用語、翻訳 (1) (2) (3) [コメントする]

用語、翻訳」からの続き。


用語、翻訳 (1)


管理人 さんのコメント
 (2002/11/10 05:17:17)

miyabyoさん、こんにちは。

■ ラピスラズリの件

ちょっとWebで調べただけでも、ほとんどの宝飾関係のサイトが同じ誤認をしているようで、確かに看過できないことですね。

私の家にも、平凡社の世界百科事典があります。CD-ROMではなく、紙のものです。古いものです。1966年版で24巻ですが、この頃のラピスラズリの項は、成分ぐらいしか書いていないです。
しかし瑠璃がエメラルドであったりと、素人の私にはよくわからない記述が多いです。時代による変遷などもあるのかもしれませんが、和名と洋名、学術名、俗称の関連が、なかなかはっきりしないですね。

Web上の情報や、紙の書籍などを読んでいると、青金石、瑠璃、群青、ラピスラズリ、アズライトがかなりごちゃごちゃになっています。これだと、事典で調べたところで、何がどれなのか混乱するだけですね。

私もちょっと、その辺の和名の問題等も踏まえて、整理してみたいと思います。
自分の中でも整理されると思いますし、正しい認識ができるような解説がやはりWeb上に必要だと思いますので。
アズライトや、孔雀石なども含めて、ちょっと、整理してみますので、それが出来たときには、miyabyoさんにチェックしていただければと思います。

> ラピス・ラズリは、日本で古来より絵画に使用されてきたアズライト(藍銅鉱:近山氏は
> この顔料のことをラピス・ラズリと誤認されている)のように、単に細かく砕いて水簸する
> だけでは、せいぜい水色程度にしかならず、顔料としては利用価値がないのです。

いずれ、是非、ラピスラズリの顔料製造に関するお話もお伺いしたいです。
原石にも結晶状のものや、非結晶の塊のものまでいろいろあると思うのですが、その辺で違いがあるかなど、話は尽きなさそうです。
と言っても、こちらはほとんど何も知らないので、一方的にお伺いするだけで恐縮ですが。

■ National Gallery Technical Bulletin

Vol. 20は私もちょっと自分の画風とも関係ありそうなので通販で購入したのですが、Vol.18は買っていなかったです。
miyabyoさんのお話を聞くうちに、欲しくなってきましたが、現在は在庫切れみたいですね。
世間の注目度も高かったのかもしれませんが、ちょっと惜しかった気がします。
後で欲しくなりそうな気がするので、私も買えるものから、全巻コンプリート目指してみようと思います。

先日ご紹介いただいた「Artists’ Pigments - A Handbook of their History and Characteristics - Vol.2」も注文してみました。
白亜、鉛白などに関する記事もあるようで、楽しみにしています。
この本の他の巻はまだちょっと迷っていますが。

あとは、ビデオ、CD-ROM等で何かお薦めのものなどありますでしょうか。

では、また、研究の合間でも、息抜きにいらしてください。


技法書の裏側

志村正治 さんのコメント
 (2002/12/02 10:55:17 -
E-Mail Web)

ひょんな事からこの掲示板を拝見致し私のビデオが紹介してあったので
書き込む事にしました。まず「基底材のビデオ」は(株)和蘭画房から販売しておりますので下記
のメールにお問い合わせください。
office@hollandgwabo.com
ビデオテープはVHSテープのみです。価格¥6,800で消費税が別途になっております。
なお送料は「西洋絵画の画材と技法」の掲示板で
「基底材のビデオ」を知ったとお知らせ頂ければ
送料は小社が負担致します。

さて、ここから本題ですがマックスデルナー著・佐藤一郎氏訳の「絵画技術体系」美術出版発行が
ありますが、この原書はドイツ語で表題を訳すると「絵画材料とその画における技法」とも訳
する事ができると思いますが、佐藤一郎氏が訳されたドイツ語の原書は1973年度版と思いますが
、この本の監修者が亡くなってハンスゲルトミューラー氏が変わりに監修者になられたもので混合
技法、特にシュミンケ社のムッシーニ樹脂油彩絵具の事が書かれておりません。理由はミューラー
氏がドイツの画材メーカールーカスの技術部長だったからです。当然この版にはルーカスのメー
カーの事が紹介してあります。シュミンケのヘッセ社長にこの事を話したらミューラ氏をハンティ
ングしてわが社に入社してもらったので今のデルナーの本にはわが社の製品が紹介してあるとの事
でした。
なお、現在は和蘭画房はシュミンケ社の製品を輸入しておりませんのでミューラー氏に関しての情
報は入っておりません。
なお、デルナー研究所は美術品の保存修復でも研究しておりまして一時、この研究所を出られた方
が東京芸大の客員教授をされていてバンダリズム
に関しての講演をされ東京で聴講した事があり
ます。
最後に「修復家の集い」は現在メンバーが700名
を越しておりますが皆さんにもメンバーになって
いただき多くの方がと親睦がはかれる事を願っています。

修復家の集い


RE:志村正治 様

管理人 さんのコメント
 (2002/12/03 04:52:40)

志村正治 様

はじめまして。
このたびは、当サイトの掲示板に書き込んでいただき、ありがとうございます。

「基底材」私も入手したいと思っていたのですが、ご本人に登場していただいて、大変光栄です。さっそく注文のメールを出しました。

ところで、和蘭画房Webサイトにある他の商品は、修復家以外の人も注文可能でしょうか?
当方は修復については学んだことがないのですが、Webサイトに記載されている絵画修復用材料(http://www.hollandgwabo.com/cnm/cnm.html)を見るだけでも、修復作業の一端を垣間見れるような気がしました。

カルシウム系顔料などは、このサイトを利用される方々も頻繁に使用すると思うのですが、よろしければ下記の商品について、詳細をお聞きできればと思います。
4197 Lascaux Champagne Chalk   5 kg \4,460
4198 Lascaux Bolognese Chalk   5 kg \4,460
4199 Lascaux China Clay   1 kg \1,050

こんなところで聞いてしまって、申し訳ありませんが、おそらく掲示板を見ている人もみんな知りたいのではないかと思います。

他にも、マスチックなどの天然樹脂、合成樹脂や膠など、普通の画家にとっても、注目度の高い商品名が並んでいて、見ていると時間を忘れてしまいます。

マックス・デルナーの件、技法書の内容にも、裏の事情がたくさんあるのですね。翻訳に際しても、各改訂版を照合しなければならなかっただろうし、大変な作業ではないかと想像できます。

「修復家の集い」もお邪魔させていただきたいと思います。

それでは、今後もよろしくお願いいたします。


お返事

志村正治 さんのコメント
 (2002/12/03 20:57:10 -
E-Mail Web)

この度は私の拙作の「基底材のビデオ」に関心を持って頂き注文までして頂き幸甚に存じます。
和蘭画房の取り扱い製品は保存修復家でなくとも当然購入可能です。ただ我々のホームページはま
だ未完成で中途半端の状態でご迷惑をおかけしております。
ラスコー(アロイスKデオセルム社)のカルシューム系顔料に関してですが3種類の顔料説明です
が何れも産出した地名が製品名となっております。フランス産のッシャンパニューニュ白亜(炭
酸カルシューム)、イタリア産ボローニア石膏(炭酸カルシューム)石膏と名乗っておりますが
ドイツ語表記ではKreide(クロイデ)=白
亜です念のために以前に知人の会社の電子顕微鏡にて炭酸カルシュームの結晶と判明しました。
チャイナクレー(白土・粘土珪酸アルミニューム)
では実際に保存修復でこの3種の中でよく使うものと言えばボローニア石膏です。理由は*加工し
易い具体的には絵具等の欠落箇所に充填します。膠水5%(兎膠5gに蒸留水95cc)とボロー二ア
石膏を凡そ等量の100ccを混ぜます。それを充填材として利用します。ここで質問があると思いま
す。
麻布に前膠され地塗りされ絵具だけが取れた場合はそれで引っ付くと思うけど重ねた絵具で表面の
絵具だけが取れた場合はこの充填材で引っ付くのですか?ハイくっつかない場合もあります。その
場合は例えばビニール系熱可塑性接着材BEVA371と炭酸カルシュームを混ぜたもので充填します。
*加工し易い=充填した後にメス等でブラッシュマークを入れる場合があるのです。
勿論、これらの顔料は地塗りに使えます。ギルディングに利用できるのはボロー二ア石膏で鉄板で
磨けます。白土は鉄板で磨くと黒く後が付きます
詳しくは私の拙作の「基底材のビデオ」を見てください。(^^)
今回はこの辺で次回の書き込み予定は膠と胡粉に関して和楽器の修復家との話で感じた事を・・・



訂正

志村正治 さんのコメント
 (2002/12/03 21:03:23 -
E-Mail Web)

先の掲示板で誤って書くをクリックしてしまいました。後の祭りです。
綴りが間違っています。
× ッシャンパニューニュ白亜
○ シャンパニュー白亜
お許しあれ!


RE:志村正治 様

管理人 さんのコメント
 (2002/12/04 03:20:07)

カルシウム系顔料製品のご解説ありがとうございます。
イタリア産ボローニア石膏、炭酸カルシウムだったりするのですか。なんだか難しいですね。
落ち着いたら、またいろいろお尋ねしたいところですが、まずは「基底材ビデオ」を見てからですね。

それと、和蘭画房のWebサイト完成が待ち遠しいです。
取り扱い商品が増える予定などありますでしょうか。

あれから、商品一覧をいろいろ見させていただきましたが、じっくり見ていると、それだけで勉強になります。

「裏打ち用画布」というのは、通常のキャンバスなどに使う画布とは違うものなのでしょうか。
個人的には、4510 Lascaux Pure Flax Canvas L 40 麻布中目(Lining Canvas 300よりも目が詰まっていない)というのが気になるところです。
目の詰まっていない画布を探していたもので。

綴りの間違いや誤字などは、お気になさらないでください。
意味さえ通じれば、全く問題ありません。
あるいは、長い文章を書く場合は、テキストエディタ等で編集したのち、掲示板のコメント欄に貼り付けると良いかもしれません。
コメント欄狭いですから。

では。


裏打ち用画布

志村正治 さんのコメント
 (2002/12/05 14:12:36 -
E-Mail Web)


ご質問の裏打ち画布に関してですが、裏打ち用画布(修復用)専用と言うものはありません、織りムラや
繊維の突起物が出ていないもの選んでおります。
私が基底材を製作し始めた30年前はマルマンが輸入していた製品名セザンヌがあって特に極細で
ノンプレパレを使っていましたが輸入しなくなったのでフランスのARTFIXかスイスのラスコー
から入手しています。ご指摘のL40は中目で目が詰まっておりません。
現在、我々(修復家)は出来るだけ裏打ちはせずにルーズライニングといって作品の画布の下に接着剤を
付けない方法が多くなっています。また裏打ちの中でもワックスライニングはしない傾向です何故なら
作品が濡れ色になってオリジナルとかけ離れた感じになるからです。
* ワックス裏打ちの材料=ダマー樹脂3、蜜蝋2、マイクロクリスタルワックス1、割合は修復家によって
変わる場合があります。 
(注)蜜蝋と言ってグリザリンワックスを販売している業者があるので注意する事
(現在使われている裏打ちの材料は数種類あります興味があればお知らせします。我々が日頃使っているのは
熱可塑性接着材が多いです。)
それと可逆性と言って修復した作品が修復前の状態に戻す様にするのが保存修復の倫理があります。
私が始めてムンク美術館に行った30年前の頃は彼が故意に傷を付けてあったのを作品を修復家達は傷を補彩して
おりましたが、その後はそれらの傷を元に戻して今見られる彼の作品にはオリジナルの傷があります。
この様に保存修復にはオリジナル性を大切にしております。
オリジナル性に関しての話になると一口に語れないので今回の書き込みはこの辺にさせて頂きます。
また著作権・所有権が入ってくるとこれまた複雑です。
この掲示板は「輸出入&翻訳」となっていて、上記に書き込んだ内容がこの掲示板に相応しくないかも知れません
が、それで、それに関係した事をすこしだけ書き込みます。
先に私がマックッス・デルナーの技法書の裏話を書きましたがこの原書で困った事があります。
基底材を始めて製作し始めた頃にこの本を読むと前膠の事が載っていますが割合が表記していないのです・・・
つまり前膠の割合を読者は知っている事を前提若しくは絵画材料辞典等で調べよ!との事らしいのです。
それで私はこの本を読むのに独和辞典とWERKSTOFEE UND TECHNIKEN DER MALEREI(電話帳みたいな本)
の2冊でやっと基底材作りが始まった想い出があります。
なお、膠と胡粉の話は来週書き込みますのでご容赦のほど・・・


RE:裏打ち用画布

管理人 さんのコメント
 (2002/12/06 04:44:30)

志村正治様

「裏打ち用画布」に関するお返事ありがとうございます。
和蘭画房Webサイトをみたところ、25メーターの価格が掲載されていますが、メーター単位のばら売りなども可能でしょうか。

裏打ちの方法に関することまで聞くことができて、断片的ではありますが良い知識になりました。
私自身は修復のことは詳しくないので聞き手として不足かもしれませんが、「保存・修復・洗浄」スレッドもありますので、そちらでゆっくりと詳しい話など伺えれば幸いです。
これから大学に入るような方たちも見ているようなので、このように実際の作業に関する具体的な話があると、修復に興味を持つきっかけにもなりそうですね。

「膠と胡粉の話」も期待しております。ご負担にならないペースで、今後もいろいろお話を聞かせてください。

前膠の割合は、簡単なようで、実は工夫が必要ですね。割合だけでなく、塗り方、手順などを含めると、たくさんの経験が必要だと思います。板への前膠、キャンバスでの前膠などでも違いますし、麻布は事前にテンションをかけて伸ばしておかないといけなかったりと。
そのあたりの、前膠に関して、ご経験からアドバイスなどありましたら、よろしくお願いいたします。
ビデオや材料等の宣伝になっても全くかまいませんので。

では。


画布の販売に関して

志村正治 さんのコメント
 (2002/12/07 10:22:05 -
E-Mail Web)

この度は和蘭画房のWEBサイトをご覧頂き画布に関してのお問い合わせ有難う御座います。
1m単位の画布に関しては切売り用に在庫分があれば販売できるのですが現在全ての画布が揃って
いるわけではありませんのでお手間入りでしょうがお問い合わせ頂ければそれが可能かどうかを
お知らせ致します。
昨日、京都精華大学での私の講義中に基底材作りの話しの中でアクリル系地塗剤と膠系地塗剤の
問題点、ノンプレパレ(麻布)は高価なので市販のキャンバスの裏地を利用して水性地・エマルジョン
地塗りをしているけどもっと簡単に水性地にする方法はないか?今使っている絵具を有効に使う方法は
ないかとかの質問があって学生諸君ならではの質問がありました。その答えの一部は下記に記載
保存修復の仕事をしていて大変勉強になるのは作品の痛んだ状態を見て取分け材料の問題に関して
知れる事です。日本の敗戦後は資材、画材も例外でなくハードボードが使われて、今も修復している
作品(鳥海青児)もこのハードボード(文房堂の刻印がある)が使ってあってまさに材料の問題点を
知る事が出来ます。
絵画材料はいい材料に越した事はないのですが、材料の問題点を知れば結構市販の材料を旨く利用出来ます。
それで私もこの掲示板で数回だけ裏技をご披露いたします。
第一弾
Q:透明水彩絵具と不透明水彩(ガッシュ)を使いたいけど予算がないので安くあげる方法を
教えてくれませんか?
A:2種類の水彩絵具を買う予算がなければ、まず透明水彩を買って、ガッシュ(不透明水彩)の
  ジンクホワイトを透明水彩に混ぜればガッシュに近いものが出来る。だだしパステル調になる。

Q:市販の油性キャンバスを半油性地にする方法は?
A:と言っても完全に半油性地にはなりませんので自分で半油性地の基底材を作るに越した事は
ありませんが市販の油性のキャンバスに2〜3倍のアンモニア水を塗れば半油性地に近いもが出来ます。

Q:イエローイングしない方法で特に白の油彩絵具が数十年しても乳白色のままで保てる方法は?
A:次回に書きます


訂正

志村正治 さんのコメント
 (2002/12/07 10:26:38 -
E-Mail)

先の掲示板で書き込みました「2〜3倍のアンモニア水」とは
市販のアンモニア水を2〜3倍に薄める事です。
スイマセン


RE:画布の販売に関して

管理人 さんのコメント
 (2002/12/09 09:27:33)

画布に関する件、お返事ありがとうございます。
購入時には問合わせようと思います。
何はともあれ、Webサイトの完成を心待ちにしております。

貴重な裏技のご披露もありがとうございます。

> 市販の油性キャンバスを半油性地にする方法

これはちょっと私も試してみたくなりました。
あとでやってみます。

>「アクリル系地塗剤と膠系地塗剤の問題点」
これは、このサイトでもよく話題になるので、詳しく聞かせていただけると幸いです。
両者の性質の比較や、両者を組み合わせて使用した場合の事例などについて、私自身は、実はあまりちゃんと把握していないのです。
さらに合成樹脂を膠のように板への布の貼り付けや、キャンバスのサイジングに使う際はどうしたら良いか、という質問も後を絶たないです。

それと、「アクリルジェッソ地塗りの上に油彩で描いた作品」についても、これまで修復をされたことがあれば、保存状態や、修復時の問題などについてお伺いしたいです。多くの人が板に直接アクリルジェッソを地塗りとして塗布し(サイジングはしない)、その上に油絵具を使って描いているのを見てきましたが、このような作品の保存状態など、興味津々です。まだ、事例は少ないかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

追伸:
ビデオ届きました。ありがとうございます。とても勉強になりました。
「支持体スレッド」の方に、勝手ながら感想を書かせていただきました。

それでは、質問ばかりして申し訳ありませんが、是非またのおこしを。


地塗剤の問題点

志村正治 さんのコメント
 (2002/12/09 13:09:46 -
E-Mail)

今回のご質問と膠と胡粉に関しては「支持体スレッド」に移行致します。


Re:志村正治さま

ISHII touru さんのコメント
 (2002/12/11 02:18:37)

知人よりこのHPの存在を聞きました。
私が以前から問題としている修復とオリジナリティーについてのコメントがありましたので、長くなりますが「修復家の集い」に書き込みました雑文を転記します。
作品修復とオリジナルの関係に就きまして私の学会発表の要旨がありますので、
長くなって申し訳ございませんが、リプライさせていただきます。

第18回大会
長谷川路可作品(フレスコ模写)修復報告
小林 嘉樹(修復家)
石井 亨 (常葉学園短期大学)
田中 千秋(ブリヂストン美術館)
はじめに

 第13回古文化財科学研究会講演会大会に於いて「ディーター・ロートのチョコレート
作品に見る現代美術修復の問題点」という講演が大原秀之氏によって行われた。ここで
氏が問題とされたことは修復に当たっての、作者の作品に対するコンセプトを保存する
必要性であったと記憶している。
 作品はいずれにしても作者の手を離れる。音楽の演奏であった場合に、ある演奏会で
演奏者が音を間違えたとしても、その演奏会の記録は間違った音を直して記録すること
はあり得ない。しかし、油彩画作品の場合ともすると、油絵具は本来艶のあるものだか
ら、艶がない絵具が間違いとされ、作者が艶消しの画面を望んだにも拘わらず、修復処
置として艶を出す処置が取られたこともあった。
 作者の制作意図(コンセプト)を考慮しつつ、作品の保存を考えるとき、我々はどこ
まで作品に修復処置を行うことが出来るのであろうか。

作品の状態及び修復処置について

 この作品はヴァチカン美術館収蔵のローマ時代の壁画の模写であり、当初漆喰に描か
れた後剥ぎ取られ、油性の地塗りが施された亜麻布に移し代えられたフレスコ画である
。壁画を本来の壁から剥し、他の支持体に移し代えるこの技法はストラッポと呼ばれ、
本来は作品の移動・保存のための処置であった。しかしこの制作者は表現技法の一つと
してストラッポ技法を使用した可能性もある。
 作品の絵具層は二つに分けられる。一方は画面周辺部の油彩による空色の部分であり
、もう一方はストラッポされた模写の部分である。亜麻布に移し代えられた漆喰層の部
分はストラッポと言うには若干厚く剥ぎ取られていて、一部スタッコ(漆喰に描かれた
作品を漆喰層ごと剥ぎ取る技法。これに対してストラッポは主に彩色層を剥ぎ取ること
を目的としている)とも考えられる。このように剥ぎ取られたものは漆喰層が厚いため
柔軟性がなく、支持体としての亜麻布に貼り付けるには適していない。特に本作品では
亜麻布が薄く、漆喰層を保持するには不充分である。現状に於いては漆喰層に層間剥離
が起き、早急に作品の支持方法を改良する必要があった。

 作品には四種類の"損傷"(見かけ上の破綻を含む)が認められた。
1.模写対象作品の現状として模写された"損傷"
2.移し替え時に損われ、作者が放置した"損傷"
3.作者が漆喰の盛り上げと彩色によって補った、周囲と違和感のある加筆("損傷")
4.制作終了後に受けた"損傷"
 本作品の修復に当たり第一に考慮しなければならない事は、作品のオリジナリティー
の保存にある。前述したように本作品はストラッポ(一部スタッコ)という通常保存・
修復の為の技法がその制作手法の一部となった可能性がある。通常の修復処置では、原
作の質感と違和感を持った旧修復は除去し再修復を行う。しかし本作品に於いては、こ
の違和感を持った部分が修復処置ではなく、作者の意図する表現であった可能性も否定
できない。さらに、作品は壁画の現状模写であり、模写された原画のオリジナリティーと
、模写を行なった作者の作品としてのオリジナリティーとの問題も内在する。
 我々は修復処置の方針を、原作の質感と違和感の無いように、出来る限り現状を維持
保存すること、異物の除去やそれに伴う補彩は極く最低限に留め、この修復に関わって
いる全員の賛同が得られる部分にのみ行うこととした。明らかに制作後に受けた損傷部
であっても、現時点に於いては充填や補彩は行わず、今後の課題として広く関係者の意
見を聞くこととした。

おわりに

 「修復の原則は、原画を損なわず、作品をできる限り元の状態に戻す。再修復に備え
て除去の容易な材料を使用する。」といった考えはほとんどの修復家の念頭にあることと
思う。しかしこの原則を維持するためには"原画"とは何か、"元の状態"とはどういっ
た状態であるのか、ということをその出発点として確認する必要がある。
 過剰なる修復処置介入は、作者の、または作品のオリジナリティーを損なう可能性が
高い。前回(第17回)の大会に於いて小林嘉樹は「修復処置の目的は、損傷を受けた作
品を極く自然で穏やかに経年劣化した状態に近づける事」と考えられるとして発表を行
った。 "修復"に対しての原則論はそれぞれの場で語られている。しかし、その細部に
ついて充分な検討がされているとは思えない。今回の修復にあたり我々も大原氏が提示
された「修復に当たっては作者の作品に対するコンセプトを保存し修復する必要性があ
ろう。我々は如何にして作品を修復すれば良いのであろうか。」という問題について検討
を行った。しかし結果的にはこの問題に対する解答は保留した形となった。これは、我
々修復処置を行った者のみで解答が出せる問題ではなく、広く検討されるべきものと考
えたからである。本会が文化財の保存と修復の研究会として機能する中で、このような
問題についてさらに活発なる討議の場としても果たす役割は大きいと思う。

第19回大会
絵画修復とオリジナリィティー(森芳雄作「人々」修復報告)
石 井  亨・小林 嘉樹(絵画修復家)
清水 真砂・石井 幸彦(世田谷美術館)
はじめに

 前回・前々回の大会で油彩画とフレスコ画の修復報告を通じて、作品修復の原則と、その
原則に則った修復の方法について考察し発表を行った。その原則とは、
 1.原画を損なわない
 2.作品をできる限り元の状態に戻す
 3.再修復に備えて除去の容易な材料を使用する
といったほとんどの修復家の念頭にあろうことだった。しかし発表の結果この原則を維持す
るためには、原則論以前の前提である"原画"とは何か、"元の状態"とはどういった状態
なのか、といった問に対する共通の認識を持つことの必要性に気がつかされた。この共通の
認識に対しては、再度本学会主催の学術シンポジュウム『文化財の保存と修復−何をどう残
すのか?』(1997年2月8日於東京都美術館講堂)に於いて討議する機会を得た。この場に於
いては「何を残すのか」という問いに「原画の現状を保存すること」は勿論「作品のオリジ
ナリティー」であり、「作者のコンセプト」であろうとして発表を行った。
 今回の発表では"作品のオリジナリティーの保存"について"作者のコンセプト"といっ
た面から再度考察したいと思う。

作品の状態

 作品は森芳雄作《人々》1620mm×1940mmでキャンヴァスに描かれた油彩画である。
1951年に制作を終了後、木枠から外され巻いた状態で保管されていた。
 その後1978年に展覧会出品のため新調された木枠に張り直された。この時画布の裏面に新
しい亜麻布がシェラック樹脂を接着剤として裏打ちされた。それまで巻いた状態で保管され
ていたため、画布の摺れによって画面のいたるところに絵具層の剥落があった。この剥落部
には白色の充填剤が充填され、同時に補筆が行われた。この補筆は油絵具で行われ、紫外線
蛍光写真ではっきりと確認することができた。裏打ち布も接着剤が完全に硬化し柔軟な布に
対する接着力が失われ、部分的に画布からの剥離が生じていた。この部分は膨らみが目立っ
た。
 処置にあたり作者を美術館収蔵庫に招き、作品を見ながらの聞き取り調査を行った。

修復処置について

 修復処置方針の決定にあたっては処置の必然性を第一に考えた。
1:部分的な剥離があった裏打ちの布について
 この裏打ちは画布の巻き癖を取るためになされたものであり、画布そのものに劣化は認め
られなかった。裏打ち処置本来の目的は、作品の構造を補強することにあると考える。とす
れば、この処置は過剰なもの、あるいは不要なものと言えよう。よってこの裏打ち布を除去
した。
2:油絵具で施された補筆について
 この補筆部分はそれ以外の部分と明らかに色調が異なり鑑賞の妨げとなっている。作者か
ら聞き取り調査を行ったところ、作者が油彩による補筆を行ったことが確認された。よって
これは作者によってなされた広義には"オリジナル"と言えるものであった。この絵具は制
作終了後25年以上が経過した後に塗られたもので、物質的に見ても原画のそれとは異なる。
さらには作者に確認をしたところ「制作終了時の状態を目指したが、時間が無く不充分であ
った」との証言を得た。以上からこの補筆は"作者のコンセプト"からは外れると考えられた。
 以上のことから収蔵館保存担当学芸員 清水真砂氏、石井幸彦氏と処置方針について検討
を行ない下記の方針を決定した。
1.裏打ち布を除去する。
2.作者による補筆を除去し制作終了時の画面に戻す。

 おわりに

 今回の事例では直接作者から使用した材料や技法といった"制作のコンセプト"について
聞くことができた。これは稀な例と言えるのかも知れない。一般には作者から直接に聞き取
りができない、あるいは作者が不明なことが多いと思う。となればより慎重に作品から"制
作のコンセプト"を読みとる必要があろう。
 東京都美術館での学術シンポジュウムに於いて、作品をその物質性を通して見ることに限
定した場合"作者のコンセプト"の理解は可能であろうと提案した。
 油彩画を例にすると、作品は木や布、顔料、乾性油といった各種素材の複合体から成り立ち
、作者はそれら材料を制作技法に則って使用する。その結果が作品という形あるものになっ
ている。
 制作にあたり作者は使用する素材を選択し、同時に技法に対しても選択を行う。この選択
する行為には"制作のコンセプト"が表されている。よって、この意味に限定した場合にお
いて"作者のコンセプト"を形としてみることができる。それは厳密な意味に於いては"作
者のコンセプト"とは異なるのかも知れないが、それ以上のものを確実に知ることは不可能
であると思われる。
 同時に、修復し保存しているのはモノであって、決してデーターや資料だけではない。絵
画作品に於いては画像のみを保存しているのではなく、物質である絵画そのものを保存して
いるのである。
 物質的な面から"作者のコンセプト"の保存を考えるならば、作品修復にあたっては、作
品の物質的(構造的)なオリジナリティーの保存こそが最も重要なことであろう。

第20回大会
絵画修復とオリジナリティー
油彩画作品の乾燥亀裂に対する修復処置について(村井正誠 作「人と風」修復報告)
○石井 亨(絵画修復家)・清水 真砂・石井 幸彦(世田谷美術館)

はじめに

本作品はキャンヴァスに油絵具で描かれ1966年に制作が終了している。194.0×259.5cmと
いう寸法の本作品には絵具の乾燥時に起こった亀裂が黒色部のほぼ全面に見られた。この修復
に際し「作者の制作意図」を生かした修復処置について、作者、収蔵館学芸員、修復家の三者
で検討した。本発表ではその修復事例報告を通じて、作品修復の原則を再確認する必要性を提
議したい。

 前回の大会(第19回)では「修復処置の原則」について、原則を維持するためには"原画"
とは何か、"元の状態"とはどういった状態なのか、といった問いに対する共通の認識を持つこ
とを提議した。発表中では、原画というものは「作品のオリジナリティー」であり、「作者のコ
ンセプト」「制作者の意志(artist's original intention)」であろうとした。同時に"作品のオ
リジナリティーの保存"について考察し、作品をその物質性を通して見ることに限定した場合
「制作者の意志」の理解は可能であろうと提案した。
今回の事例においても、作者から直接に「作者のコンセプト」について聞くことができ、さ
らには修復処置に対しての意見も聞くことができた。

作品の状態

作品の主な損傷は乾燥亀裂であり、これは制作終了後それ程の時間経過を必要とせずに起こる
損傷である。作品の鑑賞に際しては妨げとなる場合が多いが、直接作品の崩壊につながる損傷
ではなく、積極的に処置をする必要のないものともされている。さらには、作者の制作技法を
研究する上での資料として、放置することに意義を認める傾向も見られる。
 同時に本作品には緑青色の油絵具の付着があった。この絵具については、以前から違和感の
ある絵具ではあったが、意図して塗布された可能性も否定できなかった。今回、作者からの聞
き取り調査時に意図して塗布されたものでないことが明らかになった。

修復処置について

 作品に対しては主に以下の処置を行なった。
1. 現在では不可能である乾燥亀裂そのものを元の状態に戻すことはしない。
2. 乾燥亀裂は浮き上がりを伴っていたので、この浮き上がりを接着する。
3. 地塗り層が露出した部分に補彩を行う。
4. 付着物(油絵具)を除去する。
作業にあたり以下の問題点が指摘された。
1. 浮き上がり接着に使用する接着剤の選定。
2. 補彩する行為の是非。
3. 補彩用絵具の選定。
4. 塑型剤充填の要不要。
5. 付着物なのか塗布されたものなのか。
6. 除去するのか補彩するのか。
 中でも特に問題となったのは2.と5.についてである。前述したように絵具の乾燥亀裂に関し
ては、鑑賞の妨げとなっていても積極的に処置を行なうことはまれである。これは作品のもつ
オリジナリティーを積極的に維持しようとする行為であろう。同時に作者がその亀裂の入った
状態を確認しているであろうことが前提ともなっている。このことは、5.の付着した絵具につ
いても同様に考えることができる。つまりは、絵具が付着した状態で作者は作品を手放したの
である以上、表現としての一部として考えることもできる。
 しかし、作者は現状において亀裂に対しての補彩と、絵具の除去を希望していた。さらには、
それ以外の保護ワニスの塗布などはせず、現状の見かけを維持することを希望した。
 これらの問題は直接的な処置に関するものだけではない。修復の原則としての「原画を損な
わず、作品をできる限り元の状態に戻す。」ことに対する問題とも言える。それは、作者の表現
意図が作品のオリジナリティーを支えるものとした時に、制作終了時からの時間的な隔たりが、
作者の思考を変え、制作意図を変化させる可能性もあること。同時に、作品を資料として考え
ると乾燥亀裂や絵具の付着も作者の制作環境に対しての資料となろうこと。以上二点を前提と
した中で、どこまで作者の意図を処置に反映するべきなのか、といったことを含んでいた。

 おわりに

絵画の修復にあたって作品の調査分析が通常行われる。これは作品の材料や技法を調査する
ことで、調査結果はあらゆる分野にフィードバックされる。同時に、この調査分析によって作
品修復の処置方針決定に関しての指針が得られる。
 しかし、油彩画の修復作業においては科学的な分析結果だけではなく、前述したように修復
家は分析では得られない答えを絶えず考えながら作業を進めている。それは、個人的な倫理観
によるものがほとんどであり、同時に、時間的な制約やコストの問題が大きな障害となること
もある。今回の事例でも数々の問題を未解決のまま処置を行なわざるを得ない部分があった。
今後の課題としたい。

以上長くなって申し訳ございませんでした。

なお、「また裏打ちの中でもワックスライニングはしない傾向です何故なら作品が濡れ色になってオリジナルとかけ離れた感じになるからです。」
と見かけの問題のみでWaxによるライニングの否定理由を書かれていますが、私はこの問題こそ物質としてのオリジナリティーに起因するものと考えます。
Waxが含浸した絵画作品を油彩画と呼べるのでしょうか?
見かけの問題のみで考えてしまうと、見かけの変化さえ無ければこのライニングは容認されるのでしょうか?
「それと可逆性と言って修復した作品が修復前の状態に戻す様にするのが保存修復の倫理があります。」
というのであれば、除去不能なWaxを作品に含浸させてしまうライニング方法が許される筈がありません。
オリジナリティーとは見かけの問題のみではありません。
同時に、不特定多数が簡単に閲覧可能であるHPに
「* ワックス裏打ちの材料=ダマー樹脂3、蜜蝋2、マイクロクリスタルワックス1、割合は修復家によって変わる場合があります。 
(注)蜜蝋と言ってグリザリンワックスを販売している業者があるので注意する事
(現在使われている裏打ちの材料は数種類あります興味があればお知らせします。我々が日頃使っているのは熱可塑性接着材が多いです。)」
このような中途半端な情報を提供されるのはいかがなものでしょうか?


用語、翻訳 (2)」へ続く。


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