深井智朗(著)『プロテスタンティズム 宗教改革から現代政治まで』
最近、バロック美術の本を買い込んで読んでおります。我々になじみのあるような静物画や風景画などのジャンルが登場するのはバロック時代からであり、ほとんどの洋画家にとっても参考となるのはバロック以降の絵画だと思いますし、私もルネサンス絵画と比較するとバロック絵画の方がいいかな、と思うわけですが、バロック美術について実はそんなにしっかり知っているわけではなかったと思い・・・。バロック音楽の本はなぜかいっぱい読んでるんですけどね。
というわけで、バロック美術について勉強中なのですが、手始めに宗教改革の本を読みました。
深井智朗(著)『プロテスタンティズム 宗教改革から現代政治まで』
バロック美術について考える上で、宗教改革という歴史的出来事は、切っても切れない深い縁がありますから、まずはそちらからということで。
本書を読んでみて大変勉強になりましたが、個人的にまとめてみますと、たいていの本では”免罪符”と言っているけれども、正確には”贖宥状(しょくゆうじょう)”の方が正しいとか。何か罪を犯したならば、教会で「告白」し、その罪に見合った償いをすること(償い)が必要であり、カトリック教会では、その償いに相当する修行をさせてストックしておいて贖宥状として販売していたと。ある程度は商品生産みたいな感じだったのかもしれません。現代では考えられませんが、宗教が支配する世界だったら、そういう製造業も有りかもしれないという気がしないでもないです。
しかしながら当時の神聖ローマ帝国に含まれる所領からローマ教会が贖宥状などで莫大な利益を吸い上げてゆく構図を、市民や職人階級が好ましく思っていなかった面もあったようです。ルーカス・クラナハのような大工房を運営する画家が、なぜ宗教改革側に荷担したのか、という点が気になってはいたのですが、画家という立場なら、カトリック側に居た方が、華々しい祭壇画などの仕事があって、画家としては利益と名誉の両方を得られたのではないか、と思われるのですが。出版という最先端の技術の方が儲かるというクラナハの先見性があったから、というふうに考えられなくもないですが、でも、贖宥状みたいな形で現金がどんどんローマ教会に吸い取られていくという構図があったら、そっちに流れてしまう金が回ったらそっちの方がいいでしょう。
宗教改革はルターがヴィッテンベルク市の教会に95ヶ条の論題を打ちつけて始まったとされていますが、実際にはそれは後に付けたされた伝承かもしれず、はっきりしているのは書簡として何人かに送っただけったとか。それがやがて、後にプロテスタントという宗派を産むようなことは考えておらず、既存のカトリックを改善するというぐらいのものだったらしいのですが、その後のカトリック側との対立などで、結果的に宗教改革という大事件になったと。プロテスタントといっても、数多くの活動があって、それぞれの流派で改革の度合いも異なる。ルターはそもそもが先のような意図だったので、カルヴァン派などと比べるとカトリックとそれほど大きな差は出てこないわけですが、カルヴァン派が主流となったオランダでは教会から、装飾や絵画が消え、風俗画や静物画などが隆盛する状況が生まれたという具合に、プロテスタント諸国でもその宗派によって、美術史的にも違う流れが出来ていったのだなぁと思います。各地の違いについて、ちょっと確認していきたい気もします。
なお、本書の後半は、現代までに続く保守主義とレベラリズムにも宗教改革が影響しているという話になっており、これもなかなか興味深いと言えるでしょう。

| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 09:37 PM | comments (0) | trackback (0) |










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