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用語、翻訳 (1)」からの続き。


用語、翻訳 (2)


画家の手直しと修復家の修理

Miyabyo さんのコメント
 (2002/12/18 15:56:29 -
E-Mail)

画家の手直しと修復家の修理

ここ2週間ほどの書き込みを読みました。日頃様々な空想を楽しむために、絵を観るということに加えて、諸外国の修復保存の事前調査報告書やその周辺の論文を読むことが多いのですが、純粋な修復保存の技術に関する内容はあえて読まないようにしているというのが正直なところです。

 絵の美的価値・歴史的価値・考古学的価値に加えられる保存的処置に並行して、絵の劣化や事故などによる修理の必要性も、美術の歴史の中で表裏一体となって現在まできているわけですが、一方に、絵のオーナーや画廊などが、絵を更に見栄え良くして少しでも高く売るために施す手直しの処置もあります。
 平たく言えば、それぞれの処置には倫理的に正当な仕事から後ろめたい仕事まであり、専門の修復家から一般の画家や額屋のサイドワーカーまでが関わっているというのが現実でしょう。倫理的に正当という中には、例え保存的見地を重要視したためとはいえ、本来ニス引きを望まなかった作品にまでニスを引いて、画家が望んだ効果を台無しにしている絵も、世界的に有名な美術館でさえあるという現実もあります。

一旦話が飛びますが、バブル期以降に雨後の竹のように見境なく建てられた美術館が、日本の隅々まであります。が、果たして所蔵の絵の管理はちゃんと専門家によって行われているのでしょうか?ある地方の○立美術館では、経費節減のために閉館後は電源をすべて落としているとの話を関係者から聞いたことがあります。欧州の美術館では常温常湿の展示も多いのですが、湿度の高い日本でそれがどの程度まで許されるのか、気になるところです。絵の歴史的背景や来歴には詳しい学芸員がおられるとしても、美術品そのもののコンディションに対しては素人ばかりというのが現状ではないでしょうか?

その一方で洋画の修復家を目指す若い人が増えているものの、まともな仕事がないというアンバランスの状況は、美術館の多さと比較してなんとも不思議としか言いようがありません。
個人の美術館までとは言いにくいのですが、せめて公立の美術館には絵の医者を置いて、コンサバターの知識や技能が生かせる環境をアピールして欲しいものです。


さて、私は先に《純粋な修復保存の技術に関する内容はあえて読まないようにしている》といいました。その避ける理由は、修復保存の黎明期以来画家が兼ねていたその仕事も、特にここ数10年来の技術的発展の中ですっかり別の技能を必要とする専門家であると思っているからです。補彩など画家自身が行う加筆・手直しに近い行為は一部あるものの、そのもっておくべき知識や技能の背景が異なり、例えば目の前にあるオリジナルの絵の技術と自分の技術と競争する誘惑が捨てられない私など、その1点をしても修復保存の原則になじまないのです。
 例え自分の絵とはいえ、昔の私に対して取り返しのつかないことをした経験者であり、自分なりの節度ということになります。


●今年もそろそろ終わりです。
私の今年の収穫は、染料の歴史に視点を置いて顔料を見てみようと思い立ったことでした。といっても夏以降のことですし、それも例のラピスラズリの件でさして進んでいませんが。

きっかけは、以前のレスでも挙げたフランコ・ブルネッロ『デ・アルテ・イルミナンディ』(1975) のpaperback1992年版でした。チェンニーニの『画術の書』以前に書かれた14世紀写本彩飾画のマニュアルを現代イタリア語対訳にした書ですが、原文の10倍ほどの注釈をつけたこの化学者のあまりの博学さに興味を持ったのでした(ちなみに、この中にもラピスラズリの処方がありますので、例の論文に追加して載せます)。

彼のその博学さを十分うかがわせる著書として、英訳された“The Art of Dyeing: in the history of mankind”(原書1968) 1979年があって、まあ全467頁と大部なので今はつまみ食い程度ですが、日頃の偏った読み方をする私には良い本のようです。
(古書で$120〜150というのが相場のようですが、それを$76.75でイタリアから入手。その価格の安さは届いて納得。本そのものは新古書状態で、$150のプライスシールが貼ってありましたが、本文が背表紙からほぼ剥がれている状態でした。寒冷紗状の化学繊維布と木工用ポンド・糊・水をつかってしっかり補強しました。どんな状態であっても、とにかく読めればいいというのが私の考えなので、こうしたダメージで半値近くになるものなら大歓迎。)

この書に関連した染料の本を探そうとして、というか、ある飲み会が博多駅近くであるため早めに出てのこと、なかなか良い本を見つけました。

伊藤亜紀『色彩の回廊』ありな書房2002年

まえがき(プロログス)に「ヨーロッパ染色史研究の第一人者である」ブルネッロの言及があり、
さらに、「第2章 不在の色 青」を立ち読みで一気に読んでしまい、これは著者に敬意を払わねばと購入して、遅刻寸前の待ち合わせ場所に飛んでいきました。
日頃、著者の方々にはなんの貢献もできない古書漁りの者には、こうした本とリアルタイムで出会うと、無上の喜びがあります。

イタリア帰りの著者ならではの視野の広さで、あえて「ポルポラ」を邦訳しない訳や、欧州特にイタリアで「青い服」ひいては青い色がどのように歴史的に見られていたかを、かなり具体的に紹介してあります。

美しい色の服があってこそ画家もその色を再現しようとして美しい顔料を求めたのだと仮定してみると、「黒、灰、茶、菫、あるいは濃い青や緑で塗られ」ていた聖母マリアのマントの色が「12世紀前半以降に完全に青に定着する」ことと、辺境の野蛮人の色であり労働者の作業服の色であった青、やがて急速に向上した染料技術による美しい青服の生産、などによって徐々に青のイメージが見直され、相前後して高貴で美しいラピスラズリの顔料との出会い、さらにはその抽出法の改善、など歴史の微妙な重なり具合が垣間見られました。

圧巻はやはり「第1章 至高の色 赤」と「第6章 気紛れな色 ポルポラ」になるでしょうか。
参考文献も非常に参考になります。

画家の腕の栄養にはなりませんが、色に対するもうひとつの見方をしてみると言う意味で、頭の刺激剤としては二重まるです。


管理人 さんのコメント
 (2003/01/27 06:47:37)

このスレッド、

「輸出入&翻訳スレッド」という名前でしたが、「絵画用語、翻訳」スレッドに変更しました。

技法書などの訳書の問題点、絵画用語の問題点について、語ることにしましょう。

なお、輸出入は別スレッドを作成します。


「体質顔料」

管理人 さんのコメント
 (2003/01/27 06:50:10)

さっそくなので、話題を出したいと思います。

まずは「体質顔料」という言葉について考えてみたいです。

まずは、英語表記なのですが、
日本語の文献を見る限りでは、体質顔料の英語表記は、body pigment、extender pigmentというのを見かけます。
body pigment というのは正しいのでしょうか?

私は inert pigmentというのを体質顔料かと思っていたのですが。

体質顔料には、レーキ顔料の体質として意味、絵具の増量剤として意味があるで、それによって変わってくるかとは思いますが。


Re.

Miyabyo さんのコメント
 (2003/02/25 03:17:30)

これは、どうぞ安心して<Body>を使ってください。英語の本でも<Body>の方が圧倒的に多いです(英語圏の人々がそうである以上日本語を母国語とする我々に‥‥)。

圧倒的に多い理由は簡単で、確かに「inert不活性の」の意味するところは「言い得て妙」と思いますが、化学用語としてならまだしも、一般絵画材料用語としては今ひとつ人気がない言い方なだけです。

理化学用の日本語本(邦訳のではなく)でも、つまり、化学者も結構多用していることでもありますし。

<体質顔料には、レーキ顔料の体質として意味、絵具の増量剤として意味があるで、それによって変わってくるかとは思いますが。>

この言葉は使用範囲が広いので、おっしゃるとおり厳密性にかけるのが難点ではありますね。

簡単に答えておきましたが、もっと他の問題点があってのことでしたら、又書き込んで置いてください。


オークは「樫」か、「楢」か

管理人 さんのコメント
 (2004/08/30 06:47:19)

フランドルの支持体として使われたオークですが、昔は「樫(カシ)」と訳していましたが、最近では「楢(ナラ)」と訳すそうです。樫は常緑樹ですが、北のヨーロッパのオークは落葉樹で、楢(ナラ)に近く、訳するなら楢とすべきだとか。これは10年以上前に出版された森田恒之(著)『画材の博物誌』にもすでに触れられています。しかし、ごく最近の本でも「樫」と書いているものが多いです。当方は木の種類については詳しくありませんが、さて、どっちが正しいでしょう。


Re.オークは「樫」か、「楢」か

miyabyo さんのコメント
 (2004/09/06 05:09:49)

「Oak」の訳語について

「‥‥フランドルを中心とする北欧の板絵材を、従来はカシもしくはカシワとし、私自身もいくつかの文章でそう記してきた。英語のoak、仏語のchéneの訳語である。樹木学の平野信二氏の近著『木の事典』第1巻によると、冬に落葉する西洋のoakはむしろナラと呼ぶべきとのことである。‥‥」 p. 151『画材の博物誌』森田恒之 美術出版社1986.
の箇所に基づいた問いかけについて。

例えば、
ナラ
ブナ科。落葉高木。コナラやミズナラの総称。コナラは、全国各地の平地や山野でごくふつうにみられ、クヌギとともに、雑木林を構成する代表的樹種。葉は逆さ卵形で荒い鋸歯がある。ミズナラは、山地に多く分布し、葉柄がごく短いことでコナラと区別されるいずれも、秋にドングリをつける。
英語で「オーク」といえば、ふつうカシと訳されるが、欧米には常緑オーク類と落葉オーク類があり、オークという木は、むしろコナラ・ミズナラ・かしわのような落葉オーク類をさすことが多い。
ナラ材は堅く、建築材や薪炭用にも使われるが、木目が美しいので家具材としても賞用される。
とりわけ、ミズナラは木工家具材料として多く使われている。(「木の情報発信基地」中川木材産業http://www.wood.co.jp/index.htmlより引用)

これが現在のごく平均的な認識です。
1980年代に順次出版された平野信二氏の『木の事典』(かなえ書房)は、すでに樹木学では必読書とされています。
国内産の樹木は第1集の全7巻に始まり、第3集の17巻まで。
外国産の樹木は第4集の18巻にはじまる。
私が所持しているのは第5集の25巻までのため、最終が何巻なのか知りませんが、この書をベースにした書が、『木の大百科』(全2巻)として朝倉書店より出ています。


Re.オークは「樫」か、「楢」か (補足)

miyabyo さんのコメント
 (2004/09/11 03:33:32)

森田恒之 著『画材の博物誌』で紹介されている、平野信二 著『木の事典』(かなえ書房)の該当箇所について

原典に当たればおのずと了解できるだろうと考えて、前回あえて書きませんでしたが、森田氏がお書きになっている「第1巻」にはありません。
多分、第1集を第1巻と勘違いされたのでしょう。

これは、正確には、第1集第2冊目の「ナラ属の樹木◆K781EW1877939に見られる指摘です。

普通に該当ページを書けないのは、この書が通常の本の体裁をとらず、昔(今もあるかどうか知りません)整理カードとしてよく使われた「京大型カード」風に仕立てられているからなのです、悪しからず(K781EW1877939がページに相当)。


Re.オークは「樫」か、「楢」か

管理人 さんのコメント
 (2004/09/11 13:54:53)

英語のoakは「ぶな科こなら属の樹木」(カレッジライトハウス)。
樫は「ブナ科コナラ属のうち,特に常緑性のものの総称・・・」(ネットで百科@Home)。
楢は「ふつうコナラとミズナラ(ときにはナラガシワを含めることもある)をさす。北海道〜九州の山野にはえるブナ科の落葉高木」(ネットで百科@Home)。

西洋は気候も寒冷で西洋オークも落葉を指す場合が多いので、「樫」ではおかしい。フランドルで絵画に使われたのも落葉オーク、従って、もし訳すなら「楢」の方が適切、と考えてよろしいでしょうか。

しかし、手元にある本を見る限りでも、ごく最近の本では、森直義(著)『修復からのメッセージ』(2003年)で「イギリス、オランダ、ベルギー、北ドイツ、北フランス地方でよく使われたのは樫(西洋オーク)材でした」P.69とあります。黒江光彦先生が翻訳・あるいは翻訳を監修された本は、私の手元にあるものは80年代以降も「樫」となっています。

ところで、カシとカシワは違いますよね。森田恒之氏は問題の箇所で「従来はカシもしくはカシワとし、私自身もいくつかの文章でそう記してきた」と書いていますが、カシワはブナ科コナラ属の落葉樹で、訳語として間違っていない可能性もあるかと思いますが、どういう使い分けだったのでしょう。


Re.オークは「樫」か、「楢」か

miyabyo さんのコメント
 (2004/09/12 06:56:59)


『ランダムハウス英語辞典』
オーク:ブナ科ナラ属 Quercus の木の総称;カシ,ナラの類;大木となり,強靭さの象徴;果実は acorn という.

『リーダーズ』研究社
1 【植】 a オーク 《ブナ科コナラ属のナラ類・カシ類のどんぐり (acorns) のなる木の総称; 材は堅く有用》



1.森田氏のoakの訳語の使い分けに関しては、当方が森田氏の著書の良き読者でないこともあって、まったく存じませんが、確かに、例えば、「フランドル地方では圧倒的に樫材が使用された。」《ヴァン・エイクの秘密−技法史から見た油絵誕生の検討−》『みずゑ』No.58, 1970, p.92
と書かれてあります。

2. 《ところで、カシとカシワは違いますよね。》
実は、ナラ属は数百種を蔵するかなり大きな属らしく、『OED(Oxford English Dictionary)』など見ますと、Oakは、形容詞を伴うと、Quercusの他の種類を示すものがかなりあるようです。
平井信二氏の『木の事典』では、特にlive oakとあれば、常緑のカシに相当するとの事(多くの英和辞書ではカシもカシワもoakですましてありますが)。

また、『OED』によれば、英語版の聖書では、「テレピンの木」を意味するヘブライ語の訳としてこの「oak」を当てているとの一文があります。日本語訳の聖書を確認していませんが、もし「oak」を「テレピンの木」ではなく、「カシ」又は「カシワ」と訳していたら困ったことになります。

余談1. 木彫に良く使われる「クス」は、「楠」ではなく「樟」が正しい、とか、「カシワ」を日本では「柏」の字を当てているが、中国で「柏」というと、日本のそれとはまったく異なるものを示す等々、平井氏の書はなかなか面白い。

余談2. 『絵具の科学』ホルベイン工業技術部編 中央公論美術出版社1999年 の「あとがき」に、本来一冊にして出版する予定であったが、分厚すぎることと、難解な原稿内容であったことから
「‥‥第一部の歴史的考察と第2部の科学的考察を各々独立させることにした。第1部は近い将来、森田恒之著『油絵の歴史―もう一つの美術史と題されて刊行される予定である。」とあり、それが出版されるのを密かに待つひとりなのですが、あれからもう15年過ぎました。まだ出ないんですかね。


Re.オークは「樫」か、「楢」か 一例

miyabyo さんのコメント
 (2004/09/13 05:39:25)

《森直義(著)『修復からのメッセージ』(2003年)で「イギリス、オランダ、ベルギー、北ドイツ、北フランス地方でよく使われたのは樫(西洋オーク)材でした」P.69とあります。》

この書はまだ読んでおりませんが、著者はベルギーで修復の修行をなさった方のようで、一般論としては、アルプス以北の絵画修復全般についての知識はあるはずだといえます。
しかしながら、修復家である著者が樹木学を含む素材についての知識が豊富とは限りません。
また、保存修復の化学分析分野の担当ではないのですから、oakとあるデータを踏まえてお書きになっているわけで、その慣例的訳語を使用しただけなのだろうと推測します。

すべての情報を常に最新情報に更新することは必要なことですが、絵画保存修復報告書が、支持体の顕微鏡写真まで載せて考察することは稀な現状では、なかなか難しいといえます。

稀有な例としてあげれば、
●“La Descente de croix de Rubens. Etude préalable au traitement”, Bulletin de l’ Institut Royal du Patrimoine Artistique, vol. V, Bruxelles, 1962
Lefève, R.“Les supports”, pp. 128-145

には、支持体の顕微鏡写真が載っています。
『木の事典』に記載されている常緑系のナラ属や落葉系のナラ属の顕微鏡写真との比較では、ルーベンスの使った支持体は、素人目には落葉系のナラ属に思えます。


Re.オークは「樫」か、「楢」か

管理人 さんのコメント
 (2004/09/13 22:31:22)

とりあえず、一番気になるのは、今後、支持体に使われた木材に関して書くとき、「楢」と書いたらいいか、「樫」と書いたらいいかです(もちろん、無理に和名を当てはめずに、オーク材とだけ書いてもいいのですが)。

今でも「樫」と書いている本はあっても、特に常緑や落葉などを意識して書いてあるようではないので、やはり慣例的にそうしているのだと思いますが。

『修復からのメッセージ』は、私の持っている本では一番新しかったので、「樫」としているたくさんの例のうちの一つとして挙げてみました。ちなみに、修復を紹介したものでは、私はこの本が一番好きです。


Re.オークは「樫」か、「楢」か kinokouzoukara

miyabyo さんのコメント
 (2004/09/15 00:23:49)

1.以下は、日本で出版された辞書に限っての比較です。
『仏和大辞典』白水社、『独和大辞典』小学館、『蘭和大辞典』南親会 第一書房(『オランダ語辞典』講談社には、オークとあるのみ)、『伊和中辞典』小学館、等を比較してのことですが、フランスは、地中海からドーヴァー海峡までと植生分布が多様であるために、
chéne:(学名:Quercus)の項目では、かしわ、かし、ならなどを含むとして
    (落葉種は)カシワ、ナラ、
    (常緑種は)カシ、
が挙げられています。
地理的にフランスより以北にあるドイツでは、eicheといえば、落葉種のカシワ、ナラのみを示し、eichelはどんぐりを意味する。
また、更に以北のオランダも、eikといえば、カシを示し、eikelはカシの実、どんぐりを示す。

ちなみに、アルプス以南のイタリアのquerciaは、常緑種のカシ、(コルクカシなど)を示す。

以上から類推すると、アルプス以南では常緑種のナラ属(すなわちカシ類)を、また、アルプス以北のフランス(先述のように一部は地中海に面している)は常緑種及び落葉種が混在し、それより以北はおしなべて落葉種を示す、という理解も可能です。

平井氏の該当箇所には、
「辞書などにカシと訳されているものが見られるが、これはあまり適当でない。全然間違いではないが、(‥‥)ヨーロッパやアメリカの文章に現われているのはほとんど落葉のものをさすと思われるので、それに対応するものとしてはナラあるいはカシワとする方がよい。」
とあり、まったく間違いというわけではないというその背景のひとつとして、上述のような地理・気候的要因による対象樹木の変化も考慮すべきかもしれません。

したがって、アルプス以北の絵画に限れば、oakとあれば、その多くは落葉種のナラ属、ということは可能になります。

こんなところでよろしいでしょうか?


2.もう少し科学的な方法としては、顕微鏡写真による比較ということになります。参考までに記しておきます。

たまたま都合の良いことに、常緑種と落葉種では、導管の配列がまったく異なるので、訓練を受けた方には、ある程度特定が可能。

導管の構造は、大きく分けて3つに分類されます。
「環孔材」ナラ、ケヤキ、キリ、セン、クリ、シオジ、ヤチダモ、チーク、ラミン、(ニレ属)、(トネリコ属)、(コナラ属)
硬く、導管が太いために、肌理が粗い。特徴は、太い導管が、年輪に沿うようにある。

「散孔材」ブナ、カツラ、ホウ、サクラ、シナ、クス、タマザクラ、ミズメ、トチノキ、カエデ、ラワン(カエデ属)、(ハンノキ属)
平滑性に優れ、磨くと光沢を放つ。特徴は、他の二つのようなある程度の規則性がまったくなく、木部全体にランダムに導管が分布している。

「放射孔材」カシ、シロカシ、アカカシ、シイ
重硬で、磨耗しにくいため道具や器具に向く。特徴は、太い導管が木部の中心から放射状に、したがって年輪とは直角に分布している。

以上のことから、「環孔材」の構造をしていればナラ、「放射孔材」の構造をしていればカシ、と見事に判別するわけですが、実際の木の断面は、上述のようにすっきりしていないことの方が多く、ある程度訓練を受けないと、判断を誤るケースにぶちあたります。


『蘇る名画』黒江光彦著 求龍堂 1990年pp. 110-111. には、クラーナハの支持体(著書では基底材)から2枚、日本のブナ科(との記述)の見本が1枚、支持体の顕微鏡写真が記載されています。3つのうちのどれにあたるか試してみるのも一興です。


Re.オークは「樫」か、「楢」か

管理人 さんのコメント
 (2004/09/16 06:28:40)

落葉と常緑の分布図など見ても、アルプス山脈の北と南できれいに分かれていますね。やはり、アルプス以北の場合、オークの訳語は「カシ」は適当とは言えず、「ナラ」のが適切となりそうですね。

red oak 、white oak、english oakなど、oakの前に何か付くと、種類を表す場合がありますよね。例えば、調査のレポートなどで、oakの種類まで書いてあったら、常緑種か落葉種かわかるかと思います。
例えば、↓のような表をweb上でよく見かけますが、
http://www.oldknobbley.com/Life/General/OtherOak.htm
Commentsのところの、Evergreenとあるのが常緑、Deciduousが落葉だと思います。
一般名称でも、学術名でも、とりあえず種類がわかれば、常緑か落葉かは、はっきりしそうです(でも、ほとんどは、単にoakとしか書かれていませんが)。

ちなみに、常緑のオークはholm oak、またはholly oakとも呼ぶようですね。

>『蘇る名画』黒江光彦著 求龍堂 1990年pp. 110-111. には、クラーナハの支持体(著書では基底材)から2枚、
> 日本のブナ科(との記述)の見本が1枚、支持体の顕微鏡写真が記載されています。3つのうちのどれにあたるか
> 試してみるのも一興です。

そのページには「・・・木を調べて板絵の制作地などを特定しようと統計的な研究をしたジャクリーヌ・マレット夫人の研究書(J.Marette, Connaissanse des primitifs par l'etuede du bois, Paris, 1961)の中の顕微鏡写真と比較してみても・・・」と書かれてありますが、この本や、あるいは同じような研究書は読まれたことがありますでしょうか。


Re.オークは「樫」か、「楢」か

miyabyo さんのコメント
 (2004/09/18 03:21:57)

Marette, Jacqueline, “Connaissance des primitifs par l'étude du bois du XIIe au XVIe siècle”, Paris, 1961.

ここ20年ほど、入手したい書籍リストからは外していませんが、ランクとしては低く、未だ読むに至っていません。
理由は至って簡単で、私がヨーロッパの板を使って制作することもないわけで、必ずしも特定する必要を感じていない、ということに尽きます。

ジャクリーヌ・マレットの研究に匹敵する類書は知りません。
大きなプロジェクトを組んで行われた保存修復報告書には、supportの項目を設けて記してありますが、その多くは組み板の構造やどこの工房で組まれたパネルなのか、後世に移し替えられているかどうか、といったことにページを割いており、マレット夫人の延長上の興味に応えてくれるものではありません。


イタリア絵画に使用された支持体の同定補足

miyabyo さんのコメント
 (2004/10/04 01:19:05)


前回「ジャクリーヌ・マレットの研究に匹敵する類書は知りません。」と書きましたが、別件で書庫を探していましたら、ありましたので、補足しておきます。

まず、J. Marette, Connaissance des primitifs par l’ étude du bois du XIIe au XVIe siècle, Paris, 1961.

では、以下のように要約できます。
 
12〜16世紀に使用された支持体345例の分析の内訳。
ポプラ材[Poplar]:90%
クルミ材[Walnut]:2.9%
モミ材[Fir]:2.6%
オーク材[Oak]:1.4%
シナノキ材[Linden]:1.4%
マツ科常緑針葉樹のトウヒ材(エゾマツ含む)[Spruce]:0.9%
ブナ材[Beech]:0.3%
その他:0.5%


最近の研究として、ラファエロに関するシンポジウムで発表された研究報告(1990年刊)では、

14〜16世紀イタリア絵画の支持体50例による分析。
ポプラ材:72%
マツ科の常緑針葉樹トウヒ材:10%
ブナ材:8.0%
シナノキ材:4.0%
イトスギ材、モミ材、クルミノキ材:各2.0%

※マレッティの345例というのが、イタリアに限っているのかどうかは、この内訳が1990年刊の参考資料のため不詳。


用語、翻訳 (3)」へ続く。


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