『西洋絵画の画材と技法』 - [材料一般]

ワニスの作り方

ニス(varnish)とは、木材などの表面を保護する為に塗る、透明な被膜を形成する塗料である。絵画の場合は、大気の汚れや塵などから画面を保護するため、あるいは艶や全体的な色調の調整のために塗布する。しかし、描画中に使用するためのニスや、加筆する際の画面調整の為に塗るニスなどもあり、種類と用途は幅広い。「ワニス」と表記されることも多いが、「ニス」と同じ意味である。本文中でも2種類の表記が混在しているが、深い意味はない。

ニスは、アルコールニスと、オイルニスに大別される。アルコールニスは樹脂等をエタノール等のアルコールで溶解したもの、オイルニスは、テレピン等の揮発性溶剤または乾性油に溶かしたニスである。アルコールニスは、家具や楽器製作などの木工分野では一般的だが、油彩画をはじめとする近現代の絵画では話題になる機会が少なく、もっぱら精油か乾性油かという違いが問題となる。あるいは、テレピンかアルコールに溶いた揮発性ニスと、乾性油に溶いた非揮発性のニスの2種に大別される(『絵画材料事典』のニスの項など)。ただし、乾性油のニスは精油で希釈されるし、描画用ニスでは精油と乾性油と樹脂を使いやすい配合に調節することが多い。また、テンペラ技法の流行などで、絵画用途でもアルコールニスに注目が集まっている。

本項では、まず、精油で樹脂を溶解するニス作りをダンマルワニスを例に紹介。また、軟質樹脂を熱によって乾性油に溶解する方法、硬質樹脂を乾性油に溶解する方法、及びアルコールニスの作り方にも触れる。実質的には樹脂の使い方を紹介する内容となっている。なお、ダンマルワニス、マスチックワニス、コーパルワニス等は既製品が画材店で販売されているので、必ずしも自作する必要はないが、市販品より濃い濃度のニスを作りたい場合や、自作メディウムへの布石、あるいは素材への理解を深めるための勉強としてやってみるのも悪くない。

ダンマルワニスの作成(精油ニスの作り方)

ダンマルマスチック等の軟質樹脂は、テレピン等の揮発性溶剤に溶かして使用することができる(この樹脂ワニスは、絵画の保護膜や加筆ワニス、油彩、テンペラ等のメディウムの素材として用いることができる)。ここでは、樹脂ワニスを作る手段として、もっとも簡単で一般的な方法、画材店等で入手できる固形のダンマル樹脂(写真右)をテレピンに溶解させて、ダンマル樹脂ワニスを作る方法を紹介する。

■用意する材料と道具類
材料:ダンマル樹脂、テレピン精油
道具:ビーカー(500ml程度)、割箸、ラップ、ガーゼ、凧糸(または豚肉用糸)、空瓶

ダンマル樹脂(あるいはマスチック樹脂)は、大きめの画材店へゆけば容易に入手できる。ゆめ画材などのネットショップでも購入可。マスチック樹脂はせいぜい涙粒程度の大きさだが、ダンマル樹脂の塊はかなり大きなものもあるので、溶解させやすいように予め1cm前後に崩しておく。乳鉢で小さめに砕いておくという手もあるが、細かく砕くと濁りが増すという話もある(「ダンマーニスの溶剤研究」金沢美術工芸大学紀要 Vol.37 pp.1-10)。

ダンマル樹脂溶解

ダンマル樹脂を溶解するための容器として、理科実験用のビーカー、無ければガラス製の料理用メジャーカップ。それとは別に、完成したワニスを入れて置くのに丁度いい大きさの瓶も用意。容器や道具類はよく乾燥させて湿気を取り払っておくこと。特に保護ニスなどで使用する場合は、ニスに水気が混じると、ブルーミングと呼ばれる白濁現象の原因となる。

用途によって異なるが、保護用ワニスや油彩画溶液の材料としては、70%のテレピンに樹脂30%の配合比が一般的である。市販のダンマルワニス、マスチックワニスも樹脂の濃度30%のものが多い。手作業でニスを自作する場合、作業途中で溶剤が揮発するなどして濃くなる傾向がある。まずはテレピン300mlにダンマル100g弱程度でやってみるのがよいかと思う。

溶解させる際に樹脂をあらかじめガーゼ等に包んでおくと、樹脂に付着していたゴミや、溶けきらなかった残留物を容易に取り除くことができる。溶剤として、テレピン以外にも、ぺトロール、αピネンなどが利用できる。ペトロールは製品によって溶解力が異なり、テレピンより速く溶解できるものもあれば、ずっと遅かったり、うまく溶けきらなかったりするものもあるので事前に少量で試験した方がいい。なお、無臭(微臭)ペトロールは特に溶解力が劣るので、ダンマル樹脂を溶かすことはできない。

ダンマル樹脂溶解

ビーカーに計量したテレピン精油を入れ、樹脂塊をガーゼでくるんで、綿の糸(凧糸、肉料理用の糸など)で結び、反対側を割り箸に結んで袋の下半分が溶剤に浸かるように吊るす。容器の底に袋が付かないようにした方が、樹脂がまんべんなく溶剤に接触するので、スムーズに溶解できる。ガラス容器は確実に密閉しないとテレピンが揮発するので、ラップをビーカーの口に被せ、マスキングテープまたはセロテープ等でしっかり留めておく。なお、ラップによっては、テレピンの蒸気に反応しやすいものもあるので、そういうときは別の製品に変えた方がいい。

ダンマル樹脂溶解

1〜2日後には、ガーゼの中は溶けなかった粘性の残留物だけになっている。樹脂の量が多い場合は、より多くの時間を必要とする。概ね溶解したように見えたら、ガーゼの袋を取り除く。樹脂溶液は空瓶などの容器に移して密栓し、暗所に保管する。テレピンは揮発しやすいので、できるだけ手際のよい作業を心がける。テレピンは長く空気に触れることで、黄色く変質し、品質を落とすことがあるので、保管する容器も、あまり空の部分が大きくならないように、容量に見合ったサイズの瓶を選ぶとよい。テレピンの変質は光によっても起るので、暗色の瓶に入れておくのもいい。透明な瓶の方が、中の状態を確認しやすいという利点もあるので、どちらが良いかは微妙なところであるが。

ダンマル樹脂を溶剤に溶かしてニスを作った際、溶液が濁る場合と、そうでもないときがある。実際の使用上で大きな問題にならなければ、気にすることはないと思うが、この濁りの件に関しては「ダンマーニスの溶剤研究」金沢美術工芸大学紀要 Vol.37 pp.1-10 という論文もある。

このようにして作成したダンマルワニス(またはマスチックワニス)は、主に以下のような用途がある。

画面の保護ニスとして
ダンマルワニスは、乾燥後もテレピン等の溶剤に再溶解するので、画面の保護ワニスとして使用すると、年月を経て黄変したり汚れが付着したときに、取り除いて塗り直すことができる。ダンマルワニス層は年月の経過と共に黄変するので、ニスが塗られてから数十年経過している絵は、褐色のヴェールに包まれ、退色しているかのようにも見える。洗浄すると、絵画は元の鮮やかな色を取り戻す。油彩画に保護ワニスを塗る際は、完成後半年から1年経ってからでないと、作品の健全な乾燥を妨げる。濃度の薄いものならば、完成直後の油彩画に、仮の保護ニスとして塗布できる。

加筆用ワニスとして
油絵具の場合、乾燥しきって堅くなった画面に絵具をのせると、はじいてしまうことがあるが、ダンマルワニスを塗ることで、この「はじき」を解消することができる。この「加筆用ニス」は、非常に薄い濃度で充分で、テレピンに少量のダンマル樹脂ワニスを混ぜるだけで役割を果たす。逆に濃すぎると樹脂の脆い層ができてしまい、かえって弊害をもたらす。特に自製のダンマルワニスは、制作の工程を経るうちにテレピンが揮発し、濃くなりがちなので注意。

描画用メディウムの一部として
ダンマル樹脂ワニスは油彩用のメディウムの成分と活用できる。例えば、リンシードオイルと混ぜれば、市販のペインティングオイルと同様のものができる。ダンマルワニスはテレピンが揮発した時点である程度固まるため、それが骨組みとなって仮の乾燥状態を得る。急いでいるときは、その上に絵具を重ねることができる。ダンマル樹脂ワニスは描画用メディウムの一部として使用するなら様々な利点を享受できるが、それ単体では脆く、黄変しやすく、テレピン等の溶剤に簡単に再溶解する。したがって、あまり過剰に加えるべきではない。同じ理由で、ダンマルワニスを主体にしたり、単体で描画用メディウムとするのは難がある。ただし、油絵具には既に乾性油が含まれているので、下書き段階で、濃度の低いダンマルワニスを使用することは可能。

溶剤を使わずに、熱で乾性油に溶かす方法

樹脂は加熱して乾性油に溶かすことができる。この方法は、一部の技法書で顔料を練る際の展色材の作り方として紹介されている。たいていの技法書は、軟質樹脂の使い方として、揮発油に溶解させる方法しか記されていないが、熱で油に直接溶かせば揮発油を加えずにメディウムを作成できるので、もう少し活用されてもよい気がする。ダンマル、マスチックなどの軟質樹脂の他、蝋も同じ方法で揮発油を使わずに溶解できる。

ダンマル等、軟質の樹脂は軟化点、融点が低く、さほど高くない温度で溶解させることができる。乾性油中で溶解させれば、テレピン等の溶剤を使用せずに、メディウムに樹脂を含めることができ、特に描画用メディウム、または手練り絵具の展色材作成に重宝する。

■材料と道具類
樹脂はダンマル、またはマスチック、乾性油はリンシードオイル、ポピーオイルなどを各自の用途によって選択する(淡色に使用するワニスを作るならポピー、等)。道具類は、カセットコンロ等の加熱器具、温度計、実験用耐熱ビーカー、石綿金網等(写真を参照)。軟質樹脂の多くは、100℃よりも低い温度で溶解するので、あまり高い温度は必要ない。電熱線コンロや家庭用の保温プレートでも可能である。しかし、油を加熱する作業なので、火災には充分注意し、できれば手元に消火器を用意しておく。

ダンマル樹脂加熱溶解

■作業手順
乾性油と樹脂をビーカーに入れる。樹脂はあまりたくさん入れるものではなく、最大でも油に対して1割未満に控える。描画用の画用液として使用する場合と、手練り絵具の展色材にする場合で、樹脂の量は異なる。チューブの油絵具はすでに展色材として油を多く含んでいるので、これに加えて使う画用液はいくらか樹脂が多くてもよいだろうから。

カセットコンロ上に石綿金網(最近はセラミック金網である)を敷き(もしそれが不安定であれば、別に金網を敷く)、ビーカーを載せて加熱する。ちなみに、写真では理科実験用のビーカーを使用しているが、べつに鍋などを使ってもよい。カセットコンロ等を使用する場合は、弱火で充分である。逆に温度を上げ過ぎると焼きオイルになってしまい、メディウムは濃い褐色になる。この場合、絵具の乾燥は速くなり、被膜も丈夫になるが、やや脂っぽい光沢を発する傾向がある。意図的に色の濃いニスを作りたいのであれば問題ないが。樹脂の溶解が済んだら、ある程度冷めるのを待ち、ガーゼ等で漉しながら、保存するための容器に移す。容器には、作成日と組成をできるだけ詳しく明記したラベルを貼っておく。乾性油のニスであるから、後に除去するには強力な溶剤が必要なため、保護ニスとしてはお勧めできない。描画用の画用液、手練り絵具用の展色材等に。

ダンマル樹脂加熱溶解

軟質樹脂の融点は高くてもせいぜい100℃ぐらいであるから、電気式の保温プレートでも十分である。実験用ビーカー、あるいは耐熱カップなどと合わせれば手軽に作業できる。ガス式のような火力のあるものより時間はかかるが、うっかり温度を上げすぎることもない。保温プレートは最近は電器店では見かけなくなったが、ネットオークションで入手できる。ただし、中には樹脂の融点まで温度を上げられない製品もある。

硬質樹脂を乾性油に溶かす方法(コーパルワニスの作り方)

硬質樹脂(コーパル樹脂)はそのままではテレピンに溶解しない。ワニスを作る方法のひとつに、コーパルを乾性油に入れて(かなりの高温で)加熱し、オイルに溶解させる方法がある。軟質樹脂を溶解させるより遙かに高い温度が必要なので、作業を行なう際には必ず消火器を用意し、できれば耐熱手袋を着用のこと。作業中、非常に臭いガスが出るので、屋内やマンションでは止めた方がよい(アトリエで行なうと、しばらくの間、客人を迎えられなくなる)。一戸建てでも密集した住宅地では苦情が来るかもしれない。敷地の広い家のガレージ等がお勧め。

コーパルとは硬質樹脂の総称であり、様々な性質の樹脂が存在するので、各樹脂によって溶解に必要な温度など、取扱いの面で違いがある。名だたる技法書に紹介されているほとんどのコーパルは、産地の政治情勢の悪化などにより入手が難しい。技法書の記述があまり参考にならないため、以降の作業手順もかなり不完全なものであることを予めお断りしておく。

■材料と道具類
十分な火力の加熱器具(カセット式のガスコンロなど)、理科実験用の耐熱ビーカー、200℃以上計れる温度計(実験用水銀温度、または天ぷら用温度計など)、耐熱手袋(ホームセンターかネットショップで入手できる)、石綿金網(またはセラミック金網)。材料は、コーパル樹脂とリンシードオイル。コーパルは国内外の専門家向け画材店、木工や楽器制作材料店などで入手できる。その他、鉱物専門店や、ネットオークションなどでも入手できるが、ワニス作りに必要な情報が得られないので、あまりお勧めでない。なお、既にランニング処理された黒いコーパルはテレピンで溶解できるので、今回の手順は必要ない。

コーパルワニス作成

■作業手順
実験用の耐熱ビーカーに乾性油(リンシード油)とコーパル樹脂を入れる。カセットコンロに石綿金網(またはセラミック金網)を敷き、先のビーカーを載せて、ゆっくりと加熱する。少しずつ温度を上げてゆき、ある程度煮込んだところで、溶解に必要な温度(200℃以上)に上げる。どれくらいの温度が必要かは、どのコーパル樹脂を使用するかに依る。溶けきらなかった樹脂が、ネバネバした状態で残るので、割り箸などでつまんで取り除く。少し冷ましつつも、まだ温かく流動性が高いうちに、布などで漉して、ゴミや不溶解物質を排除する。

先にも書いた通り、この項は不完全である。加熱器具にマントルヒータを使うなど試してみたいことは多いが、個人的に絵画制作でコーパルワニスを使用することがなくなってきているので、これ以上何か試みる余裕がない。

アルコール・ニス(酒精ニス)作成手順

次に、シェラックニスを例にアルコールニスの作り方を紹介する。ニス作りで使用するアルコールにはエタノール(エチルアルコール)またはメタノール(メチルアルコール)等がある。このうち、メチルアルコールには強い毒性があり、失明や死亡に至たる危険があるため、取扱いには注意が必要。エタノールには通常のエタノールとアルコール濃度の高い無水エタノールがあり、大きな価格差は無いので、溶解力の高い無水エタノールがお薦め。燃料用アルコール(メタノールを含む変性アルコール)が安価な代用品となるが、家具等の製作と違って、絵画用途では使用量が大きくないであろうから、まずは無水エタノールを使うのが無難と言える。

■材料と道具類
道具類は、ビーカーまたは手頃なガラス容器、作成したニスを保存する容器、ラップ、濾過するためのガーゼまたはコーヒーフィルタを用意。材料は、無水エタノールとシェラック樹脂である。シェラック樹脂は、最近ではネットショップやホームセンターで購入できるようになりつつあるが、さまざまな種類のものとなると海外製に限られる。

■作業手順
ビーカーに樹脂とアルコールを入れ、しっかりとラップでフタをして、一晩待つ(途中でラップを開けて、棒でかき回した方がいい場合もある)。

アルコールニス作成

翌日、充分に溶解された樹脂溶液を、何らかのフィルタを通してゴミや残留物などを除去しつつ、保管用の容器に移す。写真では、瓶の口にコーヒー用のフィルタを押し込んでいるが、これは一例であり、漏斗を使用するなど状況に合わせて工夫する。シェラック単体のニスならコーヒーフィルタが丁度良いが、粘度が高いものではガーゼなど目の大きなフィルタでなければならない場合もある。あるいは、先にダンマルワニス作成で行なったように、袋に入れて溶剤に浸ける方法でもよい。

アルコールニス作成

シェラックニスは作成後、半年前後で乾燥力が落ちると言われているので、そのつど必要な量を作るのが望ましい。アルコールは、シェラック樹脂のほか、マニラ・コーパル、サンダラック等、テレピンでは溶解できない樹脂で揮発性のニスを作ることができる。


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最終更新日 2008年03月31日

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