樹木は傷つけられると、身を守るためにねばねばした粘性の物質を出す。この樹脂は幅広い用途に活用されているが、絵画技法でも重要な役割を果たしている。樹脂は樹木に傷を付けるなどして採取されるが、樹木に棲息する昆虫から得られるものもある。近年は天然の樹脂に似せて作られた合成樹脂が存在し、絵画用途でも既に合成樹脂の方が主流と言えるが、本項では天然樹脂のみを扱う。なお、樹皮から同じように採れるものにゴムがあるが(水彩絵具の媒材などに使われるアラビアゴム等)、ゴムは水溶性なのに対し、樹脂はアルコールやテレピンなどの溶剤にしか溶けない点が大きな違いである。
天然樹脂は硬度により、ダンマル、マスチック等の軟質樹脂と、コーパル、琥珀などの硬質樹脂に分類される。軟質樹脂はテレピンなどの溶剤に容易に溶かすことができ、たいへん扱いやすい。描画時に使用すると、絵具の伸びを良くし、光沢を与える。硬質樹脂は使用できる状態にするまでが難しいが、描画に使用すれば堅牢で、湿気にも強い画面を作る。
現存樹脂、化石樹脂という分類もある。現存樹脂は生きている樹木から採取した樹脂であり、ダンマル、マスチックなどがこれにあたる。化石樹脂は太古の樹脂が固化した琥珀、またはコーパルと呼ばれる琥珀になる手前の半化石樹脂で、非常に硬い。なお、生きている樹木から採取される硬質の樹脂もコーパルと呼ばれる。
バルサムは、松科の樹木から採った樹液で、樹脂と精油との混じり合った状態の分泌物。ヴェネツィアテレピン、カナダバルサム、シュトラスブルクテレピン、コパイババルサムが絵画用として知られている。
ニスは、樹脂をアルコールで溶解したアルコールニス(酒精ニス)と、精油または乾性油に溶かしたオイルニスに大別される。オイルニスは、テレピン等の揮発性の精油による場合と、乾性油に溶かす場合がある。油絵などの現代の絵画用途では、アルコールニスが話題になる機会が少ないため、もっぱら精油か乾性油かという違いが問題となる。どちらかというと、テレピンかアルコールに溶いた揮発性ニスと、乾性油に溶いた非揮発性のニスの2種類に大別されることの方が多い(『絵画材料事典』のニスの項など)。ただし、乾性油のニスは精油で希釈されるし、描画用ニスでは精油と乾性油と樹脂を使いやすい配合に調節することが多い。
スマトラ島をはじめとする東南アジアのフタバガキ科の高木(ラワンとも呼ぶ)から採取される樹脂。「ダンマル」という名称は現地の人々が樹脂全般を呼ぶ言葉から由来している。そもそもマレー人が樹脂で作った燈火をダンマルと呼び、それが樹脂全般を指す言葉と転訛、やがてヨーロッパと大規模な取引がされる中で熱帯アジアからの樹脂をdammarと呼ぶようになったという。当地では樹脂全般を指す言葉として使われているため、東南アジアの他の樹脂、マニラコーパルなどと名称が混用されてしまうことがある(アガチスダンマラという樹木があるが、これから採取されるのは我々がコーパルと呼んでいるものである)。「ダンマル」の他、「ダンマー」、「ダマール」とも書く。英語では"dammar"、ただし東南アジアでは"damar"と綴る。古典絵画技法というとこの樹脂を思い浮かべてしまうが、西洋人がこれを使い始めたのは19世紀以降である。
熱帯の東南アジアは、巨大な木々が生い茂るが、フタバガキ科の樹木は中でもひときわ背の高い樹で、フタバガキの名の通り2つの羽がついた種子を落とす。フタバガキ科の他、カンラン科(burseraceae)も採取源として挙げられる。カンラン科ではプロティウム属(Protium)、フタバガキ科では、サラノキ属(Shorea)が特に採取源として言及されている。サラノキ属(Shorea属)は仏教で有名な沙羅双樹を含む(日本の気候には適しておらず、日本の寺院等でシャラと呼ばれて植えられている木は、代替えの全く別種であるから、それからダンマル樹脂は採れないであろう)。いずれにしても樹脂全般をダンマーと呼ぶだけあって、はっきりした種類を特定するのは難しい。画材店で購入する分には間違いはないが、樹脂全般を扱う店から入手しようとすると、ダンマルの名称であってもコーパルだったりする例もある。熱帯雨林の巨木から大量に得られる樹脂であるから、地中海キオス島の一部で採れるマスチックよりずっと安い。
常温でテレビン、ペトロールに溶解する。アルコールには溶けない。テレビンに溶解してワニスにしたり、乾性油と混ぜて描画用画用液として用いる。画用液に使われている天然樹脂の中では現在最も主要な存在と言える。一般的な使用法は、テレピンなどの揮発性溶剤に溶かしてダンマルワニスとして使う方法である。ダンマル樹脂はテレビンにはよく溶解するが、ひとくちにテレビンと言っても、溶解力の異なるものが市販されており、よく溶けないこともある。その時はテレビンを変えてみると良い。ペトロールは一般的にテレビンより溶解力が劣るとされているが、これも各社のペトロールによって溶解力に差があるようである。また、室温等にも影響される。無臭(オドレス)のテレビン、ペトロールはほとんど溶解力がないので、樹脂を溶かすことはできない。通常はダンマル1に対しテレピン2、あるいは樹脂の濃度30%でニスを作ることが多い。市販されているダンマルワニスもほとんどがこの割合である。実際のやり方は当サイトのダンマルワニスの作成で紹介する。このダンマルワニスは様々な用途がある。乾性油と混ぜて描画用メディウムを作る、保護ワニスとして完成後の作品に塗布する、加筆用ワニスとして制作中の絵に塗布するなど。
保護ワニス(タブロー)は、作品の艶を調整すると共に、大気中の汚れなどから作品を保護する役割をする。保護ワニスとしては、1:3〜4くらいの濃度のダンマルワニスを使う。その際、道具などに水分を含んでいると曇りが発生することがあるので、道具類がよく乾燥していることを確認し、作品も少し太陽光に当て、室内の温度、湿度にも注意する(暖房の効いた部屋で夜中に塗布すると、部屋が冷えるに従って結露することがあるので要注意)。一回目の塗りがよく乾燥してから、二回目を塗る。作品とワニスを暖かいところにおき、柔らかい筆で塗布すると、ワニスの伸びもよく、テレピンの曇りなども起こらない。二十年ぐらい経つと、ダンマルワニスの層は黄変してくるが、テレピンで再び溶かすことのできる性質を利用して、また新たに塗りなおすことがでる。
加筆用ワニス(ルツーセ)とは、制作の途中で長い時間が経ってしまった油彩画の制作を再開する際に塗布するもので、画面全体を塗れ色に戻して描きやすくしたり、あるいは乾きすぎて油絵具を弾くようなときはこれを防止する効果がある。この用途にダンマルワニスを使用することができるが、濃すぎるとテレビンに再溶解する層ができてしまうなどデメリットが乗じる。ルツーセとしては樹脂の濃度は低くてよい。私の経験では、テレビンにほんの少しダンマルワニスを加えたもので、充分であると感じている。
乾性油にダンマルワニスを加え、描画用メディウムと使用することもできる。ペインティングオイルという市販の描画用の画用液が各社から販売されているが、成分は乾性油と樹脂、溶剤、そして若干の乾燥促進剤で構成されていることが多い。普及価格のペインティングオイルには合成樹脂、やや高価なものには天然樹脂が使われていることが多い。天然樹脂としてはダンマルが一般的である。当然ながら乾性油とダンマルワニス、テレビンなどを混合して自分で画用液を配合することもできる。描画液にダンマルを加えると、描画層に透明感と光沢を与える。それと共に若干乾燥も速まる。これはダンマルワニスのテレピンが揮発した時点で、樹脂がある程度固まった状態になるからで、油の方は乾いているわけではないが、この上に次の層をのせることができるぐらいにはなる。ダンマル樹脂は粘りがあり、各絵具層同士の食いつきも良くし、絵具のノリが良くなると感じる。もっとも、先に見たようにダンマルは長期間経ってもテレビン油に再溶解する。もともと丈夫な皮膜を作るわけではなく、単体で使うと時間の経過とともに黄変したり脆くなったりするから、描画液に多量に加えすぎると画面を弱くしてしまう。描画液に対しては重量にして1割以内に留め、あくまで主体は乾性油とすべきである。
テレビンに油にダンマルを溶かしてワニスにしてから使う方法を述べたが、この方法だとテレビン油を既に多量に含んだワニスとなるので、濃い描画用メディウムを作ることができない。テレビン等の溶剤を使用したくない場合は、乾性油にダンマルガムを入れ、加熱して樹脂を溶かし込むということも可能である。ダンマルの融点は種類によりまちまちだが、100℃よりは低いので、比較的容易に溶かすことができる。その方法については、当サイトのメディウムを調合するで紹介する。
以下の動画はダンマル樹脂とコーパル樹脂の違いを私が解説しつつ、画家鳥越一穂氏が画用液の調合方法を紹介したものである。
地中海のキオス島で、ウルシ科のカイノキ属 Pistacia lentiscusから採取される軟質樹脂。Pistacia lentiscusは針葉樹の顕花植物。常緑で雄雌異株。マスチック採取に使われるのは雄株の方で、雌株の樹脂は劣る。地中海全般に分布するようだが、マスチック生産はキオス島の東南の角、Pistacia lentiscus Var. chiaが生い茂る箇所に限定され、他の場所で採取されたものは、しっかり育った木から得たものでも質は劣るという(中世においてもマスチック樹脂が採取されたのは主にキオス島のものだという)。現在は法整備の元に採取期間などが管理されている。天然樹脂は全般的に、採取源の樹脂を厳密に特定するのが難しく、また樹脂の名前自体が曖昧な基準で使われて混乱を招くことが多いのだが、マスチックに関してはかなりはっきりしていると言える。唯一、混乱する要素があるとしたら、それは和名、あるいは漢字表記で「乳香」と呼ばれることがある点である。同じく乳香と呼ばれるフランキンセンス(ムクロジ目カンラン科ボスウェリア属の樹木)と混同される恐れがある。余談であるが、Pistacia属の仲間としてよく知られるものとして、おつまみとして食されているピスタチオの実がなるPiatacia vera、聖書にも登場するテレビンの木、Pistacia terebinthusが挙げられる。マスチックの名称の由来は、ギリシャ語の咀嚼するという言葉であり、今で言うチューインガムのように使われていたらしい。今でも地中海の子供はマスチックをガムとして買うそうだ。かみ始めは一瞬じゃりじゃりして砂を口に含んだような気分になるのが、すぐに柔らかくなる。苦みを感じるが、しばらくするとむしろ無味といった感じになる。ガムよりも噛み応えがあり、理由はわからないが唾液が大量に口の中に溢れてくる。マスチックと形状がよく似た他の樹脂と区別する際にも、この独特の噛み応えは樹皮判別のヒントとなり得るだろう。抗菌作用により歯の健康や口臭予防になるされ、マスチック樹脂を含んだ歯磨き粉、口臭予防剤などが販売されている。ギリシャの蒸留酒「ウゾ」の香りや風味付けにも使われるそうだ。B.C.五千年代という非常に初期の文明の遺構からもワインにマスチックあるいは、pistaciaの樹脂を添加した形跡があるという。風味付けや防腐効果の為であろうけれども、酢酸菌の働きを抑え、ヴィネガーに変わるのを防止する効果もあったようだ。エジプトでは乳香、没薬と混ぜてミイラ作りに使用したともあるので、防腐効果の実績は高い。
マスチックは他の樹脂同様、樹木に傷を付けた箇所からあふれ出てくるものを採取するのだが、それを下で受け止めるように集める。涙のような形をした小さな塊になることが多いが、これは採取するときにこのように落ちてくるかららしい。この形状により、見た目だけで大半の樹脂と区別が付くが、サンダラックと似ており、こちらは別の試験が必要であうる(テレビンに溶けるか、あるいは嚼んでみるか)。熱帯の巨木から採取されるダンマルと比べると、遥かに高価であり、特に日本の画材店で買おうとするととても高い。ネットを利用して海外から直接購入すると、それなりの量を現実的な価格で入手することができる。
軟質の樹脂であり、テレビンに溶解するなど、性質はダンマル樹脂に近い。油彩画等での用途、使用方法はほぼダンマルに準じる。地中海で採れるものであるから、西洋文明との関わりはダンマルよりずっと古い。保護ニスとして、描画用として、ダンマルとマスチックのどちらがふさわしいかは、画家の間でよく議論されるテーマである。マスチックはダンマルと比較して、湿気の多い環境でのブルーミング(白濁現象)が起こりやすいと言われる。そのため、日本の環境では向いていないと言われるが、それなりに湿度に気をつければ問題ない。油絵の美しさは、保護ニスによって引き出されることも多いので、好みによって選択したいところである。実際には日本で使おうとすると、コスト面でダンマルの方が利がある。マスチック独特の用法としては、特定の方法で乾性油と混ぜるとねっとりしたゲル状の画用液となる性質があり、いわゆるメギルプと呼ばれるメディウムを作ることができる。このメディウムは普段はゼリーのような状態になっているが、筆で触ると液状に変わるという不思議な触り心地であり、油彩画の厚みがありつつ細かい描画するようなところで重宝するが、褒め称えられることもあるが、暗変や亀裂の原因として述べられることもあり、そもそも調べれば調べるほどメギルプがいったい何なのかよくわからなくなってくる。
以下の動画はマスチック樹脂について私が解説しつつ、画家鳥越一穂氏がメギルプ作りを実践したものである。
融点が高く硬質な樹脂。様々な種類があり、産地名を冠してコンゴコーパル、マニラコーパルなどと呼ばれる。琥珀になる前の半化石化したものと、現生の樹木から採られる生のものがある。産地や化石化の程度によって差があるが、共通する性質としては、融点が高いということと、ダンマルのようにテレピンに溶解しないという点が挙げられる。逆にアルコールには溶解する。ダンマルの方はアルコールに溶けないので反対の性質ともいえる。アルコールに溶かしてニスとする用途もあるが、油彩などを中心とする絵画用途ではテレピンに溶解せねば使い道が限られてしまう。コーパルはそのままではテレピンに溶解しないが、高熱で処理すると可溶となる。この加熱処理を「ランニング」という。ランニング処理に必要な温度は200〜300℃ぐらいで樹脂の硬度によって異なる。かなりの高温で熱するので樹脂は黒ずむ。ランニング処理済のコーパル樹脂は真っ黒い色をしており、黒コーパルなどと呼ばれる。市販のコーパル入り画用液が黒ずんでいるのはこの処理の為である。画材店ではランニング処理済のコーパル樹脂や、または乾性油に混ぜてワニスとした状態で販売されていることが多い。特にフランスの画材メーカー、ルフラン&ブルジョア社から販売されているコーパル樹脂が含まれた画用液が有名であり、愛用している画家も多い。黒コーパルの着色力は意外と大きく、部分的に含まれただけでも、漆黒の画用液になることが多い。ダンマル等の軟質樹脂と比べ、コーパルを使用した画用液は乾燥が非常に速く、丈夫な画面を作るとされる(少なくともテレピンには溶けないであろう)。ランニング処理済のコーパルや、すでに画用液になっているものを使うのは、特に難しいことは何も無い。強いて言えば、黒い画用液が多く、これらを使うと若干トーンが落ちるが、そこは慣れであろう。油と一緒に煮て溶かすことも可能であるが、ダンマル等の軟質樹脂と違って、ずっと高い温度(コーパルの種類によって融点は異なる)が必要であり、油は煮詰まって褐色となり、作業中の悪臭も凄まじい。しかし画用液の乾燥はとても速くなる。コーパルメディウムは金箔を貼り付けるための油性接着剤である、オイル・ゴールドサイズ、ジャパン・ゴールドサイズ、あるいはミクスチョンなどと呼ばれる画用液の素材として使われることもある。
一般的な絵画用途では以上のことを踏まえていれば実用上問題ないが、ここからはさらに詳しくコーパルが何であるか考えてみたい。そもそもコーパルという単語はかなり曖昧であり、定義を説明するのは大変である。一般的には、おそらく琥珀になる手前の「半化石樹脂」として知られているのではないかと思うが、現生の樹木から採取される樹脂もコーパルに含まれる(実のところ、鉱物店で半化石樹脂として売られているものも、現生の樹脂であったりする怖れがある)。コーパルの語源となった単語は、中南米で樹脂全般を呼ぶ「コパリ」という言葉であったという。これはダンマルが東南アジアで樹脂全般を呼ぶ名称だったのと共通している。それがスペイン人に伝わってコーパルとなり、様々な使われ方をしたようだが、現在では融点が高く硬質な樹脂全般を表す単語として定着している。現在画材用に流通しているのは、ほとんどが現生のマニラコーパルであると思われる。かつては様々なコーパルが言及されていた。やや古めの技法書を紐解けば、大戦後間もない時期までは、東南アジアのコーパルと並んで、アフリカ各所のコーパルが列記されている。これは欧州に植民地化されたアフリカから大量の天然資源が輸出されていた為である。現地住民に過酷な労働を強いて採取していたわけであるが、大戦後間もなくして植民地は次々と独立してゆき、政治的な混乱が続く中でアフリカからの天然樹脂を手に入りにくい状況が続いている。おそらくは合成樹脂の安定性にはもはや太刀打ちできまいが。20世紀前半のコンゴコーパルの出荷量は圧倒的であった。ゲッテンス、スタウトの絵画材料事典によると「コンゴコーパルは今日の市販品ワニス工業で一般に用いられる重要なコーパル樹脂である。これは事実上、標準の化石樹脂である」とされている。なお、ベルギーの国王レオポルド2世がコンゴを個人的に植民地化したのは19世紀後半のことであり、輸出量のピークも20世紀前半であるから、古典絵画の標準というわけではないであろう。独立後のコンゴの情勢は不安定であり、コーパル産業も壊滅している。
コーパル樹脂を産する樹木としてはマメ科(およびジャケツイバラ亜科)のいくつかの属と、針葉樹のアガチス属(ナギモドキ属)の樹木が挙げられる。このうちマメ科のコーパルは、アフリカとアメリカに存在する。特に東アフリカのコパイフェラ属、東南アジアのアガチス属のコーパルが有名である。アメリカのコーパルではマメ科のヒメヤネヤという木から採れるものがある。生きている木から採る新鮮な樹脂と、地面を掘って採る古い樹脂があるが、地面から採ったものでも、半化石化といえる程時間が経っていることはないという。それでも地面から採ったものは融点が高く硬質であるそうだ。ニュージーランド北島ではアガチス属からの樹脂、カウリコーパルが有名であり20世紀前半は地面から大量に採掘された。こちらは辛うじて現在でも入手可能であり、一部は化石化が進んでいる樹脂の可能性がある。
普通、コーパルは半化石樹脂として知られているとおり、琥珀との関連性が高い。琥珀になりえる樹脂を産む樹種は限られており、コーパルを産む樹種とおそらく共通している。このように調べてゆくと、どうしても気になる点がある。それは、技法書等で称えられているコーパル樹脂とは、アフリカの地面から採られたマメ科のコーパルであり、より融点が高く硬質であったものでないか。現在使用されている東南アジアの現生のコーパルとは違うのではないか。しかし、それを確かめるのは難しい。コンゴコーパルはおそらくコパイフェラ属の樹木から採られたであろうが、他の樹種から採った可能性もあるし、地面から採ったのか、樹木から採ったのかも、確認はむずかしい。これはアフリカではなくても天然樹脂全般にいえることであるが。しかし、コーパルの性質などを調べてゆくと、なんだかんだでコーパル特有の性質は共通しており、コーパルを産する木の樹脂であれば、絵画の画用液という用途においては、いずれでも充分にコーパルとして機能するというのが、今のところの私の考えである。
琥珀は絵画の画用液としてもたびたび話題になるが、実際に普段の制作で使っているという人はほとんど見かけない。日本でも一時期広く読まれたグザヴィエ・ド・ラングレの『油彩画の技術』でヤン・ファン・アイクの箇所で長々と琥珀に言及されており、古い油彩画、特にフランドルの14〜15世紀頃の描画層の釉薬のような質感は、琥珀によるものではないかという仮説はよく聞くものであった。そしていったい、どのようにすれば琥珀を溶解して、乾性油と混ぜ合わせられるのか、というのは大きな謎として語られる。けれども、楽器制作用のニスとしては今でも使われているようであるし、よく探すと絵画用の琥珀ワニスが販売されていることもある。最もメジャーなところでは、オランダの絵具メーカーブロックス社のものがある。琥珀画用液はいずれも大変な高額であり、その点だけでも普段の制作に使用するには現実的でないが、コーパル樹脂とも関連があるので、以下に琥珀全般について述べてゆきたい。
琥珀は太古の樹脂が長い年月を経て化石化したものである。樹脂ならなんでも琥珀となるわけではない。古い事典などを参照すると、松脂が化石化したものと述べられていることが多いが、松脂は琥珀化でるタイプの樹脂でない。針葉樹の樹脂と書かれているケースもあるが、必ずしも針葉樹とは限らない。現在も存在する樹木の中では、マメ科のヒメヤネア属や、針葉樹のナギモドキ属など、コーパル樹脂の箇所で触れた樹種が挙げられる。他にメタセコイアの樹脂も琥珀化できる種類である。メタセコイアは絶滅種だと思われていたが、20世紀に再発見された木である。 琥珀ができる程の年月が経っていると、当然その頃の植物と今の植物はだいぶ様相が変わっていることであろう。数千万年以上も遡れば、森の様子は全く異なっていたであろうし、大陸も移動を繰り返して今とは全く違った気候の場所にあったかもしれない。 琥珀には偽物が多い。まず、コーパルを琥珀として売っている場合がある。完全に化石化したものを琥珀、まだ琥珀化の途上である半化石樹脂をコーパルと呼び分けるとは既に述べたが、それを琥珀として売っているケースである。 こちらの見分け方は簡単である。エタノールを塗布して表面が溶けてくるようならコーパルである。 しっかりと化石化した琥珀はアルコールにはもはや反応しない。また、コーパルは濃い食塩水に入れると浮かぶが、コーパルは沈んだままか、あるいは水中で動きがなくなる。 そもそも半化石とされるコーパルも、半化石というほど時間が経っていないことを プラスチック類などで作られた琥珀もあるが、これは熱した針などを押し付けて、その臭いを嗅ぐという識別方法がある。琥珀には跡がつくかもしれない。虫入りの琥珀は人気があるが、大きな虫が格好よく収まっている琥珀は模造品の可能性が高い。 ニスや塗料用の琥珀は、削りくずのような状態で売られている。 半化石とされるコーパルだが、画用に流通しているものはおそらくほとんどが生きている樹木から採取したか、地面に埋まっていてもそれほど年月の経っていないものである。ただし、やがては琥珀となる可能性のある種類の樹脂である
英語表記:Amber。太古に地中に埋まり、化石化した樹液。化石樹脂をアンバー、その手前をコーパルというが、古い時代の技法書では混同されている場合もある。現在でも両者が混同されたり、琥珀の贋物としてコーパルが売られていることがある。コーパルはが琥珀になるには非常に長い年月が必要だが、どのような地質の場所に堆積したかということも重要である。琥珀のランニングに必要な温度は文献によって異なるが、200〜380℃と書かれていることが多い(私は自身はアンバーの溶解を試みたことはない)。
コーパルや琥珀の性質に関して理論的に書かれた書物は少なく、特に日本語の本は限られている。アンドリュー・ロス(著)『琥珀 永遠のタイムカプセル』文一総合出版は、琥珀に入っている昆虫を同定するためのガイドブックなのだが、前半は琥珀全般の解説となっており、琥珀の性質や生成過程などについて、やさしい言葉でわかりやく書かれている。他にはスレブロドリスキー(著)『こはく その魅力の秘密』新読書社がある。
数百万年以上という非常に長い時間をかけて高分子化していった樹脂であるが、琥珀となる可能性のある樹脂を出す樹木は限られている。古い事典などでは松脂が化石となったものと書かれていることがあるが、松脂は琥珀にはならない。
少し古めの技法書だと、琥珀の溶解は謎とされていることもあるが、現在は絵画用のメディウムとして琥珀を含む画用液が幾種類も販売されている。しかしながら、私の周囲では今のところ、使っている人の話は聞いたことがないし、私自身も試してみたことはない。楽器制作用の材料としては、琥珀ワニスはそれほど珍しいものではないようである。典型的な例は以下のサイトで、楽器用と絵画用にAmber入りのメディウムを多数揃えている。
Alchemist
http://www.ambervarnish.com/
セラックとも表記。樹木に寄生するラックカイガラムシが分泌する樹脂状物質から採取。アルコールに溶解するが、テレピンやペトロールには溶けない。木工、特に楽器制作では非常に重要な樹脂。絵画ではテンペラ画のニス等に使われる。国内の画材店で樹脂を入手するのは難しい。楽器製作や木工品の材料を扱う店、海外の専門家向け画材店などで入手できる。ネットで検索すれば、日本語のサイトでも入手できるところは少なくない。人体に無害、環境にもやさしいということで、食品や錠剤のコーティング、住宅のニスなど様々な用途に使用されている。木工用途では、エタノールに対し、25%ぐらいの濃度のセラックでニスを作る。個人的には日曜大工で使ってみる程度で、絵画で使用したことがない。どれくらい精製するかによって色の濃さに違いがあり、無色からかなり赤い色の樹脂(またはニス)が売られている。色の濃いものは白い部分を赤く染めてしまう。絵画用途での具体的な処方は、紀井利臣(著)『黄金テンペラ技法』、ロバート・マッセイ(著)『画家のための処方箋』等。
英語表記:Dragon's Blood。竜血樹の樹皮、葉、実から採れる赤い樹脂。ニスの着色剤として使用される。アルコールに溶解し、家具や楽器などのためのニスの赤い着色成分になる。絵画ではテンペラ画の金箔上の色彩として利用する。ヴァイオリン製作、木工、アロマ関連のショップで購入できる。私自身は、自分用の腕珍を作る際にニスとして使っただけである。
文献:紀井利臣(著)『黄金テンペラ技法 - イタリア古典絵画の研究と制作』
北アフリカ産の樹脂。特にモロッコ産が有名。技法書にはマスチックより劣る樹脂として紹介されることが多い。見た目はマスチック樹脂に似ており、濡れているときは特に似ている。口に含んで噛みつぶしたときの歯ごたえなどで見分ける方法がある。テレピンにはまるで溶解しないので、それを試せばはっきりする。アルコールには一晩で溶解する。
別称:松脂、英語表記:Venetia Turpentine、Venice Turpentine。欧州カラマツから採取される松脂。昔ヴェネツィアを経由して流通したので、ヴェネツィアテレピンと呼ばれるようになったという。粘性が高く乾燥が遅いので画面にエマイユ効果を与える。スタンドオイル等の乾性油やテレピン、その他の樹脂を混ぜてグレース技法に使用することが多い。単体では長時間乾燥せず、脆くなったり黄変したりする。現代の画家の間ではほどんど使用されなくなってきているが、古典技法においては蔑ろにできない材料である。このテレピンバルサムから、蒸留によって得られるのが、揮発性のテレピン精油であり、あとに残るのがロジン(コロホニウム、コロファン)である。
北方のテレピンバルサム、ストラスブルク・テレピンは絵画用として高い評価を得ている。カナダ・バルサムも絵画用に使用できる可能性がある。いずれも専門家画材店で注文できる。
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