『西洋絵画の画材と技法』 - [支持体]

白亜地(吸収性地)

白亜地」は、白亜(炭酸カルシウム)と膠液等の媒材を混ぜて作る地塗りで、油性地や半油性地と比較すると、地が絵具のバインダーを吸い込む性質があり、「吸収性の地」と言える。この地塗りはテンペラから油彩までさまざま技法の地塗りとして使用することができる(地塗りの種類については「支持体・地塗り概要」を参照)。

白亜は大昔のプランクトンが堆積したもので、炭酸カルシウムを主成分とする。ヨーロッパのアルプス以北は白亜の地層が多く、絵画の地塗りに使われた(イタリアでは硫酸カルシウム、石膏地が使われた)。ヨーロッパでは安価な材料であり、コスト面でも地塗りに適している。日本では輸入コスト等の為にさほど割安感はないが、大量生産するならともかく、自分が使う分を作るだけなら特に高いと感じることはないだろう。日本では胡粉という炭酸カルシウムの顔料が伝統的に有名であるが、割安感は全くない。実は日本には石灰鉱山が多いので、石灰(炭酸カルシウム)自体は非常に安価なものが手に入るが、西洋絵画の地塗りに向いているのか、まだ検証不足なので、とりあえずは西洋絵画用の画材として販売されている白亜を購入して始めたいと思う。

材料と道具

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道具類はビーカー、刷毛、篩(ふるい)、膠の湯煎に必要な道具(温度計、ぼろ布、カセットコンロ、鍋)等を用意。

本項では地塗りについてのみ解説しているので、支持体は「パネルの準備」または「キャンバスの準備」を参考に予め作成しておく(あるいは購入しておく)。

地塗りの材料となる顔料は下の配合例を参考に用意する。

材料名
膠液 1.5 150g
天然白亜(ムードン) 1.5 150g
チタン白顔料 0.5 50g
0.5 50g

白亜(炭酸カルシウム)は画材店で購入できる。国内メーカーの製品はムードンという名称で売られており、「地塗り用」と「仕上げ用」の2種類がある。地塗り用は粒子が粗く、仕上げ用は細かい。細かい顔料のみで塗装すると、ひび割れを起こしやすいので、地塗り用ムードンを基本に、仕上げ用ムードンを混ぜて使うのが良いかと思う。チタン白顔料も充分細かいので、下地用ムードンとチタン白顔料を混ぜるだけで充分と考えることもできる。(※地塗り用ムードンは仕上げ用に比べて粒径が大きいということはないのではないか、とのご指摘を受けております)。白亜の代わりに「胡粉」や「重質炭酸カルシウム」も利用できるが、初心者はまずはムードンで試みるのが無難だろう。「沈降性炭酸カルシウム」は非常に軽く細かいので膠液に沈まない。膠もまずは西洋絵画用の兎膠を求めるのがよい。ムードン、チタン白、膠などいずれも大きな画材店、またはインターネット上の画材店で入手可能。

白亜地の作り方

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顔料を篩(ふるい)にかけてダマを崩しておく(ダマが残ったままだと、必要以上に撹拌しなければならず、塗料内に気泡を作ってしまう)。「膠(ニカワ)」を参考にしながら、膠液(膠1に対し、水10)を用意し、ビーカーに処方に従った量を入れる。

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膠液に顔料を少しずつ振り入れる。膠液の中に顔料の小山が築かれていくのが見える。あせって一気に入れてしまったりせず、落ち着いて少しずつ入れる。すべて入れ終わったら、2〜3分放置して、顔料と膠液が馴染んでゆくのを見守る。膠液と顔料が馴染むのを待たずにかき混ぜると、気泡やダマの原因になる。

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その後、ゆっくりと満遍なく混ぜ合わせる。顔料と膠液がよく馴染んでいれば、それほどいきおいよく撹拌する必要はない。もし粘度が高すぎて塗りにくいようであれば、最後に(処方に載っているような)少量の水を加えて粘度を調節する(よくかき混ぜること)。実は顔料によって、粘度が変わるのである。顔料の粒子が粗いと、同じ重さでも表面積が小さくなるので、粘度は高くならない。滑らかな表面の望んで細かい粒子のムードンを多くした場合は、かなり粘度が高まるので、調整が必要となる。また季節にもよっても膠液の動きが変わってくるので、なかなか的確な予想がしがたい。慣れないうちは、最後に水分を足して調節する他ないだろう。

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膠引きしたキャンバス、麻布を貼った板等の支持体に塗布する。一層目の塗料は、思い通りに塗れないことが多い。特に目の詰まっていない画布に塗る場合や、膠引きが不十分だとピンホールと呼ばれる小さな穴が無数に出来てしまう。刷毛で穴が塞がらないときは、指の腹で塗料を穴の中に押し込む。

10〜20分もすれば次の層を塗ることができる程度に乾く。あまり乾燥させすぎると、次に塗った層の水分を急激に奪って、小穴が無数に出来てしまうことがあるから、あまり長い間隔を置いて塗るのは良くない。体質顔料主体の塗料ならば、少し暗めの濡れ色から白に変わったところで、次の層を塗るのが良い(白色顔料が多いと濡れ色で判断するのは難しいが)。刷毛を動かす方向を変えて、2〜4層塗る。弱い膠液の層の上に、強い膠液の層を塗ると、ひび割れの原因になるので、塗料の膠濃度は一定を保つようにしたい。どれくらいの厚さにするかは好みによる。昔の板絵は非常に厚い地塗りがしてあるが、それは天然木を支持体にしていたた、節や継ぎ目が多かったからだろう。現代のシナ合板は元から平滑であるから、それほど厚くする必要はないかもしれない。キャンバスの場合、厚い地はひび割れ・剥離の原因になるので、厚くし過ぎない方がいい。

塗り終わった地塗りは、1時間もしないうちに、すっかり乾燥しているように見えるが、内部まで完全に乾燥するように、念のため数日待ってから使用した方がよい(特に板の場合はキャンバスのように裏からの通気がないから、完全な乾燥に時間がかかる)。仕上げに細かいサンドペーパーなどを使って、表面調整する。塗料が余った場合はラップでしっかり密閉し、冷蔵庫に入れておけば多少の期間は再利用可能である。ただし、再加熱するときに水分が蒸発するので、少々水分を補充する。

備考

膠の層は非常に硬く、油性塗料のような柔軟性がないので、白亜地をキャンバスに塗布した場合、折り曲げたり巻いたりすると細かい亀裂が入る。特に厚い地塗りはより顕著に現れる。これは、そういうものだと思う他はない。真っ直ぐにもどせば亀裂は見えなくなるが、出来るだけ折り曲げたりせず、ロールにする場合は大きめの円筒に巻いた方がいい。個人的に作る分にはさほどの問題とはならないが、製品として出荷するときが悩みの種である。グリセリンや糖類を添加することにより、柔軟性を保つことも可能であるということだが、私は試したことがない。

白亜地は吸収性が強いので、油彩技法の場合はインプリマトーラと呼ばれる絶縁層を塗ってから制作を始める。膠液やワニス、乾性油等を地塗り表面に薄く塗ることで吸収性を適度に調節するのである。多少顔料を混ぜて色を付けたものを使うと、画面全体の色調を整える役割も果たす。インプリマトーラ無しで制作すると、地が油を吸いすぎて顔料を定着させる為の展色材まで失われてしまう可能性がある。印象派以降の画家は、艶消しの画面を求めて吸収性の地塗りを使うこともあったが、これはあまり良いことではない。現代の画家の間で最も一般的なのはダンマルワニスを引く方法だと思うが、個人的には乾性油をテレピンで薄めて非常に薄く塗るのが良いと思う。その際、好みの油絵具を少量混ぜて、全体の色調を整える。オーカーなどの黄色〜茶褐色、灰色などの落ち着いた色が相応しい。

高温多湿な日本の気候の下では、膠を使った地塗りに黴が発生しやすい。特に暗くて風通しの悪い場所に保管すると危険度が高い。一度黴が生えてしまうと、取り除いてもすぐに繁殖するので厄介である。保管場所の通気に配慮し、膠液には必ず防腐剤を入れた方がよい。乾性油を含んだ「半油性地」は、ただの白亜地に比べてカビに侵されにくいようである。

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最終更新日 2011年09月13日

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