の持ち主が知っておくことは、飾り方や、保管方法ですね。
その辺も、おいおいと話をしていけたらと思います。

それはともかく「人生二転三転」の話や、「東京の某有名美術館」のお話も期待しています。


ニスについて

古吉 弘 さんのコメント
 (2003/10/05 15:24:06 -
E-Mail)

はじめまして。
ご知識の深さと広さには驚嘆しておりますが 貧乏暇なしでなかなか拝読が大変です。
三嶋先生を通じてブグローの翻訳の件ではお手間をおかけしておりましてすみません。
さて よろしければお教えいただきたいのですが
アクリル樹脂の仕上げ用ニスについてですが これは酸素が通過して絵の具層まで達するので 半年乾かさなくても また こってり分厚く塗ってもOKだという噂を小股にはさみましたが 真偽のほどはどうなのでしょうか?

いかがでしょうか?


RE:ニスについて

管理人 さんのコメント
 (2003/10/08 01:40:08)

古吉 弘 様

ようこそ、いらっしゃいました!
是非、いろんな話を書き込んでいってください。
これからも末永く、よろしくお願い致します。

さっそくですが、私もよく知らなかったので、急いで調べてみました。文章が支離滅裂ですが、ご容赦ください。

> アクリル樹脂の仕上げ用ニスについてですが これは酸素が通過して絵の具層まで達するので
> 半年乾かさなくても また こってり分厚く塗ってもOKだという噂を小股にはさみましたが
> 真偽のほどはどうなのでしょうか?

「アクリル樹脂を用いたタブローなら多少の通気性があるので早い時期に施せます。ホルベイン工業のラピッド・タブローやアクリル画面用のグロス・バーニッシュ・ソルバブルがそれに当たります」という話のが、「ゆめ画材」さんの掲示板に書かれていました(勝手に引用してすみません)。よかったら、見てみてください。メーカーの担当者が回答したものなので、公式な話だと思います。

それと、ホルベインのホームページのQ&Aに、下のような質問と回答があったので、確かにアクリル樹脂ワニスは通気性があるみたいですね。

Q:指触乾燥程度の時に使えるワニスで艶消しタイプのものはありますか?
A:通気性のあるアクリル樹脂ワニスである「マット フィニッシュ」が使えます。

ただし、「多少」通気性があるということなので、こってり厚く塗れるかどうかはわかりません。それと「ラピッド・タブロー」も「マット フィニッシュ」もスプレー缶だったかもしれません。

通気性があるということは、ガスの遮断がされないということで、画面保護の性能はどうでしょうか。詳しいことは、わからないのですが、mongaさん、よかったら教えてください。

普通のタブローは再溶解できる特殊な合成樹脂の場合が多いかと思うのですが、カタログでは、半年から1年待つこととありますので、通気性がないと思います。

ワニスの成分など、ホームページに書いてあると便利なのですが、どのメーカーもまだ、そういうのはないみたいですね。でも、「ゆめ画材」さんのホームページを見ると、取り扱っている製品のかなり詳しい解説があるので便利です。ルフランなどの輸入製品まだ少ないのが残念ですが、そのうち増えてくるかと思います。

あと、クサカベのスペシャルタブローは、接触乾燥の時点で塗れるそうです。ただし、これも画面保護の効果は劣るようです。でも、艶調整の目的なら充分だそうです。

以上、急いで調べてみたので、間違ってるかもしれませんが、参考になれば幸いです。


御礼

古吉 弘 さんのコメント
 (2003/10/08 22:49:30)

お忙しいところ早速に大変詳しくご丁寧なお答えいただきまして 誠に有り難うございました。
我々びんぼー絵描きは出荷を急ぐことが多いのですが 古典名画のような艶光りも持たせたいので
お答え大変有り難いです。
お言葉に甘えてまたご教示お願いいたしますので
どうぞよろしくお願い申し上げます。


シラックニスの溶き方を教えてください

にゃんぴい さんのコメント
 (2003/11/22 17:39:43 -
E-Mail)

 はじめまして。
 私は、卵テンペラの保護用にホルベインのシェラック樹脂を取り寄せました。アルコールで溶いて使うということなのですが、どんなアルコールでとのように溶解させたらよいのでしょうか。(樹脂は雲母?うろこ状で半透明で黄色っぽいです。)
 また、要冷蔵と書いてあるのですが、使用期限はいつ頃なのでしょうか。先週、作品のクリ−ニングをして乾燥中なのですが、1ヶ月から半年は大丈夫ですよね?
 卵テンペラへのニスの塗り方についても注意点などありましたら教えてください。


クリーニングについて

大森タケシ さんのコメント
 (2004/01/07 00:40:53 -
E-Mail Web)

はじめまして、大森と申します。ちょっと絵画の事でお伺いしたく、こちらに書き込ませて頂きました。質問は絵画のクリーニングについてなんですが、もう古くなった、数十年前などの絵画(油彩)の表面のクリーニングには何を使ったら良いのでしょうか?実は私は都内のとある画材屋で去年から働いているのですが、そこでは額縁売り場のフロアーで油絵も取り扱っています。
しかし売り場の先輩方は修復などの正しい知識の無い人間ばかりで、かなり古いもので表面が黒ずんだ絵画などをガラスクリーナーを水で薄めて拭き取ったりしているのです。「これで良いものか?いや良いはずが無い!」と思い、こちらに正しいクリーニングの方法を教えて頂きたいと思いまして書き込ませて頂きました。
もしそのような事柄についてお詳しい方がいらっしゃいましたら、是非教えて頂けると非常に助かります。
どうか宜しくお願い致します。


にゃんぴい さんのコメント
 (2004/01/19 18:38:08)

私が習った方法は
・絵の具が落ちないように弱い溶剤(水から)順にテストしてから使用します。(色、技法によって違うので部分ごとにテストする)
・綿棒(爪楊枝に綿をちぎって巻く)で溶剤をつけローリングしながら3センチ四方くらいずつ落としていきます。

しかし修復する場合は事前に写真を撮り修復記録をつけます。


F さんのコメント
 (2004/01/31 03:37:34)

クリーニングについてですが、
大事な品物なら下手に手出しはしないで専門の人に出してください。
雑巾で汚れを拭き込んでいるようなことになるかもしれません。


RE:クリーニングについて。

管理人 さんのコメント
 (2004/01/31 09:43:24)

大森様

こんにちは。
遅いレスですみません(これがこのサイトのペースなもので。。。)

同じ油絵でも、描き方によって丈夫さも異ないますし、汚れ方も違うし、数十年も経っていると、絵の痛み方もそれぞれです。それで、まず、絵がどのような材料を使って描かれたか調べたり、テストしてみたりして、洗浄や修復の仕方が決まります。

もちろん、素人にはできません。しかし、専門家がそれらの仕事に従事したら、それなりの金額になります。失礼ですが、額縁売り場のフロアーで売っている絵というと、数万円ぐらいのものでしょうか。そうだとすると、正直、適当に拭くしかなさそうな気もしますが、もっと高価で大切な絵を扱っている場合は、相談できる専門家を探すのが正しいと思います。保管など全体的なことも相談できるので、その後の為ににもよいことだと思います。

しかし実際に専門家を探すと言っても、どうやったらいいかさっぱりわからない状態だと思います。詳しい人がいて紹介してくれれば、話が早いですけど、大森さまの環境では、そうもいかないような気がします。正直、修復の世界はまだまだ閉鎖的なところがあって、素人の人が相談するというのは、ものすごく大変なものがあるように思います。

専門家と言ってもピンキリあると思いますので、仕事をお願いする方もそれなりの知識が必要だと思います。書籍紹介のコーナーに修復の本を紹介しているので、読んでみてください。

あと、リンク集に修復家のサイトが載っています。


制作中に付着する埃対策

おさむ さんのコメント
 (2004/12/06 10:38:34)

はじめまして。油彩画制作時に画面に混入する筆の毛や埃が気になる時があります。目に見える程度のものはもちろん取り除いているのですが、大きな画面になると手におえません。絵具の乾燥時間が長時間なので仕方が無いのでしょうか。紙やすりの細かいもので擦ったり針の先で取り除いてはいますが。画面に付着する埃は仕方が無いのでしょうか?皆さんはどのように
埃対策されていますか。お教え下さい。


画布の修復

mini さんのコメント
 (2005/04/11 02:28:44)

はじめまして、miniです。よろしくお願いします。
早速質問なのですが、画布の修復についてです。
日本画では、オリジナルの和紙に修復を施す場合、
オリジナルの方が弱いので、新しい和紙をオリジナルに合わせて紫外線劣化をさせるという話を聞きました。
画布ってどうなんですかねえ。
生地を水に濡らして、引っ張って痛めるって方法も耳にしたのですが、痛み具合に科学的根拠はあるのでしょうか?
知っている方がいらっしゃりましたら、お返事お待ちしています。


キャンバスの張り方について

修復屋 さんのコメント
 (2006/07/21 09:18:34)

 初めまして、私はイタリアで修復の仕事をしているのですが、一つお聞きしたいのですが、皆さんどのようにキャンバスを張っていられますか?支持体としてのキャンバスをどのようにお考えですか?
 というのも、古いキャンバス画を見ているとその張力に起因した問題が非常に多いように思われます。
 「俺はキャンバスは使わねぇ」とか、「人とはまったく違う張り方をしている」とか、何か普通とは違うことを試している方がおりましたら、どうかお話を聞かせてください。


Re:画布の修復

修復屋 さんのコメント
 (2006/07/26 18:46:24)

 このスレは盛り上がりませんねぇ。一年以上前の質問ですが、miniさんの質問に答えてみながら話題が広がることを期待します、、、。
 この質問に対してはいろいろなアプローチの仕方があると思うんですが、まず最初に言っておきたいのが、修復と調査というものはあるところから先は分けて考えるべきだということですね。修復というのはある意味で論理的で、哲学的で、化学的なのですが、最終的に修復によって何をするかという問題は少し別の問題な訳です。例えば今回の質問に対しては、繊維の種類を調べ、繊維の重合度だとか裁断強度だとかを調べ、各点の張力分布を調べ、面積変化を調べ、応力に対する変形曲線を調べ、というように、調べようと思えばなんでも調べられますし、そこからこの絵画がどの程度劣化しているかという事を他のものとの比較として求める事はできるとおもいますが、「裏打ち」という方向性を導きだすのは実はもっと別の要素です。こういうのは、恐らくどんな世界にも存在する事なのでいちいち挙げませんが、修復の世界にもスポンサーがいて、別の利害関係や力関係が存在しますし、個人で修復をおこなっているような場合には、修復師の趣向やクライアントの意向はより反映されるでしょう。更にその時代の人々の意識も非常に重要です。修復は決して必要性からだけ生まれているわけではないんですね、修復を望んでいる人達がいるわけです。よって各仕事の技術的目標みたいなものもあります。当然、これを化学的に、論理的に、また哲学的に設定するわけですが、こういうものが後付けであったり、作業を正当化するための手段に使われたりする事もありますよね。あんまり批判的になりすぎてもあれですが、自分で絵を描く時には裏書きとして、「いかなる修復もこの絵に行うべからず」と書きたくなるときも結構ありますよ。 
 ともかく、本題に入りましょうね。紙の裏打ちについてはそれほど知りませんが、キャンバスの場合は確かにminiさんがおっしゃっているように、張った後にお湯をかけてキャンバスを「くたびれさせる」作業をします。絵を描く人達も、大きなキャンバスに描く時にはやるのではないでしょうか。恐らく紙の場合は伸縮性が少ない分、紫外線で劣化させる事が手っ取り早いのですかね。繊維は水分によって膨張するため、長さ方向に対しては収縮します。これが木枠に固定されている事によって張力に置き変わるため、結果的に繊維は引き延ばされるわけです。弛んだキャンバスを張り直して、何度かこの作業を繰り返すこともあります。「何度か」という部分を説明するのは少し難しいですが、一言でいうと経験です。先ほどの話に戻りますが、修復においてとか、またこのサイトに立ち寄る皆さんの目標が「知識と経験の積み重ねが長きに渡って作品に反映されること」だとすると、私達がその結果を見る事は実はないですよね。200年後とか300年後にその意味が見えてくるのかもしれません。修復についてもそれが技術的にどのような効果を発揮し、維持されるかについては未知の部分が多いわけです。無論、ここでの経験は非常に重要になります。彼らは多くのミスをしてきていますし、それによって比較的に初期の段階で起こりうる欠陥については事前に回避されるわけです。科学的調査はそういった日々の修復を方向付ける指示器のような役目がありますが、ある調査から修復を決定付ける断定的な結果を得る事は難しいと思います。
 話を元に戻すと、この作業の意味は、「オリジナルのキャンバスの強さに裏打ち用のそれを合わせる」ということだけではありません。修復にも流行すたりがありますが、非常に強い裏打ちを施す事がよしとされていた時代もありました。そういったものを、理論的に、化学的に説明しようと試みた人達もいます。Jounal of the American Institute for ConservationのページなどにはBergerやKarpowiczの論文が紹介されていますが、Berger(Beva 371の開発者)は強い支持体を与える事によって絵画層のひび割れや剥離を防ぐことが出来ると考え(当然Bevaの宣伝目的も兼ねて)、裏打ちを最終的な手段として推奨しています(科学的な調査も導入しようと試みています)。そういった流れから、”柔らかい裏打ち(可逆性の意味においても、強度的な意味においても)”に移行し、現在では出来るだけ裏打ちを避けていこうという方向性になってきています。しかしこれは、裏打ちという行為が間違っているのではなく、時代とともに変わってきている人々の意識の変化なわけです。過去には修復はリフォームの一部でしたし、目立ったひび割れを平らにするためだけに裏打ちが行われるようなケースも随分目にしました。当然、そういった”技術的効果”は裏打ちによってのみ達成されるものですが、現代ではそのような効果に必然性がなくなってきているのです。
 また話を元に戻しますが、キャンバスをくたびれさせることで、キャンバスは湿度変化や温度変化に対して比較的安定した状態になります。しかしこれもそこに予想されている”技術的効果”によってだいぶ異なります。私は主にフィレンツェ式の裏打ちを学びましたが、ローマ式ではキャンバスはコンクリートの中に入れられている支柱のような働きです。そのため、くたびれさせられたり、張られたりすることにはさほど重要な意味がありません。支持体はどちらかというと接着剤ペーストがその役目を果たし、キャンバスは非常に目の粗いものが選択されます。これによって接着剤の乾燥による体積変化の不都合も軽減されますが、接着剤の老化により左右されます。フィレンツェ式では目の細かく平らなキャンバスが選択され、キャンバス自体も膠によって非常に硬くなり、絵画の重量もだいぶ増します。確かに強い支持体によって、ひび割れや絵画の切り傷に対しては非常に有効に機能しますが、接着ペーストの乾燥収縮によって緯糸が目立つようになる現象は一つの欠陥として良く言われます。ただ普通に行っただけだと、前面から触らずして、裏打ちされているかどうかが分かることがあります。実際に作業の半分くらいは、そういった不都合を軽減するためのものです。
 このように「裏打ち」と一言にいっても、そこに予想されている効果によっては、作業内容も使われる材料も基本理念も変わってきます。そして繰り返しになりまりますが、それらは化学的な調査をある程度ベースにしていながらも、人々の意志によって決定されている場合が多いのです。もしminiさんが「裏打ちの支持体はオリジナルと同等の動きをする方が良い」と化学的な(しかし予想と希望をもって)調査をもとに考えるのであれば、そこにはそれなりの方法があります。逆に「裏打ちの支持体はオリジナルよりも強度であるべき」と考えるなら、そこにはまた別の方法が存在します。どちらにしてもその効果を見る事は随分先ですし、その効果を判定するのも、その時代の人々の意識です。科学というのは一件万能に見えますが、より複雑な実際の環境の中で機能させるには非常に難しい部分が多いのです。鉄についてどんなに勉強しても、簡単に日本刀が作れたりしないですよね(へんな例えですが)。でも刀鍛冶の人達が、現代の科学の発見の中から新しい可能性を見つける事は出来るかもしれません。現代の修復師の位置づけはそんなところだと思います。


キャンバスの張り方について

山崎 さんのコメント
 (2006/07/30 15:21:39)

確かに『修復屋』様の見解はその通りです。ところが、画家は、どこか最初から「諦めて」キャンバスを張っているような所があります。特に既製品を使用する場合は、もう殆ど製造元に不都合の責任は全て押し付ける心情になっていることが少なくありません。つまり売買が成立した以上は生産物の品質を保証せよ、という家電製品と同じ考え方で、こちらは消費者、お客様、お宅のキャンバスは勝手に張らせてもらうが、その結果については「俺は知らんよ」というような態度になりやすいのです。『修復屋』様の参考になるような「キャンバスの張り方」は小生は知りません。おそらく画家の大多数もそうであろうかと推測します。小生は修復家から学んだ作業手順を単純化しているだけです。この場を利用して『修復屋』様の立場から見た「キャンバス張り常識」(常見される問題と対処法)を提供して頂ければ、非常に有益であろうと思います。


Re:キャンバス張り方について

修復屋 さんのコメント
 (2006/07/31 03:42:18)

 現在私もいろいろと勉強している最中でして、はっきりしたことは言えませんが、やはり支持体としてのキャンバスには幾つかの欠点のようなものがあると考えています。日本の西洋画の歴史が主に明治以降ということもあり、古いものでも百数十年の歴史しかありません。これは絵画の寿命からみれば十分にまだ”若い”絵画であるといえるかと思います。絵画層もまだ十分に柔らかさを保っているでしょうし、キャンバス自体にしても同様です。これらの絵画構成素材が老化とともに伸縮性を失ってきたとき、引き起こる可能性のある諸問題についてはここであえて言及しませんが、当然その中にキャンバスの張力損出という問題もあると思います。最大の問題点は、絵画の張力がキャンバスの張力自体に依存している部分です。
 歴史的に見れば、当初キャンバスは木枠には固定されていなかったようです。絵画を外したり、外に持ち出したりする可能性を考慮して、絵画の淵に開けられた鳩目からヒモが通され、木枠の後ろでちょうど靴ひもを結ぶようにして固定されていたようです。これだと簡単に解体が出来ることの他、張力の調整も比較的にこまめに行えます。その後、この方法は歴史の陰に埋もれることになりますが、現在でもそのような方法を採用している方はおられるようです。
 現在でもキャンバスが弛むことを考慮して、木枠の四隅に楔を打ち込んで大きさを拡張できる木枠がありますが、これは楔を打ち込むことによって構造の強度に問題が起こるだけではなく、仕組みとしても全く理にかなわないものです。少し考えて頂ければすぐに分かることですが、絵画の周囲は全てスタックなどで固定されているため面積変化は起こらず、楔によって引き延ばされているのは四隅のみです。事実、多くの弛んだ絵画には、特にその四隅に変形やひび割れなどを伴った損傷が目立ちます。
 最も確実なのが、一度解体して再び張り直すことですが、淵の部分は常に強度的に弱いので(釘などによる穴や折り目の存在によって)、このような作業を頻繁に行うことは現実的ではありません。
 前もって”緩めに”張ってやることは長い期間に渡ってある程度の張力を継続的に維持するには効果があるかもしれませんが、張力が十分でないことが他の問題を引き起こす可能性があります。Bergerはある野外劇場用の巨大キャンバス画(高さ15m、幅120m)の修復を依頼されたとき、画面上部の高さ11m〜15mの部分に殆どひび割れが存在しなかったことを観て(この部分にはその絵画の重力に起因した張力が常にかかっていた)、キャンバス画の十分な張力がその保存には重要な要素であると考え、温度、湿度変化に対する絵画の張力の効果を研究しました。確かに絵画層の保護という意味合いにおいてはそのようなことが言えるかと思いますが、こういった考え方が、裏打ちを正当化する所以にもなっています。
 非常に前置きが長くなって申し訳ありませんが、理想は「あらゆる部分で、ある一定の張力が常に一定に働く」というものであろうと思います。調査データーなどをもとに現在一般的に言われているのは、2〜2.5N/cm程度の張力が絵画には最適であろうということです。この数値は絵画の大きさには依存せず、むしろ単位面積辺りの重さと厚みに依存します。決して確定的な数値ではなく、このあたりの数値をもとに更に理想的な張力とは何かを調査していこうということです。
 理想的な張力の中で、「あらゆる部分で、ある一定の張力」ということに関しては、最初にどのようにキャンバスを張るかは重要です。皆さんご存知のことと思いますが「各辺の中心から角に向かって張っていく」というのが最もオーソドックスな方法だと思われます。常に相対する位置に張力をかけながら、最後に角を閉じるという方法です。確かにこの方法だと、キャンバスの位置決めが容易ですし、視覚的にも布目を見やすいと思いますが、木枠の周囲にそって殆ど張力がかかっていない部分が存在します。例えばある木枠の長辺について見てみると、長辺に対して垂直方向には、相対する長辺との間で十分な張力を得られています。しかし長辺の水平方向には(つまり釘と釘の間には)、ほとんど張力がかかっていません。この張力の不均衡がちょうど角のところで出会うことになるのですが、極端に中心部分を張ったりすると、角のところで布が足りなくなることがあります(かなり極端な例ですが、やろうと思えば実践できます)。このようなミスは殆どないとしても、このような張り方によって、角周辺に過剰張力が働くことになります。フナオカではこの現象を回避するために、「角に向かって皺を送り込む」というフナオカ式の張り方紹介されています。当然、職人さん達はこういったことを経験的に知っていますし、張る時に隣の釘との間に水平方向にも引っ張ってやって釘打ちしているわけです。早い段階で角を固定するのも一つの解決法です。
 私が考えるに、最も簡単に全ての部分が均等に張れる方法として、角から張るのがいいだろうと思います。まずある一つの角から出発して、例えば時計回りに四隅だけを固定していきます。それぞれの角と角の間には、同様の張力が働いているのが理想です。キャンバスと木枠の間に手を入れて、どの程度の張力がかかっているか感じることができるかと思います。その後で、各辺の中心部分を”四隅に寄って決められた位置まで”張ってやるわけです。布目はその位置を確認する一つの視覚的基準点になると思います。正確に4隅を決められれば、後はそれに従うだけで、結果的に全ての部分に均等な張力がかかります。これは描いた後で張り直したりするような場合には不向きですが、布目が見えているような場合にはよい方法だと思います。
 厳密には、仮にこのように張ったとしても「常に一定に」という部分では十分ではありません。時間とともに状況は変わりますし、ほぼ100%最終的にはキャンバスは弛みます。弛みはひび割れや変形を誘発するでしょうし、それは剥離にもつながるかもしれません。勿論そういった結末を見るのは随分先だと思いますが。
 可能であれば、キャンバスの「支持体」としての機能と「絵画に張力を与える」機能は、分けるべきなのだろうと思います。例えば木枠自体にサスペンションを設置して常に一定の張力が働くようにすることは、欧米では既にそれなりの成果を納めています。しかしこの方法は、絵画の環境変化に対する張力変化を、面積変化に変換することによって一定の張力を維持しているため、面積変化に対する影響が危惧されます。絵画がある程度自由に動ける状態を維持してやるわけですが、少なくとも実験結果からは、面積変化の方が張力変化よりも絵画に与える影響は少ないようです。ひび割れや変形の酷かった絵画をこのサスペンション式フレームに張り直しただけで、コンディションが改善されたという報告もあります。しかしそれぞれの素材が老化とともに硬くなってしまったような状況下では、状況は恐らくそれほど肯定的なものではないでしょう。技術的にも「適正張力」が定義されないうちは、修復師の感に頼わざるを得ません。額縁と絵画の間にそれほどスペースがない場合にはこのようなフレームを設置すことは出来ませんし、オリジナルの木枠の保存という観点からも簡単には導入できない現状があります。こういった「柔軟性を絵画に与える」という方向性は、木板の支持体に対する保存環境でも同様のものが見られますが、この傾向がその後どういった結論に達するか、まだまだ見ていく必要があります。


保存、修復、洗浄 (1)」へ続く。


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