『西洋絵画の画材と技法』 - [材料] - [顔料]

顔料について

既に「絵具について」の頁で、顔料の大凡について述べているので、以下は追記事項なる。

「無機顔料」と「有機顔料」

顔料は無機顔料と有機顔料に分類される。古典的な材料に関しては、無機顔料は鉱物や土などから得た顔料、有機顔料は動植物から得た染料を顔料化したものを指す。しかし現代では、無機顔料も有機顔料も人工的に作られたものが多くなった。「無機物」の元々の意味は鉱物や土、金属など生物と関わりなく生成された物、そして「有機物」はタンパク質など生物の活動によって生み出されるものを指していた。化学の発達によって人工的に有機物を作ることが可能になり、現在「有機物」の定義は炭素を含む物質(一部を除く)となっている。

無機顔料 inorganic pigment」は、主に鉱物を砕いたものや土から作ったもので、オーカー、アンバーなど土製顔料、ラピスラズリ、アズライトなどの鉱物がこれにあたる。白亜、胡粉などは、もともとは生物の活動から生まれたものだが、無機顔料である。人工的に作られた合成無機顔料は古いものでは鉛白、バーミリオンなど。近代以降はウルトラマリン、ビリジャン、カドミウムレッドなど、多数の合成無機顔料が登場。一般的に無機顔料は有機顔料のような鮮やかな色彩や色の幅はないが、隠蔽力と耐久性は格段に優れている。

有機顔料 organic pigment」は主に植物や動物から取り出した染料を体質顔料に着色し、不溶化したレーキ顔料である。マダーレーキ(あかね)、クリムソンレーキ(コチニール)などが使われていた。これらの天然有機顔料は、無機顔料に比べると非常に鮮やかで、高い透明性を持つ。耐光性の点では無機顔料よりかなり劣る。光に当たるとすぐに退色してしまうことが多く、使いこなすには正しい知識が必要。限られた色しかなかった時代には、レーキ顔料も欠かせない色材であった。19世紀以降、合成有機顔料が登場する。天然の素材から抽出しなくても、あかねの色素であるアリザリンを作り出し、耐久性の問題も若干は改善さた。20世紀にはフタロシアニン、キナクリドンなどの「高級有機顔料」が登場。極めて色鮮やかで、十分な耐光性と堅牢性を持つ。

染料と顔料

染料も顔料も色を持つ色材だが、性質は大きく異なる。染料は水などの溶剤に溶け、紙や布などに染色して使う。多くは植物や動物から採取される。それに対し顔料は溶剤や媒材に不溶で、媒材の中に分散する。油絵具の場合、媒材である油の中に分散した状態になっており、基本的に油に溶けない。アクリル絵具の場合は、アクリルエマルジョン中に分散している。顔料の多くは鉱物を砕いたものか、土を振り分けたものであるが、古くから人工的に作られたものもある。近年は染料も顔料も人工的に開発されたものが多く、市販の絵具にもたくさん使われている。染料を油絵具にするときは、無色の顔料に着色してレーキという染料顔料を作る。

レーキ顔料

染料は植物や動物から採った色材だが、現在は合成して作れるものも多い。染料は紙や布などの繊維を染め付けることができるが、固着させるため、あるいは固着を強化するために、明礬などの薬を必要とする場合もある。普通、明礬等の薬品を使って、布や紙などに染め付けて使用する。インクやニスなどして絵画にも使用できるが、絵具にする場合、レーキ化しなければならない。無色透明の顔料に着色、媒材に不溶にして顔料を作るのである。これをレーキ顔料という。レーキ顔料は鉱物などの顔料と比べると褪せやすいが、顔料が豊富でなかった時代には、大変重要な役割を果たしていた。鉱物や土から作った色より、ずっと鮮やかな色が多かった。絵画で使用される頻度が高かったのは、西洋茜から採るマダーや、カイガラ虫から採るコチニール、インジコ、たいせい、ブラジルすおう等、挙げればきりがない。現在のレーキ系の絵具は「天然」という断りがない限り、人工合成されたもので、昔のものよりもずっと耐光性がある。絵具の色名もほとんど慣例名で、天然の材料を使っているのはごく僅かの製品だけとなった。

レーキに関しては、National Gallery Technical Bulletin Volume 15に掲載されてる論文がたいへん参考になる。赤及び黄色レーキ顔料の耐光性に関するさまざまな実験を行なっている。マダー、コチニールは耐光性が良い。天然のものでは特にマダーの耐光性がよく、マダーの人工版と言えるアリザリンクリムソンはそれよりもさらに優れている。ブラジルすおうは、どのような実験でも常に最も褪せやすい。レーキ顔料を混色して使う場合、レーキ顔料の量が少ないと色が褪せやすい。例えば、白とマダーレーキを混ぜてピンク色を作った場合、濃いピンク色は褪せにくいが、薄くなるに従って褪せやすくなる。過去の作例では、薄いピンクだっと思われる部分が、現在は真っ白になっているものを多々みかける。人物の顔が肌色ではなく、真っ白かまたは土色になっているものはレーキ系の赤が退色してしまった可能性が高い。また、レーキ系の色で描いた衣類も、現在、真っ白になっているものがある。アウトラインや影など比較的濃い色だった箇所にのみ、退色前のものと思われる色が残っていることもある。

カラー・インデックス名、および番号

顔料を識別するためにつけられた名前。Color Index Generic Name(C.I.Nameと略す)は色の名前に番号を振ったもの。鉛白はPigment White 1、黄土はPigment Yellow 43というC.I.Nameがつけられている。それぞれPW1PY43と省略して表記されることもある。Color Index Constitution Numberは化学構造を元に分類した番号。例えば鉛白が77597、黄土が77492

現代絵具の場合、チューブに書かれている名称と、実際に使用されている顔料が全く異なっているケースが増えている。現在では使われなくなった色を、他の顔料の混色によって再現していたり、単に色の効きを良くするために別の顔料を混ぜるなど理由は様々。ほとんどのメーカーのチューブ絵具は、ラベルに顔料のC.I.Nameが表記されているので、それを参照することによって、実際に使用されている顔料を知ることができる。

屈折率

コップの中に水を入れ、スプーンを入れてみる。すると水と空気の境でスプーンは折れ曲がったように見える。水と空気の境で光が折れ曲がるためにそうに見える。このように光は違う物質の間を通る際、進む方向がすこし変わる。どれぐらい方向が変わるかを表したものが屈折率である。スプーンが折れ曲がって見えるのは、空気の屈折率が1.00であるのに対し、水の屈折率が1.33であるため。物質間の屈折率の差が大きいほど光の方向が変わる(ちなみに光だけではなくて音の方向も変わる)。

コップの中に水を入れ、今度は小さなガラス製の何か(ガラス板等)をすっぽりと入れてみる。水もガラスも透明だが、水の中にガラス板が入っていることは目で見てすぐにわかる。水とガラスの屈折率が違うため、ガラスと水の境で光の方向が曲がり、そこにガラスがあることが目に見えるのである。次に水ではなく、サラダ油の中に入れると、ガラス板は全く見えなくなってしまう。サラダ油とガラスの屈折率が同じために、光がまっすぐ通り過ぎてしまう。ガラスは完全に見えなくなっているはずだ。

油絵具の場合、媒材である油の屈折率に近い顔料を使うと、絵具が透明に近づくことになる。油絵具に限らず、媒材と顔料との屈折率の差が大きいほど絵具の被覆力は大きくなり、逆に屈折率の差が小さい場合、絵具は透明に近づく。たとえば、日本画の白として一般的な胡粉(炭酸カルシウム)は屈折率1.53〜1.6である。これを膠水(屈折率1.35)で溶いた場合は白として視認できる。しかし胡粉を亜麻仁油(屈折率1.48)で練ると、両者の屈折率にほとんど差がないため、半透明の黄色っぽい絵具ができる(亜麻仁油が黄色みを帯びているため)。鉛白1.9〜2.0であり、油との屈折率の差が大きく、油で練っても白さを維持できる。19世紀にジンクホワイト登場するまで、油絵具に使えるのは鉛白だけだった。ちなみに、膠水の場合は水の部分が蒸発して散逸するので、結局顔料そのものを見る格好に近く、顔料の白さが際立つ。水彩絵具も、乾燥する前の状態では水の屈折率1.3により若干暗く透明な色合いに見えるが、乾燥すると顔料そのものを見るのに限りなく近づく。しかし、油彩の場合は、展色材が固化乾燥するので、乾燥前と乾燥後の色味には前者ほどの変化はない。ただし微妙な変化はある。乾性油は乾燥の過程で屈折率が上がるという。そのため、乾燥すると描いたときよりも絵具の透明度がわずかに増す。暗い下地に描いた絵は、乾燥するに従って画面が暗くなったように見える(ただし油の褐色化の影響も大きい)。完成したばかりのときには見えなかった下絵の線が見えてくることもある。油絵具は2〜3日で指で触っても大丈夫なくらいに乾燥するが、しっかり乾くのは1年後、そして完全に硬化するのに数十年かかり、さらに厳密には数百年経っても乾燥の行程が続いている。その間、徐々に屈折率が上がってゆく。

樹脂を混ぜると透明度が増すが、参考までに屈折率を紹介すると、ダンマルの屈折率は1.52ヴェネツィアテレピンでは1.53となる。樹脂を混ぜた絵具は透明度を増す。テレピンばかり使って描いた絵にニスを塗ると、表面の絵具が透明化して、下地の色が現れてくることがある。

※参考 A.P.Laurie,The Painter's Methods and Materials

粒子径

顔料の性質は、顔料の粒の大きさにも左右される。日本画の岩絵の具は、粒子径の大きさによって顔料が細かく区別され、ときには色の名前さえ変わることもある。

一般的に、顔料の粒子が小さければ一定容積内での、顔料の表面積が大きくなり、結果としてより多くの展色材を必要とする。油絵具の場合、展色材が必要以上に多くなることは、黄変などの原因になるため、あまり粒子径が小さいものは、その点に注意が必要になる。岩絵具のように、鉱石を砕いた顔料の場合、粒子が細かくなるほど、色が薄くなる傾向がある。岩絵具ももっとも細かいグレードのものは白っぽい色をしている。西洋絵画に置いても、古い技法書にはアズライトやマラカイト、スマルト等を細かく砕くなかれと書かれている。しかしながら、たいていの顔料は、粒子が小さいほど着色力、隠ぺい力が大きくなるようである。それらはある一定の粒子径で最大になり、その後また小さくなる。詳細は「絵具の科学」に詳しくある。

現代の顔料は機械で精製されるため、昔の顔料よりも細かくて均質である。昔はおそらくもっと粗くて不均質であったと思われる。昔の絵具と現代の絵具の違いで、よく指摘されるのは、この粒子径の細かさと、均一さである。また、

吸油量

油絵具を作る際に、ある顔料が必要とする媒材(乾性油)の量は、顔料によってまちまちである。それは、顔料を構成する物質の特性や、粒子の大きさなどの条件によって決まる。一般に、吸油量を数値で表わす場合、100gを顔料を練るのに必要な油の量をグラムかmlグラムで表記する。

吸油量はどのような要因によって左右されるかというと、まず、粒子径の項でも書いたように粒子の大きさがあげられる。一定の体積での顔料の総面積は、粒子が小さいほど大きくなり、粒子が大きいほど小さくなる。全体の表面積が大きければ、それを包み込むための展色材の量もそれだけ増えるため、結果的に粒子の小さな顔料の方が乾性油を多く必要とする。全般的に粒子の細かい有機顔料は無機顔料にくらべて吸油量が多い。

その他、粒子の形状によって吸油量は変わるし、物質そのものの性質が、油を多く必要とすることもある。酸化鉄なら水和である方が吸油量が大きいようだ。普通のシエナ土(水和酸化鉄)と焼成シエナ土(無水酸化鉄)では、シエナ土の方が多くの油を必要とする。その他、顔料に含まれると吸油量が増える物質としては珪酸アルミニウム、などがあげられる。また、黒色顔料は粒子が大きいものも小さなものも、たいがい油を多く必要とするものが多い。

昔の顔料と現代の顔料

中世の技法書を読むと、顔料の作り方、準備、使い方に多くの紙数が割かれている。多くの新しい顔料が登場したのは19世紀以降に工業が発達してからだと思われがちだが、中世から18世紀にかけての古い時代でも、多くの顔料が登場しては消えていっている。

絵描きにとっては、絵具は非常に重大なものに思われるかもしれないが、顔料という産業のジャンルから見れば、絵画用途に使用されるのはほんのわずかな量といえる。鉄橋などの建物、船舶、列車などの塗装、道路の白線など、絵画用の絵具とは比較にならないほど物量を使用しており、それに比べると画材の存在感はとても小さい。現在、塗料や顔料の開発に最も熱心なのが自動車産業だという。たしかに風雨や日光にさらされてもビクともしない塗装をしているのだから、ものすごい発展と言える。絵具はそのようにして開発されている色材の一部を、拝借しているようなものかもしれない。近年の合成顔料があまり絵画にあってないのではという人もいるが、当然といえば当然かもしれない。


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