キャンバスや板のパネル、画用紙など、絵画を支える材料を支持体、または基底材、その上に塗る白などの塗料を地塗りと呼ぶ。支持体と地塗りの間に「サイズ」と呼ばれる絶縁層が挟まることが多い。
支持体と地塗りの構造は右の図のような上下関係になる。板や画布の上に、目止めのための膠層を引き、その上に地塗りを施す。
水彩画のように、支持体である画用紙に直接絵具をのせるケースもあるが、油絵具の場合は紙や麻布、板などに直接描くと油が支持体に吸い込まれてしまい、染みになったり、油絵の特徴である艶や耐久性が減じるほか、油の酸化によって紙や麻布を傷める。それを避けるた、膠を水に溶かしたものを塗って、支持体と絵具を絶縁する。この作業や膠層を「前膠」、「サイズ」、「サイジング」と呼ぶ。膠の他に、カゼインや合成樹脂が使われることもある。
板や麻布の場合、表面の木目や色を隠すために、白等の塗料を塗る。これが地塗り(ground)で様々な種類があり、地塗りの違いは絵の描き方、仕上がり、保存状態に影響する。むしろ、目的によって地塗りが選ばれる。
テンペラや油彩画の支持体としてよく使われたのは板、麻布、銅板など。中世から盛期ルネサンスにかけては板が中心だった。キャンバス画は15世紀末から16世紀頃からよく見られるようになり、イタリアでは17世紀の初めにはほとんどのイーゼル画がキャンバスに描かれるようになっていた。木材が豊富な北ヨーロッパでは、板絵も併存する時期があったが、やがてキャンバスに移行した。板絵の時代に支持体として用いられた木材は主にオークとポプラで、それ以外の木材の使用例はずっと少ない。アルプス以北ではオークが、イタリアではポプラが使用された。オークは堅くて重く、ポプラは柔らかくて軽い。オークは「樫(カシ)」と訳されることが多かったが、「樫」はオークの中でも常緑種を指すため、落葉種である北ヨーロッパのオークの訳語としてはあまり正確ではない。同じくブナ科コナラ属の落葉種である「楢(ナラ)」が近い。板はキャンバスに比べると重く、取り扱いが大変で、キャンバスが大勢を占めてからはほとんど使用されなかったが、近年ベニヤなどの合板が登場しことで、再び使用頻度が高くなった。
キャンバスに使われている生地はほとんどが麻布で、たまに綿布のものがある。麻布はかなりの強度を持ち、耐酸性に優れるので油絵に適している。織り目の大きさによって、荒目、中目、細目などと分類される。一般的に粗目の方が糸が太いようで、より強度があり、大画面に向いている。しかし凹凸が大きいので細密描写には向かない。細目は繊細な描写ができるが、大きなキャンバスに張るには強度が充分とは言えない。なお、凹凸が大きいと光が乱反射し、艶消しの渋い絵肌になる。逆に凹凸が小さい細目のキャンバスは、光が正反射して光沢感のある画面になる。
布の織り方は「平織り」が一般的だが、過去には「綾織り」のキャンバスも使用された。「平織り」は、経糸と緯糸が1本おきに上下に交差する最も単純な織り方で、織りの交点が多くなり丈夫な生地になる。現在市販されているキャンバスはほとんどが平織り。「綾織り」は、緯糸が経糸を1〜数本飛び越えて交差する織り方で、布一面に斜めの模様ができる。緯糸の飛び越え方によって、模様も異なる。平織りよりも生地が厚くなる傾向がある。ヴェネツィア派の画家は綾織りを好んで使用した。まだキャンバスが登場して間もない頃だったが、織り目が持つ魅力を認識していたと言える。「綾織り」は、表と裏で織りの目立ち方が異なるが、彼らは凹凸の大きい方を表にして使っていた。
麻布は湿度によって大きく伸縮する。生地はかなり極端に伸縮するが、膠引きや地塗り済みの麻布は僅かしか伸縮しない。膠や地塗りで糸が固定されているためで、布が伸縮するというよりも膠層が伸縮しているのかもしれない。生地の場合は水分を含むと縮むが、膠引き・地塗り済みの布は膨張する。そのため、地塗り済みのロール・キャンバスは、雨の日に張るとよく伸びるので、乾燥した日にもピンと張った状態になる。逆に乾燥した日に張ると、雨が降った日に弛む。実際には、布の伸縮の仕方はもっと複雑だが、生地を使って自らキャンバスを作れば、自然と理解が深まる。
紙は水彩画やデッサン等の支持体として一般的だが、油彩画でも使用されることがある。表面が白いので、膠を引くだけで制作できる。紙に油絵具を直接のせると、乾性油の酸化の影響でダメージを受け、やがて崩壊する。そのため、膠かアクリルエマルジョンなどを引いておかなければならない。しかし、中には油絵具を直に塗ったものでも、損傷を受けていない例もある。油抜きしたり、テレピンで薄めたりした絵に多いようだ。当然ながら紙は、麻布や板よりもデリケートで、作品の展示に制限がある。特に光に晒されると黄ばむので、紙の地を活かした作品は、強い照明の元に飾ることはできない。
銅板は、油彩画の支持体として、17世紀頃から頻繁に使用されるようになった。銅板を使った版画や、金属プレス技術の発達によって、銅版が身近なものになったからだろう。板やキャンバスに比べると、地塗りするまでの工程が、ずっと楽だったと思われる。薄くて軽いために、海を渡る宣教師が携え、布教活動に利用したという。日本にも東京国立博物館に銅板の宗教画が残っている。支持体としての銅板に関して、日本語で読める本の中では、クヌート・ニコラウス『絵画学入門』『絵画鑑識事典』に詳しい記述がある。銅板への地塗りの方法は、和蘭画房のビデオ『基底材』で紹介されている。
鉄やガラス、石、壁など、絵が描けるものなら何でも支持体になりえるが、絶縁層や地塗りなどの仕組みを理解すれば、より自由に様々なものを扱えるようになる。
地塗りは、吸収性のあるもの、吸収性のないもの、中くらいの吸収性のものに分けることができる。それぞれに適した絵具、技法、材料がある。非吸収性の地塗りである油性地に、アクリル絵具を使って描くと、絵具の喰い付きが悪くて剥がれてくる危険が高い。それぞれの地塗りと、技法、絵具の関係を表わしたのが下の図。
| 地塗りの性質と、絵画技法の関係 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 地塗り | 材料 | テンペラ | 油彩技法 | テンペラ油彩 併用技法 |
アクリル絵具 |
| 水性の地塗り (吸収性) |
石膏 + 膠 | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
| エマルジョン地 (半吸収性) |
白亜 + 膠 + 乾性油 | △ | ◎ | ○ | △ |
| 油性の地塗り (非吸収性) |
鉛白 + 乾性油 | × | ◎ | × | × |
| アクリル地 (半吸収性) |
顔料+アクリルエマルジョン | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
白亜などの体質顔料と、膠やカゼインなど水性の接着剤を混ぜ合わせた地塗りで、テンペラ画、油彩画、テンペラと油彩の併用技法など、多くの技法に適している。吸収性があるため、どのような絵具もしっかりと接着する。膠の濃度を調節することによって、僅かだが吸収性に差を付けることができる。歴史的には中世のテンペラ絵画の頃から既に使用されていた地塗りで、油彩技法が登場した後も長い間、吸収性のの地塗りが主流だった。顔料に白亜(炭酸カルシウム)を使用したものを「白亜地」、石膏を使用したものを「石膏地」と呼ぶ。石膏地は「ジェッソ」と呼ばれたが、現在は地塗り塗料全般を「ジェッソ」と呼ぶことが多い(「アクリル・ジェッソ」等)。北ヨーロッパには白亜の地層が多く、北方絵画の地塗りは白亜が使われた。イタリアには石膏の地層が多かったため、石膏地が使われた。どちらも安価で手近な材料であり、現在でもキロ300円程度で購入できる。日本では輸入にコストがかかるので、割安感はない。
吸収性の地を"今日的な"油彩技法で使用すると、地塗りが絵具の油を吸い込んでしまい、艶と耐久性が失われる。そのため、膠液や樹脂ワニス、乾性油などを薄く塗って吸収性を調節する。これを「インプリマトーラ」と呼ぶ。薄く色を付けたインプリマトーラを塗ると、画面全体の色調を整えることができる。吸収性の地に描いた油絵の保存状態がとても良いことは、15世紀の作品が証明している。この地塗りに古典技法で描いた油絵はたいへん長持ちする。しかし印象派以降、画面の艶消し効果を求めて、吸収性の地を利用するケースがあり、この場合著しく耐久性を損なうことがある。吸収性のキャンバスは普通の画材店で見かけることはないが、専門の画材店では「アブソルバンキャンバス」という名で売っている。膠による地塗りは、油性地と比較して柔軟性に欠けるので、キャンバスの折り込み部分、あるはロールしたときに全体に細かなひび割れが見えることがあるが、それはある程度、仕方のないものである。
イコン画など背景に金箔を貼るための非常に硬く平滑な地塗りと、その他の技法に用いる比較的ラフな地塗りでは、作り方が大きく異なる。前者には石膏を、後者には白亜を使用することが多い。本サイトでは白亜を使用した地塗りの作成方法を「白亜地の作り方」で紹介している。
油性媒材と水性媒質の乳濁液で、半吸収性(半油性)の地塗りを作ることができる。「乳濁」とは、ある液体の中に別の液体(水と油のように混じり合わないもの)が分散している状態で、この場合、膠液などの水性媒材に、乾性油が分散していることになる。水性地と油性地の中間の性質を持つ。油分を加減することで、吸収性の調節が可能。この地塗りは、油彩技法や、テンペラと油彩の併用技法に適している。ほどよい吸収性を持ち、絵具の喰い付きもよく、バランスの取れた地塗りと言える。単なる白亜地と比較して、湿気の多い時期にも黴が発生しにくい点も良い。作成方法は「半油性の支持体の作り方」で紹介している。
鉛白などの顔料と乾性油を練り合わせた地塗り。これは油彩技法のための地塗りと言える。水彩絵具やアクリル絵具を使用すると、絵具の食いつきが悪くて剥離する危険が高い。油性地は乾燥した後も数年の間は柔軟性を持ち、キャンバスのような動きのある支持体に向いている。市販キャンバスにおいては「油性キャンバス」の名称が一般的だが、キャンバスではなく地塗りが油性なのだから、「油性地キャンバス」と表記すべきという意見もある。店頭では「油絵専用」という表記のみの場合もある。油性地は絵具の油分をあまり吸い込まないので、油絵具特有の艶を引き出す。絵を描く作業時間も短くなる傾向がある。ただし、ひび割れや黄焼けをまねくことが多く、長い目で見ると必ずしも保存性が良いとは言えない。特に数十年が経過して、乾性油が完全に硬化した頃にたくさんのヒビが目立ってくる傾向がある。鉛白と乾性油による油性地をセリューズ地と呼ぶ。油性地の作成方法は「油性地」で紹介。
現在、市販のキャンバスで最も普及しているのがアクリルエマルションの地塗りである。格安キャンバスのほとんどがアクリルエマルジョン地だと思って良い。これは半吸収性地の仲間と言える。アクリル絵具と油絵具の両方に使用できる。市販の「アクリルジェッソ」を使用すれば、板などのパネルに簡単にアクリルエマルション地を作ることができる。なんでもかんでもアクリルジェッソを塗ってしまう人がいるが、油絵や油性地の上にアクリルジェッソを塗ると、剥離する危険が大きい。一見、うまく接着しているように見えても、キャンバスに動きが加わっただけで、剥がれてくることが多い。逆にアクリル絵具や、アクリルジェッソ上に油絵具を塗ることは全く問題ない言われている。ただし、まだ過去の事例が揃っていない。画材店では、「アクリル/油絵両用キャンバス」と表記されていることが多い。後述のアクリルキャンバスと油性キャンバスは、慣れれば見た目ですぐに分かるが、臭いでも判別可能。
以下に、市販のキャンバスを購入するときに知っておくべきことを手短に列記する。
「キャンバス」の本来の意味は、麻や綿で織った厚手の織物のことだが、絵画用途では木枠に織物を張って地塗りしたものをキャンバスと指すことが多い。紙や板のパネルとは区別される。既に木枠にキャンバスを張った状態で売られているものを「張りキャンバス」、木枠には張られずに円筒に巻いて売っているものを「ロールキャンバス」と呼び、たいてい10M単位で販売されている。既に一定の大きさにカットされているが、木枠には張っていないものは「カットキャンバス」。「油絵用」「アクリル用」「水彩用」という種類の違いもある(後述)。
市販のキャンバスは、ふつうは膠引きや地塗りをされているが、地塗りも膠引きもしていない「生キャンバス」、膠引きしただけの「膠引きキャンバス」もある(本サイトでよく利用するのが、こういった地塗りのしていないキャンバス)。
ほとんどの市販キャンバスに使われている生地は「麻布」で、たいへん丈夫な繊維を持ち、油絵具の酸化に対して強くいため、油彩技法に向いていると言われる。強度があるので、大きなキャンバスを作ることができる。「綿布」のキャンバスは、麻よりも繊細で細密な描写に向いているが、強度で劣り、大きな画面には向かない。耐酸性でも麻布より劣るため、油彩に不向きと言われる。ただし、しっかり膠引をするなど、適切な手順で準備されたものは、良好な状態で残っているということである。綿のキャンバスは「コットン・キャンバス」という名称で、アクリルや水彩用として見かける。近年は合成繊維が使われることも多くなり、天然繊維と混合されていることもある。天然繊維と比べると害虫や湿気などの被害を受け難い。
キャンバスは一定間隔に何本の糸があるかという打ち込み本数と、糸の太さによって細目から中目、荒目と分類される。実際には極細目、中細目、極荒目などもっと細かいグレードのものが販売されている。普通は荒目の方が糸が太く丈夫で、細目に向かうほど逆に強度が落ちる。従って細目のキャンバスは大画面には向かない。細目は表面の凹凸が小さくより平滑で、細密な描画に向いている。ちなみに、フェルメールは当時の平均的な目のキャンバスを使用していたというし、細目でなければ細かい描写に向かないわけではない。それに下地作りで調整することもできる。荒目のキャンバスは糸が太く、表面の凹凸が大きいので、光が乱反射し、艶消しの渋い絵肌になる傾向がある。逆に凹凸が小さい細目のキャンバスは、光が正反射して光沢感がでる。キャンバスは普通平織りだが、それ以外の折り方をしたものもある。
キャンバスの地塗りは大きく分けると油性、水性、半油性(あるいは半吸収性)のものがあります。これらの地塗り性質については支持体と地塗りの頁で解説しているので、ここでは簡単な注意事項に留める。
油性の地塗りが施してある「油性キャンバス」は油絵用のキャンバスであって、アクリル絵具や水彩絵具を塗ると、一見うまく絵具がのっているように見えても、ちょっとした衝撃で絵具が剥がれ落ちてくる。アクリルエマルジョン地に慣れているためか、油性キャンバスにまでアクリルジェッソを塗ろうとする人がいるが、やはり剥がれる危険が高い。大作の場合は、描いているときに画布が大きく揺れるので、制作中に剥離に気付くことが多い。小品の場合は最後まで気付かずに仕上げてしまうかもしれない。少し古めのアクリル絵具の技法書では、油性キャンバスにサンドペーパーをかけるなどして使用する方法が紹介されているが、その当時アクリル用キャンバスがまだ一般的でなく、油性キャンバスを使用しなければならなかったせいかと思う。現在の状況では、わざわざ油性キャンバスをアクリル画に使用するメリットはないと思うので、やめた方がいい。
ひと昔前はキャンバスと言えば、まず大部分が油性キャンバスだったが、現在は油絵用も含めてほとんどのキャンバスがアクリルエマルジョン地となっている。この地は油絵からアクリル絵具まで大部分の用途に使用できる。アクリルエマルジョン地に油絵を使用することで、何か問題があったという話は今のところ聞いたことはない。
油性のキャンバスは、ふつうは顔料に鉛白を使用しているので、油絵具らしく強い白色をしている。しかし、光の当たらないところにストックしているものは黄ばんでくることがあり、光を当てると徐々に明るさが戻る。これは乾性油の性質であって、しっかりした油性地であることの証である。
水性(吸収性)の地をもったキャンバスは「アブソルバン・キャンバス」という名で、たまに見かけることがある。アクリル絵具、テンペラ、油絵など、どんな技法でも使用できます。油絵具を使用すると地塗りが油絵吸収して、つや消しの効果を生む。印象派の画家は意図的に油を吸わせて画面をつや消しにすることがあったが、絵具を定着させる為の油分が足りなくなって、画面の丈夫さが損なわれてしまうことが多い。本当は、薄く油を塗って画面の吸収性を抑えてから使用するのが筋なのだが。また、膠を使った水性地塗りは、油性地のような柔軟性がないので、巻いたりするときには細かい亀裂ができるが、これはある程度仕方のないところである。
キャンバスには縦横の比によってF、P、M、Sという種類がある。Fは人物(figure)、Pは風景(Paysage)、Mは海景(Marin)に向いている比率ということで、このような記号が付いている。それぞれの縦横の比率は、黄金比から導き出されてたもので、その計算方法は、ルフラン&ブルジョア社『油彩画の技法・材料と使用法』に細述されている。キャンバスの大きさを表わす号数、およびF、P、Sなどの規格はフランスで使用されていたものであり、それを日本で導入したときに尺寸の単位に合わせた改変をしている。そのため、フランス・サイズと日本・サイズでわずかに差がある。日本では、画枠や額縁がすべてこの企画で流通してしまい、後にメートル法が導入された後も各号の大きさは尺寸法に合わせたままである。メートル方で表記すると455mm、606mmなどの切りの悪い数値になっている。値段の交渉、額縁の規格など、国内ではあらゆる物事がこの号数を基準に語られるので、これからはみ出したサイズのパネルを作ると、少々面倒なことになるのは事実である。号数やF、P、Mいった規格が海外で通用するかという質問を受けることがあるが、英米ではインチ単位など、国によってそれぞれ独自の規格があると考えた方がよいかと思う。
キャンバスは雨の日に張るとよい、という話はよく耳にする。これは布自体の性質というよりは、膠層が膨張膨張するか、あるいは柔軟性をもつためではないかと思う。膠ではなく、合成樹脂などで目止めしたキャンバスも同じことがいえるかどうはわからない。
最終更新日 2004年4月6日
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