『西洋絵画の画材と技法』 - [その他]

膠 ニカワ

「膠」は動物の皮や骨などから作られる接着剤で、洋の東西を問わず、太古の昔から木工など様々な用途に用いられてきた。動物の皮や骨等を石灰水に浸けることによって、毛などの不要なものを取り除き、煮て濃縮させ、固めたものである。主たる成分はゼラチンで、不純物を多く含む。不純物が多いほど色が濃く、独特の臭いを発する。牛、羊、兎、または魚などが膠の原料となり、それぞれ若干性質が異なる。また、棒状、板状、粉末状など、さまざまな形状の製品がある。

生皮から膠を作る

使用するときは、これを水で一晩ふやかした後、50度前後に熱すると水溶液となり、刷毛などで塗布できる糊となる。この水溶液を膠水膠液などと呼ぶ。適正な温度を越えて熱したり沸騰させたりすると接着力を損なう。膠液は刷毛などで大きな面が塗りやすく、画布や板など支持体の目止め、地塗りなどには大変便利である。冷めて室温に近づくに従いゼリーのようにゲル化する。作業中は一定の温度を保たねばならない。ゲル化したものも、再度温めて液状に戻して使用できる。塗布した膠液の層はまず冷えてゲル化し、その後、水分が蒸発するにしたがって乾燥する。乾燥した膜は非常に硬い。しかし乾燥しても耐水性とはならず、湿気には大きな影響を受ける。お湯に再溶解する。お湯で比較的簡単に接着剤を再溶解できることは、ヴァイオリンなどの楽器制作をはじめとする木工品の場合、修復の際に大きな利点となる。購入した状態の乾燥物は非常に長い期間経ったものでも使用できるが、水溶液にしたものは腐敗しやすく、防腐剤を入れて冷蔵庫に保管しても1週間前後が使用限度の目安といえる。

本項、あるいは本サイト全体で頻繁に使用するのが、粉末状の兎膠である。西洋絵画の各種技法書でも取り上げられることが多く、また画材店の西洋絵画材料のコーナーで入手でき、粉末状であるため、板状、ブロック状の膠よりも扱い易い(水でふやかす時間を短縮できる)。膠は種類によって、性質も若干異なり、他の膠を使用する際は、そのままの処方ではうまくゆかないこともあるから、初めて取り組む際は、まず洋画材の兎膠を使用することをお勧めする。

膠液の作り方

手順画像

■材料と道具
粉末兎膠、防腐剤、水
加熱器具(カセットコンロ等)、ボロ布、ビーカー、お鍋、計量器

粉末の兎膠防腐剤は大きな画材店にゆけば、西洋絵画のコーナーで購入できる。なければ取り寄せてもらうか、ゆめ画材等のネット画材店を利用する。加熱器具はカセットコンロ、または電熱線のコンロで充分である。後述するように直火ではなく湯煎で加熱するため、湯煎用の鍋と膠液を入れる容器(耐熱性の理科実験用ビーカー、または耐熱ガラスの料理用メジャーカップなど)、湯煎の際に鍋底に如く布、水温を計る温度計(理科実験用、またはスーパーで買える料理用のもの)。材料の分量を量るための重量計はデジタル式のものが便利である(これもスーパー等で入手可)。

■作業手順
ビーカーに粉末の膠と水を入れ、軽く掻き混ぜたのち、埃が入らないようにラップなどで蓋をする。膠と水の量は水1リットルに対し膠70〜100gが一般的(写真の例では500mlビーカーに水400ml、膠35g)。

手順画像

膠は水を吸って写真のように膨れてくる。粉末状の膠なら2時間程度、棒状、板状の膠は一晩水を吸わせ、充分に膨潤させる。夏場はあっという間に膨れるが、冬は多少時間がかかる。また、夏はすっかり水を吸って溢れんばかりに膨張するが、冬はそうでもない。

この時点ではまだ、膠は水に溶けていない。充分に膨潤させたものを加熱して溶かすのだが、直火では火加減が難しいので、湯煎で行なう。下の写真およびイラストのように、鍋に水を入れて底に布を敷き、その上に膠液のビーカーを置いて、カセットコンロ等で加熱する。欧米の技法書では「ダブルボイラー」という、ソースなどを作る際に使う湯煎用の二重鍋が利用されることが多いが、日本ではこの手の鍋はあまり見かけない。

手順画像

50〜60℃の温度でかき混ぜながら湯煎(70℃以上の温度になると膠の接着力が弱くなるという)。基本的に弱火で行なうが、あまり時間をかけて溶かすのもよくないという。粒がなくなり、膠が水に完全に溶ければ完成である。膠液は腐敗しやすいから、防腐剤を添加する。念のため、ガーゼなどで漉して、ゴミや溶けきらなかった粒などを除く(これはべつにやらなくてもよい)。

手順画像

その日の作業で余った膠液は、冷蔵庫に保管し、次の機会に再加熱して使用できる。ラップなどでしっかりとフタをしておかないと、冷蔵庫内で急激に水分を失ってカラカラに乾いてしまう(乾燥時の伸縮によりガラス容器が割れてしまことすらある)。また、再溶解の度に水分が蒸発するであろうから、適当に差し水しなくてはならない。再加熱するごとに接着力は弱くなるという話も聞くが、2回も再利用すれば普通は使い切るであろう。

備考

膠は気温や湿度によって、使用感が大きく異なる。夏季と冬季では別の材料と思えるほどである。一般的に寒くて乾燥した冬季が適しており、最も避けたいのは高温多湿の梅雨の時期と言われる。冬季は膠液が急激にゲル化するので、室温を充分に上げて作業するとよい。慣れないうちは春か秋が落ち着いて使える。

材料の画像

日本では、牛皮から作る「三千本」という膠が画材用として(日本画で)広く使われている(一頭の牛から三千本取れることから、三千本と呼ばれる)。使用するときは、ペンチかニッパーで2cm前後に折り、膨潤・湯煎する。膠は思いのほか固く、折ったときの破片も鋭いので、怪我をしないように、タオルで包んで折ると安全である。一晩かけて膨潤させると、寒天のようにプヨプヨになるので、それを湯煎して使う。使用者の感想としてよく耳にするのは、兎膠と比べてかなりあっさりしているという印象である。地塗りやサイズに使用する場合、すこし濃い目の配合で膠水を作るのがよいかもしれない。

膠液は湯煎している間にも、水分が蒸発して濃度が変化してゆくので、適当に差し水しないといけないこともある。膠液の量が多い場合は、それほどでもないが、少量の膠液を湯煎していると特に蒸発しやすい。

英語のglueは、接着剤や糊全般を指す言葉でもあるので、特に動物の膠を指すときは、Animal glue 、hide glue、兎膠はRabbit skin glue などとした方がいい。

チェンニーニの本には、羊皮紙を長方形に切ったとき余る切れ端を煮て作った膠が紹介されている。当時は羊皮紙で本を作るため、工房には羊皮紙の切れ端がたくさんあったのかもしれないが、透明できれいな膠ができるため、繊細な色の彩色に適していたと思われる。

膠が入手出来ない場合は、スーパーで売っている料理用のゼラチン(多くは魚が原料)を使ってもほぼ同じ結果が得られる。ただし、現在はインターネットの普及によって、通販で気軽に画材用の膠が手に入るため、あえて料理用のゼラチンを使う理由もなくない。

生皮から膠を作るという試みをしてみたので以下に報告する。
■牛皮(ローハイド)で、膠づくりをしてみた。
http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=928

従来の常識では、膠液を作る際に70℃以上に温めると接着力が弱くなる、または沸騰させると接着力が失われるとされていた。逆に凍結させた場合も接着力を失うと言われている。実際に膠液を沸騰させ、また冷凍してみたが、いずれの場合も使用上接着性で問題は見られなかった。
■沸騰させた膠液と、冷凍させた膠液
http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=945
沸騰しても接着力は失われないということに関しては、以前から余所でも指摘されているので、いずれ定説となるかもしれない。凍結に関しては要検証。


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最終更新日 2011年09月16日

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