ロマネスク建築とゴシック建築 その2
ロマネスク建築とゴシック建築について語る動画、続編を公開しました。

今回は、まずは、ランスのノートルダム大聖堂、こちらには多数の彫刻あるのですが、日本の受験用の石膏デッサンにも使われた微笑みの天使と聖ジョセフがあるそうです。受験期の石膏デッサンに使われた石膏像は古典古代かルネサンス期のものが多いのですが、それ以外の彫刻を元にしたものもけっこうあります。中世彫刻は少ないのですが、微笑みの天使、聖ジョセフは今でも予備校のパンフレットに載っているので、意外にも頻繁に描かれている模様です。私は残念ながらこれら中世彫刻の石膏像は描かず終いでしたが。動画内で石膏像の写真を表示しておりますが、画像は[石膏像ドットコム]http://sekkouzou.shop-pro.jpさんよりご提供頂きました。

微笑みの天使に関しては、私は動画の中でガブリエルの話をしていますが、あとで気が付きましたが、そこの写真、たぶんガブリエルではない方の天使だったかもしれません。おそらくミカエルでしょうか。顔が一緒なので、単身の写真では判別し難いのですが、マリア様っぽい像の隣にいれば、受胎告知的な意味でガブリエルもしれません。石膏像の微笑みの天使は厳密にどれだろうかというのは、やはり顔が似すぎていてよくわからないのですが、顔の向きで判別できるかもしれません。と言いたいところですが、胸像にするときに向きとか変えられそうな気もするのでなんとも言えず。詳しい人がいたら教えてください。そして、シャルトル大聖堂。高校美術の教科書の年表はゴシックの箇所はたいていはシャルトル大聖堂の写真です。それから、ゴシックの後、ルネサンス建築とバロック、それから、また新古典主義という具合で続いてゆくというか、様式の流れが繰り返すような感じであるところを写真を見ながらお話しております。ウィキペディア等にある画像を見ながら話すということで、割と簡単に動画が出来るかと思ったのですが、いろいろ調べることになってむしろ大変でした。勉強にはなりましたが。

| 史跡・古墳・名所等 | 11:53 AM | comments (0) | trackback (0) |
オオヤマト古墳群踏破その3 景行天皇陵他
纏向古墳群を後にして、山辺の道を北に向かって歩き、柳本古墳群を目指す。
途中たくさんの古墳を見たのだけれどもキリがないので割愛。歩けば古墳に当たるという感じだったけれども、未調査で不明な古墳も多いため、言及しづらい。

目立った史跡は垂仁天皇の皇居纒向珠城宮跡碑。
オオヤマト古墳群
初期の大和王権の執政場所はオオヤマト古墳群、というか山辺の道沿いを移動したのではないか。

そこから近いところにある珠城山古墳群(たまきやまこふんぐん)を一応見てみる。
オオヤマト古墳群
3つの前方後円墳から成る古墳群で横穴式石室に入れること知られる。
オオヤマト古墳群
古墳群頂上は顔料にできそうなくらいの赤い土で出来ていました。

珠城山古墳群の上からみた景行天皇陵。あちらに向かって歩きます。
オオヤマト古墳群
それにしてもいい景色です。

景行天皇陵、山辺道上陵(やまのべのみちのえのみささぎ)。
オオヤマト古墳群
オオヤマト古墳群の中では最大。大きいですな。しかし、河内の古墳を見たあとだと、意外だったのは東側の山から傾斜しているような緩やかな斜面に作られているというところでしょうか。これは崇神稜でもそうですが、この方が視覚的効果があったかもしれません。

一応、現状で残っている周濠は、わりと狭くてあまり美しくはなかった。
景行天皇陵

排所です。
景行天皇陵

| 史跡・古墳・名所等 | 09:32 PM | comments (0) | trackback (0) |
オオヤマト古墳群踏破その2 ホケノ山古墳
箸墓の他には、いくつかの纏向型前方後円墳が点在するが、そのうちひとつでも見て置こうかと、わりとすぐ近くのホケノ山古墳を目指して歩きます。三輪山が見える。
ホケノ山古墳

ホケノ山古墳
ホケノ山古墳
おそらくは箸墓の直前くらいの時代の古墳ではなかろうか、という感じの古墳。
ちょっと前までは炭素年代測定法などの結果により、箸墓は卑弥呼の墓の最有力候補という感じでしたが、極最近は炭素年代測定法にも誤差があるのでまだわからんなという論調になってきているようなところですが、ホケノ山古墳ではさすがに規模が小さいですかね。
ホケノ山古墳

ホケノ山古墳の上から、箸墓を見たところ。
箸墓古墳
やはりデカい。

すぐ近くには国津神社(桜井市箸中)
ホケノ山古墳

ホケノ山古墳

ちょっと南に足を伸ばして茅原大墓古墳も見る。
茅原大墓古墳
こちらは増築年代はだいぶあとで、時代はすでに大王墓は奈良北部や河内の方に移動していた頃の古墳。

| 史跡・古墳・名所等 | 10:05 PM | comments (0) | trackback (0) |
オオヤマト古墳群踏破その1 纏向古墳群:箸墓古墳
だいぶ時間が経ってしまいましたが、3月某日に古墳歴訪の旅に出た話の続きです。初日に訪れた古市古墳群については既に書きましたが、2日目は纏向古墳群から柳本古墳群、大和古墳群を踏破しました。この3つの古墳群は、奈良盆地の南東にあり、オオヤマト古墳群と総称されることもありますが、最初期の前方後円墳の特に巨大なもの、王墓と思わしきものが並んでおり、初期大和王権、というかたぶん大和王権発祥の地といえるでしょう。

まずは巻向駅で下車、しようと思ったのですが、ワンマン電車だったので、最後尾に居た為降りられず、三輪から引き返してきたが、駅はSuicaには対応してるんですね。
箸墓古墳
巻向駅を出て箸墓古墳に向かう。途中、壬申の乱の戦場跡があったらしいけれども、気付かずに素通りしてしまいました。

纒向古墳群には最初期の前方後円墳が点在しますが、最初の巨大前方後円墳である箸墓古墳です。
箸墓古墳
ずっと前から見たいと思っていたのですが、ようやく訪れることができました。

前方部分の方に回ってみます。
箸墓古墳

拝所です。
箸墓古墳

孝霊天皇皇女倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)とあります。
箸墓古墳

池とは反対側に廻ってみました。
箸墓古墳

| 史跡・古墳・名所等 | 11:42 PM | comments (0) | trackback (0) |
古市古墳群を訪れる
3月某日、春休みを利用しつつ古墳歴訪の旅に出ることにしました。初日に古市古墳群、2日目に大和古墳群、3日目に佐紀盾列古墳群をという計画で。踏破した古墳についてコメントしてゆきたいと思いますが、自分用のメモも兼ねるので少々些末なことも書いてあります点をご了承ください。古墳時代から古代史についての本を読むのが好きなのですが、実物を見て置くと理解に役立ちそう、ということで。
ボンバルディアCRJ700
休養も兼ねる感じで疲れないようにしたかったので、お昼頃に仙台空港から出発。IBEXエアラインズのおそらくボンバルディアCRJ700という機種に搭乗。小型の旅客機でいわゆるリージョナルジェットというやつですが、大型旅客機と比べて飛んでる感じが味わえた気がしないでもない。ちなみに仙台から大阪までの旅費は飛行機代宿泊込み3泊4日で¥41.300でありました。伊丹空港に近い場所に宿を取ろうかと思って江坂のビジネスホテルを予約したのですが史跡へのアクセスはいまいちでした。ただまぁ、スーパーも百円ショップも近場にあって、高級すぎなくて便利でしたが。買い物したり、ホテルにチェックインするなどして、それから古市駅に向かいましたが、そこから歩きはじめたのは16時半くらいになっておりました。日没まで2時間弱、あまり時間がないので、さっそくですが、まずは面積では日本第2位の規模、体積では第1位のサイズである、誉田御廟山古墳(応神天皇陵)に向かう。後円部あたりをうろうろしてみたが、住宅が建ち並んでおり、近づける感じではなかったので、前方部の拝所の方へと歩く。しかし後円部の木々はずっと見えてるっぽい感じで、体積日本一の古墳という感じでありました。
古市古墳群
こちらが拝所への参道。綺麗に整備されています。奥に見えるのが応神陵の前方部正面になります。
古市古墳群
立派なものです。
その北側にある大鳥塚古墳
古市古墳群
さらにそのすぐ北側に古室山古墳。
古市古墳群
宮内庁管理ではないので、登ることもできます。
で、その古室山古墳を登って降りると、仲津山古墳(仲津姫陵)の拝所が見えてきました。
古市古墳群
周辺でもひときわ高い位置にある古墳で、拝所も柵越しにのぞき込むような感じでした。
古市古墳群
古市古墳群では2番目の巨大な古墳らしいが、住宅が多く全貌がよく見えないなと思いつつ、後円部の方まで歩いていったら、道路沿いに深い堀があり、そこから見るとちょっと畏怖を感じるほどの大きさでした。応神天皇皇后仲姫命陵に治定されているけれども、考古学的にはこちらの方が応神天皇陵よりも築造年代は先になるそうである。
そのすぐ北東に鍋塚古墳という小さな方墳が。
古市古墳群
石柱には「史跡 鍋」とだけ掘られてありましたが、それはともかく、登って仲津山古墳(仲津姫陵)を振り返る。やはり大きいといえる。
古市古墳群
反対側には市ノ山古墳(允恭天皇陵)
古市古墳群
下は土師ノ里駅。建物の背後に見える森のようなものが允恭陵。デカいすな。
古市古墳群
前方部も後円部も道路からすぐ第1周壕になっている部分が多くて、前方後円墳の全貌が見渡せます。古市古墳群の中では第4位の大きさということであるが、全体を見渡せる為かひときわ大きく見える。応神陵はこの倍近い墳丘長だというから、それはそれはデカいということが想像できます。というわけで、ここまで来たところで日没なり、宿泊先に帰る。

| 史跡・古墳・名所等 | 11:10 AM | comments (0) | trackback (0) |

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