ガーディナーのバロック音楽のCDを3種買いました。
最近、バロック芸術について熱心にいろいろ読んでいたんですが、その中でも中島智章(著)『図説 バロック』(ふくろうの本/世界の文化)というのが、個人的な印象としては最も良い本ではないかと思うようになってきました。建築や都市計画を中心に扱われており、絵画や彫刻は二の次的になっているような気がしますが、まさにそこがバロックを語る上で重要だと思うようになりました。そして、音楽についてもしっかり語られている点もよろしいかと。バロック美術と、バロック音楽はそれぞれの専門家が別の本で述べるようなものという思い込みがありましたが、こちらはしっかり言及されている、しかも音楽を教科書的に述べるのでは無くて、バロック音楽をかなり深く、そして楽しみつつ聴いてきたのだなぁというのが伝わってきて、それを読んでいたら、私も聴きたくなってきました。バロック音楽初期の大作曲家モンテヴェルディの著名なオペラはかつてDVDを買いあさりましたが、他にも初期から盛期バロックの重要なオペラ作家は居ましたので、それも買わねばならぬ。といろいろ物色しているところです。ちなみに、探して驚いたのは、バロックオペラ最大のイベントと思われるマルカントニオ・チェスティの「黄金のリンゴ」の音声らしいものが、youtubeに上がっていたことですが、それはまぁ、機会があったら述べたいところです。絵描きや美術愛好家にはバロック好きの人は多い、そして音楽好きの人にもバロック好きの人は多いのですが、実はほとんどの人はバロックというものの、ほんの一部しか知らない、あるいはたまたま現代人に理解しやすい部分だけを抜き取ってそこだけでバロックのイメージを作っているようなところがあると思います。それはそれでまぁ、いいのかもしれませんが。音楽でバロックと言えば、誰もがバッハを思い浮かべますが、バッハは確かにバロックを代表する作曲家ではありますが、しかし、本当にバロックを体現した作曲家は、もっと他にたくさん居て、一般的には忘れているのではないかと。モンテヴェルディはけっこう知名度も高く、そして、現代でも評価が高いと思いますが、その辺のちょっと音楽が好きな人に聞いても誰も知らんことでしょう。よくバッハのことを音楽の父と言いますが、どう考えてもルネサンスポリフォニーから、バロックオペラの橋渡しをしたモンテヴェルディの方が、現代のクラシック音楽の父ではなかろうかと。まぁ、しかし、そんなことは置いておくとして、とりあえず、ガーディナーのCDをまたいろいろ買いました。まずは、バッハの管弦楽組曲(ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ)、バッハの管弦楽組曲は誰も知っている名曲揃いですが、私は特に第2番ロ短調が好きです。短調のバロック曲というだけで、心を揺さぶられるものがありますが、これは長年、ミュンヒンガーのCDを愛聴しておりましたが、このガーディナーの演奏は、それと比べるとあまりのスピード感で、早口言葉かよ、という感じなのですが、序曲は旋律が聞き取れない程でした。しかし慣れるとけっこう癖になります。こちらの方がずっとバロックっぽいなという気もします。こちらに慣れてしまうと、戻れないような気もします。しかし今のところ、どちらか一方を選べと言われたら、ミュンヒンガーの方を選ぶとは思いますが。そしてヘンデルのオラトリオ「メサイヤ」(ガーディナー/モンテヴェルディ合唱団)、メサイヤは大仰な演奏が多くて、あんまり好きではないのですが、こちらはヘンデル時代を再現するかのようなピリオド演奏です。一回聴き通してみましたが、清明で聴きやすい演奏です。そして、たぶん小編成だと思いますが、盛り上がるところは盛り上がります。CDで聴く場合はこちらの方がよいかもしれません。しかし、メサイヤって英語なんですね。ラテン語、ドイツ語、イタリア語と違って、英語の宗教曲ってちょっと違和感ありますな。それから、カリッシミ:最後の審判(ガーディナー/モンテヴェルディ合唱団 )。こちらは盛期バロックの作曲家。安かったので思わず買ってしまいました。バロックという時代はけっこう長い。そして、まだまだ知らないことがたくさんある。古典派以降の音楽はめぼしいものはだいぶ聴きましたが、バロックはまだまだカオス的に膨大な世界が広がっているので、こちらを探っていきたいところです。

| 音楽 | 03:16 AM | comments (0) | trackback (0) |
読了:平野純(著)『はじまりのブッダ: 【初期仏教入門】』
ここ数ヶ月、ヨーロッパ中世神学や西洋哲学に関する本を読んでおりましたが、東西のバランスが悪い気もしたので、というわけでもありませんが、いろいろ思うところあって、初期仏教に関する本をいくつか買ってみました。だいたいはパラパラと目を通すぐらいなのですが、こちらの平野純(著)『はじまりのブッダ: 【初期仏教入門】』は、初っぱなから面白くて、一気に全部読んでしまいました。ブッダが生きていたころのインドは、バラモン教主流でありながら、多くの異端が現れて活動していた、しかも強烈な登場人物のオンパレードで、そんなカオスな状況が描かれており、これまでの想像を大きく覆されるような感じでした。それぞれの異端の意見を読むと、洋の東西問わず、哲学、宗教分野で議論されうる問題の大半が、二千数百年前のインドで既に極端なまでに考察されているのだなと感じました。ブッダは当時流行っていた極端な苦行、断食はおろか、牛舎に忍び込んで牛糞を食らうなど、なかなか素晴らしい苦行をしていたとか。7年続けたのち意味がないと止めてしまったようですが、悟りの後は極端に走らずに中道をいったところが、仏教が後に大成する要因のひとつだったとか。興味深いのは、世界に始まりはあるか、終りはあるか、肉体と魂は別か、などの質問に対して沈黙で答えたという点でしょうか。ヴィトゲンシュタインの「語りえぬものについては沈黙しなければならない」みたいでもあります。もっとも、初期仏教経典でも、状況次第あるいは相手次第で輪廻的なことを語ったりなどしており、いわゆる方便みないなところもありますが。しかし、もしブッダが本書のいうとおり、現世の苦痛を取り除くということに徹していたとしたら、その点について深く学びたいところです。些末な物事に心を悩ますことなく日々を過ごせたらと常々思っているわけですが、まだまだ修行が足りないところです。


| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 03:12 AM | comments (0) | trackback (0) |
書類整理
法人の書類というのはなかなか捨てられないものです。領収証など保管期間が決まっているものは当然ながら、他のものも何時参照する機会が訪れるかわかりません。何かあったとき、というか、そういうのはたいていは深刻なトラブルである場合は多いのですが(主に役所とか税務署とか)、悪いことをしていなければ証拠として役に立つわけです。とは言うものの、年月が経つとけっこうかさばるもので、ある程度はなんとかしなければなりません。何しろ自宅兼事務所なので、部屋もガレージも書類でいっぱいなわけです。できるだけ保管するという基本方針の下、何かしら軽量化せねばならぬのです。

これまで、重要な書類はハードカバーのファイルに入れてあって、↓こんな感じの書類が山ほどあるのですが・・・
書類整理

これがけっこう重いんですよね。
書類整理
重要であるだけでなくて、何度もくり返し参照することがあったので、そうしていたわけですが、年月の経過や事業の見直しなどにより、今は参照しなくなったので、紙製の軽いカラーファイルに取り替えて締まっておこう、と考えました。

紙製カラーファイルのちょっと太めのやつを買ってきました。
書類整理

それに入れ替えて、こんな感じで整理して、書類用ダンボールに入れて保管します。
書類整理
軽量化しようと思ってやったことだったのですが、予想を超えて、容積もかなり減りました。ファイルやバインダー類というのは予想以上に幅を増加させているようです。目一杯に書類を挟んでいれば、それほどでもありませんが、バインダーの半分ぐらいしか紙が挟まっていなければ、それだけで倍の厚さになっていたり、あとは金具とか、妙な反り具合とか諸々で場所を取っている模様。複数のカラーファイルの書類を、分野毎にまとめて1冊に綴じるというだけで占有面積が一気に減ります。一切捨てずに、ただ綴じ直す、というだけでも、半分ぐらいになるということがわかました。ちなみに、ダンボールは、ホームセンターで「書類用」とかいうのを買ってきたのですが、カラーファイルの縦のサイズにぴったりです。これにタイトルでも書いてしまったおけば良し。いざとなったら、出してきて参照することができます。まず、ないとは思いますが。というか、無いことを願いますが・・・。

| 絵画材料 | 03:25 AM | comments (0) | trackback (0) |
読了:金澤正剛(著)『中世音楽の精神史: グレゴリオ聖歌からルネサンス音楽へ』
読了:金澤正剛(著)『中世音楽の精神史: グレゴリオ聖歌からルネサンス音楽へ』(河出文庫)

古典古代哲学から多大な影響を受けたヨーロッパ中世伝統のリベラルアーツ(自由七科)は文法学、修辞学、論理学の3学と算術、幾何、天文学、音楽の4科から成っていわけですが、最初にこの話を聞いたときから、何故にここに音楽が、というのは絵画専攻の者からすれば、どうしてよと思わないでもないですが、音楽というのは楽典を勉強する、あるいは単純に楽譜の読み方を勉強するだけでも、実に数学的なものであると感じることでしょう。むろん今の楽譜のようなものは古代にも中世もありませんが、それでも音階の仕組みなどはほとんど数学、あるいは自然学といえるでしょう。初期中世では、神の世界、理想の世界について、数学や天文学を通して追求しており、音楽もそのように研究されたので、我々が考える音楽とはだいぶ違うといえるでしょう。実際に演奏するような技術ではなく、協和音とか、そういう数学的なものを研究して神の世界について追求してゆくようなものが、リベラルアーツの音楽、場合によって演奏などされなくても、あるいはそもそも曲などなくても別にかまわない、というほどであり、ちょっと前までは、こういう具体性のない神学的なものを軽視していたのですが、ここ数ヶ月ひたすら中世に関する本を読んでいたら、拒否感がなくなり、というか、むしろ何かすごく面白くなってきたような気すらしてきました。音楽理論のスタートはピタゴラスですが、中世リベラルアーツの音楽では、まずはピタゴラスが重要だったようです。次いでプラトン、そしてやはりアリストテレスは直接伝わらず、後にアラビア経由でというパターンなのか。時代が下っていくにつれ、グレゴリオ聖歌から、ポリフォニー音楽へと話が移っていくわけですが、最初期のポリフォニー、オルガヌムはノートル楽派により、などというのは聴いたことはありましたが、あまり詳しくは知らなかったので、勉強になりました。パリのノートルダム大聖堂が建設される同時代にとは胸が熱くなります。ノートルダム楽派と言っても実際にはレオニヌスとペロタンぐらいしか作曲者名は残っていない。それにしても、youtubeで検索すれば様々なグループの演奏を聴くことができて、聴きながら読んでいるとわかりやすいうえに、とても楽しい。ちょっと前なら図書館に行って音源を探しつつ、みたいなものですたが、便利になったものです。

| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 01:10 AM | comments (0) | trackback (0) |
ポプラが伸びたので剪定しました
昨年も書いたような気がしますが、ポプラの木の茂り方がものすごいです。
ポプラ
春に枝をばっさり切っておいたのに、気が付くとボウボウになっていました。

邪魔なので、剪定します。
ポプラ
というか、もう切れるだけ切ってしまうことにして、結果、このようなマッチ棒みたいな姿に。

オークの方は、今のところ伸びるに任せています。自宅の庭の中央に植えていることもあって、近所迷惑にもなっていませんし。
オーク
非常に美しい。

キビのようなものが生えていました。
キビ
以前、ペットリーフ用の苗を植えていたものですが、枯れたと思っていたんですが、伸びてました。
雑穀のひとつ、きび団子のキビ、だと思います。たぶん。

| 家庭園芸 | 01:05 AM | comments (0) | trackback (0) |

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