『西洋絵画の画材と技法』 - [支持体] -

支持体と地塗り

支持体と地塗り

■支持体 support
キャンバスや板、画用紙など、絵画を支える材料を「支持体」または「基底材」と呼ぶ。油絵なら木枠に張った画布(キャンバス)、テンペラ画には板、水彩画には画用紙などが支持体としてよく使用される。その他、建物の壁面、銅板などの金属、石やガラスなど、様々なものが支持体となりうる。水彩画のように、支持体である画用紙に直接絵具をのせるケースもあるが、多くの場合、後述する「目止め」や「地塗り」などの前処理が行なわれる。

■前膠 size
例えば、油絵具の場合、紙や麻布、板などに直接絵具をのせると、絵具の油が支持体に吸い込まれ、染みになったり、油絵の特徴である艶や耐久性が減じ、さらに油の酸化によって紙や麻布の繊維を傷めてしまう。そのような事態を避けるため、膠液を塗布するなどして、支持体表面の目止めを行なう。この膠層のことを「前膠」「サイズ(size)」などと呼ぶ。目止めはさまざまな種類の糊で可能だが、伝統的には獣皮の膠が使われてきた。近年の市販キャンバスは、一部を除いて、PVA(ポリビニールアルコール、ポバール)が使われている。

■地塗り ground
獣皮の膠液は、不純物の為に多少の色味があるが、薄く塗布すればほとんど無色透明である。目止めとして板や麻布に塗ったところで支持体の色は変わらない。目止めだけでは板の木目や節の模様がそのまま露見しているし、その凹凸も筆運びの邪魔になる。できれば、白く平滑なキャンバスに描きたいと思うだろう。その為、白等の塗料で地塗りが施され、支持体表面の凹凸や色調が整えられる。地塗り塗料は、石膏やチョークを膠液で溶いたものだったり、油絵具の白だったりと様々な種類があり、また、必ずしも白とは限らない。地塗りの違いは絵の描き方、仕上がり、保存状態に影響する。

支持体と前膠、地塗りの上下関係は図のようになる(画材店で売っている市販のキャンバスは、このような絶縁層や地塗りの処理がされている)。油彩、水彩、テンペラなど、それぞれの技法に適した支持体があり、適切なものを選ぶことは、絵画の保存性などにとって重要である。あるいは逆に、支持体が画家に与えられた場合は、それに適した技法を選択するのが筋とも言える。材料や技法の選択は画家の表現に関わる部分なので、完全に自由であるべきだと言う人もいるが、闇雲に組み合わせると発色も保存性も著しく損ないかねない。とはいえ、目止め処理や地塗りの役割を理解していれば、ある程度の融通は効くようになる。例えば紙に油絵具で描写するような、一見間違っているかと思われそうな組み合わせも、膠などできちんと目止め処理をすれば充分可能となり、実際に良好な保存状態で時を経ている作品が多く存在する。

支持体

画布

油絵など西洋絵画の絵画の支持体として真っ先にイメージされるのは、木枠に張った画布、いわゆるキャンバスかと思う。主に麻布が使われることが多いが、綿布や合成繊維、あるいはそれらの混成も使われる。麻布はかなりの強度を持ち、耐酸性に優れるので油絵に適しているとされる。麻布と言っても様々な種類があるが、ふつうは亜麻が使われる。亜麻という一年草の茎から得られる繊維であり、ちなみに絵具に使われるリンシードオイル(亜麻仁油)も亜麻の種から採るので、油彩画は亜麻という植物から多大な恩恵を受けていると言えよう。亜麻の他には、大麻草の繊維であるヘンプ、黄麻の繊維であるジュートなどが使われることもあり、それぞれに持ち味がある。油彩には向かないとされる綿(コットン)もしっかりと目止めを行なえば利用可能である。

画布は糸の密度によって、荒目、中目、細目等に分類される。1インチ、あるいは1cmなどにおいて何本の糸が通っているかという「打ち込み本数」で 粗目は表面の凹凸が大きいので細密描写には向かない。細目は繊細な描写ができる。なお、凹凸が大きいと光が乱反射するので、艶消しの渋い絵肌になる。逆に凹凸が小さい細目のキャンバスは、光が正反射して光沢感のある画面になる。一般的に粗目の方が糸が太いようで、より強度があり、大画面に向いているとされる。ただし、単に打ち込み本数が少ないというだけの粗目であれば、むしろ強度は劣るかもしれない。いずれにしても麻布は丈夫であるから、よほどの大画面でもない限り、目の粗さに関わらず強度に関してそれほど心配はないと思う。

布の織り方は平織りが一般的である。平織りは経糸と緯糸が1本おきに上下に交差する最も単純な織り方で、織りの交点が多くなり丈夫な生地になる。過去には綾織りのキャンバスも使用された。綾織りは緯糸が経糸を1〜数本飛び越えて交差する織り方で、布一面に斜めの模様ができる。緯糸の飛び越え方によって、模様も異なる。平織りよりも生地が厚くなる傾向がある。ヴェネツィア派の画家には綾織りを好んで使用した例もあり、特に凹凸の大きい方(綾織りは面と裏で凹凸の度合いが異なる)を表にして使っていたこともあって、織り目が持つ魅力を認識していたと言える。

布は湿度によって大きく伸縮する。生地はかなり極端に伸縮するが、膠引きや地塗り済みの麻布は僅かしか伸縮しない。膠や地塗りで糸が固定されているためで、布が伸縮するというよりも膠層が伸縮しているのかもしれない。生地の場合は水分を含むと縮むが、膠引き・地塗り済みの布は膨張する。そのため、地塗り済みキャンバスは、雨天時に張れば乾燥した日にもピンと張った状態になり、逆に乾燥した日に張ると雨天時に弛む。ただし、実際にはなかなかこの通りにならないことも多い。膠の代わりにPVAの目処や地塗りが増えているせいかもしれないが、布の動きは複雑ではっきりとコントロールできるものでもないと思った方がいいだろう。また、キャンバスが必ずしも常にピンと張った状態でなければ

中世からルネサンス期にかけては板が中心だった。キャンバス画は15世紀末から16世紀頃からよく見られるようになり、イタリアでは17世紀の初めにはほとんどのイーゼル画がキャンバスに描かれるようになっていた。木材が豊富な北ヨーロッパでは、板絵も併存する時期があったが、やがてキャンバスに移行した。板絵の時代に支持体として用いられた木材は主にオークとポプラで、それ以外の木材の使用例はずっと少ない。アルプス以北ではオークが、イタリアではポプラが使用された。オークは堅くて重く、ポプラは柔らかくて軽い。なお、オークは「樫(カシ)」と訳されることが多かったが、「樫」はオークの中でも常緑種を指すため、落葉種である北ヨーロッパのオークの訳語としてはあまり正確ではない。同じくブナ科コナラ属の落葉種である「楢(ナラ)」が近い。板はキャンバスに比べると重く、取り扱いが大変で、キャンバスが大勢を占めてからはほとんど使用されなかったが、近年ベニヤなどの合板が登場しことで、再び使用頻度が高くなった。そのような合板、あるいは集成材などと比べると、天然木を切っただけの板、いわゆる「無垢材」は、割れ、反り、曲がり、湿度変化による伸縮が生じやすく、板材に関する相応の知識がないと取り扱いが難しい。→[支持体としての板材]。

紙は水彩画やデッサン等の支持体として一般的だが、油彩画でも使用されることがある。表面が白いので、膠を引くだけで制作できる。紙に油絵具を直接のせると、乾性油の酸化の影響でダメージを受け、崩壊を早める。そのため、膠などによる絶縁層は必須である。しかし、中には油絵具を直に塗ったものでも、損傷を受けていない例もあるが。当然ながら紙は、麻布や板よりもデリケートで、作品の展示に制限がある。特に光に晒されると黄ばむので、紙の地を活かした作品は、強い照明の元に飾ることはできない。

銅板

銅板は、油彩画の支持体として、17世紀頃から頻繁に使用されるようになった。銅板を使った版画や、金属プレス技術の発達によって、銅版が身近なものになったからだろう。板やキャンバスに比べると、地塗りするまでの工程が、ずっと楽だったと思われる。薄くて軽いために、海を渡る宣教師が携え、布教活動に利用したという。日本にも東京国立博物館に銅板の宗教画が残っている。支持体としての銅板に関して、日本語で読める本の中では、クヌート・ニコラウス『絵画学入門』『絵画鑑識事典』に詳しい記述がある。銅板への地塗りの方法は、和蘭画房のビデオ『基底材』でも紹介されている。

地塗り

地塗りの種類

地塗りは、吸収性のあるもの、吸収性のないもの、中くらいの吸収性のものに分けることができる。それぞれに適した絵具、技法、材料がある。例えば、非吸収性の地塗りである油性地にアクリル絵具を塗ると、喰い付きが悪く剥離の危険がある等々。地塗りと技法、絵具の関係を表わしたのが下図。

地塗りの性質と、絵画技法の関係
地塗り 材料 テンペラ 油彩技法 テンペラ油彩
併用技法
アクリル絵具
水性の地塗り
(吸収性)
石膏 + 膠
エマルジョン地
(半吸収性)
白亜 + 膠 + 乾性油
油性の地塗り
(非吸収性)
鉛白 + 乾性油 × × ×
アクリル地
(半吸収性)
顔料+アクリルエマルジョン

吸収性の地(水性地)

チョーク(白亜)や石膏などの白い顔料と、膠液など水性の媒材を使った地塗りであり、テンペラ画、油彩画、テンペラと油彩の併用技法など、多くの技法に使用できる。吸収性が高く、どのような絵具もしっかりと接着する。歴史的には中世のテンペラ絵画の頃から既に使用されていた地塗りで、油彩技法が登場した後も長い間、吸収性の地塗りが主流だった。顔料に白亜(炭酸カルシウム)を使用したものを「白亜地」、石膏を使用したものを「石膏地」と呼んだりする。イコン画など、背景に金箔を貼って磨くための非常に平滑な地塗りと、その他の技法に用いる比較的ラフな地塗りでは、作り方が大きく異なる。前者には石膏を、後者には白亜を使用することが多い。本サイトでは白亜を使用した地塗りの作成方法を「白亜地の作り方」で紹介している。石膏地はジェッソと呼ばれたが、現在は地塗り塗料全般をジェッソと呼ぶことが多い(アクリル・ジェッソ等)。石膏と白亜の違いは、なによりもまず地域的な差であり、北ヨーロッパには白亜の地層が多く、イタリアには石膏の地層が多いことから、北方では白亜が、イタリアでは石膏が使われた。厳密には地塗りの堅さが異なるとされ、金箔を貼って磨く作業には石膏地の方が向いているとされる。現地では極めて安価な材料だが、日本では輸入に関わるコストなどにより、それほど割安感はない。

この吸収性の高い地塗り層に直接、油絵具を塗ると、絵具中の油を極端に吸い込んでしまって油絵独特の艶が失われる。油は顔料を定着させる接着剤であるから、これがほとんど地に吸われてしまうと、絵の耐久性が損なわれる。そのため、まず地塗り上に、膠液や樹脂ワニス、乾性油などを薄く塗って吸収性を調節する。これを「インプリマトーラ」と呼ぶ。薄く色を付けたインプリマトーラを塗ると、吸収性の調節と同時に画面全体の色調を整えることができる。吸収性の地に適切な手順で描いた油彩画はとても保存状態がよい。それは15世紀の作品が証明している。しかし印象派以降、画面の艶消し効果を求めて吸収性の地を利用するケースが増え、絵画層の油が不足することにより、著しく耐久性を損なうことがある。吸収性のキャンバスは普通の画材店で見かけることはないが、専門の画材店では「アブソルバンキャンバス」という名で売っている。膠による地塗りは、油性地と比較して柔軟性に欠けるので、キャンバスの折り込み部分、あるはロールしたときに全体に細かなひび割れが見えることがあるが、それはある程度、仕方のないものである。

半吸収性の地(エマルジョン地)

油性媒材と水性媒質の乳濁液で、半吸収性(半油性)の地塗りを作ることができる。「乳濁」とは、ある液体の中に別の液体(水と油のように混じり合わないもの)が分散している状態で、この場合、膠液などの水性媒材に、乾性油が分散していることになる。水性地と油性地の中間の性質を持つ。油分を加減することで、吸収性の調節が可能。この地塗りは、油彩技法や、テンペラと油彩の併用技法に適している。ほどよい吸収性を持ち、絵具の喰い付きもよく、バランスの取れた地塗りと言える。単なる白亜地と比較して、湿気の多い時期にも黴が発生しにくい。作成方法は「半油性地の作り方」で紹介している。

非吸収性の地(油性地)

鉛白などの顔料と乾性油を練り合わせた地塗り。膠引きした画布に油絵具のホワイトを塗ったようなものであるが、通常のホワイトがポピー油等、黄変の少ない油を使用しているのに対し、油性地用のホワイトは乾燥が速く丈夫な皮膜を形成するリンシードオイルが使われている。その為、他の地塗りと比べてやや黄色みがかって見える。特に暗所に置いてあるものは強く黄変していることがあるが、光に当てると元の色に戻る。この黄変を製品不良だと思ってクレームを入れる人が後を絶たないようであるが、むしろ丈夫さの証であると言える。油性地は油彩技法のための地塗りであり、水彩絵具やアクリル絵具を使用すると、絵具の食いつきが悪くて剥離する危険が高い。油性地は乾燥した後も数年の間は柔軟性を持ち、キャンバスのような動きのある支持体に向いている。市販キャンバスにおいては「油性キャンバス」の名称が一般的だが、キャンバスではなく地塗りが油性なのだから、「油性地キャンバス」と表記すべきという意見もある。店頭では「油絵専用」という表記のみの場合もある。油性地は絵具の油分をあまり吸い込まないので、油絵具特有の艶を引き出す。絵を描く作業時間も短くなる傾向がある。鉛白と乾性油による油性地をセリューズ地と呼ぶ。油性地の作成方法は「油性地」を参照。

アクリルエマルション地

現在、市販のキャンバスで最も普及しているのがアクリルエマルションの地塗りである。格安キャンバスのほとんどがアクリルエマルジョン地だと思って良い。これは半吸収性地の仲間と言える。アクリル絵具と油絵具の両方に使用できる。市販の「アクリルジェッソ」を使用すれば、板などのパネルに簡単にアクリルエマルション地を作ることができる。なんでもかんでもアクリルジェッソを塗ってしまう人がいるが、油絵や油性地の上にアクリルジェッソを塗ると、剥離する危険が大きい。一見、うまく接着しているように見えても、キャンバスに動きが加わっただけで、剥がれてくることが多い。逆にアクリル絵具や、アクリルジェッソ上に油絵具を塗ることは問題ないとされている(100年以上経過してどうなるかという事例があるわけではないが)。画材店では、「アクリル/油絵両用キャンバス」と表記されていることが多い。アクリルエマルジョンキャンバスと油性キャンバスは、慣れれば見た目でなんとなく判別できる。あるいは臭いで判ることもある。

市販キャンバス

以下に、市販のキャンバスを購入するときに知っておくべきことを手短に列記する。

キャンバス」の本来の意味は、麻や綿で織った厚手の織物のことだが、絵画用途では木枠に織物を張って地塗りしたものをキャンバスと指すことが多い。紙や板のパネルとは区別される。既に木枠にキャンバスを張った状態で売られているものを「張りキャンバス」、木枠には張られずに円筒に巻いて売っているものを「ロールキャンバス」と呼ぶ。ロールキャンバスは10M単位で販売されているが、メーター単位のカット売りも行なわれている。既に一定の大きさにカットされているが、木枠には張っていないものは「カットキャンバス」と呼ばれる。

ほとんどの市販キャンバスに使われている生地は「麻布」で、たいへん丈夫な繊維を持ち、油絵具の酸化に対して強くいため、油彩技法に向いていると言われる。強度があるので、大きなキャンバスを作ることができる。綿布のキャンバスは「コットンキャンバス」と呼ばれ、アクリル絵具や水彩用に販売されている。麻よりも繊細で細密な描写に向いているが、耐酸性で麻布より劣ることから油彩向きでないとされる。ただし、しっかり膠引をするなど、適切な手順で準備されたものは、良好な状態で残っているということである。コットンキャンバスは麻キャンバスよりも動きが大きく、その為、経年によって硬くなる油彩画には不向きともされる。近年の市販キャンバスの目止めがPVAであるため、獣皮の膠で目止めした場合より柔らかい可能性があり、より注意したい点である。近年は合成繊維が使われることも多くなり、天然繊維と混合されていることもある。

キャンバスは一定間隔に何本の糸があるかという打ち込み本数と、糸の太さによって細目から中目荒目と分類される。実際には極細目、中細目、極荒目などもっと細かいグレードのものが販売されている。普通は荒目の方が糸が太く丈夫で、細目に向かうほど逆に強度が落ちる。従って細目のキャンバスは大画面には向かない。細目は表面の凹凸が小さくより平滑で、細密な描画に向いている。荒目のキャンバスは糸が太く、表面の凹凸が大きいので、光が乱反射し、艶消しの渋い絵肌になる傾向がある。逆に凹凸が小さい細目のキャンバスは、光が正反射して光沢感がでる。キャンバスは普通平織りだが、それ以外の折り方をしたものもある。

油性の地塗りが施してある「油性キャンバス」は油絵用のキャンバスであって、アクリル絵具や水彩絵具を塗ると、一見うまく絵具がのっているように見えても、ちょっとした衝撃で絵具が剥がれ落ちてくる。アクリルエマルジョン地に慣れているためか、油性キャンバスにまでアクリルジェッソを塗ろうとする人がいるが、やはり剥がれる危険が高い。大作の場合は、描いているときに画布が大きく揺れるので、制作中に剥離に気付くことが多い。小品の場合は最後まで気付かずに仕上げてしまうかもしれない。少し古めのアクリル絵具の技法書では、油性キャンバスにサンドペーパーをかけるなどして使用する方法が紹介されているが、その当時アクリル用キャンバスがまだ一般的でなく、油性キャンバスを使用しなければならなかったせいかと思う。現在の状況では、わざわざ油性キャンバスをアクリル画に使用するメリットはないであろう。

画布の目止めは、昔は獣皮の膠が使用されたが、現在はPVA(ポリビニルアルコール)でされていることが多い。glueという単語は接着剤や糊一般を表す単語であり、グルーキャンバス、グルードキャンバスと表記されていても昔ながらの獣皮の膠を使用したとは限らない。PVAは非常に万能な接着剤で、さまざま用途に活用されている。獣皮の膠よりも柔軟性がある印象がある。これはキャンバスを巻いたときなどに感じる。PVAの目止め処理や、アクリルエマルジョンの地塗りに慣れてしまうと、膠目止めのキャンバスは、硬くて扱いづらいものに思えてしまうだろう。膠目止めのキャンバスは、硬くてごわごわしているように感じるが、それは不良品ではない。アブソルバンキャンバスとも呼ばれる、水性の地塗りは柔軟性に欠けるので、巻いたりするとヒビが生じるが、それも不良というわけでなく、そういうものであるということである。なお、古い絵画を見たときに感じる、キャンバスとは思えない支持体の力強さは膠目止めによる堅さも一因ではないだろうかと思っている。

先にも書いた通り、油性キャンバスは黄変するが、これは短時間直射日光に当てるだけで元の白さに戻る。地塗りはこれはあくまで地塗りであり、描画層で覆い隠されるものであるから、ベースとなる明るさが保てれば、黄変にし難さより丈夫さが求められる。もし、そのような黄変さえ認められないという場合は、そもそも油彩技法を採用する時点で間違っていると言える。たとえポピーオイルを使ったとしても、油絵具を使用する限り、描画層を含めて完全に黄変から逃れられるわけではない。

キャンバスには縦横の比によってF、P、M、Sという種類がある。Fは人物(figure)、Pは風景(Paysage)、Mは海景(Marin)に向いている比率ということで、このような記号が付いている。それぞれの縦横の比率は、黄金比から導き出されてたもので、その計算方法は、ルフラン&ブルジョア社『油彩画の技法・材料と使用法』に細述されている。キャンバスの大きさを表わす号数、およびF、P、Sなどの規格はフランスで使用されていたものであり、それを日本で導入したときに尺寸の単位に合わせた改変をしている。そのため、フランス・サイズと日本・サイズでわずかに差がある。日本では、画枠や額縁がすべてこの企画で流通してしまい、後にメートル法が導入された後も各号の大きさは尺寸法に合わせたままである。その為、メートル方で表記すると455mm、606mmなどの切りの悪い数値になっている。日本国内では値段の交渉、額縁の規格など、あらゆる物事がこの号数を基準に語られるので、これからはみ出したサイズのパネルを作ると、少々面倒なことになるのは事実である。号数やF、P、Mいった規格が海外で通用するかという質問を受けることがあるが、英米ではインチ単位など、国によってそれぞれ独自の規格があると考えた方がよいかと思う。日本では規格外の木枠を入手するのは難しいが、海外通販などを覗けば、インチ単位での自由な指定、あるいは完全にオーダーメイドで長さを指定したりできる。木枠はほぞなどの接合部分など見ると、自作するが非常に難しい形状に思えるかもしれないが、トリマー等の木工工具にある程度精通していれば、不可能ではないし、必ずしも市販品のようなものにしなければならないというわけでもない。


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最終更新日 2009年7月14日

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