『西洋絵画の画材と技法』 - [材料] - [媒質・メディウム]

乾性油の精製

種子から搾油したばかりのオイルは濃い褐色で不純物を多く含み、極めて流動性が高く、また、乾燥も遅い(画材として市販されている各種のオイルは、不純物を取り除く等の精製を行なわれており、その結果、画材として使い心地の良い製品となっている)。未精製オイルは、水で洗浄して不純物を取り除き、太陽の光に晒して漂白すると、透明なオイルになる。本項では未精製のオイルを洗浄・漂白する方法を紹介する。当然のことながら、通常の画材用乾性油はすでにこの工程を経ているので、このような作業は必要ない。オイルへの理解を深める為、あるいは未精製のオイルを自身で精製して使用するというのが本項の目的である。オイル精製について私が最も参考にしたのは、A. P. ローリーの名著Painter's Methods and Materialsであり、本項のかなりの部分もその書に依っている。

工場での精製工程

乾性油に限らず、一般に市販されているオイルは、次の工程によって、製品となり出荷される。

植物の種子からオイルが搾り出される。リンシードオイルなら亜麻の種子、ポピーオイルならケシの種子から搾油する。その方法は大きくわけて「抽出法」と「圧搾法」があり、両者が組み合わされることも多い。圧搾は、原料を機械的に圧搾して搾る方法で、その方法で得られるオイルを「圧搾油」、特に高熱を利用しないで圧搾するものを「コールドプレスドオイル」と呼ぶ。圧搾法では、原料にまだオイルが残っているので、その後に溶剤などの抽出法でオイルが取られるのだが、ヘキサンなどの溶剤を使うので、溶剤を取り除く精製が必要である。また溶剤等の影響により栄養素が破壊されているのではないかという人もいる。しかしここでは、昔ながらの方法に限定して、圧搾されたオイルの精製に取り組みたい。コールドプレスド・オイルとして売られている油は、ふつう精製・漂白等もされていない。濃い黄金色をしつつも透明で、たいへん流動性が高く、少しくらい冷えても流動性の高さは維持される。不純物が少なく、未精製のままでも利用できる。たいていの場合、精製されたふつうのオイルより値段が高く、場合によっては倍以上もしたりする。搾り出したばかりの、濃い黄金色をしたオイルは、精製の工程を経て、無色透明のオイルになっている。画材用のリンシードオイルの場合、かつては太陽に晒して脱色する方法が有名だったが、現在は活性白土など色素吸着剤を使うなどした方法が多いと聞く。この工程によって、画材店で見るような透明なリンシード・オイルになる。製品によっては、今でも太陽による脱色を行なっているものもあるが、これは手間と時間がかかるため、値段が高い。その他、脱ロウ、脱臭等の工程を経る。

未精製オイルの入手

画材店で購入できるコールドプレスド・オイルは、精製工程を経ていないものが多く、濃い褐色をしているので未精製とわかる。W&N社のコールドプレスド・リンシードオイルが最も手に入手しやすい。量が少なく、値段も高いので大量に作成するには向いかないが、試しにやってみるなら調度良い。その他、俵屋工房で亜麻仁油の他、胡桃が入手可。Natural Pigementsという米国の通販サイトでも注文可能。また、食用としても紅花食品から未精製低温圧搾亜麻仁油が販売されている。木工・塗料関係のお店やWebサイトでも扱っていることがある。以下の作業と必要となるフラスコ、ビーカー等の道具類はホームセンターかネットショップで購入できる。

オイルを水で洗う方法

もっとも原始的な方法を考えれば、ただ単にオイルを棚に置くことで、不純物やゴミを沈殿させるという、stand(置く) oilの語源のような考え方もある。搾油したときに微細なゴミなどが多く混ざっていたときは、そういう方法もあるかもしれないが、とりあえす市販のコールドプレスオイルには、ふつうゴミは混ざっていない。次に単純な方法としては、オイルを水で洗うという行為になるかと思う。液体のオイルを水で洗うという表現も変だが、水と油はすぐに分離するので、両者をかき混ぜると、水溶性の不純物を取り除くことができるのである。

昔の職人の工房で行なわれ、今でも一部には続いているものとして水で油を洗う方法がある。水と油を一緒にしてよく振り混ぜると、水溶液の不純物は総て水相に移って下に沈むから、これを流しすてる。またよくやる方法としてはよく振り混ぜた後で容器ごと凍結温度の中におき、水の部分が凍ったら油を流し出す、というのがある。ローリーはこれらの諸方法のいくつかを詳細に書いている。『絵画材料事典』

未精製オイル、平底フラスコ、ビーカー、タオルを用意する。フラスコの代わりに別のガラスの容器を使ってもよいが、少量を試しにやってみるなら、平底フラスコが一番使いやすい。フラスコの大きさは、精製するオイルの量によって選ぶが、ここでは300mlのフラスコを使って説明する。未精製オイルを別容器に少量残しておくと、すべての作業が済んだ後、結果を比較することができる。

手順画像

130ml前後の未加工オイルをフラスコに入れる。お湯を沸かし、オイルの入ったフラスコに100mlほど注ぐ。

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熱湯を入れたら直ちにフラスコに栓をし、タオルで包んで勢いよく振る。このとき、フラスコ内は物凄い内圧を生じる。容器が割れる可能性もあるので、しっかりとタオルで包んで怪我などしないように配慮。できれば長袖の作業を着用する方がいい。ヒビの入ったフラスコを使ってはいけない。

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ある程度振ると、フラスコの中は不透明な黄色い液体で満たされる。そのまま屋外に出して直射日光の下に晒しておく。すると、次第に3色に分離し始める。一番下に水、次に水に溶けた粘性物質の層があり、その上にオイルが来る。3日ほど太陽の下に置くと、完全に分離する。

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できるだけ振動を与えないようにフラスコを持って、冷凍庫へと移す。24時間ほど冷やすと、水と粘性物質が凍る(あまり長く冷やしたり、温度を低く設定し過ぎるとオイルまで凍ってしまうので加減に注意)。水と粘性物質は凍っている状態のもとで、オイルだけを別の容器(ビーカーなど)に移す。

この洗浄の作業を繰り返すことによって、より不純物を取り除くことができるが、オイルの量も減ってゆく。1〜2回の洗浄の後に、太陽による漂白に移るのが丁度よいかと思う。サンシックンドオイル加工を行なう場合は、綺麗に取り除いた方がよいが、そのまま画用液として使うならば、完全に除去することを目指す必要はないと考える。

太陽光に晒す作業を行なう際は、光線の集中による火災に注意すること。いわゆる「収れん現象」と呼ばれるもので、水を入れたガラス瓶やペットボトル等がレンズの役割を果たし、太陽光を集中させ、近くに燃えやすいものがあると発火させてしまう恐れがある。特に冬は太陽光が低い角度から差し込むので、広い範囲で気をつけねばならない。できればコンクリートの床や壁の側で行なうのが望ましい。

白土濾過

硫酸バリウム等の白土顔料をオイルに混ぜ合わせ、色素及び不純物と共に白土が沈殿した後、オイルだけを得る。使用する顔料はバライト粉、あるいは人工のバライト粉である硫酸バリウムが適しているとされるが、その他、よく洗浄した細かい砂や、ガラス粉、炭酸カルシウムも使用できるということである。

しっかりとフタをして密閉できるガラス容器を用意し、体積比にしてオイルの大凡1/3くらいの白土顔料を入れる。その上に漂白するオイルを(ガラス棒などでかき混ぜながら)注ぎ、しっかりとフタをする。カクテルを作るかのように、容器をよく振って、顔料とオイルを充分に混ぜ合わせる。その後、棚に戻して数日すると、顔料がすべて容器の底に降りて、上層部がオイルだけになっている(場合によっては、振ったり沈殿させたりを繰り返す)。最後に上層の油だけを取り出し、顔料は破棄する。顔料がなかなか底に降りていかないときは、少し温めるとオイルの流動性が増して、素早く沈殿する。

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上記は比較的穏やかで地味な方法である。もっとはっきりした結果を得たい場合は、活性白土と呼ばれる強力な色素吸着能力を持った紛体を利用すると、一瞬で油が漂白される。活性白土は油脂工場で使われるものだが、一般の薬局で試薬として購入できる。1kg、5000円程度。本来は大きな圧力をかけ、熱と共に色素を白土に吸着させるそうだが、単にオイルと軽く混ぜ合わせて沈殿させるだけで漂白された。太陽に晒して漂白した場合、室内に戻すと少し色が戻るが、この薬品によって取り除いた色素は戻らない。古典的手法を考える上では邪道であるような気もする。なお、白土濾過に関しては、主にデルナー英訳版(日本語版であるミュラー改訂版には記述がみつからなかった)、俵屋工房から頂いた資料、及び自らが試みた経験を元に記述しているが、他の2つの方法に比べて実践した回数が少ないので、内容としてはやや力不足である。しかし、水で洗う方法と、太陽に晒す方法の組み合わせがベストだと考えている。

太陽に晒す

大きいガラスフラスコに塩水を1/3、油を1/3入れてゆる目にコルク栓をして外に置く。始めの2、3週間は毎日、中のものを激しく振り混ぜる。その後数週間放置すると、油は澄んで漂白されたものになる。A.P.Laurie『The Painter's Methods and Materials』(日本語訳は『絵画材料事典』から)

伝統的な精製方と言えば、太陽に晒すこと以外にない。元々、リンシードオイルの瓶は、窓目に置けば透明になるし、暗いところに移せば色が濃くなるということはよく知られている。また、完成した油彩画も、暗色におくと暗変し、明るいところに戻せば再び明るさが戻るということも、よく知られている現状である。油彩技法が早くから発達した現在のオランダ・ベルギーは、5から6月にかけて、目が痛くなるほどの強烈な陽射しが降り注ぐ。この強い陽射しと良質の亜麻仁油が採れることが、油彩技法の発展を促したのかもしれない。日本でも春から夏にかけて、油の漂白に適した時期となる。陽射しの弱い秋から冬にかけては漂白に倍の時間がかかる。

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上は300mlの平底フラスコを使った例。油を100ml、水を100ml入れ、しっかりと栓をし、屋外で陽光を浴びせる。2〜3週間はたまにフラスコを振って水と混ぜる。その後は動かさずに陽に晒すと、2〜3ヶ月でほとんど透明になる。

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左は何の処理もしていない精製前のオイル。中央は活性白土による濾過。右は太陽に晒しただけのオイル。これは精製直後に撮影したもの。半年ほど経つと、太陽に晒したものの方は僅かに色が戻ったが、並べてみなければわからない程度の差である。実際に使用した際の黄変は、オイルの見た目の色とはまた別の問題とされる。

参考文献

精製の歴史はArthur Pillans Laurie,Painter's Methods and Materials,Dover Pubnsの他、Sir Charles Lock Eastlake,Metohds And Materials of Painting of the Grate Schools and Mastersに。実際の精製の方法については、Arthur Pillans Laurie,Painter's Methods and Materials,Dover Pubnsが最も参考になる。日本語で読めるものでは、ゲッテンス/スタウト(著)『絵画材料事典』。市販の乾性油についてはホルベイン工業技術部(編)『絵具の科学』と『絵具材料ハンドブック』。油全般については原田一郎(著)『油脂化学の知識』。


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最終更新日 2011年9月13日

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