『西洋絵画の画材と技法』 - [材料] - [顔料]

赤色顔料

辰砂、バーミリオン Vermilion

太古より使用されてきた顔料。『プリニウスの博物誌』では辰砂にかなりの字数が割かれている。

バーミリオン

たいへん比重が重い顔料で、市販のチューブ絵具を手にすると、ずっしりとした重みが伝わってくる。同じサイズのチューブでも、絵具メーカーによって重さが異なり、各社の絵具づくりの方向性を探る手がかりになる。軽い場合は、体質顔料が多く含まれている可能性がある。同一メーカーでグレードの違うブランドがある場合は、両者のヴァーミリオンを手に持って比べてみると、重さが全然違ったりして面白い。

天然の硫化水銀鉱物を砕いた顔料は、辰砂やcinnabarの名称で区別されることが多い。

辰砂

天然品は油彩画で使用するとはあまりないが、日本画の岩絵具としては現役。西洋絵画向けの専門家向け画材店でも注文できる。天然由来のものであるから色調に幅があるが、人工のバーミリオン顔料は目がくらむほど鮮明な朱色なのに対して、辰砂は(私が見たり買ったりした範囲では)若干パープル寄りで、彩度も低めなものが多かった。

辰砂

カドミウムレッド Cadmium Red

セレン化、硫化カドミウム。カドミウムレッドは20世紀の初頭に絵具として商品化されたものが登場し、バーミリオン(硫化水銀)に替わる絵具として普及しました。バーミリオンは強い光の元で黒変することがあり、それを嫌ってカドミウムレッドに移行していったようですが、個人的にはやはりバーミリオンとは別の色だと思って使っています。

カドミウムレッド

「セレン化カドミウム」は、硫化カドミウムをセレン化したもので、セレン化の度合いによって赤みが増していきます。市販の絵具には「カドミウムレッド・ライト」「ミドル」「ディープ」「パープル」など、幅広い赤味の製品があります。

バーミリオンとほとんど似た色で、且つ黒変等バーミリオンの持つ欠点がない。絵具名がバーミリオンでも、中はカドミウムレッドだったりする例もある。有毒である点を除けば、たいへん優れた色材であり、フレークホワイトから鉛白を排除したW&N社も、The Oil Colour Bookの中で「カドミウム・レッドの持つ純度の高さ、色合いから伝わる「温感」、不透明度、混色時の特性を凌ぐ赤色顔料は、未だに開発されていません」などと書いている。

西洋茜(せいようあかね)、アリザリン

茜(あかね)は根に赤の色素アリザリンを含み、それが染料として古くから使用されてきた。油絵具等で使用する場合は無色の顔料に着色・不溶化し、レーキ顔料として使う。染料系の色材は一般に耐光性が悪く、常に光にあたっていると退色する傾向がある。しかしマダーレーキは無機顔料のような耐久性はないが、天然の赤い染料としてはかなり耐光性の良い部類に入り、使用法や条件が良ければ数百年経った絵画でも色が状態良く残っている。アリザリンは19世紀に合成方法が発見されて、それ以降、色材として天然のあかねが絵具に使われることはほとんどなくなった。チューブ絵具ではウィザー・アンド・ニュートンが真性ローズマダー(Rose Madder Genuine)を作っており、国内でも大きな画材店で買えることがある。

西洋茜

レーキ顔料全般に言えるが、マダーレーキを塗った上に白などの絵具を塗ると、ブリード現象が起こって、上の色が赤く染まってしまう。白と混ぜて混色した場合、マダーレーキの量が少ない薄いピンク色などは退色しやすい。特に薄い色は真っ白になっている例がある。ある程度濃い色は比較的褪せずによく残っている。例えば、人物の肌の色が異様に白かったり、土気色の場合は、赤のレーキが退色した可能性が高い。同じように、真っ白いローブもかつてピンクだったかもしれない。これらは影やアウトラインの部分の色を見れば、かつての色の予想ができる。単体でかなり濃く塗った場合も色の保存状態は良いが、薄いグレースなどの微妙な表現は褪せやすい。しかし、先にも言ったとおり、現在の絵具は昔のマダーレーキより耐光性が良い。

西洋では中世の頃に十字軍が持ち帰り、栽培が始まったと言われている。西洋茜の色素はアリザリンが主体だが、パープリン(プルプリン)という黄色に近い赤も含まれており(目的の色素以外を排除する方法はいろいろあるが)、人工のアリザリンに比べると若干暖かみがあるという。そもそも植物は数多くの色素を含んでいるものなので、その他の微量な色素の影響もあるかもしれない。ちなみに日本の茜にはアリザリンはあまり含まれておらず、パープリンが中心なので橙色になる。

天然の茜は乾燥させたものが染料店で購入できる。絵具として使うには、アルミナホワイトや硫酸カルシウム等の体質顔料に染色してレーキ顔料化する。マダーレーキに限らず、レーキ顔料を作る方法は、抽出した染料に明礬や灰汁を加えて体質に沈殿させる。体質顔料の種類は透明性や不透明性に影響し、明礬や灰汁の加え加減は色味に影響する。昔の画家や工房は、素材から染料を抽出していたわけではないようだ。プリニウスの『博物誌』は、すでに染色されていた布と、色を吸着しやすい体質顔料を一緒に煮て、染め物の色を顔料に着ける方法を紹介している。ローリーの本では、中世のヨーロッパでは茜で染色したウールがマルセーユ等で産業として成り立っており、それを利用してレーキ顔料を作ったかもしれないとある。D.V.ThompsonのThe Materials and Techniques of Mediaval Paintingでは、その方法がさらに詳しく説明されている。

コチニール(コチニールカイガラムシ)

干したカイガラムシ

コチニールは、中南米のサボテンに寄生するカイガラムシで、この虫から赤い染料が採れる。コチニールは南米の発見によってメキシコよりもたらされた。それ以前に西洋で使われた「虫の赤い染料」は、地中海沿岸に生息するケルメスで、英語のクリムソンの由来となったと思われる。エセル・メレの『植物染色』によると、耐久性ではコチニールよりケルメスが優れているという。

コチニールの色素はカルミン酸(カーマイン、carmine)で、これを体質顔料に染めつけることでカーマインレーキとクリムソンレーキ等の顔料が作られる。コチニールは織物の染色や食品の添加物として現在でも利用されているが、現代のカーマイン絵具やクリムソン絵具は人工顔料やその他の色を組み合わせで作られている。

絵画材料ハンドブックによると、「カイガラ虫を木製の漏斗で補修、乾燥し、薄い炭酸ソーダ溶液で煮沸抽出してレーキ化する。ミョウバンと酒石英(ブドウ酒を作るときに生成する澱)からクリムソンレーキが、ミョウバンと塩化鉛からカーマインレーキが得られる。」とある。現在の絵具では慣例名としての意味しかないようで、一般に、やや紫がかった濃い赤を指す言葉として使われている。カーマイン、クリムソンレーキ等の絵具は人工の顔料等を組み合わせて造られている。何が使われているかはメーカーによって異なる。真性カーマイン(Carmine Genuine)という商品もあるらしい。コチニールカイガラムシは専門家向け画材店で扱っているが、べつに画材店でなくても染料店で手に入る。

ブラジル蘇枋(すおう) Brazil wood

染料店で購入できる。チップか粉になったものが多い。木の粉を水に浸け、あるいは煮出して染料を抽出する。媒染剤に明礬を使用すると暖かい赤、灰汁を使用すると紫色が得られる。

歴史的には、マメ科の木から採れる赤い染料が「ブラジル」と呼ばれており、その名はポルトガル語で「燃える炭火」意味する「ブラザ」に由来、南米ブラジルを発見するずっと前から西洋で使用されていたという。セイロンが大きな産地で、そこからアレキサンドリアに運ばれ、アレキサンドリアからヨーロッパに輸入された。後にポルトガル人が南米ブラジルに上陸した際、同様の赤い染料の原料になる木がたくさんあったため、貿易にために大量に伐採して輸出、やがてその土地も「ブラジル」と呼ばれるようになり、国名になった。南米ブラジルにあったそれらの木々は染料の原料として徹底的に伐採され、ほとんど残っていないというから、西洋での使用量はかなりのものだったのだろう。東南アジアにも蘇枋の木はたくさんあり、日本でも古くから輸入されて衣類の染料に使われた。

以上の歴史、染料の抽出方法、レーキ顔料化、用途などについては、D.V.Thompson(著)The Materials and Techniques of Mediaval Paintingが詳しく、その解説によると、中性の時代は卵白に混ぜてインクにしたが、後の時代はアラビアガムを使い、つい百年くらい前までヨーロッパで使用されていたという。炭酸カルシウムやアルミナホワイトに定着させてレーキ顔料にし、絵画にも使用できる。中世では絵画用途でも、衣装の染料の為としても、莫大な量が使用されたが、特に耐久性に優れるわけでも、見た目が鮮明というわけではなく、中世の終わりには、より鮮明なコチニールレーキや耐久性のあるマダーレーキに役割を譲るようなった。私自身は繊維の染料としては好んで度々使用している。深く味わいのある赤に染まるが、しばらくすると茶色っぽく変色することが多い。衣服に使うと面白いが、絵画に使用するには永続性が無さ過ぎる。

リサージ

鉛白を加熱すると、徐々に淡い黄色に変化し、やがてオレンジ色に変わる。マシコットあるいはリサージと呼ばれ、顔料として、あるいは乾性油の乾燥促進剤として利用される。文献では黄色いものをマシコット(密陀僧)、赤い物がリサージ(金密陀)とされることがあるが、厳密に区別されず、同一のものとして扱われていることが多い。その他にも特性や製造方法によって区別するケースもみられる。黄色と言っても、現代の絵具のような濃い黄色ではなく、クリーム色程度で、赤いものも淡いオレンジ色程度である。絵画材料事典には「リサージがオレンジ色がかっているのは、鉛丹Pb3O4が若干入っているため」とあるが、炉などで強く加熱すると鉛丹(Red Lead)ができる。乾燥剤としてのリサージは現代の技法書にも頻繁に登場するが、実際に画材店等で見かけることはほとんどない。乾燥剤としての利用は別として、絵具の色材として利用することは、現代ではほとんどないと思われる。薬局の試薬カタログに掲載されているが、注文しても届いたことがない。海外の専門家画材店で注文できる。また、鉛白をゆっくりと加熱することで、自分で淡い黄色の顔料を作り出すこともできる(鉛を含むので使用する際は毒性に注意)。

鉛丹、赤鉛、ミニウム

鉛を加熱して作られる赤色。鉛→一酸化鉛→四酸化三鉛と焼成していくようである。古代ローマ時代の代表的な赤のひとつだが、当時はMiniumの名称は硫化水銀に対して用いられていた。Red leadの英名で、海外の専門家画材店で購入可。

鉛丹、赤鉛、ミニウム


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