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画材&技法 全般 (8)」からの続き。


画材&技法 全般 (9)


Re.ukaさんのリポートに寄せて

Miyabyo さんのコメント
 (2003/05/28 23:45:54)

案の定、表の縦列がばらばらでした。横列のカウント数のみ参考にして下さい。


補足など

Miyabyo さんのコメント
 (2003/06/02 01:21:09 -
E-Mail)


≪鉛白やヴァーミリオンなど鉛系の顔料≫は≪鉛白やヴァーミリオンなどの顔料≫と読んでください。

実は、私は、鉛系の顔料として鉛白以外に、ミニウム(鉛丹)やマシコット(密陀僧)も下地の実験用に使っているのですが、あまりにマイナーな顔料なので、その部分を消してヴァーミリオンに置き換えたのでしたが、「鉛系」を消し忘れていました。失礼。


また、ディルナーが推測したルーベンスのパレットのヴェロナ緑土(* テル・ヴェルト)についてですが、彼が絵の表から観察して推測したその絵具はなかったものの、その色調には誤りはなかったのだろう思っています。
おそらく、下地に含まれたイエロー・オーカーと、インプリマトゥーラに混入されたブルーブラックの植物炭黒の掛け合わせから、くすんだ緑色に見えたであろうことが推測できるからです。


いつもありがとうございます!

uka さんのコメント
 (2003/06/10 15:18:36 -
E-Mail)

いつも貴重な情報ありがとうございます。便利な画材が増えて、楽に絵がかける時代でも、常に勉強し、絵を総合的に理解していけたらと思います。基礎力はちからになりますよね。

本の説明ありがとうございました。画材やさんに出向いていったいどの本を選べばいいのか迷う事が多かったので助かります。まずはRalph MayerとKurt Wehlteから始めていこうかと思っています。Reed Kayはちょっと余裕が出来たら購入しようと思います。(Reed Kayの本ははRalph Mayerのように画材に力を入れている物ですよね。)これに平行してHarold Speedのドローイングの本をよんでいます。ドローイングの本とペインティングの本はこちらでよくすすめられます。ちなみにConstable著のThe painter's Craftは持っているのですが、Ralph Mayerのは持っていません。もう少し英語で本を読むスピードが上がればとおもうこの頃です。Miyabyoさんは原文でいろいろ読んでらっしゃるようですが頭が下がるおもいです。

>前回、「陰の移行部にグレー又はバーント・シエナ」と書いてしまいましたが、これはうっかり私の描き方をばらしてしまいました。私は、ロー・シエナをフライパンで好みの色に焼いたものを手練りして使っています。

絵の具って焼けるんですね。。。ローシエナをやくという事は少し赤みがおさまって色が濃いめになるんでしょうか?

ド・マイエルン手稿にあった中で、
>リンシード油は中でも最高であり、もっと脂肪質(油っぽい)のクルミ油や、脂肪が増えて濃厚になりやすいポピー油を凌ぐ。
【欄外付記:ロンドン
     前述の青や緑の絵具は、テンペラのようにガム水か魚膠で描き、そうしてからワニス掛けをするように彼は勧めている。それは油で塗った色と遜色ないらしい。彼がいうには、自分の絵にはいつもガム水を使って上述の色に塗っており、乾かしてからその上にワニスを引くとのことだ。しかしこの秘密は、上述のテンペラ絵具を取ってこれを油性の下塗りの上に結合させることにある。それが確実に結合するように、玉葱の(又はニンニクの)汁を下塗りの上に擦り込む。それが乾燥したならば、水などと混ぜて作った絵具を受け入れ、そして支える。

しかし本当の色を出すためにいろいろな方法が取られていたんですね。ちゃんと理解しているか不安ですが、青や緑のみ色の発色を保つためテンペラを使用していたという事ですか?それとも下地に?でも、絵の中で油絵の具と平行してつかわれていたということですよね?

下地についてですが、小さいサイズのパネルで練習を重ねようかと思います。今のところ

1.気泡がないこと。
2.支持体から下地が浮いていないこと。
3.半年以内に亀裂が入らないこと

では1と3が問題なんですよね。2は先生に一番最初ジェッソを塗る時に手ですりこむようにぬるようにといわれています。気泡は白亜をラビットスキングルーに入れた時に泡を立てずに混ぜるのがどうもうまくいきません。そしてダブルボイラーにかけて温度を一定にしているため、水が蒸発してしまうのだと思われます。練習あるのみですよね。

こんどはヴァン・ダイクを見にいきたいと思います。もともと大好きですけどね。今メトロポリタンでVelazquez to Manetという展示をやっていて、プラドからベラスケスの絵がいっぱい来ていて幸せです。面白いのが、サージェントがベラスケスのコピーしたものが3点ほどあるのですが、さすがにドローイングはしっかりしているのですが、ブラシストロークや、モデリングはしっかり彼のスタイルになっています。しかしサージェントの絵はベラスケスのものにくらべると物凄く黄ばんできています。ミディアムのせいなんでしょうか。

miyabyoさんいつもありがとうございます。美術館に行くのがもっともっと楽しくなってきています。いい絵描きになるべくがんばります。


秘密にしていたい内容

Miyabyo さんのコメント
 (2003/06/15 10:01:29 -
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ukaさん、今回は、少し難易度が高いところもあるかと思います。つまり、秘密にしていたい内容も含みます。


●技法書Harold Speed, “The Practice & Science of Drawing”, Dover, 1972.
実に懐かしい本です。おそらく、日本ではこの本でDrawingの基本を学んだなんて方は非常に少ないのではないでしょうか?
≪Constable著のThe painter's Craft≫
これは、W. G. Constable, “Painter’s Workshop”, Dover, 1979. のことでしょうか?
仮にこの書だとすると、これは、昔日の工房ではどのようにして作業をしたのか、ということについていろいろ紹介している内容ですよね。
ちなみに、Peter M. Lukehartの編纂した“The painter's Workshop”, National Gallery of Art, Washington, 1993. は、Constableの趣旨の延長線上にあるといえるシンポジウムで、対象を12〜13世紀のイタリアの工房から17世紀日本の土佐派の工房までと広く扱っています。

Dover文庫は質の高い美術関連書籍が安価で読めるので非常に助かるのですが、個人的に
Rex Vicat Cole,“Perspective for Artists”, Dover, 1976.
などは、建築関連の透視図法と違って、画家のために必要と思われる透視図法を平易に説いてあって好感が持てます。


●乾燥顔料を焼くことについて、又は土系顔料について
ロー・シエナ、ロー・アンバーのローは「生」つまり採取したままの土で、これを焼いたものがバーント(焼いた)・シエナ、バーント・アンバーとして売られています。したがって、ローの方の乾燥顔料を持っていれば、わざわざバーントの方を買う必要もありませんし、自分で好みの色にして使えるという利点もあります。
また、イエロー・オーカーも鉄分(正確には水酸化鉄。ちなみにシエナやアンバーの方は酸化鉄)を含んでいますから、焼くとややくすんだ茶色になります。また、レッド・オーカーは焦げ茶色になります。

土系顔料に関しては、以下の書が参考になります。100ページ未満ですが古書で$85と随分高価でしたので、図書館などを利用してください。そちらなら閲覧しやすいでしょう。なかなかいい本です。
Thomas, Anne Wall,“Colors from the Earth –The Artist’s Guide to collecting Preparing and Using Them”, New York Van Nostrand Reinhold Company, 1980.

かつてスペインのマドリードとトレドに行きましたが、その途中で見た田園風景はとても印象的でした。立体的な雲が天を流れ、雲間からいくつもの光がオリーブ畑に差し込んでいて、そのベンガラの土がとても美しく輝いていました。土は検疫の問題で国内持込が不可なのですが、小瓶に詰めてこっそり持ち帰りました。
私は今でも旅行でこれはという土を見つけると、必ず持ち帰って水簸してから使っています。それ以外に、空気に触れた鉄錆(茶色)や、水に浸した鉄釘の錆(黄色)なども、乳鉢ですり潰して絵具に混ぜたりします。

※鉛白を焼くと黄色≪マシコット:密陀僧≫からオレンジ色≪リサージ:金密陀≫までできますが、これはなさらない方がいいです。


●絵具一般
私は市販絵具に含まれる蝋などがとても邪魔になることがあって、極力自製の絵具を使います。もちろんこれには、フェルメールあたりまでの絵具には蝋は含まれていなかったということも念頭にあってのことです。

日頃市販の絵具を使っている方が手練りをすると、いかに市販の絵具が使いやすいかを実感するでしょう。例えば単に手練りしただけの黒などは、なかなか乾燥しないと感じるでしょうし、他の色との相性に苦慮することでしょう。また、黴の問題もあります。それぞれの顔料の癖がダイレクトに判ってどのように調教すべきかを知ることは楽しさの一部ですが、市販品はよくもここまで調教したなと感心するほどうまく作ってあります。特に他の色との乾燥速度などをかなり調整してくれています。

私は、油絵具用に、乾燥剤としてナフテン酸コバルト、硫化亜鉛七水和物、二酸化マンガンなど。
充填材として炭酸マグネシウム、ベントナイト、硫酸バリウム、クレー、滑石粉、珪石粉、場合によってガラス粉、方解末などを用意しています。その中から選んで加えますが、昔日は、絵具にコシを与えるために石灰を添加する画家もいたようです。ルーベンスはその1人です。インプリマトゥーラの層に使用した例があります)。

炭酸カルシウムなどは、リンシード油で練るとすぐに確認できますが、屈折率の関係で透明〜半透明になり、絵具の色そのものにほとんど影響を与えないのです。
下限がいつかはまだはっきり判っていませんが、1500年代以降に使用されていたメジューム(これは溶油ではありません、透明〜半透明のゼリー状)にも使用されていました。
『ド・マイエルン手稿』などの技法書(マイエルンはメモを残しているのであって、技法書として編纂したわけではありませんが)や修復保存報告書などを参考にしてマルク・アヴェル氏が作ったルフランのメジュームがあります。
「メジューム・フラマン」艶出し:マスティック樹脂+焼いた乾性油+石灰+一酸化鉛
「ヴェネツィア・メジューム」艶消し:硬質の蝋(カルナウバ蝋?)+焼いた乾性油+石灰+一酸化鉛

どちらにも炭酸カルシウムが入っています。
昔の絵具は現在の絵具よりはるかにゆるい絵具でしたが、上記のようなメジュームを添加して絵具の展性を調整したのです。現在のチューブ入り絵具は、いわばそうした補助材が最初から入っているようなもので、私の好む絵面や効果によって、そうした補助材が邪魔になることがあるのです。
そのために、私の場合、絵具屋さんよりはるかに劣る技術ながら手練りは欠かせないのです。

では、なぜ元々入れなかった蝋が入ることになったのか?
それは、森田恒之著『画材の博物誌』美術出版社1986年の「エンカウスティック」の項に簡単に触れてありますので、そちらを参照してください。


●≪青や緑のみ色の発色を保つためテンペラを使用していたという事ですか?それとも下地に?≫
前回もそうですが、今回もラピスラズリに関しては絵画層での話です。また、下地に使用された顔料は、鉛白、植物炭黒以外はほとんど土系顔料です。

16世紀にはいると、オスマン・トルコの征服によってルーマニアのアズライト供給がうまくいかず、その人工顔料であるブルー・ヴァーディタや色ガラスの粉であるスマルトが開発されます。17世紀にはいるとアズライトの供給も元に戻ります。こうした流れの中で、ラピスラズリにあった本来の規範も薄れて、ラピスラズリといえども青顔料のひとつといった安易な使い方をする画家も多く、多くは油でラピスラズリを溶いて描いていますが、中には面倒でも発色を考えてラピスラズリを水性メジュームで描く画家もいたということです。

また、緑色については、当時は現在のヴィリジャンやコバルトグリーンなどのきれいな緑がなく、テル・ヴェルト、サップグリーン(植物汁を炭酸カルシウムなどに染色したもの)、ヴェルドグリ(樹脂酸銅)、マラカイト(岩緑青)などですから、青と黄色を掛け合わせる方が、はるかに鮮明な緑が得られたのです。というのも、多くの場合青か黄色のいづれかをグレーズしているからです。ただし、緑に関しては、油を使う方が圧倒的に多かったようです。

初期板画の青外套の絵画層を見ますと、3〜4層で終わっていますが、例えば16世紀のチントレットの青着衣の絵画層は9層もあります(すべて油で描画)。しかも下地とラピスラズリの層の間に数層のためらい絵具層(つまり図像を試行錯誤しながら描いている)があるために、えらく汚い青になっています。


●板画下地のコツ
1.気泡がないこと。
2.支持体から下地が浮いていないこと。
3.半年以内に亀裂が入らないこと

まず、下地の処方は、春と秋、夏、冬と、その作製する時期によって多少水加減を調整しなければなりません。特に日本では、梅雨に下地を作製するのは避けた方が良いのです。また、冬は十分に部屋を温めてから実施しないと思わぬ失敗をします。このあたりにも、いわゆる技法書の限界というのが潜んでいるわけです。ある土地に住みはじめていきなり実験用ではなく制作用の下地を作ろうとするのは無謀で、やはり何年かデータを取る必要があります。
ukaさんが今住んでいる所で得られた最上の処方は、他の土地に行っても決して最良とはならないことがある、ということを前提にしておいた方が良いでしょう。


3.については、前回お話したことに気をつけて数をこなすのみです。とにかくデータを取る上で温度湿度計も用意して記録しましょう。

1.の気泡が出る要因は、なにも、膠水と白色顔料(炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、鉛白等々)の掛け合わせの時にうまく行けばこと足れりというわけではありません。実は、刷毛の根元にはかなり空気を含んでいます。この気泡を、刷毛に含ませた塗料が一緒に下地の方に運んでしまうのです。したがって刷毛をよくしごいてその空気を抜くよう心がけたいものです。
また、なるべく刷毛の穂先だけを使って塗るようにすると良いようです。

仮に失敗した場合は、指を湿らせて表面を擦るという姑息な手段も使います。藤田嗣治などは、あれだけ下地を大事にしていたにも関わらず、画面の脇の方の気泡はそのまま残しているものがありました。

2.は、麻でできた寒冷紗を私はよく使用しますが、もっと目の詰んだキャンバス生地を使うと、たまに失敗して何ヶ所か浮いてしまいます。そんな時は、注射器に膠液を入れてその浮いたところに注入して難を逃れます(針は筋肉注射針を使用)。入手が多少困難でしょうが、私は、実験用のビーカーや試験管を調達している医療機器の卸屋で入手しました。

寒冷紗を使用する場合の下地は、その表面は布目が見えないようにフラットにします。したがって、寒冷紗の上にはやや厚めに下地を塗ります。
通常の技法書は板に膠塗りして、そこに布をしっかり貼り付けるわけですが、私はそうせずに膠塗りした上にすぐ下地を何層か塗ります。それからもう一層下地を塗って、それが乾かないうちに寒冷紗を被せ、時をおかずにその寒冷紗の上にさらに下地を塗ります。つまり寒冷紗を下地で挟んでしまいます。そして下地と一体化させます。
この方法は、布目を生かすために寒冷紗を使うのではなく、下地の補強材として寒冷紗を利用しているわけです。

一方、キャンヴァス布を使用するときは、その布目が残るように下地を薄く施します。この場合は、板に膠塗りしたその上にキャンヴァス布を張ります。そして目止めをした上で布目が残るようにその上の下地は薄く施します。

●ヴァン・ダイクについて
彼の技法に関しては、ロンドンのナショナルギャラリーが発刊している修復保存報告書“National Gallery Technical Bulletin”, London, vol. 20, 1999. が参考になります。
タイトルは、「アントワープ及び英国の絵画:ルーベンスとヴァン・ダイク(オランダ語の発音はファン・デイク)」

“Anthony Van Dyck”, The Metropolitan Museum of Art, Bulletin, vol. XLII, No. 3, 1984-5. に載っている1630年頃のオイルスケッチを見ると、ルーベンス工房にいたこともあって、ルーベンスのそれとまったく同じように刷毛目のあるインプリマトゥーラの上に描いています。但し、蔭の処理がまったく違います。


●ukaさん、プラドのヴェラスケスをご覧になった感想等是非レスして下さい。また、そのうちヴァン・ダイクも。

ところでukaさん、ジャスパー・ジョーンズの描いたアンコスティック(蝋画)『星条旗』を観られたことありますか?学校の方ではアンコスティックの授業演習はあるのでしょうか?


お久しぶりです。

uka さんのコメント
 (2003/07/01 11:41:50)

なんだかいろいろあって忙しかったです。夏休みなのでできる事をいろいろやろうとしたらやりたい事ばかりで何も出来てないです(泣)でもここ二週間くらいでニューヨーク州のハドソンにあるFredrick Churchの家のある山にいって直射日光の下でドローイングして大焼けしてきたり、美術館三昧しております。Museum is the best teacherですよね。

昨日最終日だった"Manet Velazquez French taste for Spanish painting"の展示をメトロポリタンにもう一回みにいきました。大好きな絵と言うのは友達に会うみたいな感覚になるんですよね。スペインに帰ってしまう前にベラスケスのイソップにさよならを言いにいきました。(子供)

あのイソップの絵であれだけの絵の具をのせてのスムーズなモデリングというのはため息が出ます。今回の展示では7枚彼自身による大きなポートレイトと二枚のワークショップによる絵がきていました。面白いのは、展示の最初の方はベラスケス、ムリリョ、ズーバラン、エル・グレコ(スペイン人じゃないけど)などの絵からはじまり、そこからそれらに影響を受けたゴヤのエッチングによるベラスケスのコピー、そこからフランス画家に移りデラクロワ、ミレー、コルベー(クールベですか?)、ドガ、マネが顕著にスペイン画家の影響を受けた作品などを実際にベラスケスの絵の横にマネやムリリョが構図を似せて描いたものを一緒に展示したりしていました。そこから今度はアメリカの画家がどのような影響を受けたかをサージェント、カルロス デュラン、ウィリアム メリット チェイス、ウィッスラーなどの絵を通してみせていました。サージェントのベラスケスのコピーが3点程あったのですが、どっちかというとオーバーモデリングの傾向が見え、ソフトエッジがオリジナルより多かったです。

とにかく今回の展示はプラドとオルセーがこんなにも有名所の絵を外に出すのかと驚きました。マネについて言えば、笛吹きや、バルコニーの絵も持ってきてましたし、(タイトル適当ですみません)ちなみにバルコニーの構図の元になったゴヤの絵もすぐそばにおいてあったりして、なんだかアーティストがどのようにして構図を絵から学んでいったかというところがみれておもしろかったです。

ベラスケスの絵にもどりますが、その絵によってかき方もぜんぜん違うんですよね。ベニシアンレッドのような下地がみえるものもあれば、ダイレクトに絵を描いているものもあり、特に彼のエッジのハンドリングにはため息ものです。後肖像画の周りにある静物がすごいですよね。ドワーフの持っている本や、ペン立てなどなんともないものが簡単そうに、でも物凄くよくかけていて、帰ってから自分の絵をみて泣きそうになりますね。なんだか長くなりましたが、いい展示でした。しばらくこんな自分がエキサイトする展示もないので寂しいです。あってもHudson River Schoolの展示ぐらいですね。

>ジャスパー・ジョーンズの描いたアンコスティック(蝋画)『星条旗』を観られたことありますか?学校の方ではアンコスティックの授業演習はあるのでしょうか?

はい、しかし学校での授業となるとないですね。ミクストメディアのクラスだとあるのかもしれないですが、大学にいた頃はクラスメイトとかが人づてにきいたり、本を読んだりして自己流で蝋を溶かしてやっているようでした。

今年の夏の課題(自分に対しての)は本を出来るだけたくさん読む事なんですが、もちろんRex Vicat Cole,“Perspective for Artists”も入ってました。今順番待ちじょうたいですね。なにしろ読むのが遅いので、、、ところで、Harold Speedのドローイング、ペインティングの本は両方とも読まなければいけない本ぐらいに私の学校で言われているくらいです。あとはHawthone on Painting,BridgemanのLife Drawingなどですかね。Bridgemanについては昔うちの学校で教えていたせいかもしれません。

ところでローシエナ、バーントアンバーってRaw(生)とBurnt(焼く)ってことだったことにいままで気付かずにいました!(そう書いてあるのに!)頭にポン!と電球がともった感じです。なるほどRawの顔料をもっていれば、そこから好きに焼いて色の変化の加減をみられるわけですね。でも普通にフライパンで焼くんですか?

板画下地の話になりますが"下地の補強材として寒冷紗を利用"とおっしゃってましたが、下地を厚く塗っているのでジェッソがはがれたりしないんでしょうか。実際寒冷紗を使用しないものとくらべるとどんな差があるんですか?

余談になりますが、この間日本から派遣できている美術家の方にお会いしました。あまりにもやっている事が違うので理解しがたいところがあるのですが、その方に"写真が発明されてから絵画は死んだに等しい。なぜ今具象をやる必要があるのか?’と言われました。私から言わせると”アート”はいつから研究のいらない理論武装になってしまったのか?という気持ちです。いつも新しい事をやっていなければ世の中に出していく意味がないなんておかしな事です。けして私のやっていることは昔をくり返しているのではなく、今の時代にしか出来ないものを創っていると思います、が、どうも口で説明するのがうまくないのできちっとした反論ができずくやしかったです。


筆の赴くままに

Miyabyo さんのコメント
 (2003/07/05 01:20:37 -
E-Mail)

メトロポリタンのリポートに感謝します。

今回のukaさんのレスはいくつもの話題に発展しそうな内容で、その一つ一つについては書けませんが、いくつか拾って筆の赴くままに。

≪今回の展示はプラドとオルセーがこんなにも有名所の絵を外に出すのかと驚きました。≫

日本の多くの美術館がそうであるように、交換条件に見合う作品をあまり持ってないために、修復費用などの費用に当てる程度の作品しかなかなか来ないのに比べて、メトロポリタン美術館は、十分すぎるほどの名品を持っておりますから、それを当てにして貸すのかもしれません。

日本にもたまに良いものが来ますが、ほとんどは、数点の目玉を借りて、後は先方の美術館で展示もしていない知名度だけある画家の小品や一般には知られていない画家の並品でお茶を濁しています。ただ、私の場合はそうしたB級品でこそわかる画家の臨場感というのを結構楽しませてもらっていますし、以前のような単に語学と美術史を知っているだけの文系の学芸員の時代と違っていて、実際に絵を描く能力を有する美術大系の学芸員も増えているためもあってか、面白い切り口(プレゼンテイション)で楽しめる展示会も増えてきています(結構美系の学芸員は苦労してらっしゃるようですが)。

●チューブ入り絵具の節度
5/28レスの、ルーベンスのパレットについて述べたところで、

≪この表から彼がランプ黒を好まない傾向がありそうだ、ということの方がはるかに意味があるのです。これは、白〜灰色(時にオーカーを混入)の下地を陰翳部で生かすために、被覆力が少なく青みのある植物炭黒を多用したことと対照的です。≫

と書きました。このこと自体まったく問題ないのですが、いささか解説がいるのではないかと思い、以下付記しておきます。
「植物炭黒」に相当する現在の絵具名として、ヴァイン・ブラックとピーチ・ブラックがありますが、現行のチューブ入り絵具は、中身が別物であるということはご存知かと思います。まあ、世の流れというもので、素材が変わってしまうのはある程度いたしかたないのでしょうが、昔日の画家のパレットについて云々する時に、非常に困ることもあるのです。そのひとつが、この『植物炭黒』です。

私は≪被覆力が少なく青みのある植物炭黒≫といいました。これは、本来のランプ黒、アイボリ黒と比較した場合、本物のピーチ黒やヴァイン黒は、もっとも被覆力が少ない(低い)のです。ところが、近頃の絵具メーカーの多くは、ピーチ黒を、ランプ黒を越えてもっとも被覆力を高くしてしまっています。別の言い方では、隠蔽力(Hiding power)。

なぜ、歴史的事実を無視してまで、アニリン系の顔料を添加してこの隠蔽力を高める必要があるのでしょうか?それも元々隠蔽力が高いランプ黒ではなく、その低さが利点のピーチ黒やヴァイン黒に対して。

私が黒を手練りする理由のひとつでもあります。

漆黒の黒にはランプ黒を、赤味のある黒はアイボリ黒を、そして青みのある黒はヴァイン黒を、と使い分けるのみでなく、被覆力の違いを利用した描画を行う者にとって、植物炭黒をイメージするヴァイン黒などの被覆力を高めて一体何の正当性があるのだろうかと、いぶかしい限りです。

傾向としてはアクリル用の顔料と一致させるメーカーが増えているようですから、チューブ入りの油絵具は、私のようなものには非常に使いづらい時代になっています。

とはいえ、アクリル絵具やエアーブラシ用インクを使った作品も、必要に応じて使い分けて制作しますけれども。


●事のついでに
私は下絵やエスキースをパソコンでやることも多いのです。
例えば、スケッチブックに描いたものをスキャナーで取り込んで、Adobe Photoshopなど使って色合わせをした上で本作(油絵)に入ったり、面倒な角度をつけた楕円その他はAdobe Illustratorで作製したものをA3対応のプリンターで出力したり‥‥などということも自由に行っております。これは、私なりの経済学で、余計な研究ばかりすることもあって、金と時間、特に時間が足りなくて、成りゆきの策でもあります。

ところで、特にアメリカの美術学校(すべてとはいいませんが)と日本のそれとの大きな違いは、Artist又はPainterとしてどのようにデビューしたら良いかとか、画家としての経済学といった科目が、ちゃんとあるというところではないでしょうか?画廊と美術批評家がつるんで作家を売り出すということが当たり前のアメリカでは、才能は一割で残りは人脈と運といわれる由縁でしょう。日本は、ほとんどの場合その辺りはほったらかしで、お前の問題だから勝手に生きろ、というのがファインアート系の実体なのではないでしょうか?
日本の場合、市場が狭いこともあって、生徒も先生もしのぎを削りあうとすれば、さもありなんですが、その一方で、熱血漢?の話もあります。

地方のある公立美術館の中堅の公募で、某大学の教授兼審査員が、自分の教え子の中から受賞させようとして、あまりにお下品な営業をしたために、美術館側ともめたこともありました。

そういえばこんなこともありましたっけ。つい最近の話。別のある美術館で、近代〜現代の郷土の画家から選別された作品展がありまして、たまたまそのレセプションにおよばれしたわけですが、美術館側で用意された酒宴の席で、それも乾杯される前の挨拶から、やや雲ゆきの怪しい発言が‥‥。
以下、私のその場の印象を要約しますと、まず、明治・大正、それに昭和初期までの作家は良しとして、それ以降の選定基準に地元作家の方々には不満が多かったらしいこと、さらには、そろそろ我々の中から買い上げの作品があってもいいのではないか、とのおねだり発言。
酒が進みはじめると、どうやら地元作家連の重臣とおぼしき方からの、具体的な不満の作家名を仲間内ではなく主催者側に告げるなど、お下品極まりなし。
私は乾杯の時に口をつけただけのグラスを残して、どたばた劇の終焉を見届けることなく退散した次第でした。


●土系顔料を焼くこと
土系顔料は、間に合わせに少量作る場合は直径8cm程度の磁器製坩堝を使い、500g位の単位で焼く場合は顔料専用にしているフライパンで焼きます。前者はアルコールランプで、後者はガスを使用しています。
要領は、カレーを作るときに予め小麦粉だけを鍋で空焼きをして色をつけますが、それと同じです。これでイメージがわかない場合は、実際に小麦粉で実験してみましょう。


●下地の厚さ
≪板画下地の話になりますが"下地の補強材として寒冷紗を利用"とおっしゃってましたが、下地を厚く塗っているのでジェッソがはがれたりしないんでしょうか。実際寒冷紗を使用しないものとくらべるとどんな差があるんですか?≫

塗りっぱなしの場合もありますが、場合により、平滑性を保つために、エッジのきいた鉄板やサンドペーパーで削っていますし、そんなに厚くはなりません。下地は全工程を終わっても厚さは2侈に。寒冷紗の下は白色顔料を薄めに、寒冷紗の上は下より濃い目に施します。寒冷紗の下は2〜3層、上の方は3〜4層というところでしょうか。

≪差≫の件は、ます、特に他の方法と比較してこの方法が絶対であるという気はありません。がしかし、寒冷紗をバインドしない下地よりはるかに堅牢です。
板画と同列にはいきませんが、かつて日本家屋の土壁には藁を混入させて強度を増していましたし、高松塚古墳でも植物性の繊維を混入させていますよね。私が支持体の加工及び下地の自製を始めた当初に参考にした書籍には、この方法は載っていませんでした。それでも、この方が良いと思って、やっておりました。

ところが、思わぬところで、同じ方法を見つけました。一度目のヨーロッパ旅行で立ち寄ったパリで、ラングレの改訂版を購入したのですが、初版にはなかった文献が参考文献欄にあって、書名につられて全巻注文したのです。アンドレ・ベギンの『絵画技法事典』全6巻がそれなのですが、その中に図解してあったのです。

のちに、たまたま芸大の佐藤教授にお会いする機会があって、下地の話題になったときに、この件を話題にしたところ、「実は今生徒にはその方法でやらせている」とのことでした。1987年の話です。この話は他のスレッド『支持体と地塗り』2002/09/16「メディウムの加工と天井画の支持体」でも触れていますが、その当時の研究成果が載っているのが、新技法シリーズ『絵画技法入門』佐藤一郎著 美術出版社1988年のp. 80-81.です。前膠塗りを終えた木板に、膠水+炭酸カルシウム+軽石粉の捏ね物をまず塗り、次に布を覆い、更に布への目止めをすることなく上記の捏ね物をその上から厚めに塗っています。こちらは、寒冷紗ではなく、綿布を使っています。その布がしっかり下地で挟まれています。

使用材料は一部私の方法のものと異なりますが、コンセプトは同じです。ちなみにこの方法による下地の最も古いもので、25年ほど経過していますが、一切亀裂等入っていません。また、カゼインを使った方の下地もベストコンディションです。


◆美術家の理論武装について(揚げ足取りにならない程度に)
≪その方に"写真が発明されてから絵画は死んだに等しい。なぜ今具象をやる必要があるのか?’と言われました。私から言わせると”アート”はいつから研究のいらない理論武装になってしまったのか?という気持ちです。いつも新しい事をやっていなければ世の中に出していく意味がないなんておかしな事です。けして私のやっていることは昔をくり返しているのではなく、今の時代にしか出来ないものを創っていると思います≫

●まず、某氏の≪写真が発明されてから絵画は死んだに等しい≫の発言について。
これは、絵画に内包する「可能性」のひとつとしてある『記録性』に関する議論ですね。

この議論は、
映画が発明されてから写真は死んだに等しい、
次に、
テレヴィが発明されてから映画は死んだに等しい、

という風に、新しい記録性メディアができるごとに永遠に続く話です。その某氏には、新しいメディアが生まれるごとに、その常套句をさえずって頂くことにして、放っておきましょう。

おそらく、もっとも過激な発言は、物を作らない(制作しない)ことを宣言した作家(画家・美術家・芸術家?)でしょう。すでに記憶は曖昧ですが、数十年制作せずに下手なチェス三昧でお亡くなりになりました。その間、番記者みたいな批評家がいて彼の言葉を落穂拾いしては、売文を載せていました。ところが、その作家が亡くなると、遺作なるものがでてきました。Peep Showsみたいな作品で、物を作らないと宣言した後に何年もかけて作っていたのだそうです。 それが、画家としては二流のマルセル・デュシャンです。いわゆる『現代美術』の作家の中では好きな方ですが、一言言わせてください。
「お前は嘘ついたからあの世に行ったら舌抜いてやる! まっとれ!!」

さて、
死んだに等しいというある種の価値観が出来上がる頃に、それは少し遅れて、あるものは『芸術性』を帯びて美術館入りしています(例え生前の作者が美術館を否定していたとしても)。

これは、『記録性』を持つ新たなメディアが誕生することで、それまでのメディアが、その有効性を失い、通常は廃れていきます。レコード盤、テープレコーダー、カセットテープ、ヴィデオテープ、レザーディスク、コンパクトディスク、MO,DVD、‥‥と、ほんのここ50年ほどを見てもめまぐるしく記録媒体は変貌し、芸術性に向かう間もなく永遠にその役割を終えていきます。つまりある完成へ向けての過度期的メディアとみなされたものは、容赦なく消え失せてしまいます。

しかしながら、中にはその『記録性』の先端から開放されることで、新たなる表現力や価値観を醸しだすものや、更なる表現力を獲得するものがあるわけです。

ところで、人類は長いこと、『記録性』に関しては、ほんのわずかの手段しか持っていませんでした。その代表が、文字(文学)であり、図像(絵画)であったことは周知のごとくで、ダ・ヴィンチも述べ、後の16〜17世紀のオランダでもてはやされたCamera Obscuraや Peep Showsの延長上にある写真機ができるまで、この役割はあまりにも長きに渡るものでした。

見たものを記録できる写真機(カメラ)の発明は、当初は今のフィルムに相当するものの感度やレンズの明るさの問題でかなりの露出時間を要したものの、画家の多くは非常にショックを受けたに違いないと思います。しかしながら、これを画家と対峙するものとしてではなく、テクノロジーとして活用しうる道具であるとみなす画家もいたわけです。
ご承知のように、見えるように記録することをカメラに委ねた絵画(印象派以降)は、その後実に多種多彩な、未曾有の絵画を開花させることになります。
したがって、

≪写真が発明されてから絵画は死んだに等しい≫ のではなく、まったく逆に
≪写真が発明されてから絵画は新生したに等しい≫ のです。


●≪なぜ今具象をやる必要があるのか?≫について

≪写真が発明されてから絵画は死んだに等しい≫ことと、≪なぜ今具象をやる必要があるのか?≫ということは、まったく別次元の話です。しかも、絵画はいかなる場合も具象です、いわゆる抽象画ですらも。つまり具象=絵画。

したがって、≪なぜ今、すでに評価の定まった過去の技法に基づく具象をやる必要があるのか?≫ではないでしょうか? まさか、いわゆる抽象画をやれといってはいないと思います。状況がわからないので、勝手に解釈しますが。

しかし、≪なぜ今絵画(=具象)をやる必要があるのか?≫であれば、ことは深刻なのだろうと思います。

なかなか面白い話題ではありますし、私は私なりの考えはきっちりもっていますが、白い画面に向かって書くよりも、安酒場で開陳する方が馴染むものとみなしておきます。

●9.11以降
例の貿易センターの事件以来、多くの作家がそのことにショックを受け直接間接に制作内容が変わってきたといいます。特にアメリカでは、いわゆる「現代美術」が頭打ちで、市場はより具象性のあるものを好む傾向があるとのことですが、ukaさん、現地におられてそうしたことを肌で感じますか?

●ラピスラズリのこと、近況
現存する19世紀以前のラピスラズリの顔料見本をここ3週間ほど探していたのですが、灯台下暗しで、自宅の書庫に図版で載っている書籍が見つかり、ほっとしているところです。水彩絵具としての見本で、また、17世紀代の方は、当然ながら古く紙も随分酸化しているものですが、これを論文の方に載せようと思っています。



画材&技法 全般 (10)」へ続く。


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