久々に図書館にゆく
Amazonで『宮下孝晴の徹底イタリア美術案内』なるものを見つけ、即座に注文ボタンを押しそうになったが、全部で5巻あり値段もそれなりになるので、予め内容を確認しておくべきだろうと考えて、図書館へ行ってみた。同シリーズは『イタリア美術鑑賞紀行』なるシリーズの増補改訂らしいが、両方比較してそれほど差異がなければ、旧版を古本屋で安く買ってよいだろうし。旧版はマーケットプレイスで数百円なのだ。著者には申し訳ないと思うが。

そのついでながら、CDも借りてみる。最近、ふと、シベリウスの交響曲第7番が聴きたくなったところなので(昔持っていたCDは金に困って売ってしまった)、シベリウス交響曲全集(指揮:ロジェストヴェンスキー/モスクワ交響楽団)なるものを借りてみた。が、この録音は(ネット上の感想を読む限りでは)ファンも多いようだが、私には全然ダメだった。ひとことで言うと、騒がしい。シベリウスがショスタコービチみたいに聞こえる。もしかしたら、私の再生環境が悪いのかもしれない。BOSEのスピーカーにしてから、弦の音は非常に心地よく鮮明に聞こえてくるのだが、金管が耳障りになったので、この手の演奏の魅力が伝わり難い。しかし、それを差し引いても、第7番をこの演奏で聴きたいとは思わないだろう。第1番ならむしろこの方がいいかもしれないと思ったけど、実際聴いてみるとイマイチだった。もうひとつ、ケルテス指揮/ウィーンフィルのブラームス交響曲第2番も借りたが、Webで確認したレヴューではほぼ全てが見事な賛辞だったが、個人的にはあまり好かない。もうちょっとジメっとした哀愁が漂って欲しいとか思うのだが、飽くまで個人的な好みの問題だけど。

話は変わるが、図書館で借りてきたCDってのは、あまりじっくり聴かないものだと思うのだ。経済的に余裕のない学生時代に買ったCDは、たとえ気に入らなくても、何度も繰り返して聴いたものだし、繰り返し聴いているうちに、魅力を感じるようになることも多かった。いや、じっくり聴けば、たいていはいいものだ。また、とっつき難い曲も繰り返し聴くことによって、その魅力に目覚めることもある。今の自分にとって非常に好きな曲のほとんどは、最初は理解できなかったが何度も聴いているうちに、その意図するところが見えてきたか、あるいはコンサートホールで聴いたので、嫌がうえでも集中して聴かざるおえなかったときに開眼した場合が多い。図書館で借りたCDを、ところどころスキップさせながら、ふ~んって感じで聴いて、そのまま放置して2週間後に返してくるようでは、聴いたんだか聴いてないんだか、わからんと言えよう。

といいつつも、仮に今、経済的にあまり余裕がないとして(というか、実際、さっぱり余裕ないが)、2000~3000円を出してCDを購入したとして、そんなじっくり聴くようなことをするだろうか。けっこうな金を出して買ったゲームが書棚に山積みになっているのに。CDをじっくり聴くなんてことはもうないだろうなあ。まあ、人生、そんなことばっかりいつまでも続けてゆくわけにもいかないので、たいていの趣味はほどなく終わりが来るように出来ているのだろう。私の人生においては、CDをじっくりと聴くという行為は終わりを遂げてしまったに違いない。そう言えば、読書は昔から絶え間なくしてるけれど、学生時代は主に文学作品を読んでいたが、最近は文学作品に全く興味が持てないというのも面白い。ページを開く気にもなれない。この分野の精通度に関しては、学生時代に読んだストックのみで一生やっていかねばならないだろう(やるって何を?)。ちなみに現在は、歴史や美術史に関する本を読みあさっているが、これも興味の持続が数年で終わるだろうから、今こそって感じで読んでおかないと、読みそこなった本はその後の人生において、ごく少数しか補完されることはあるまい。むろん、それで困ることは何もないけど。


| その他 | 10:20 PM | comments (0) | trackback (0) |










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