『西洋絵画の画材と技法』 - [材料] - [媒質・メディウム]

オイルの加工(サンシックンド油,ブラックオイル)

本頁では生の乾性油を「日光に晒す」「火を通す」などして加工する方法を紹介。予め「乾性油」及び「乾性油の精製」を通読のこと。

現代の油彩画では、加工していない生のオイルを利用するのが一般的だが、古くからボイルしたり空気や日光に晒す、また酸化物を混ぜるなど様々な加工が行なわれてきた。それらは油彩登場初期からバロック以降の時代に至るまで、技法に関する記述などにも残されており、幅広いバリエーションがあるが、ここではシンプルに空気と日光に晒すサンシックンドオイル、および鉛と共に煮てつくるブラックオイルを実践する。先人が手記などに残した様々な方法については、ラングレ著『油彩画の技術』は読みやすい日本語で触れているので、そちらも参照されたし。

サンシックンドオイル

サンシックンドオイルは、生のオイルを、空気が通る状態で長期間太陽光に晒して作る。強い乾燥性、ねっとりした粘り、黄変の少なさが特徴である。水との親和性が良く、テンペラグラッサ等のエマルジョン技法の媒材としても適している。市販品はボイルされるために濃い褐色だが、自製品はその工程を省けば透明なサンシックンド油を手にすることができる。

■作業手順
容器に水を張り、その上に薄い層になるように油を置いて、ときどきかき混ぜながら太陽光に晒すというのが基本的な方法であり、以下にその詳細について記す。自製サンシックンドに使用するオイルは、リンシードオイルの他、ポピーオイル、ウォルナットオイルでも可能。幅広のガラス容器に水を入れ、その上に薄い層ができるように油を張る。バットや水槽などがお薦めである。油層は2〜3cmぐらいの厚さになる程度がよいかと思う(油は水よりも軽いので、混ぜ合わせてもすぐに分離し、水の上に層をつくる)。ゴミやホコリが入らないよう、かつ太陽光は通すように、透明なガラス板などでフタをする。その際、空気を遮断しない為にある程度の隙間を空けておく。そして、軒下など雨は当たらないが太陽光は良く当たる、という条件の場所に配置する。サンルームがあれば最適だが、油の酸化する臭いが充満するので、個人宅の室内で行なうのは難しい。ちなみに下の写真は、正方形の水槽に鍋のフタ(ガラス製)を被せた例。鍋のフタは湾曲しているので、空気を通す隙間ができるし、雨はけも良い。取っ手が付いているので、その後の作業でも何かと便利である。

サンシックンドオイル作成

油が乾燥して膜ができないように、できるだけ頻繁にかき混ぜる(夏場などは最低でも日に1回かき回さないとすぐに膜ができる)。また、オイルと水が交じり合うことも肝要である。水槽用のポンプを入れて、水とオイルを常に循環させるというアイデアを聞いたこともある。季節によって異なるが、2〜3ヶ月ほど太陽に晒す。長く晒すほど粘度が高くなるが、晒す期間を各自調整できることも自製の利点と言える。

サンシックンドオイル作成

十分に晒した後、油だけを回収する。水と油が綺麗に分離した状態で、上のオイルだけ保管用の容器に移せばよい。露光中に小さな虫やゴミが混入していることが多いが、たいていのものはオイルより下に沈むので、上澄みをレードル(お玉)ですくうだけで回収できる。念入りにフィルター等で漉してもいいが、その場合もろうと(漏斗)とコーヒーフィルタ(または理科実験用の濾紙)で充分である。粘度が高いから、なかなかフィルターを通らないが、あせらずにじっくり待つことが大事である。

はじめのうちはお玉で油だけをすくうことができるが、油が少なくなるに従い水を残して油だけ取るのが難しくなる。その場合は、オイルと水をもっと細長い容器(ペットボトルを半分に切ったものなど)に移し、小さなレードルですくうと若干やりやすくなる。それでもすくうの難しくなってきたら、ペットボトルのまま冷凍庫に入れ、水が凍ったところで、油だけ移すという手がある(水は凍ると体積が増えるので、ガラス容器のときはお勧めしない。また、冷凍庫の温度設定によってはオイルもすぐに凍るのでタイミングが難しい。夏場は氷があっという間に溶け始めるので、冷凍庫の前に道具類を並べて手早く行なう)。もっと簡単な方法だと、水と一緒に油をすくいだし、コーヒーフィルターを載せた漏斗に注ぐと、先に水が全部流れ落ちるので、その後にゆっくりと垂れてくる油を得るというのもある。

サンシックンドオイルは、容器内で反応して圧力を生じ、瓶などの容器を割ることがあるという。ボイルすればこのようなことは避けられるが、褐色の色が付くなど性質上さまざまな変化をもたらす。サンシックンドオイルを自製する理由の大半は、ボイルしない状態のものを得られる点にある。自製して自分で使う分には、出荷した際のクレームなど考慮する必要はないので、そのまま保存しておけるというわけである。また、自製のサンシックンドオイルは、市販のものよりさらに乾燥性がよいようである。自製をしている方にも、乾燥が速いという印象を聞いたことがあるし、自分で比較したときもやはり速かった。サンシックンドオイルを作るとき、あるいは作ったあとでもいいが、スタンドオイルを混ぜてもよいかと思う(サンシックンドオイルは酸素を取り込んでいるが、スタンドオイルのような重合はしていないと思われる。逆にスタンドオイルは酸素を遮断して重合しているので、両者を併せれば、補い合っていると考えていいだろう。未精製のコールドプレスド油を使用する場合は、いきなりだと、水溶性の粘性物質が析出して邪魔になるので、「乾性油の精製」を参考に不純物を十分取り除いておかねばならない。

※太陽光に晒す作業を行なう際は、光線の集中による火災に注意すること。いわゆる「収れん現象」と呼ばれるもので、水を入れたガラス瓶やペットボトル等がレンズの役割を果たし、太陽光を集中させ、近くに燃えやすいものがあると発火させてしまう恐れがある。特に冬は太陽光が低い角度から差し込むので、広い範囲で気をつけねばならない。できればコンクリートの床や壁の側で行なうのが望ましい。

ブラックオイル(鉛入りオイル)

鉛白を加え、煮て作るオイルで、ブラックオイルと呼ばれるように、真っ黒いオイルができる。ブラックオイルは極めて乾燥が速く、丈夫な皮膜を作る。見た目は漆黒だが、透明度があり、絵具に混ぜて画面に塗布する際には、さほど気にならない。ただし、乾燥するに従って、色調が暗くなる傾向があり、ときにかなり脂っぽい色になる。暗変化を予測して、描画時に若干明るく青い色を使うことをマスターすれば、たいへん優れた画用液となる。日本では、J・シェパードの『巨匠に学ぶ絵画技法』により、広く知られるようになったかと思う。

■材料と道具
リンシードオイル(その他の乾性油)、鉛白顔料
加熱器具(カセットコンロ等)、耐熱ビーカー、石綿金網(またはセラミック金網)、空瓶、温度計

鉛白顔料(シルバーホワイト顔料)は画材店で購入できる。チューブ絵具のシルバーホワイトでも代用できるが、海外メーカーの製品はジンクホワイトなど他の顔料が混ざっていることがあるので、そのようなものは避ける。リサージ(一酸化鉛)が使われることもある。リサージは試薬として薬局などで注文できるが、メーカーに滅多に在庫がない(鉛白を焼いて作ることはできる)。いずれも、毒性があるので取り扱いには注意すること。油を加熱する為の器は、理科実験用の耐熱ビーカーが中の状態を確認しやすくて便利だが、磁器やホウロウの鍋など熱に強いものなら何でもよい。作業中にオイルを加熱し過ぎて吹きこぼれると危ないので、大きめのものがいい。消火器は必ず用意すること。ビーカー内の油に火がついた場合は、とりあえずなんでもよいからフタをすれば消える。なお、高温の油に水をかけるのは非常に危険な行為である。温度計は理科実験用の水銀温度計(300℃まで計れる)があればそれに越したことはないが、スーパーでも購入できる天ぷら料理用温度計でも十分である。特にデジタル式のものが便利である。

手順画像

耐熱ビーカー等の器にリンシード油と鉛白顔料を入れる。鉛白顔料は重量比にしてオイルの5%程度が目安(100gのオイルの場合、5gの鉛白)。チューブ絵具のシルバーホワイトを使用する場合は、油や体質顔料が含まれているので、若干多めにする。写真の例では、300mlビーカーに乾性油180g、鉛白顔料9gを入れている。木のヘラか割り箸などで、それをよくかき混ぜておく。下に鉛白顔料がたまっている場合は、それが満遍なく広がるまでかき混ぜる。しっかりかき混ぜると、牛乳かヨーグルトのような感じになる(市販のサンシックンド油など、濃い色の油を使用した場合はミルクティー色)。

手順画像

以降の作業は、作業中の臭いがキツイので、建物の陰や、ガレージなどに移動して行なうことをお勧めする。コンロに金網、石綿を載せ、その上でビーカーを加熱する。ビーカーが倒れたり、中身があふれたりしないように、くれぐれも注意する。底が焦げないようにかき混ぜながら、徐々に火を強めてゆく。180℃前後に熱していると、徐々に褐色の色が付き、15分ぐらいで、カフェオレのような色になる。そのままの温度を維持させていると、やがてブラックコーヒーのような漆黒になる。J・シェパードは、コーヒー色になった後もさらに1時間火にかけておくように指示している。火にかけたまま放置しておくと、温度が上がり過ぎて発火する危険もあるので、そばを離れてはいけない。温度が上がったら火を止め、下がってきたらまた火を点けるということを繰り返し、温度を維持する。

手順画像

加熱の工程を終えたら、ある程度冷めるのを待ち、生ぬるいくらいのときに、保存用の容器に移し替える(熱い状態の油を突然注ぐと、ガラス容器の場合、割れる危険があるので注意)。その際、容器の口に輪ゴムでガーゼなどをつけて漉しながら注ぐと、ゴミや、焦げた欠片などを排除することができる(屋外でやるとたまにゴミが入ったりする)。容器には、使用したオイルと、日付などのデータをラベルにして貼っておく。棚に保管してしばらく経つと、瓶底に溶けきらなかった鉛白が沈殿することがあるが、それはそのままにして上のオイルの部分だけを使う。ただし、べつに混ぜ合わせて使ってもかまわない。多少、白っぽくなるが、絵具と混ぜれば、その程度の鉛白顔料が色調に影響を与えることはない。

使用する乾性油は、リンシードオイルでなくてもかまわない。私はサンシックド・リンシード等の重合油と、生のリンシードオイルを5:5にしたものを使うことが多い。スタンドオイルをブラックオイル化して、乾燥の遅さを改善するというのも面白いかもしれない。ルフラン&ブルジョワ社のブラックオイルはウォルナットである。ウォルナットまたはポピーオイル、それらとリンシードオイルの混合など、組み合わせはいろいろ考えられる。

乾性油によっていは、カフェオレ色からブラックコーヒー色に変化するまで、けっこう時間がかかることがあるが、そのようなとき、ダンマル樹脂をひとかけら入れていると、なぜか短時間で済むことがある。何故なのかは全くわからないが、今のところ使用上の問題は起っていないので、長時間加熱してもブラックオイルにならないというときは試してみるとよい。

ブラックオイルは、短時間で上塗りの絵具を弾くほど速く乾燥する。もし上塗りの絵具が弾かれてしまうという場合は、ルツーセ(加筆用ワニス)を塗布するとよい。ルツーセを何度も使用しなければならない場合は、ブラックオイルの特性が強過ぎるのかもしれないので、生の乾性油など他の媒材で割って使用する。あるいはブラックオイルに適量のダンマルワニス、マスチックワニスを加えた画用液を作成して使えば、全般的に絵具をのりがよくなる。というよりも、樹脂を含む画用液を作成して使うのがむしろ望ましいといえる。

乾性油に対する鉛白の量は、重量比にして5〜10%ぐらいの間で調整されうる。画用液としてそのまま絵具に加えて使用するだけなら5%に留めないと使いづらいが、メディウムの材料のごく一部として使用する場合はもっと多くてもいい。

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最終更新日 2008年04月15日

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