『西洋絵画の画材と技法』 - [材料] - [媒質・メディウム]

天然樹脂・バルサム

  1. 天然樹脂概要
  2. ダンマル
  3. マスチック
  4. コーパル
  5. アンバー(琥珀)
  6. ヴェネツィアテレピン

天然樹脂概要

樹木は傷つけられると、身を守るためにねばねばした粘性の物質を出す。この樹脂は幅広い用途に活用されているが、絵画技法でも重要な役割を果たしている。樹脂は樹木に傷を付けるなどして採取されるが、樹木に棲息する昆虫から得られるものもある。近年は天然の樹脂に似せて作られた合成樹脂が存在し、絵画用途でも既に合成樹脂の方が主流と言えるが、本項では天然樹脂のみを扱う。なお、樹皮から同じように採れるものにゴムがあるが(水彩絵具の媒材などに使われるアラビアゴム等)、ゴムは水溶性なのに対し、樹脂はアルコールやテレピンなどの溶剤にしか溶けない点が大きな違いである。

天然樹脂は硬度により、ダンマル、マスチック等の軟質樹脂と、コーパル、琥珀などの硬質樹脂に分類される。軟質樹脂はテレピンなどの溶剤に容易に溶かすことができ、たいへん扱いやすい。描画時に使用すると、絵具の伸びを良くし、光沢を与える。硬質樹脂は使用できる状態にするまでが難しいが、描画に使用すれば堅牢で、湿気にも強い画面を作る。

現存樹脂化石樹脂という分類もある。現存樹脂は生きている樹木から採取した樹脂であり、ダンマル、マスチックなどがこれにあたる。化石樹脂は太古の樹脂が固化した琥珀、またはコーパルと呼ばれる琥珀になる手前の半化石樹脂で、非常に硬い。なお、生きている樹木から採取される硬質の樹脂もコーパルと呼ばれる。

バルサムは、松科の樹木から採った樹液で、樹脂と精油との混じり合った状態の分泌物。ヴェネツィアテレピン、カナダバルサム、シュトラスブルクテレピン、コパイババルサムが絵画用として知られている。

ニスは、樹脂をアルコールで溶解したアルコールニス(酒精ニス)と、精油または乾性油に溶かしたオイルニスに大別される。オイルニスは、テレピン等の揮発性の精油による場合と、乾性油に溶かす場合がある。油絵などの現代の絵画用途では、アルコールニスが話題になる機会が少ないため、もっぱら精油か乾性油かという違いが問題となる。どちらかというと、テレピンかアルコールに溶いた揮発性ニスと、乾性油に溶いた非揮発性のニスの2種類に大別されることの方が多い(『絵画材料事典』のニスの項など)。ただし、乾性油のニスは精油で希釈されるし、描画用ニスでは精油と乾性油と樹脂を使いやすい配合に調節することが多い。

ダンマル樹脂

ダマール、ダンマーとも表記。英語はDamar、Dammar。マレーシアなど東南アジアで、ラワン属の樹木から採取される軟質の現存樹脂。インドネシアのスマトラ島から採れるものが有名。古典技法というとこの樹脂を思い浮かべてしまうが、ヨーロッパで使用されるようになったのは19世紀以降である。マスチックなどを使用しているときに湿度の高い環境で起こるブルーミング(白濁現象)が起こり難いと言われ、日本の風土に適している(とは言え、湿気の多い日のニス引きを避けるなどの配慮は必要であろう)。

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一般的な使用法は、テレピンなどの揮発性溶剤に溶かしてダンマルワニスとして使う方法である。ダンマルはテレピンにはよく溶解するが、ペトロール、アルコールではうまく溶けないことがある。通常はダンマル1に対しテレピン2、あるいは樹脂の濃度30%でニスを作ることが多い。市販されているダンマルワニスもほとんどがこの割合である。実際のやり方は当サイトのダンマルワニスの作成で紹介してある。ダンマルワニスは様々な使用用途が考えられる。乾性油と混ぜて描画用メディウムを作ったり、テンペラの媒質の材料、保護ワニス、加筆用ワニスとして使われる。ダンマル樹脂はもともと丈夫な皮膜を作るわけではなく、単体で使うと時間の経過とともに黄変したり脆くなったりする。

1:3〜4のダンマルワニスは油絵の保護ワニスとして使用できる。一回目の塗りがよく乾燥してから、二回目を塗る。作品とワニスを暖かいところにおき、柔らかい筆で塗布すると、ワニスの伸びもよく、テレピンの曇りなども起こらない。二十年ぐらい経つと、ダンマルワニスの層は黄変してくるが、テレピンで再び溶かすことのできる性質を利用して、また新たに塗りなおすことがでる。

加筆用ワニス(ルツーセ)としては、テンペラにほんの少しダンマルワニスを含めて、これを加筆しようとする画面に塗布する。画面が完全に乾いていたならば、こうして塗布すると、画面の色は濡れた状態となり、上に塗る絵具の付き具合も良くする。コーパル樹脂や鉛入りの油などで描いた画面は、一日おいただけでも上塗りを弾くことがあるが、こうして薄いダンマルワニスを塗るだけで、全く弾かなくなる。

描画用のメディウムにこの樹脂を加えれば、画面に透明感と光沢を与えるとともに乾燥も多少速める。これはダンマルワニスのテレピンが揮発した時点で、樹脂がある程度固まった状態になるからで、油の方は乾いているわけではないが、この上に次の層をのせることができるぐらいにはなる。各絵具層同士の食いつきも良くし、絵具のノリが良くなると感じる。日頃絵具をのせ難いと感じている人は加えてみると良い。ダンマル樹脂は加熱して乾性油に溶かすこともできる。ダンマルの融点は種類によりまちまちだが、100℃ぐらいの比較的低い温度で溶解できる。その方法については、当サイトのメディウムを調合するで紹介してある。

マスチック樹脂

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別称:乳香、英語表記:Mastic resin。キオス島をはじめとするギリシア諸島で採れる軟質の現存樹脂。乳香とも呼ばれることがあるが、フランキンセンスなど他の材料と混同されるおそれがある。東南アジアで採取されるダンマル樹脂は19世紀から使用され始めたので、それまで西洋絵画で使われていたのはマスチックだろう。使用法は、ほぼダンマル樹脂に準ずる。ダンマル同様、マスチックを使用した皮膜の耐久性は悪い。長い時間の経過で黄化し、脆くなる傾向がある。ただし、乾性油に一割程度含めてメディウムを作るなら、問題はない。マスチックはテレピン、アルコール等には溶解するが、ペトロールには溶解しない。湿気の多い環境ではブルーミング(白濁現象)が起こりやすいと言われる。そのため、日本の環境では向いていないと言われるが、それなりに湿度に気をつければ問題ない。油絵の美しさは、保護ニスによって引き出されることも多い。タブローの樹脂として、ダンマルよりマスチックを好んで使用する人も居る。ダンマル樹脂はかなり大きな塊で採取できるが、マスチックは涙粒程度の大きさでしか採れない。ダンマルに比べてかなり高価である。日本の画材店ではサンプル品のような小瓶が、千円以上することもある。

実際の使用法は当サイトのダンマルワニスの作成、およびメディウムを調合するで、述べられているダンマル樹脂の使い方に準ずる。

コーパル Copal resin

コーパルは琥珀になる手前の半化石樹脂として知られている。見た目は琥珀に似ているが、手触りはそれより柔らかい感じがする。琥珀と違い、少量のアルコールを塗布しただけで表面が溶けてベタつく。コンゴコーパルなど、産地の名前が付されることが多い。最も軟質なのがマニラコーパル、最も硬いのはザンジバルコーパルと言われる。絵画材料事典によると「コンゴコーパルは今日の市販品ワニス工業で一般に用いられる重要なコーパル樹脂である。これは事実上、標準の化石樹脂である」とされているが、コンゴコーパルは現在なかなか入手できない。専門家画材店などで手に入るのはマニラコーパルであるが、これは非化石樹脂であるという。

マニラコーパルなど、比較的軟質のコーパルはアルコールに溶解できるが、テレピンにはなかなか溶けない。硬質の化石樹脂はアルコールでも溶解できない。加熱して、溶剤や乾性油などに溶かして使用できるようするのだが、この作業を「ランニング」という。ランニング処理に必要な温度は200〜300℃ぐらいで、樹脂の硬度によって異なる。すでに乾性油などに溶かし込んだコーパルワニスや、樹脂塊の状態でテレピン等に溶解できるよう処理されているランニング処理済コーパルが画材店等で販売されており、普通はそれらを使用する。いずれもかなりの高温で処理するので、黒っぽい色をしている。

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乾性油に溶解させたコーパルワニスはかなりの速乾性で、非常に強靱な皮膜を作るが、画面はやや脂っぽい光沢になりがちである。乾燥が速いために、上に塗った絵具をはじいてしまうことがあるが、これはルツーセを塗るなどして回避できる。金箔を貼り付けるための油性接着剤である、オイル・ゴールドサイズ、ジャパン・ゴールドサイズ、あるいはミクスチョンなどと呼ばれる画用液の素材として使われることもある。アルコールで溶解させた軟質のコーパルニスは、透明で明るいニスになるが、私は絵画に使用したことはない。アスピック油にもある程度溶解するので、油彩画への使用の可能性もあるかもしれない。

コーパル樹脂は、さまざまな硬質樹脂の総称であり、種類によって性質が大きく異なる。技法書には各種のコーパルが紹介されているが、それを溶解などを試みても、必ずしも書物の通りにはゆかない。その為、以下は私が個人的に試みた例であるが、揮発性の溶剤への溶解は、軟質のコーパルとして知られるマニラコーパルは、アルコール(エタノール)には若干の在留物を残しつつも2時間程度であっさりと溶解。テレピン油にはほとんど溶解する気配がない。アスピック油の場合は数週間ほどかかるが、ほとんど溶解する。マダガスカルコーパルは、アルコールでも若干柔らかくなっただけで溶解しなかった。テレピンではビクともしない。乾性油へ入れてランニングする方法では、マニラコーパルはそれほど高い温度を必要としないのか、カセットコンロを使ってワニス作りができた。マダガスカルコーパルは苦労したあげくに失敗し、それ以後は試みていない。個人的にかつてはコーパルワニスの使用頻度はそれなり高かったのだが、乾性油に鉛を溶かし込むブラックオイルの作り方を知ってからは、乾燥速度や被膜の丈夫で引けを取らないので、コーパルワニスの方はあまり使用しなくなってしまった。そのため、実験は中断中。

琥珀(アンバー)

英語表記:Amber。太古に地中に埋まり、化石化した樹液。化石樹脂をアンバー、その手前をコーパルというが、古い時代の技法書では混同されている場合もある。現在でも両者が混同されたり、琥珀の贋物としてコーパルが売られていることがある。コーパルはが琥珀になるには非常に長い年月が必要だが、どのような地質の場所に堆積したかということも重要である。琥珀のランニングに必要な温度は文献によって異なるが、200〜380℃と書かれていることが多い(私は自身はアンバーの溶解を試みたことはない)。

コーパルや琥珀の性質に関して理論的に書かれた書物は少なく、特に日本語の本は限られている。アンドリュー・ロス(著)『琥珀 永遠のタイムカプセル』文一総合出版は、琥珀に入っている昆虫を同定するためのガイドブックなのだが、前半は琥珀全般の解説となっており、琥珀の性質や生成過程などについて、やさしい言葉でわかりやく書かれている。他にはスレブロドリスキー(著)『こはく その魅力の秘密』新読書社がある。

少し古めの技法書だと、琥珀の溶解は謎とされていることもあるが、現在は絵画用のメディウムとして琥珀を含む画用液が幾種類も販売されている。しかしながら、私の周囲では今のところ、使っている人の話は聞いたことがないし、私自身も試してみたことはない。楽器制作用の材料としては、琥珀ワニスはそれほど珍しいものではないようである。典型的な例は以下のサイトで、楽器用と絵画用にAmber入りのメディウムを多数揃えている。
Alchemist
http://www.ambervarnish.com/

シェラック

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セラックとも表記。樹木に寄生するラックカイガラムシが分泌する樹脂状物質から採取。アルコールに溶解するが、テレピンやペトロールには溶けない。木工、特に楽器制作では非常に重要な樹脂。絵画ではテンペラ画のニス等に使われる。国内の画材店で樹脂を入手するのは難しい。楽器製作や木工品の材料を扱う店、海外の専門家向け画材店などで入手できる。ネットで検索すれば、日本語のサイトでも入手できるところは少なくない。人体に無害、環境にもやさしいということで、食品や錠剤のコーティング、住宅のニスなど様々な用途に使用されている。木工用途では、エタノールに対し、25%ぐらいの濃度のセラックでニスを作る。個人的には日曜大工で使ってみる程度で、絵画で使用したことがない。どれくらい精製するかによって色の濃さに違いがあり、無色からかなり赤い色の樹脂(またはニス)が売られている。色の濃いものは白い部分を赤く染めてしまう。絵画用途での具体的な処方は、紀井利臣(著)『黄金テンペラ技法』、ロバート・マッセイ(著)『画家のための処方箋』等。

麒麟血(きりんけつ)

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英語表記:Dragon's Blood。竜血樹の樹皮、葉、実から採れる赤い樹脂。ニスの着色剤として使用される。アルコールに溶解し、家具や楽器などのためのニスの赤い着色成分になる。絵画ではテンペラ画の金箔上の色彩として利用する。ヴァイオリン製作、木工、アロマ関連のショップで購入できる。私自身は、自分用の腕珍を作る際にニスとして使っただけである。

文献:紀井利臣(著)『黄金テンペラ技法 - イタリア古典絵画の研究と制作』

サンダラック

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北アフリカ産の樹脂。特にモロッコ産が有名。技法書にはマスチックより劣る樹脂として紹介されることが多い。見た目はマスチック樹脂に似ており、濡れているときは特に似ている。口に含んで噛みつぶしたときの歯ごたえなどで見分ける方法がある。テレピンにはまるで溶解しないので、それを試せばはっきりする。アルコールには一晩で溶解する。

ヴェネツィア・テレピン

別称:松脂、英語表記:Venetia Turpentine、Venice Turpentine。欧州カラマツから採取される松脂。昔ヴェネツィアを経由して流通したので、ヴェネツィアテレピンと呼ばれるようになったという。粘性が高く乾燥が遅いので画面にエマイユ効果を与える。スタンドオイル等の乾性油やテレピン、その他の樹脂を混ぜてグレース技法に使用することが多い。単体では長時間乾燥せず、脆くなったり黄変したりする。現代の画家の間ではほどんど使用されなくなってきているが、古典技法においては蔑ろにできない材料である。このテレピンバルサムから、蒸留によって得られるのが、揮発性のテレピン精油であり、あとに残るのがロジン(コロホニウム、コロファン)である。

北方のテレピンバルサム、ストラスブルク・テレピンは絵画用として高い評価を得ている。カナダ・バルサムも絵画用に使用できる可能性がある。いずれも専門家画材店で注文できる。


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