『西洋絵画の画材と技法』 - [材料] - [顔料]

黒色顔料

概要

昔から絵画に使用されている黒は、代表的なものとして3種類が挙げられる。象牙など動物の骨を焼いて炭にしたもの(アイボリーブラック等)、木の枝や種など植物を焼いて炭にしたもの(ピーチブラック等)、そして、油脂類を燃やした際の煤を集めたもの(ランプブラック)。その他に18〜19世紀にかけて盛んに使用されたビチュームと呼ばれる天然のアスファルトがあるが、これはいつまで経っても乾燥しないため、ひび割れ、皺より等の原因となった。他にマースブラックなどが絵画用とではよく使われている。ほとんどの人はアイボリーブラックかピーチブラックを使用していると思う。一般に動物系の黒は暖かい色み、植物系の黒は冷たい色みになり、植物炭に比べて骨炭の方が漆黒度が高いと言われているが、現在は製造方法も工業的になり、チューブ絵具を作る際も、他の顔料を混ぜ合わせたりしていることもあるので、一概には言えない。チューブ絵具の名称も単なる慣例名称であって、アイボリーブラックに象牙炭が入っていることはないし、ピーチブラックに桃種炭が入っているとは限らない。古典技法を学ぶ人の間で評判が良いのはランプブラックである。

黒は絵画の画面のなかでは、青白い清涼感を醸し出す。特に褐色調の絵の中では青さが際立つ。白と黒を混ぜて作ったグレーは青白く輝く。黒、白、赤を混ぜると紫色になる。シルバーホワイト、マダーレーキ、そして黒を混ぜてみるとよい。このような紫はルーベンスも使用しており、貴重な青を使わずに紫を作ることができた。今では青は貴重ではないが、黒で作る独特の紫は今でも利用価値があると思う。

巷の絵画教室では「黒を使ってはいけない」と教えているようであるが、古典絵画では黒は重要な色であり、これを排除するわけにはいかない。昔は使用できる顔料の種類がいまよりずっと少なく、青など極めて高価なものも多かった。それに比べると黒は価格が安く、どんな地域でも容易に入手できて、そして美しく、色も安定していた。黒を使ってはいけないという価値観は、印象派によって広まったものと言える。印象派の画家が、影の表現に黒ではなくて、補色を利用したことにより、黒を排除する価値観が生まれたと思われる(ただし印象派の画家でも黒を使った者は居る)。例外として、油絵具の黒は乾燥が極めて遅いので、美大等の実技試験を受ける受験生は、本番では使わない方が良い。また、油絵具に不慣れな初心者は、キャンバスの上で絵具を混ぜ合わせたり引きずったりして画面を汚しがちであり、特に黒を使うとどうしても画面全体が濁ってしまう。趣味の愛好家相手なら、黒は使わない方がいいというアドバイスは良いものかもしれない。黒は安定しているが、油彩技法の場合、乾燥が非常に遅い。乾燥の遅さによって皺よりやひび割れ、ゴミが付く、あるいは乾燥剤を多量に入れすぎたための弊害などが問題となる。乾燥の速いリンシードオイルを使い、薄く塗れば良いかと思う。厚塗りには向いていない。乾燥していない黒の上に重ね塗りすると亀裂になりやすい。

アイボリーブラック

別称:象牙黒、骨炭、動物性黒。英:Ivory Black、Bone Black。「アイボリー(象牙)ブラック」という名称は、もともとは象牙の炭から成る黒を意味する。現在は象牙を使用することはほとんどなくて、この名称は牛などの家畜の骨から作られた黒に対して使われている。そのため、ボーンブラック(骨炭)、あるいは動物性黒と呼ぶこともある。原料にする動物の種類によって色合いも異なる。植物性の黒にくらべて漆黒度が高い。黒炭に含まれているリン酸カルシウムが、漆黒度を高め、深みのある色合いにしているそうだ。しかし、同時にリン酸カルシウムは絵具の乾燥を著しく遅くするほか、これを栄養分としてカビを発生させやすいのが欠点。

ピーチブラック

別称:桃核炭、植物炭、植物性黒、ブルーブラック、バインブラック。英:Vegetable Black、Vine Black。「ピーチブラック(桃核炭)」は、基本的に桃の核を燃焼させたものであるが、実際には必ずしも桃の種ではなく、植物炭の黒全般に使われている名称として使われている。同じくバインブラック(葡萄黒)は葡萄のつるや枝、幹を炭化させてつくった黒のことであるが、これも必ずしも葡萄が原材料とは限らない。使用する植物などによって性質も微妙に違うので、メーカーによって色みが異なる。ひどいときにはべつの黒が混ぜられていることもあるが、絵具のラベルを見て確認できる。例えばマツダ油絵具のピーチブラックにはしっかり「桃核炭」と表示されているので、本物のピーチブラックなのだろう。アイボリーやランプよりも、黒としての色は控えめ。植物炭は青みがかっているのでブルーブラックとも呼ばれることがある。乾燥速度はかなり遅い部類に入るが、動物性の黒に比べればマシである。

ランプブラック(油煙)

鉱油、樹脂などを燃焼したときにでる煤を集めたものであり、植物炭よりも青みがある。若干油分が残っているために、水に混ぜにくい。


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