千蔵八郎・他(著)『基本音楽史』(昭和43年4月発行)読了
千蔵八郎・他(著)『基本音楽史』(昭和43年4月発行)

廃棄本をたくさんもらった中の一冊なのですが、古い本ですがとても面白い。古代から中世、ルネサンス、バロック、古典派、ロマンなどど現代まで解説してゆくわけですが、各時代の音楽の話の前にしっかりと世界史について説明するのですが、それがけっこう詳しく解説してあり、ときにはいつまでいっても世界史の話が続くので、いつの間にか世界史の本を読んで気分になってきているうりちに、急に音楽の話になって、あれ?って思ったりする感じであります。世界史好きなので、個人的には読んでてとても面白いのですが、しかも、歴史の流れの説明がなかなかしっかりしており、淡々と説明しているのに、何か重要なポイント的確に突いてきているような、そんな感じの文章であって、昭和40年代とは思えないくらい、解釈の仕方のような感じがします。また、昔の音楽史というと、バロックから始まって、古典派、ロマン派あたりを中心に扱いそうなイメージがあったのですが、古代も中世もルネサンスもけっこう平等に扱っている感じであり、こんなしっかりした本があったのか、と意外に思ったくらいです。音楽史の内容についてですが、過去に何度も読んだものではあるけれども、何度も読んで覚えられるという面もあるので、何度読んでもいいものです。

昨年法人を解散して国民年金に切替えたわけですが、来年度の支払い方法を口座引落にするべく書類を書いて発送しました。1年分前納すると年間4千円ほど安くなるそうなので、そのようにしておきました。しかし20万円近く一気に引き落とされると貧乏な気分になりそうです。今は大丈夫だけれど次回の口座に金が入っているだろうかという心配もありますが、そのときはたんに引き落とされないだけだし、そんなこと気にしなくていいか。社会保険は半額会社が支払ってもらっていたわけですが、しかし自分の会社だと自分で支払っているようなものであり、その点では変わらないのですが、それはともかく個人事業として事業は継続してゆかねば、というか、ちゃんと金を稼がねばと思うのですが、しかしまるで中毒のように本ばかり読んでしまう病みたいな感じで、どうしても読んでします。返信しないといけないメールとか山ほど溜まっているのに読んでしまう。読むほどに自分がいかに無知であったかを思い知るのですが、知らなかったことを知ることが出来るというのが非常に快感で麻薬的なところがあります。

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バリー・M・カッツ(著)『世界を変える「デザイン」の誕生 シリコンバレーと工業デザインの歴史』
バリー・M・カッツ (著)『世界を変える「デザイン」の誕生 シリコンバレーと工業デザインの歴史』

ちょっと読みにくかったけれども、なかなか興味深い本です。本のタイトル(邦題)はいまいち意味がわからないけれども、副題は具体的であり、シリコンバレーにおける工業デザインの歴史が語られつつ、デザインとは何かという感じの内容になっています。

かつて製品開発は技術者が中心となって行なわれ、デザイナーは最後の最後に呼ばれて基板や部品を覆うカバーを考えるだけ、という程度の存在であり、まさに末端の仕事で、会社から見るとデザイナーというのはエンジニアに成れなかった者がする職業とまで思われていたし、とくにシリコンバレーではデザイナーとすら名乗りもしなかった模様です。しかし、それがやがて製品開発はまずデザインを決定し、それを実現するためにエンジニアが開発する、というように現在はすっかり順序が逆転しています。そこに至るには無数の物語があったはずですが、数十年に渡るその過程がシリコンバレーを舞台に描かれており、これはなかなか勉強になると言えるでしょう。

ほんの20年くらい前は、電気製品の類いは日本製品が世界中を席巻しており、どの分野でも高いシェアを有していたものです。しかし、その後なんだかんだで生産技術が平均化してくると、売れる商品を作るにはデザインがポイントとなってくるわけですが、日本製品はデザインが弱いな、というのはなんとなくみんな思っているんじゃないかと思いますが、あれよという間に急速に存在感を失っていった気がします。デザインというのは、もちろん見た目だけで無くて、ソフトウェアやサービスなども含めてのデザインですが、見た目だけの話をしても、テレビなんか、某レグなんとかは葬式会場に置く為に墓石風にデザインされたのかと思う感じで、なんとも購買意欲湧かない感じでしたが(でも、まぁ買いましたが)、そもそもBCASカードとか使い勝手が悪くなりそうな要素がある時点で駄目なんだと思いますが。特に技術力を喧伝するタイプの電機メーカーにこのような傾向が強く、そしてたいへん残念な末路を向かえてしまいました。技術力は大変大事ですが、しかし工業界がデザインの研究に膨大な投資をしているときに、それに乗り遅れている的なところはあったんじゃないかなと思います。もっとも新しいデザインに投資というのは運ゲー的なところがあるのも確かで、うまく行かなかなかった事例も数多あるのですが、しかし避けては通れないのが現状でありましょう。

というわけで、中高美術の授業で最も強化すべきはプロダクトデザインなのではないだろうか、などと最近よく思ったりするのです。日本のグラフィックデザインはけっこういい線行っているんじゃないかなっていう気はなんとなくするわけです。弱いのはプロダクトかなと。ちなみに教科書の方は時代を反映して絵画もプロダクトデザインも分け隔てなく扱ってます。プロダクトデザインの教員向け研修とかもあったりするのですが、木を削ってスプーンを作る、とかそんな感じだったりするのです。もちろん、まぁ、手に持って使うものですから、それもプロダクトデザインではあるわけですが、なんかそうじゃなくて、時代に合ったものを研究しなくてはならないのではと思ったりします。今の学校では理系エンジニア的な進路の受験で使われる教科が重要であり、美術はそんなに重要ではない的な位置あるわけですが、現在の流れ的には、全てのジャンルにおいて、デザインが中心となって進む状況なので、進路に関係なく強化した方がよさそうな、という気はしますが、美術の時間を増やしてたところで美術教師にそれを扱う能力がない可能性は大であり、あんまり意味ないかもしれません。純粋美術系の学科を出た者が生活の為に先生になるという傾向はどうしてもあるので、現場を知っている人が降臨してくるというのはあまりなさそうです。美大のファイン系と言えば、創作活動というのは展覧会で発表することが目的で、絵を売って生活しているという感じではないような雰囲気の中で育ち、それを美術だと思っているところがあるので、数十年前にふつうにあったような応用美術への偏見を未だに持ち続けている傾向さえあるのではないか。純粋美術と応用美術の差が開きすぎると双方にとってロクがことがない、とウィリアム・モリスも言ったそうですが、まさに日本はその状況なんじゃないでしょうか。

というわけで、このような本を読むべき、というふうに思うわけですが、本書がお薦めできるかどうか微妙です。文章があまり親切でないので、理解するのに時間がかかりましたし、なんか込み入っているところは読み飛ばしてしまいした。シリコンバレーの歴史というか、各企業の名前と業績を知っていないと、全く理解でないと思います。たぶん、ふつうはアップルくらいしかわかんないし、それもiphoneは知っていても、LISAとかの話をされてもピンとこないであろうし。でも、やはり工業デザインの歴史と言えば、なんと言ってもこの辺の話が一番肝であろうし。

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羽田康一(著)『古代ギリシアのブロンズ彫刻 総合的推論のために』他
昨年末に法人を解散を決議し、すでに解散登記も済ませましたが、解散時の決算、そして清算作業という具合で残された仕事が多々あって、まだまだ気が抜けません。倒産とか、夜逃げとかじゃなくて、ふつうに解散するというわけで、最期まで放置せずに終わらせたいと思います。決算等だけでなくて、会社で使っていたいろいろなものを解約する作業も大変で、これまでも1年ぐらいかけてそぎ落としてはきたのですが、それでもまだまだたくさん残っているのです。どんだけやっても切りがないなぁという感じですが、たぶん、世の中にはこういうのは放置されて知らんぷりなケースが多いのでしょうが、私はなんとなくきっちりやりたいところです。で、金曜に地銀の銀行口座を解約しにいったのですが、普通口座ふたつに当座もあったので1時間くらいかかってしまうかなと思いつつ出かけたら、2時間かかりました。しかも夕方電話があって押印が1箇所欠けていたのでまた来て欲しいと言われてしまう。次ぎに何か事業をやるときは、ネットバンクのみでやろうと思いましたよ。地元の企業がピンチの時に助けてくれるならそれもいいのですが、ピンチのときは非常にドライなのであんまし意味ないのです。まぁ、いくら待たされても本を読んでいればいいわけですが。
下記を読了
羽田康一(著)『古代ギリシアのブロンズ彫刻 総合的推論のために』
資料的な本なので、後半は通読するのがちょっと辛かったのですが、序論はたいへん興味深いものでした。絵画に比べての彫刻に対する軽視と、彫刻の技術面と材料面の軽視について述べられていたところが印象的でした。なんというか、美術というと絵画中心に考えがちなところがあって、特に中高美術なんか、先生がそんな感じではないかと思いますが、それは教科書というのが、印刷物であり絵画が取扱いやすいというのと、まぁ、西洋美術界も絵画中心になってた時期もあるので仕方ないですが。
西洋や日本を問わず、画家の名前というのはけっこう何人も知っていると思いますが、彫刻家というのはあんまり知られていないように思います。大ざっぱに言うと一般的な認知度ではミケランジェロとロダンくらいしか知られていないのではないか。絵画だったら、ルーベンスから、マネモネゴッホゴーギャンピカソとか、いくらでも出てきそうですが。しかし、彫刻の世界に限ってもいろいろ無理解は多いかと思います。ギリシャ彫刻と言えば、ミロノビーナスと言った感じであり、それは中高の現代国語で必ず掲載されている文章の影響もよるかと思います。ちょっと詳しいとサモトラケのニケの方がいい、という風になりますが、ミロビーもニケも歴史的には最近発見されたものであり、美術への影響という点ではルネサンス期に発見されたものには比較にならない、という思いと、古典古代彫刻は大理石と思いがちですが、ギリシャ彫刻の最も重要なものはブロンズ彫刻であり、大理石の有名彫刻も実はブロンズ彫刻がオリジナルで、それのローマ時代のコピーが現在伝わっているのでな。なお、通常のギリシャ彫刻の本は、様式面に注目しており、技術面が疎か、という感じはやはり持っていたので、本書はなかなか読んで良かった感じです。そして、ちょっと古い本ですが、ピエール・ドマルニュ(著)『ギリシア美術の誕生』を読み始めました。
それと、池上英洋(著)『イタリア 24の都市の物語』読了
これは専門書ではなくて、一般向けの読みやすい本ですが、それでもまだまだ知らないことがいっぱい書かれてあって、自分まだ勉強不足だなと痛感するわけです。


| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 08:31 PM | comments (2) | trackback (0) |
最近読んだ本:セッティス『ラオコーン 名声と様式』他
イグナチオ・デ・ロヨラ(著)『ある巡礼者の物語』読了
イエズス会創設者イグナチオ・デ・ロヨラの自叙伝、バロック芸術への影響という意味で読んでみたのだけれども、なかなか強烈な人物である。バロック美術についての本などで言及されることはあまりないと思うのだけれども、この人物がバロック芸術の発生に与えた影響は計り知れないものがあるとか、いろいろ考えたわけですが、それはおいておくとしても、けっこう面白いというか、興味深い生き方なので、一読の価値ありと言えるでしょう。

サルヴァトーレ・セッティス(著)『ラオコーン 名声と様式』読了
ここ最近ずっとルーベンスについていろいろ熱心に読んでいたのだけれども、ローマでの大理石像のデッサンはルーベンス作品の形成に言及せずにはおけない重要な要素ではありますが、特にラオコーン像の素描はよく知られるものですが、先日行ったルーベンス展で実物を見ることができたのでした。が、それはともかく、ラオコーン像というのは、ルーベンスに限らず、ルネサンス後期からバロックに与えた影響は計り知れず、という感じの像であり、もっと詳しくならねば、ということで、ちょっと値段の高い本ですが、買って読んでみました。払った金額を大きく上回る勉強ができました。

ヴルフ・コーノルト(著)『大作曲家 モンテヴェルディ』読了
こちらもルーベンス繋がりで。何しろマントヴァ公国で、同時期にゴンザーガ家に仕えていたわけで。しかし、私は音楽も好きなので、たいへん楽しく読みました。大作曲家過ぎて近づきがたい気がしていましたが、急に身近に感じてしまうような内容でした。ところで、ある図書館が廃棄する本を一部貰ってきたのですが、その中の古い音楽史の本を見たら、モンティヴェルディの項目が無い。パーセルですら載っているのに。

| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 07:08 PM | comments (0) | trackback (0) |
最近読んだ本、古田亮(著)『俵屋宗達 琳派の祖の真実』他
古田亮(著)『俵屋宗達 琳派の祖の真実』
風神雷神図屏風模写に象徴される宗達、光琳、抱一の私淑という伝搬は画家にとっては胸を熱くするものがあり、私もこの模写の話は非常に好きであって、美術の勉強というものはこうありたいと思うところでもありますが、しかし同時にこれってどれくらい真実なんだろうか、という疑いも持つのが普通であろうかと思います。本書は宗達贔屓なところがあり、宗達は琳派とは切り離すべきという主張で進みますが、批判的な視線で近代における琳派伝説の形成を論じているので、先のような問には適した一冊かもしれません。<光琳による宗達芸術の改変こそが、いわゆる「琳派」の誕生と呼ぶべきものではないか>というのは、なるほどと思いました。が、宗達だけならともかく、光悦も含めると、やはり光悦・宗達から琳派の発生でいいような気がやっぱりするような気はしますが。話はちょっと変わって、高校美術の教科書を出版する会社は現在2社あって、そのうちのN社の高校美術Iでは、確か平成25年度だったか、ゆとり教育が終了したときの教科書で日本美術の取扱いが一挙に増えて、風神雷神図を見開きで取り上げており、と、それ自体は別に目新しいことではないのですが、この年以降の美術の教科書は、我々が使っていた教科書と比べて随分充実しており、絵具に関しても顔料と媒材と絵具の種類の関係もかならず解説されているという具合になったのですが、それはともかく、同社指導書(教員が参照する教科書の解説書)の鑑賞の指導については、風神雷神図の模写をメインとした琳派伝説が解説されていたんですが、なかなか素晴らしいテキストでした。

保坂清(著)『フェノロサ 「日本美術の恩人」の影の部分』
明治以降の美術ではフェノロサも重要人物ですが、というか、日本画というものの説明をするときにも、美術大学というものを説明するときにも避けて通れないかと思いますが、しかし、フェノロサについては批判的な本を読んでおかないといけないような気がします。

佐藤彰一(著)『宣教のヨーロッパ 大航海時代のイエズス会と托鉢修道会』読了
バロックのことをもっと知りたい。ということを考えていろいろ読んでいるうちに、いつの間にかイエズス会について、あるいはロヨラについて知りたいに変換んされてしまっていたのであるけれども、ザビエルについての本はいっぱいあるが、ロヨラについての本というと、日本語ではあまり見当たらない。本書もロヨラのことはそれほど多くは触れていないけれども、イエズス会の、特に新大陸と東アジアでの活動について知ることができて大変勉強になりました。そしてさらに現在、ウィリアム・バンガード(著)『イエズス会の歴史』も読んでいるところですが、内容が濃すぎて半分で中断しております。

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