『西洋絵画の画材と技法』 - [油彩技法]

油彩技法の特徴

油絵具の乾燥

油絵具の場合は、展色材である乾性油が(揮発するのではなく)酸化によって画面上で固まります。顔料は固化した油の層のなかに分散して存在する形になり、その油の層の中を光が複雑に反射、屈折して油彩独特の光沢を放ちます。油膜表面で反射する光、顔料に当たって反射する光、油の層を通り抜けて下地色に当たる光などによって、複雑な色味を発することになるのです。顔料は油膜の中にあるので他の技法に比べて堅牢で、湿気にも比較的強い画面となります。ただし乾性油は黄変する傾向があり、長期的に見ると、暗変化、褐色化することがあります。乾燥速度が他の技法(水彩絵具など)に比べて極端に遅く、完全に乾燥するのに半年以上かかります。

油絵の層構造

油絵は、板か麻布のキャンバスに描かれることが多く、それらは膠などで目止めされ、顔料と展色材を混ぜた地塗りが施されています。その上に描画が行なわれ、完成したあとに、保護ワニスを塗ります。下の図は油絵の層構造の一例です。

油彩技法の画用液

油彩技法で使用する画用液には、基本となる素材として、乾性油、揮発油、樹脂、助剤が存在します。これらを調合して作ったものを調合溶き油、あるいは調合油、調合画溶液と呼ぶことにします。次にニスと呼ぶものがあります。これは樹脂を溶剤で溶かしたもので、画面の保護や艶の調整に使うものですが、描画用のニスもあります。

乾性油 Drying Oils

乾性油は空気中において常温で固化する性質の植物性の油です。油絵具の固着材であり、顔料を乾性油で練ることによって、油絵具となります。これを絵具中に多く含めるほど、透明感や光沢が増し、油絵らしい画面になります。代表的なものにリンシード油、ポピー油、サフラワー油等があります。乾性油は日に晒したり、熱したりすることによって性質が変わります。日に晒して加工したサンシックンド油、空気を遮断して熱したスタンド油、空気に触れさせながら熱したボイルドオイル等がそうです。これにより耐久性や光沢が増します。

揮発油 Solvents and Thinners

水彩絵具では水が果たす役割を、油絵具ではテレピン油、ペトロール、スパイクラベンダーなどの揮発性の精油が果たします。揮発油は、乾性油とは異なり、固まらずに揮発してなくなります。サラサラした液状で、これを絵具に混ぜると、粘度が低くなり伸びがよくなります。ただし、これを多く含めるほど、乾燥後の画面は光沢がなくなり、耐久性が失われます。溶解能力があるので、樹脂を溶かしたり、調合溶き油を作成するときにも重要な役割を果たします。

樹脂、バルサム Resins and Balsams

樹脂にもたくさんの種類が存在し、それぞれ性質や画面にあたえる効果が違います。代表的なものに、ダンマル樹脂、マスチック樹脂、コーパル樹脂などがあります。これらは天然のものですが、近年開発された、アルキッド樹脂をはじめとする合成樹脂もあり、塗料業界では樹脂というと、もはや合成樹脂の方を指すことが多いようです。油彩技法では普通は乾性油や溶剤と混合し、調合油として使います。バルサムとは、精油を抽出する前の樹液で、ヴェネチアテレピン・バルサム、カナダバルサム、ストラスブルクテレピンなどが絵画用として使用されています。

助剤

絵具の性質を調整するものです。乾燥促進剤、形成助剤、防腐剤などです。市販のチューブ絵具には、このような添加物がたくさん含まれいます。

調合画用液・ワニス

上で紹介した基本的な材料をもとに、さまざまな目的のための画用液を作ることが出来ます。

描画用ワニス

乾性油、樹脂、溶剤などをちょうど良く配合し、描画するときに絵具に加えるのに適している画用液です。様々な配合のものが市販されています。

加筆用ワニス(ルツーセ)

油絵具の皮膜は完全に乾燥してしまった場合、その上に絵具を重ねると、はじいてうまく描けないことがあります。また、乾燥する前と後では、絵具の色が微妙に変化するので、乾いた画面に正確な色を置くのが難しくなります。そのような場合に、画面に加筆用ワニス(ルツーセ)を塗布し、画面を濡らすことで作業しやすくすることができます。ルツーセは通常、若干のダンマルなどの樹脂分とテレピンから成っています。たまに乾性油を含む商品もあります。樹脂が少し混ざっているだけで、油絵具の各層がとても馴染み易くなります。

保護用ワニス(タブロー)

油絵具は完成した後に、大気中のガスや埃などから画面を守るために保護用の薄いニスを引きます。通常は、ダンマル、マスチックなどの再溶解性のある樹脂をテレピンで溶解したものを塗布します。保護ワニスが汚れた際にテレピンなどで洗い落とし、再び塗りな直すことができます。最近は再溶解性のある合成樹脂が使われるようになってきました。

剥離材(リターダー)

キャンバス、パレット、またはペインティングナイフ、筆などの道具類から、乾燥してしまった油絵具を剥がす際に使用します。非常に強い溶剤なので、製品に付随する注意事項をよく読み、換気に注意して使用してください。

乾燥剤(シッカチーフ)

油絵具の乾燥を促進する画用液です。酸素伝導を助ける金属物質を成分とするものや、コーパルメディウムやアルキド樹脂などの速乾性の樹脂などを成分とするものがあります。金属物質によるものは多用すると様々な弊害を伴います。

金箔貼付用メディウム

油による金箔貼り付けを行う際に使用する画用液です。メーカーにより様々なものが販売されていますが、乾燥が速く接着力の強力なコーパルメディウムを含むものが一般的なようです。ジャパンゴールドサイズ、ミクスチョン、Oil Gilding Mediumなどの商品名で販売されています。

油絵具の白

シルバーホワイト

古代から使われてきた代表的な白で、とくに油絵の世界では19世紀頃まで、これが唯一の白絵具でした。乾燥が速く、丈夫な皮膜を作ります。混色制限、および毒性がある 地塗り材として最適で、下描きで厚塗りするのにも向いています。また、チタン白のように着色力が強くないので、混色の際失敗が少なくなります。

混色制限ですが、カドミウム、バーミリオン、ウルトラマリンとの混色で、変色する可能性があります。これは鉛と硫黄が反応して硫化鉛(黒色)が出来るためです。これは各メーカの混色制限表で確認することが出来ます。しかし、現代の良く精製された絵具ではまず変色は起きないと言われています。また、鉛白は大気中の硫黄性ガスによって黒変することがあります。完成後はタブローなどによる画面の保護があると完璧です。

グレース技法では、透明度の強い絵具に混ぜることによって、透明度を弱めることが出来ます(他のホワイトでは白濁してしまいます)。グレース技法をやっていて、色が着き難いと思ったときは、シルバーホワイトをほんの少し混ぜるとちょうど良い被服になります。

シルバーホワイトはフレークホワイト、クレムニッツホワイトなどと呼ばれることがあります。これらの名称の使い分けは、最近はかなり意味不明になってきています。最近の輸入品では、同じメーカーでもシルバーホワイトとフレークホワイトという二種類の絵具が並んでおり、フレークホワイトのラベルを見ると、鉛白と亜鉛華の混合だったりすることがあります。もう一方のシルバーホワイトは、鉛白のみで構成されていることが多いようです。これは欧米では環境への配慮のために純粋な鉛白の絵具を出荷するのが難しくなっているためでしょう。亜鉛華が混ざれば当然、絵具の質は大きく落ちるので、これを選ぶ理由はほとんどないと言えます。ここ数年の間に、チューブ入りのシルバーホワイトはほとんど生産されなくなってしまったようです(初心者には手を出しにくいような缶入りに切り替わってしまった)。クレムニッツホワイトは、クレムニッツ法と呼ばれる方法で作り出した鉛白で、白色度が高いなどの特徴がありますが、これもラベルにクレムニッツ白と書いてあるからといって、本当にクレムニッツ白であるかどうかは微妙なところです。鉛白には様々な製法があり、大手メーカーでは生産効率の良い製法を採用し、質の方は軽視されがちです。その点にも配慮して、事情通の人に尋ねるなどして、信頼できるブランドのものを選ぶとよいでしょう。しかしどちらにしろ最近の傾向として、欧米の画材メーカーでは廃色となっているケースが多く、今後日本でも手に入りにくくなっていくと思われます。

ジンクホワイト

ジンクホワイトはシルバーホワイトよりも、さらに透明感があり、着色力も白絵具の中で最も弱く、混色がスムーズに行なえ、また毒性や混色制限もありません。色は若干青味がかって、ジンクホワイトで描いた画面は、引き締まった感じになります。その為、19世紀に発明されて以後は、代表的な白として広く使われてきました。しかし亀裂、剥離などが起こるので、実際には油彩技法ではあまり薦められない白です。最近では新しく調整されて登場した他の顔料があるので、とくにその色味が必要でないなら、無理に使用する必要はないと言えます。
乾燥の過程で亀裂、剥離等が起こるので、圧塗りや、下地には向きません。特にジンクホワイトの上に上塗りは剥離を起こしやすくします。仕上げ作業か、ハイライト部分の使用に制限される白です。

チタニウムホワイト

チタニウムホワイトは毒性や混色制限がなく、亀裂、剥離、変色もないので、下描きから上描きまで使用出来ます。ただしシルバーホワイトのように乾燥を速める効果はありません。乾燥速度はすべてメディウムに左右されると言えますが、白絵具は通常ポピーオイルで練ってあることが多いので、かなり遅いと言えるでしょう。チタン白は白色顔料の中でも最も着色力、隠ぺい力が強い白です。逆にそのせいで、他の色と混色するのが難しく、少し混ぜただけで絵具が白濁してしまいす。チタン白の着色力、隠ぺい力を標準に押さえたのが、パーマネントホワイトです。

なお、マツダのカタログを見ると「黄色ヤケを防ぐためにジンクを混入しているので、亀裂が生じ易く、地塗り材としては不向き」と書いてあります。マツダのみだと思いますが。

パーマネントホワイト

画材メーカー各社がパーマネントホワイトという名称で販売している絵具は、チタニウムホワイトの着色力を抑えた製品です。その方法は、顔料の粒子を細かくするなどして性質を変えたもの(ホルベイン等)や、チタニウムホワイトに体質顔料を混ぜただけのもの(クサカベ等)があります。毒性もなく、着色力も普通で使いやすいので、初心者に最適です。

ファンデーションホワイト

ファンデーション・ホワイトは地塗り用の白です。展色材としてポピー油よりも乾燥の早いリンシード油を使用しています。そのため、黄変することがあります。使用顔料はメーカ各社によってまちまちですが、シルバーホワイトかチタニウムホワイトのどちらか、またはその混合です。鉛白が使用されているものには、シルバーホワイトと同様の毒性、混色制限があります。


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最終更新日 2003年3月12日

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