『西洋絵画の画材と技法』 - [油彩技法]

自製メディウムの作成

本項ではオイルや樹脂、溶剤などを混合して描画用の画用液を調合する方法を紹介。

初期段階の粗描きから、中間層までに使用する画用液

制作の初期段階から中間層ぐらいまでに使用する、乾性油、樹脂、溶剤から成るいわゆるペインティングオイル。ダンマルワニスと乾性油を常温で混ぜる方法でもよいが、本項では火を通して樹脂を溶かす方法で行なう(個人的に多少火を通したメディウムが好みであるためだが、ダンマルワニスを新たに作らなければならない場合は、熱で油に溶かす方が手間がかからない)。

■材料と道具
加熱器具(カセットコンロ等)、焼き網、石綿金網(またはセラミック金網)、ビーカー、温度計、空き瓶
乾性油各種、ダンマル樹脂、テレピン(またはペトロール)

流動性の高い液状の画用液となるので、保管する容器は狭口のものを(テレピン等の空き瓶が丁度いい)。

■材料の処方
乾性油5に対して、ダンマル樹脂0.5〜1、テレピン4〜8。ファット・オーバー・リーンの原則に合わせて、徐々に溶剤の割合を減らしてゆく。あらかじめ濃度の異なるものを用意しておくと、使用時に薄めるより各成分がよく馴染み、使用時も手間がかからない。

乾性油はリンシードオイル、または重合油を使用。サンシックンド・リンシードオイルは乾燥が速いが価格が高価なため、多めの画用液を作る場合はスタンドオイルや生のリンシードオイルを併用する。白など、淡色系に使用する場合は、ポピーオイルとサンシックンド油の混合がお勧め。スタンドオイルを多めに使用する場合は乾燥剤を加える。鉛系のシッカチーフがよい。処方例としては、サンシックンド・リンシード油=2、サンブリーチド・リンシード油=3、ダンマル樹脂=0.7、テレピン=5、のような感じで。

■作業手順
耐熱ビーカーに処方の量のオイルと樹脂を入れ、カセットコンロなどの加熱器具で、100℃前後に加熱する。樹脂は100℃弱で溶けるが、多少時間がかかるので、ガラス棒などでかき混ぜながら100℃前後を維持しつつしばらく煮詰める。

粗描き段階用メディウム作成

狭口の容器に処方の量のテレピンを注ぐ。次に先ほど樹脂を溶かした乾性油を入れる。まだ熱いうちに注いだ方が溶剤と馴染むと思うが、熱すぎるとガラス容器を割るかもしれないので注意。

粗描き段階用メディウム作成

私はサンシックンドオイル派なので、サンシックンド油2に対してサンブリーチド・リンシード油3ぐらいの割合でブレンドしているのだが、さらに少しだけスタンドオイルを入れている、という具合である(そのときアトリエにあった、よさそうなオイルを適当に混ぜて使っているとも言える)。サンブリーチド油は流動性があり、重合油と混ぜるとちょうど良い。

火を通してメディウムを作る方法。

加熱して乾性油に、樹脂、蝋などの助剤を溶かしてメディウムを作る方法。先に紹介した粗描き用と異なり、溶剤を含まないが、制作段階に合わせて、各自希釈することを想定している。仕上げの段階では希釈せずに使用してもよい。また、手練り絵具用の展色材ともなる。

■材料と道具
加熱器具(カセットコンロ等)、焼き網、石綿金網(またはセラミック金網)、ビーカー、温度計、空き瓶
乾性油各種、ダンマル樹脂、

乾性油は重合油と生のオイルの混合、樹脂は1割未満、蜜蝋は3%未満。

ビーカーは理科実験用の耐熱性のものを。軟質樹脂は100℃弱で溶解するので、温度計はスーパーで天ぷら用の温度計で十分である。

乾性油は、各自の好みや用途に合わせて自由に選択してよいが、重合油と生のオイルの混合が、丈夫さと筆運びの点でお勧め。乾燥の速さと被膜の丈夫さではブラックオイルがよいが、白など淡い色で使用する場合は、スタンドオイルなどがよいかもしれない。ただし、この程度の温度で加熱しても、スタンドオイルの乾燥の遅さはほとんど改善されない。

蜜蝋は絵具の色調を微妙に柔らかくしたり、絵具を盛り上げる際の形成材となる。また、やや艶消しの画面となる。ただし、以下に紹介するいずれの処方においても、不要と思われる場合は各自の判断で省く。蜜蝋は樹脂よりも低い温度で溶解するので、樹脂を溶かした後に、多少冷めてから加えてもよい。蜜蝋は画材店で購入できる。

樹脂は、画用液に透明度と輝きを与え、独特の粘りによって上下の層との食い付きを良くする。ただし、樹脂そのものは丈夫な展色材となるものではないので、あまりたくさん入れすぎるのはよくない。本サイト全般の傾向であるが、一般の技法書よりやや少なめの量を処方しているので、各自の判断で増やすなりしてもよいかと思う。なお、本項で使用するダンマルやマスチックなどの樹脂は、溶剤に溶かしたワニスではなく、塊の状態のものを使用する。したがって、ダンマルワニスなど、ニスの状態にしたものを乾性油と合わせる場合より、2〜3倍ぐらい濃いと言える。ダンマルと比べると、マスチックの方が高粘度なメディウムとなる傾向があるようだ。

テレピンなどの溶剤は配合に含めていない。テレピンで薄めるにしても、製作工程のどの段階かによって異なるだろうし、最後の方では薄めずに使うこともあるだろうということで、溶剤は省くことにしている。溶剤で希釈して使用する場合は、使用時に行なうよりも、事前に別の容器で混合しておき、むらなく混じり合ったものを使う方がよいと思う。

加熱して作る自製画用液

■作業手順
処方の量の乾性油、樹脂、蜜蝋をビーカーに入れ、石綿金網を置いたカセットコンロに載せて、着火する。

100℃近くになると樹脂が溶解しはじめる。全て溶けるまでに多少の時間がかかるので、なかなか溶けないからといって、温度を上げる必要はない。ビーカーの底が焦げ付かないように、よくかき混ぜながら弱火で100℃前後を維持する。温度を上げすぎると、褐色の焼き色が付き、脂っぽい光沢の強い画面を作るメディウムとなるが、べつにそれでかまわないなら、それはそれでかまわない。蜜蝋は、樹脂よりかなり低い温度で溶けるので、樹脂を溶かしたのち、ある程度冷ましてから投入してもよい。また、樹脂の方も、一端油の温度を100℃まで上げてから、少しずつ入れてもよい。丁寧にやると底が焦げ付かずに済む。

全て溶解したら、火を止める。もうしばらく火を通したいなら、それもかまわない。少し冷ましつつも、ある程度流動性のある温度のうちに、保存用の容器(ジャムの空き瓶など)に移す。その際、瓶の口に輪ゴムでガーゼなどをつけ、メディウムを濾過すると、ゴミや不溶解物質を排除できる。熱い液体を急に注ぐと、ガラス瓶が割れるかもしれないので、注意。瓶にメディウムの組成と制作月日を書いたラベルを貼れば完成(その場できちんと書いておかないと、すぐに忘れてしまう)。

以下に参考となる処方をいくつか紹介するが、飽くまで一例であって、各自の趣向でどのようなものにも変更可能。樹脂は少なめに見えるが、ワニスの状態のものを加えるのではなく、樹脂をそのまま入れるので決して少なくはない。チューブ絵具に混ぜて使用する場合は、もともと絵具に乾性油が多く含まれているから、樹脂や蝋がいくぶん多めになってもいいかもしれない。手練り絵具の展色材として使用する場合は、これ以上増やすのはよくないと思う。蜜蝋は不要な場合は省く。必要と思われる場合は、乾燥剤、ヴェネツィアテレピン、その他を各自加える。

■標準メディウム
リンシードオイル ・・・ 50
サンシックンド・リンシードオイル ・・・ 40
ダンマル樹脂 ・・・ 8
蜜蝋 ・・・ 1〜2

標準メディウム

標準メディウム
材料名 配合例(重量比)
リンシードオイル 50
サンシックンド・リンシードオイル 40
ダンマル樹脂
蜜蝋 1〜2

淡色用メディウム

透明で明るい色のメディウム。

材料名 配合(重量比)
ポピーオイル 60
スタンド・リンシードオイル 30
ダンマルガム
蜜蝋
シッカチーフ

速乾性メディウム

鉛入りのブラックオイルを使用した速乾性メディウム。被膜は非常に丈夫だが暗変、黄変が起こりやすい。すこし明るめに、なおかつ青みがかった色で描くことで回避。手練り絵具の媒材にもなるが、乾燥が速いので熟成期間・保存期間は長く取れないかもしれない。

材料名 配合
リンシードオイル 50
ブラックオイル 40
ダンマル樹脂
蜜蝋 1〜2

高粘度なメディウム

マスチック樹脂を使用しているため、ダンマルを使用するものより、見た目にかなり粘度のあるクリームのような画用液になる。

材料名 配合
リンシードオイル 50
サンシックンド・リンシードオイル 40
マスチック樹脂
ヴェネツィアテレピン・バルサム
蜜蝋 1〜2

マスチック樹脂を使用したゲル状メディウム

マスチックは乾性油と混ぜるとメディウムをゲル状にする傾向がある。乾性油、マスチック、テレピンによるゲル状のメディウムは、メギルプと呼ばれ、18〜19世紀にかけて頻繁に使用された。ゲル状と言っても、筆やパレットナイフで触れると柔らかいバターのようであり、絵具に加えると絶妙な筆運びの流動性の高い粘液になる。しかし、メギルプによる絵画層は時とともに脆くなり、暗変、クラックその他様々な問題の原因となる。メギルプはスペリングも作り方も様々であるが、処方によっては油と同量のマスチックを使用するなど樹脂の量が非常に多い。マスチック、ダンマルなどの天然の軟質樹脂は、適切な量を加える分には良い面が多いが、それ自体は経年により脆くなるものであり、溶剤に反応しやすく、熱にも弱い。洗浄や修復の際に痛むことも多い。そこで、ここではできるだけ樹脂の量を抑えるかたちで、マスチックによる粘度の高い、準ゲル状メディウムを作成する。もはやメギルプと呼ばれるものではないが、その描き味を多少再現しつつ絵画層の耐久性も考慮したもの。

作成方法は、J・シェパードの『巨匠に学ぶ絵画技法』P.13に倣いつつ、材料の分量を変更している。J・シェパードのレシピは乾性油3、マスチック1、テレピン3の割合だが、それを乾性油6、マスチック1、テレピン3で行なう(または乾性油8、マスチック1、テレピン3でもいける)。私の個人的な理論上から判断した割合であり、このメディウムで作成した絵画が数十年後どのような変化を被るかというデータはないので、その点は予めご了承の上、あるいは各自の判断に基づいてレシピを調整し、ご利用頂きたい。単に保存上の観点からは、アルキッド樹脂などのゲル状メディウムを使用した方が、遙かに良い結果になりそうであるが、マスチックのゲルメディウムの筆運びとはかなり異なる。

■材料と道具
加熱器具(カセットコンロ等)、石綿金網(セラミック金網)、ビーカー2個、保管用の瓶(ジャムの空き瓶など)、温度計
ブラックオイル、マスチック樹脂、テレピン

「乾性油の加工」ページ内の「ブラックオイル作成」手順に従って、ブラックオイルを用意する(黒いメディウムが嫌な場合は、通常の乾性油でもかまわない)。マスチック樹脂は画材店で購入できるが、非常に高額で少量しか手に入らない。海外の専門家画材店などから入手する方が安い。なお、今回の用途では、ダンマルで代用することはできない。

各材料の使用量は、ブラックオイル 60g、マスチック 10g、テレピン 30gがよいかと思う。200mlのビーカー、

マスチックと乾性油によるジェルメディウム作成手順画像

メディウムを保管しておく容器は、ジャムの空き瓶など広口のものを。その容器には処方の量のテレピンを入れて待機させておく。また、樹脂も予め計量して準備しておく。

マスチックと乾性油によるジェルメディウム作成手順画像

ブラックオイルを耐熱ビーカーに入れて、カセットコンロなどの加熱器具で100℃弱まで火を入れ、用意しておいたマスチック樹脂を、少しづつ投入する。樹脂は100℃弱の温度で溶解するので、その温度を維持しながら、しっかり溶けるまでしばらくかき混ぜる。

マスチックと乾性油によるジェルメディウム作成手順画像

樹脂がすっかり溶けたら、熱いうちにガーゼで漉しながら、先にテレピン油を入れて準備しておいた保管用の容器に注ぎ入れる。1時間後にはゲル化していると思われるが、マスチック樹脂の量をより少なくした場合は、数時間から一日待たねばならないこともある。乾性油8、マスチック1、テレピン3でもどうにかゲル化する。


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最終更新日 2008年4月24日

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