絵具について

顔料と展色材

私たちが普段使用しているほとんどの絵具は、それぞれ固有の色を持った粉末の顔料と、それを画面に定着させるための接着剤を混ぜ合わせて作ったものである。例えば、油絵具は接着剤の役割を果たす乾性油(空気に触れて乾燥・固化するタイプの植物油)で顔料を練ったもの、アクリル絵具はアクリル樹脂と顔料、水彩絵具はアラビアガム水溶液と顔料を混ぜた合わせたものである。すなわち、油絵具、アクリル絵具、水彩絵具などの絵具の種類の違いは、主にこの接着材の違いと言うことできる。なお、これらの接着剤のことを媒材展色材バインダー(binder)ビヒクル(Vehicle)など呼ぶ。

どの種類の絵具でも、使用する顔料はおおよそ共通しているが、展色材との相性が悪く、使用できない組み合わせもある。例えば、日本画の白として重要な胡粉(炭酸カルシウム)は、乾性油に混ぜた場合、色を失うって半透明になるため、油絵具では白としての役割は果たせない。逆に油絵具でよく使用される鉛白は、耐アルカリ性に劣るのでアクリル絵具やフレスコ画には向いていない。物質的な相性の他にも、例えば、天然の鉱石や土などから採取する顔料は、地域によって豊富に在る場合とそうでない場合があるから、使用する顔料の傾向が地理的に異なることもある。また、文明圏の違いや時代の流れによる美的感覚の変化によって、使用する顔料、あるいは高い評価を受ける顔料が違ったりすることも多い。同じ顔料を使用しても、展色材の種類によって、見た目の色は大きく変化する。テールベルトという顔料をテンペラ技法で使用すると、明るめの緑色になるが、油絵具では透明度の高い暗い緑になる。

先に説明した通り、絵具は主に顔料と展色材により構成されているが、それだけでは使いやすい絵具とはならない。チューブ入りの水彩絵具には保湿剤が不可欠であるし、アクリル絵具に至っては製品を安定させるためのさまざまな助剤の集合体である。油絵具は、最低限、乾性油と顔料だけでも、それなりに使用可能な絵具となるが、市販のチューブ絵具のような性能を得るには、やはりさまざまな助剤が必要となる。例えば、乾燥の遅い色の場合は乾燥剤が加えられることが多い。また、印象派以降、絵具の盛り上げを生かした作品が油絵の主流になっているため、形成剤、増粘材となる成分を加えることもある。体質顔料(無色透明の顔料)を加えて、着色力を調整や、製品を安定化、コスト削減等を行なったりもする。従って、同じ顔料を使用した油絵具でも、各メーカーの製品コンセプトによって、それぞれ違った性質の絵具となる。そのようなわけだから、さまざまなブランドの絵具を試して自分に合ったものを探すのは重要であるし、時には自分で絵具を作ることも試みてみるべきである。

顔料とは?

顔料はそれぞれ固有の色を持った粉末状の色材である。展色材や溶剤(テレピンや水など)に溶けないことが条件となる。例えば、油絵具の場合は乾性油の中で溶けずに粒状のまま分散した状態で存在するということになる(顔料と異なり、展色材や溶剤に溶けてしまう染料はそのままでは、絵具のように使用できない)。以下に市販絵具を選択する上で、最低限知っておきたい顔料の性質について記述する。

顔料の性質で重要なものに、毒性の有無、混色制限、耐久性、耐光性が挙げられる。

そのうち、顔料の毒性に関しては「毒性と火災への注意」に記述している。

ある特定の顔料同士を混ぜ合わせると、変色を起こすため、その組み合わせで混色できないことがある。これを混色制限という。混色制限のほとんどは、鉛白(シルバーホワイト)と硫黄系の顔料(バーミリオン、ウルトラマリン等)の組み合わせである。ただし、これは顔料を精製したときに残る遊離硫黄が原因で起こるもなので、現在のよく精製された顔料では、滅多に変色はないと聞く。あったとしても非常に僅かなものであるので、事実上、混色制限の件は無視してかまわない。そもそも、西洋絵画、とくに油絵具の白は長い間シルバーホワイトしかなかったので、それらとウルトラマリン、バーミリオンを混ぜないで使用するというのは難しい話である。

顔料を練る際に必要とする展色材の量は、それぞれの顔料で異なります。これを吸油量(水彩の場合は吸水量)といいます。これは粒子の大きさや、顔料に含まれる物質の性質に左右されます。例えば、粒子が小さいほど、一定量(一定重量)での表面積は大きくなるので、より多くの展色材を必要とする傾向があります。吸油量は乾燥速度に影響します。油彩の場合は、展色材である乾性油が増えるほど、乾燥が遅くなります。

顔料の中には、乾燥を促進する物質が含まれていることがあります。鉛白(シルバーホワイト)は、油絵具のなかでも乾燥速度が速い絵具なのですが、これは鉛が乾性油の酸化重合を速めるからです。同様にマンガンが含まれているアンバーなどの油絵具はさらに乾燥が速くなります。

顔料には、酸性とアルカリ性への耐久性が表記されています。例えば、シルバーホワイトは耐アルカリ性に劣るため、アクリル絵具には向きません。顔料の耐アルカリ性、耐酸性などは、チューブ入りの市販絵具を買う分には気にしなくてもいいのですが、自分で絵具を作るときはチェックせねばなりません。油絵具、水彩絵具の場合は、酸性に弱い顔料を避け、アクリル絵具、フレスコ画法ではアルカリ性に弱い顔料を避けてください。

顔料には光に弱いものや、大気ガスに弱いものがあります。このような顔料で描かれた画面は、保護ワニスを塗るか、または耐久性のある色で薄くグレースするなどの処置があると色が長持ちします。古典的な例では、黒変する性質のあるヴァーミリオンの上に赤のレーキ色でグレースする方法などが知られています。これにより深みのある赤が得られるとともに、バーミリオンの黒変を避ける効果があります。

「体質顔料」は、色のついていない無色または白色の顔料で、着色力の強すぎる絵具の色を抑えたり、染料をレーキ顔料にするために使われたりします。染料は展色材に溶けてしまうので、絵具の色材には向かないということを書きましたが、体質顔料に染料で着色し、溶剤に溶けないようにしたものを顔料として使用することがあります。これをレーキ顔料と言います。ただし完全な不溶性になるわけではなく、色素が遊離して、画面の皮膜の中で動くことがあります。例えばクリムソンレーキを塗った上に白を塗ると、下の色が染み出してピンクに染まることがあります。これをブリード現象といいます。このような絵具は当然ながら、下地や下層には不向きであり、仕上げの段階で使うことになります。

体質顔料は高価な顔料を水増しする用途にも使われます。専門家用の絵具は体質顔料が少なめであることを売りにしていることもありますが、学童用、初心者用、大作用と銘打っている絵具は、とてもたくさん体質顔料が混ざっています。専門家には体質顔料の多い絵具は好かれませんが、初心者にとっては、着色力に差を体質顔料が埋めてくれるなど、決して悪いことばかりではありません。また、顔料や展色材の性質上、どうしても体質顔料を混ぜなければならない絵具もあります。


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最終更新日 2007年11月12日

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