『西洋絵画の画材と技法』 - [材料] - [顔料]

白色顔料

鉛白 White Lead

油彩技法で古くから使われてきた白であり、19世紀に亜鉛華が登場するまでは、事実上油彩で使用できる唯一の白だった。なお、英語のleadは「導く」という意味の場合は【li':d】リード、「鉛」を意味する場合は【led】レッドと発音する。カタカナで表記すると赤(red)のレッドと区別がつかないため、「レド」と書くなどして差別化することもある(例:ホワイトレド)。その他、シルバーホワイト、フレークホワイト、クレムニッツホワイトとも呼ばれる。ただし、現在の市販の絵具(特に欧州メーカーの製品)に関しては、これらの名称が現在ほとんど慣例名のように使われており、中身は亜鉛華との混合であったり、酷いときにはまったく鉛白が含まれていないこともある。

鉛白の使用は非常に古く、古代ローマ時代に書かれたプリニウスの博物誌やウィトルウィウスの建築書にも具体的な製法が記述されている。さらに中世以降も含めると、鉛白製法の記述は数多く存在するが、基本は金属の鉛を酸性の気体にさらす方法である。例としてウィトルウィウスを挙げれば「・・・瓶(かめ)の中に葡萄の枝を置いて酢を注ぎ、この枝の上に鉛の塊を置き、次いで閉じこめられた気が隙間から散逸しないためにそれを蓋で密閉する。しばらく経ってからそれを開けると鉛の塊から鉛白を発見する・・・」とある(『ウィトルーウィウス 建築書』東海大学出版会より)。これは鉛と酢があれば簡単に再現できるので、暇があれば試して損はない。鉛の表面に続々と白い鉛白が溢れてくるだろう。ちなみに、鉛ではなく銅を使った場合、緑青ができる。さらに鉛白を炉で焼くとリサージ、鉛丹の赤い顔料が得られるが、ウィトルウィウスは両方とも続けて記述している。鉛白はゆっくりと焼成すると淡い黄色に変化し、さらに加熱を続けると徐々にオレンジ色になる。黄色いものをマシコット、オレンジのものをリサージと呼ぶことが多い。強く焼成すると鉛丹と呼ばれる赤になる。顔料として以外にも、ガラス工芸など含めると文明の初期から、白、黄、赤などの色を生み出してきた。今日はその毒性から、まるで人類の敵のように語られがちであるが、自然界から容易に得ることができ、加工しやすい性質などから、人類が鉛から受けた恩恵は計り知れない。

白製法の新しいものとしては電気分解法があり、これによる鉛白は白色度が高く、品質が安定しているとされる。敏感な使用者からは、昔から語られている鉛白の性質とは異なるのではないかと噂され、白色度が高すぎる、言うほど乾燥が速くない、自分で顔料を手練りするとうまくゆかない等の意見を耳にする。『絵画材料ハンドブック』(ホルベイン工業編)によると、電気分解法は1955年頃日本で採用されるようになったとある。かつて国内メーカーのシルバーホワイトなど使ってはいけないなどと先輩方から忠告されることがあった。現在欧州メーカーのほとんどがシルバーホワイトの取り扱いを止めているため、それも半ば過去の話である。電解法鉛白の性質は安定した品質や供給を要求する現代の市場に合致したものであり、一方的に非難されるものではないと思うし、一部の専門家画材店では古い製法を再現した鉛白が販売されているので、合理的に棲み分けが出来ているとも言える。国内メーカーの鉛白で手練りに苦労するのは事実のようで、いくら練っても綺麗に練り上がってくれないことが多い。逆にオランダ法による鉛白は練れば練るほど結果が現われ、長時間の単調な作業も苦にならない。なお、現代の白の中ではチタン白が意外と練りやすいので、鉛白で苦労した際には、チタン白と混合して練ると短時間で仕上がる。これは同時に経年による鉛白の透明化を緩和する可能性もある。

白色顔料なので、市販の絵具は黄変の少ないサフラワーやポピーオイルで練られている。鉛白とリンシードオイル、又は鉛白+炭酸カルシウムとリンシードで練ったものをセリューズといい、地塗りや中間工程、盛り上げなどに使用される。地塗り用のファンデーションホワイトは鉛白、あるいはチタン白、あるいは両者の混合をリンシードオイルで練ったものである場合が多い。鉛白は吸油量が小さい(10%前後の油で練れる)ため、他の顔料と比較して乾燥が早い。また、酸化重合を促進する乾燥剤としての働きもあり、堅牢な画面を作るので、油彩技法と大変相性がよいとされる。とは言え、市販の絵具はサフラワー、ポピーあるいは生のリンシード等、乾燥の遅い油で練ってあるので、あまり速乾を実感できないかもしれない。グレース技法などで、透層の絵具にほんの少し混ぜると、色に実体が出るとともに、乾燥も速く堅牢になる。

鉛系顔料は、硫黄系の顔料と反応して黒変することがある。バーミリオンやカドミウム、ウルトラマリンなどの硫黄系の顔料とは混色制限がある。黒変の原因となるのは、顔料精製時に残る微量の遊離硫黄であり、現代の精製方法では変色はまず起こらないという。実際に油絵具のシルバーホワイトとウルトラマリンを、練り棒を使って強く混ぜ合わせて場合でも、特に目立った変化は見られなかった。ただし、昔の製造方法を再現した顔料を使う場合は、多少の注意が必要な場合もある。水性の媒材でオーピメント(硫化砒素)と鉛白を混色したところ、短時間で黄色から茶に変わり、その後も日ごとに暗変化していった。同じ組み合わせでも油で練ったもの同士を混ぜたケースでは、おそらく顔料が油につつまれているためかと思われるが、特に変化は見られなかった。鉛白は、混色以外にも大気中の硫黄ガスと反応して黒変することがある。あるいは酸性のガスがウルトラマリンから硫黄を分離させ、それが鉛白を黒変させることも考えられるが、いずれも保護ワニスを塗って防ぐことができる。大気中の硫黄ガスによる黒変と、アルカリに弱いことから、フレスコ画(ブオン・フレスコ技法)には向かない顔料とされている。チェンニーニもフレスコ画には使用してならないと書いている。実際にはフレスコ画に使用している例は多く、必ず黒変するというわけではないが、一部はかなり黒ずんでいる。

チタニウムホワイト Titanium White

チタニウムホワイトが絵画に使用されるようになったのは、20世紀以降であり、初期のものではチョーク化などの現象がよく起こった。現在は改善されて、安定した顔料として広く使われている。チタニウムホワイトは、各種メディウムに対しての化学反応が少ない。鉛白や亜鉛華の場合は、乾性油と反応して、良かれ悪しかれ、何らかの作用を起こすが、チタニウムホワイトはほとんど乾性油に対して不活性のようであり、鉛白のように乾燥を早めたりする作用もなければ、亜鉛華のように後日剥離したりするような危険もない。油絵は、下地が有色の場合、程度の差こそあれ、鉛白など金属系顔料の透明化によって、長い年月を経ると画面が暗くなってゆくが、おそらくチタン白はこの傾向が小さいかまたはないと思われる。

着色力が白絵具の中で最大であり、パレット上で他の色と混色しようとすると、少量で相手の色を食ってしまう。また、チタン白で描かれた絵に、昔の油絵のような深い色味がないという人は多い。チタン白の活用方法として、鉛白と混合して、お互いの欠点を補うことが考えられる。この場合、内部からしっかりと乾燥し、経年でも色の失われず、かつ色味の豊かな白が得られる。地塗り塗料の発色材としても活用できる。油性の地塗りでは、前述のように鉛白と混同して使用すると良い。

現代的な表現技法、あるいは印象派のような厚塗りを行う場合は、一部のメーカーからアルキド樹脂の入った速乾性のチタニウムホワイトが売られている。アルキド樹脂が含まれることによって、乾燥速度の遅さが改善され、乾燥後の被膜強度も高くなる(5、6時間で完成させねばならない美大受験の実技試験では、このアルキド樹脂入りのチタニウムホワイトが一番適しているかもしれない)。

日本のメーカーが販売してる市販のチューブ絵具では、チタン白の着色力を抑えたものがパーマネントホワイトの名称で売られている。ホルベインの「WHITE NOTE」によると、「チタン白の粒径を小さくすることで隠ぺい力や着色力をを低下させ、使いやすいものとしたのがパーマネントホワイトである」とある。しかし、体質顔料を混ぜることによって着色力、隠ぺい力を押さえているメーカーもあるようだ。

ジンクホワイト Zinc White

亜鉛華、チャイニーズホワイトとも。19世紀に絵画用に使用されるようになった。W&Nが1934年に水彩絵具として販売を開始し、数年後に油絵具としても使用されるようになる。それまで、油彩技法で使用可能な白は鉛白のみであったが、亜鉛華は毒性のない白として広く普及。顔料粒子は鉛白より細かく、絵具化の際に展色材を少し多めに必要とする。乾燥は鉛白より若干遅い。着色力が小さく、透明度が高いので、混色したときに美しい色になる。メーカー製の絵具でも、混色によって作られた色には亜鉛華が使われていることが多い。しかし、亜鉛華は乾性油との反応で、剥離や亀裂を引き起こすとされる。ジンクホワイトの上に塗った絵具が剥離する現象が起こりやすい。逆に最上層の仕上げに限って使用するならば、色も綺麗だし、着色力もほどよい。油性地塗りには全く向いていない顔料だが、市販のキャンバスで地塗りに使用されている例もあるという。最近の絵具、特に欧州メーカーのホワイトは、ラベルの名前とは関係なくジンクが使われている。また、国内、海外メーカーを問わず、複数の顔料を混色して作られた絵具にはよくジンクが使用されているので、その点も注意したい(そもそも混色絵具など使わずに、単一顔料の絵具を選ぶべきだが)。水彩絵具としては、チャイニーズホワイトの名前で販売されている。水性の媒材ではとくに問題はなく、地塗り用途でも、色材としても利用価値がある。


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