ベートーヴェンについて大いに語る
歴史上の人物で私が最も尊敬しているのはベートーヴェンであり、ベートーヴェンが突出し過ぎて世の中で他の人物が何をやっていようとも割とどうでもいいかなと思うほどですが、他人にこれを理解してもらうのはなかなか難しいところです。なんと言ったらいいんでしょうか、敢えて説明するとすれば、クラシック音楽にもいろいろなジャンルがありますが、ほとんどのジャンルでベートーヴェンの作品が頂点を極めていると言える点でしょうか。弱点を挙げるとすればオペラ分野であり、ヨーロッパ文化の代表格と言えば、音楽に限らずあらゆる分野の芸術が集約しているのがオペラであって、そういう意味ではベートーヴェンは結局1作しかオペラを残せなかったことを考えると、極めて致命的な弱点と言えるのですが、たとえ1作だったとしても、ビゼーのカルメン級の作品だったら文句はなかったところですが・・・まぁ、しかし実は近年のオペラ文化の衰退っぷりは凄まじく、西洋文化を代表するような格を保てなくなりつつあるということもあり、相対的にベートーヴェンの弱点は克服されつつあります。そもそも、オペラで華々しく成功していたらベートーヴェンではないような気がします。が、しかしいずれにしても、そのような業績面の事などはむしろどうでもいいのかもしれません。ただの小品などにおいても、旋律の誇り高き気高さにおいて、別格のような気がするのです。というわけで、年末年始は訪問者も少ないので、この隙にひっそりとベートーヴェンの交響曲のベスト盤を自分なりに考えて語ってみたいと思います。ベートーヴェンの交響曲は9作あります。まずは第1番から・・・

■交響曲第1番■
交響曲ジャンルでベートーヴェンの本領が発揮されるのは第3番『英雄』からであり、第2番まではまだ初期作品群です。解説書などでは、ハイドン、モーツァルトなどの古典派作曲家の技法を踏襲しつつ、しかしながら所々ベートーヴェンの個性も垣間見える段階である・・・という説明がされていることが多いのですが・・・。しかし実はよく聴いてみると第1番はたいへん魅力的な曲であり、ベートーヴェンの作品全体を聴き込んでみると、第1番は既に完全にベートーヴェン的であり、非常に聴き応えのある曲です。第1番を甘く見る者は素人と言えるでしょう。第1番の魅力が伝わらなかったのは、前世紀の大編成のオーケストラで聴いていた為に、曲と演奏がかみ合っていなかったのではないかと思います。というわけで、お薦めはやはりピリオド奏法の録音がいいんじゃないかと思います。というわけで、推奨版はピリオド奏法のCDの中から、ガーディナー指揮&ORRがベストといえるでしょう。特に第4楽章は快活で、これを聴くと活力が沸いてきます。大編成オケと比較してもむしろかえって立派な感じに聞こえるのは何故なのでしょう。なお、ハイドン交響曲全集など聴いたあげくに再び本曲を聴くと感慨深いものがあるというか、印象がだいぶ変わります。

■交響曲第2番■
第1番同様、様式的には従来の古典派の範疇にあるものの、演奏時間もそれなりに長くなり、なかなか勢いのある曲で、愛聴するファンも多いと思いますが、私も非常に好きな曲です。後の傑作と比べるとまだ小さいですが、従来の交響曲の範疇ではかなりの規模と言えるでしょう。ベートーヴェンは古典派に分類される作曲家ですが、次作の第3番「英雄」はロマン派のスタート地点ではないかと言われるような大曲であり、ゆえに本作がハイドンから連なる純粋に古典派的な交響曲の最高峰ではないか、という説を唱えたいところです。良く言及されることですが、ベートーヴェンの難聴が悪化した時期の作品であり、有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」を書くなど、ベートーヴェンにとっては辛い時期だったにもかかわらず、そういうところをまるで感じさせないところが逆に泣かせるところです。で、お薦めは、ヒコックス指揮ノーザン・シンフォニア・オブ・イングランドです。小編成のオーケストラで演奏しているようですが、ピリオド奏法に慣れてから改めに聴くと、モダン楽器としては丁度よい編成に思えます。指揮者もオケも一般的な知名度は無いと思われ、もう生産されることはないと思いますが、amazonで中古CDが1円とか売られているので、格安で入手可能。または、同じくAmazonで全集がダウンロード販売されています。ガーディナー/ORRのCDも大変お薦めと言えます。速いテンポで進行し、非常にメリハリがあって、大いに盛り上がります。勢いがありすぎて、バランスを欠いているような点が無きにしもあらずなので、初めはヒコックスを、その後にガーディナーをというのが私もお薦めコースです。しかしこの曲はどの録音で聴いても、曲の魅力が十分に伝わるような気がするので、基本的にどのCDでもいいのかと思います。

■交響曲第3番『英雄』■
ベートーヴェンの「英雄」は交響曲界の中でも屈指の傑作であり、交響曲というジャンル自体がこの曲によって大きく変化したと思われるぐらいの影響があったのですが、それどころか音楽史自体がこの曲で分岐するんじゃないでしょうか。BBCが放送したドラマがDVD化されており、『フィルム「英雄」永遠に音楽が変わった日』というタイトルで販売されていますが、全くの誇張というわけでもないと思います。私が一番最初にこの曲の存在を知ったのは高校時代に世界史の先生が「世の中にこんなすごい曲があるのかと思った」というような話をしたときで、それほどすごい曲とはどんなものだろうかと思ったものですが、実際聴いてみると高校生の自分にはよくわからなかったのが正直なところです。この曲の良さを理解するまでは、多少時間がかかるような気がします。さて、本曲で最も気に入っている録音はヘンリー・アドルフ指揮/西ドイツフィルハーモニー管弦楽団というCDです。私が大学生の頃、書店などで格安CDとして売られていたものであり、他の曲と2枚組で500円前後で並んでた記憶があります。まだCDというものが安くなかった時代で、レコードショップで何を買うか、尻から血が出るほど悩みつつ買っていたような時代だったから、この格安品は重宝したものです。最近ネットで検索して知ったのですが、この指揮者、いわゆる幽霊指揮者で、実際には存在しない人物だったとか。アルフレート・ショルツという人が、放送局などの大量の録音の権利をまとめて買い取り、適当な名前やときには自分の名前を付けてCDにして販売していたそうな。そんな中の1枚だったわけです。この英雄のCDは、特に強い個性というものはなく、最初に聴いたときは薄い印象の演奏であり、さすが格安CDのクオリティだと思いました。当時熱心に聴いていた朝比奈隆やフルトヴェングラーと比べると、実に薄っぺらい印象があったのですが、今になって振り返ってみると、このCDが最も繰り返し聴いた「英雄」でした。酷く強調したりとか、そういうところがないせいか、何度聴いても飽きません。第1楽章は最高の演奏といえるでしょう。第4楽章もいいと思います。今ではさすがに売ってないと思いますが、たまにヤフオクに出品されてたりするので是非聴いてみてください。最近よく聴くのはガーディナー/ORRであり、ちょっとないくらいのスピード感が心地よく、これもまたお薦めです。

■交響曲第4番■
ベートーヴェンの交響曲に私如きが何か苦言を呈したりするようなことはおこがましいにも程があるけれども、しかしあえて何か言うとしたら第4番はどうもちょっとどうかなと思うところがあります。序奏から始まって速度が上がって盛り上がる展開は第1番、第2番と共通して、第4ではちょっと演出が過剰気味になった感がなきにしもあらずです。第2番くらいがバランスが良かったような。この曲の緩徐楽章は好きです。いろいろ聴いてはみたものの、お薦め盤は、まだ保留というところです。敢えて挙げるとすれば、ホグウッド/アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックです。しかしまだまだ勉強不足なのでしょう。いろいろ聴いてみたいと思います。

■交響曲第5番『運命』■
この曲の最高の演奏はカルロス・クライバー/ウィーフィルのCDでしょう。異論はあると思いますが、そんなに多くはないと思います。これほど格好良い「運命」は他にありません。格好いいのに、決して軽くないところが凄いと言えるでしょう。なお、私が個人的にこの曲の中で最も好きなのが第2楽章です。これほど心を慰められる緩徐楽章は他にありません。前掲のクライバーのCDは第1楽章の格好良さと、第4楽章の盛り上がりで頂点を極めていますが、第2楽章も素晴らしいものの、何か少々もの足りないような気がします。物足りないというよりは、逆に足りすぎていて、心を慰められないというか。フルトヴェングラーのCDは第1楽章の運命の動機や第4楽章の勢いなどが話題になりますが、私としては第2楽章に着目して、このCDを採り上げたいような気がします。

■交響曲第6番「田園」■
この曲は「田園」という情景を表すようなニックネームが付いているだけあって、いくぶん標題音楽的な傾向がみられます。しかし厳密にはこれはまだ標題音楽ではなくて、純粋音楽のジャンル分けされるようです。「標題音楽」とはブリタニカ国際大百科事典によれば「楽曲の様式。文学的,絵画的,劇的な内容を暗示する主題や説明文,すなわちプログラムを伴った音楽。器楽曲に多く用いられ,絶対音楽に対する。ロマン派におけるシューマンの標題付きピアノ曲,ベルリオーズの標題交響曲,リストや R.シュトラウスの交響詩などが最も代表的なものであるが,国民楽派の風景や伝説を描いた音楽や,瞬間的なイメージをとらえた印象派の音楽も標題をもっている」とされています。その対義語は絶対音楽(absolute music)であり、同事典によれば「音楽以外の制約から解かれた,すなわち他の芸術と結びついていない純粋な音楽をいう。したがってそれは,言語内容を音に響かせようとする意図や,対象的なものを模倣あるいは描写しようという意図,また感情などを表現しようとする意図はもたず,音楽的形式や秩序そのものがその存在の根元をなしている」。標題音楽と絶対音楽に優劣は無いと思うし、どちらも楽しみたいところであるけれども、交響曲という様式は絶対音楽向けのような気がしているし、ベートーヴェンが最も力量を発揮するのも絶対音楽分野のような気もする。そして、一般的な認識ではベートーヴェンの田園は厳密には絶対音楽の範疇だけれど、これが交響曲分野での後に隆盛する表題音楽にかなり影響があったのではないか、それどころか後の標題的な交響曲や交響詩の草分け的存在、いやむしろ発生源ではないか、とも思うので、実はあまり好きな曲ではなかったりします。第1楽章に関してはどのCDを聴いてもそれなりにいいなとは思うのですが、全体を通してどうかというとお薦め盤はまだ保留です。

■交響曲第7番■
リズムを重視した独特の曲調で、他の作品と少々雰囲気が異なるような気がします。ベートーヴェンの生前に成功を収めて何度も演奏された模様ですが、実は現在、ベートーヴェンを代表するような曲でも、生前は不遇な目にあってる作品は多かったので、そういう意味でも第7番は初見でも理解しやすい名曲だったのでしょう。しかし、リズム重視でわかりやすい雰囲気がある為、私はベートーヴェンにしては外面的な感じの作品だと思っていました。いい曲だけれどもそれほど聴き込んでみるほどの要素はないかな、それほど大した曲ではないような、というか、正直にいうとちょっと変な曲だなと思っていたのですが、ガーディナー/ORRの録音を聴いてからは、全くその考えが変わりました。今では指折りのお気に入りです。この演奏は本当に素晴らしい。古楽器で小編成、異様に速いテンポであり、そんなに迫力があるはずはないのですが、これほど誇り高い第1楽章が他にあるでしょうか。この演奏を聴くとまさに第7番こそがダントツで9曲中最高傑作と言いたくなりますが、しかし、他の演奏を聴くと、そうでもないという気がするので、厳密にいうと、ガーディナー/ORR演奏の第7番に限定されるのかもしれません。

■交響曲第8番■
ベートーヴェンの交響曲は奇数番号に革新的で規模の大きな曲が多く(英雄、運命、第九など)、偶数番号は逆に落ち着いた感じの曲が多いという傾向があります。奇数番号が男性的、偶数番号が女性的と表現さてることもあります。そんな偶数番号の作品の中で、最も有名なのはたぶん「田園」ですが、個人的に最高傑作だと思うのは、第8です。この曲はどの演奏を聴いてもそれなりに曲の魅力は伝わりますが、ヒコックス指揮ノーザン・シンフォニア・オブ・イングランドが特にお薦めです。オケの編成、テンポなど、絶妙なバランスで、初見には最適かと思います。第8番の場合、非常に速いテンポで劇的な演奏が話題になる傾向があるのですが、私はこれくらいがちょうどいいと思います。特に気に入っているのが第4楽章で、バランスのいいテンポと、それでいてどことなく哀感のある音作りが素晴らしいと思います。そんなに知名度の高い指揮者でも楽団でもないので、たぶん偶然なのかと思いますが。現在はAmazonでダウンロード版で全集が出ているの購入可能です。前にも書きましたが、ガーディナー/ORRのCDが非常に素晴らしいです。特に第1楽章は最高の出来映えで、これほど感動的な第8番は他にないというほど立派です。

■交響曲第9番■
フルトヴェングラー&バイロイト(1951)足音入り、これを聴かずして第九は語れないところです。これを聴かないというのは人類としてどうかと思いますが、しかし、これを日常的に聴いている人もそう居ないんじゃないかと思います。いや、けっこういらっしゃるかもしれませんね。しかし、いろんな録音を聴いたうえで、フルトヴェングラーを聴くと感動もひとしおだと思うので、まずは他を挙げるとすると、快速な例としてはシャルル・ミュンシュの録音と個人的に好みです。古楽器演奏ではガーディナー/ORRがよろしいかと思います。これは古典的な急緩強弱を踏襲しつつ非常にコンパクトにまとめているので、ピリオド奏法に拒否感がある人でもすんなり受け入れられるのではないかと思います。まず、第1楽章が活気に溢れており、一分の隙も無いような密度になっています。第4楽章はこれは正直けっこう感動的な演奏なので是非聴いてもらいたいところです。古楽器演奏なので、たぶんコンサートホールで聴いても、おそらくあまり迫力はないのでしょうが(先ほどから古楽器演奏のCDを大いに薦めていますが、大ホールでのライブを聴くとけっこうガッカリすることが多いですよ)、CDで聴く分には超絶感動の嵐的な録音です。古楽器演奏とは思えないくらい正統派中の正統派的な印象を持っています。

というわけで、この文章を最後まで読んだ人はまず居ないと思いますが、良いお年を。

| 音楽 | 01:39 AM | comments (0) | trackback (0) |
カウリコーパルをアルコールに溶かし塗布してみた。
ここ最近ブログや動画で何度か言及してきたカウリコーパルですが、ただ持っていても仕方ないので、試しにエタノールに溶かして、木材に塗ってみることにしました。
どのくらいの濃度で溶いたらよいのかなどの情報は特に持っていないので、とりあえずは、樹脂:エタノールが重量比で1:3になるようにしてみます。
50gほど購入していたのですが、そのうち37gを使用。
カウリコーパル

エタノール111gを投入しました。
カウリコーパル

13gほどの一かけは、後日、撮影したりなどのサンプルとして残しておきます。
カウリコーパル

2日後
カウリコーパル
すっかり溶解しております。

半日ほど経過した段階では、瓶底にやわらかくなった樹脂がまだまだ残っている状態だったので、エタノールを足そうかどうか迷いましたが、そのまま待って正解でした。

瓶を傾けてみました、若干の残留物があるものの、ほぼ綺麗に溶けています。
カウリコーパル

ちょうど本棚を使っていたところだったので、その板材に塗布してみました。
カウリコーパル
3~4層ほど塗っただけですが、なかなか程よい琥珀色をしています。塗ってみた感触ですが、樹脂と溶剤の比率は今回くらいが丁度よさそうです。この後、何回も塗れば当然色艶は濃くなっていきますが、棚ですから、この辺で止めておこうかと思います。

| 絵画材料 | 09:55 AM | comments (0) | trackback (0) |
ランニング処理済コーパル
■ダンマル/コーパル/バルサム #8 テレビン・エタノールへの反応(後)


動画ではランニング処理済のコーパル樹脂が無事テレピンに溶解したところです。動画のネタに試しにやった程度でしたので、正確な分量などは量っていなかったのですが、かなり少量を溶かしたにもかかわらず、真っ黒いワニスが出来ました。コーパル系画用液はかなり黒くても、それほど多くのコーパルが入っているというわけではないのでしょう。しかし、この黒い色をした画用液を使うわけですから、やはりランニング処理には大きな意味があるのでしょう。

コーパルがアスピック油(スパイクラベンダー油)に溶解するという話もしております。その後、鳥越さんも私もいろいろ試してみたいのですが、アスピック油に溶かしたものは、乾性油と混ざらないという現象に悩まされて、油彩用画用液を調合するには至っておりません。不思議なことに、乾性油に混ぜると、コーパル樹脂と思わしき成分がゼリー状に固まってしまうのです。なんとも不思議なことです。コーパルとダンマルに違いについていろいろ考えさせられますが、個人的にもっと気になっているのはスパイクラベンダーオイルです。これほど不思議なものもありません。テレピンともペトロールともまるで違う溶剤です。ダンマルとコーパル両方を溶かすというのも不思議ですが、いったいこれは何なのか、ただ単にいい臭いのする高級溶剤と思って、油彩画に使用するものでもない、何か明確な意図があって採用するべきものかと思います。というわけで、いつかは溶剤の動画も撮ることができたらな、とは思いますが、なかなか勉強が追いつきません。しかしまぁ、とりあえずは、樹脂を突き詰めていきたいと思います。

鳥越さんはアスピック油溶解のコーパルを以下に混ぜるか探っていく過程で以下の論文を見つけて私に教えてくれました。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nikkashi1898/35/3/35_3_340/_pdf
昭和初期に書かれた論文のようですが、コンゴコーパルやザンジバルコーパルが塗料業界全体で主要な材料だった様子が覗えます。この頃、コンゴからのコーパルの輸出はピークであり、凄まじいトン数のコンゴコーパルが取引されていました。需要があり、安定した供給もあったのでしょう。そして、入れるとやはり塗膜が丈夫になったり、多大なメリットあったからこそなのでしょう。二〇世紀前半の油絵用の画用液や、技法書もそういう状況で書かれたのかと思うと興味深いものがあります。仮に今コンゴコーパルが安定供給されたとしても、合成樹脂が揃っている現在、塗料業界に与える影響はほとんどなさそうですが、それは仕方ないとして、今我々は現生樹脂のマニラコーパルをランニング処理したワニスを画用に用いていますが、半化石樹脂コーパルといかほどの差があるのか、その点も気になります。

| 絵画材料 | 12:09 AM | comments (0) | trackback (0) |
琥珀について
マスチック、ダンマル、コーパルなどについてまとめてきましたが、琥珀についても、多少なりとも調べてみたいと思います。

琥珀について書かれている日本語の文献ですが、私が知っている範囲で紹介すると、まずは●スレブロドリスキー(著)『こはく』新読書社(新装普及版2003/01)。新装版は最近の刊行ですが、初出からはそれなりの年数が経過しているので、若干内容が古くなっている可能性があります。次に●アンドリュー・ロス(著)『琥珀 永遠のタイムカプセル』文一総合出版 (2004/09)、こちらは美しい図版で構成されていますが、琥珀の中に含まれる昆虫など内包物の解説(宝石の鑑別に訳に立つ知識なのかもしれない)に重点が置かれており、琥珀自体についてはそれほど多くのページは割かれていません。しかし、化学なことを門外漢でもわかるように易しい言葉で説明しています。雑誌「現代化学」にときたま琥珀の記事が載っているようです。私が目を通したのは、●「現代化学 2013年 06月号」東京化学同人掲載の「超スローな化学反応でつくられる琥珀」中條利一郎(著)という記事。最も最近の本では、●飯田孝一(著)『琥珀』亥辰舎(2015/10/30)、力作であり情報も新しいので、何か買うなら今なら本書一択のような気がします。外国の文献では、例によって●Jean H. Langenheim,"Plant Resins: Chemistry, Evolution, Ecology, and Ethnobotany"のAmberの項から読み始めました。琥珀に限らず樹脂全般についての本ですが、それでもなお、情報量では他を圧倒しています。

化石化できる樹脂を出す樹木としては、マメ科のHymenaea(ヒメナエア)が挙げられます。こちらは、コーパルの元となる樹脂を生むので、コーパル樹脂を解説する際に言及したかと思います。他にはナンヨウスギ科などが挙げられますが、こちらはカウリコーパルの件でやはり言及したアガチス属を含む科です。いずれも今の世でも化石化が可能な樹液を出している樹になります。今我々が手にする琥珀は、樹脂として出てきたのは数千万年も昔だったでしょうから、現在のそれらの樹の祖先の植物が出したという方が正しいでしょう。古い物では2~3億年前だったりするので、現在とは樹木の様子も相当異なり、そもそも地形、気候など地球上の様相が大きく異なっていたんでしょう。Plant Resinsぐらいの本になると、既に絶滅した琥珀生産源の樹木についても延々と述べられています。琥珀は古い物では1億年、2億年前に遡るものもありますので、地上の様子も大きく異なっていたと思いわれます。

原生樹木に限れば、琥珀を産む(産んだ)代表格は以下の2つです。
・ナンヨウスギ科(学名:Araucariaceae、アラウカリア)のナギモドキ属(学名:Agathis、アガチス属とも)
・マメ科(まめか、Fabaceae syn. Leguminosae)のヒメナエア属(Hymenaea)

必ずしもこれらに限ったわけではありません。長らく化石樹木と思われていたメタセコイアも琥珀となる樹脂を出していたそうです。メタセコイアは1945年に中国奥地で現存しているのが発見され、日本でもあちこちに植樹されています。私も自宅の庭に苗を植えた話は以前ブログに書きました。やや古めの文献には、琥珀の元となる樹脂は、針葉樹、特にマツの樹脂と書かれていることが多いかと思います。私が持っている電子辞書に収録されているブリタニカ国際百科事典にも「マツ類の樹液」と書かれています。マツの樹脂、松脂は琥珀を形成する為の高分子化ができないようで、松脂は琥珀原料の候補としては除外されます(高分子化にもいろいろあって、化石化に必要な高分子化が行なわれないということらしいですが)。最近の文献ではいずれもはっきりと松脂は否定されています。ただし、ナンヨウスギ科の上はマツ目なので、マツ類の樹脂というのが全く的外れとは言えませんが、松脂という誤解を受けることを考えると避けた方がいい表現でしょう。あるいは、ブリタニカ国際百科事典はもしかしたら、coniferという単語をマツ類と訳しただけかもしれません。琥珀を産む樹木として、よく見かける表現は「針葉樹の樹脂」ですが、先ほど触れたマメ科のヒメナエア属は針葉樹ではないので、針葉樹に限定するのも正しくないと言えるでしょう。

どのような高分子化が起こるのかについては、先に挙げた文献の中では「超スローな化学反応でつくられる琥珀」が最も詳しいのですが、私が読んでもよくわからないという問題はあるものの、やはり元の樹種の違いによって、何か差が出てくるのではないという予感はしたので、琥珀画用液の検討の際には、産地に関する件はどうしてもないがしろにできないところでしょう。さて、樹脂の中に高分子化に必要な条件が揃っていても、それだけでは琥珀にはならないようです。樹木から出てきてしばらく空気に触れていると劣化するようで、樹脂が出て、それが何らかの理由で速やかに地中に埋まった方が良いようです。高分子化は化学反応ですから、地熱などが加わると反応が加速するようです。加速と言っても数万年単位ですが。例としては、樹脂が出て樹木と一緒に川に流されて、空気に触れずに地中に埋まってしまうとか。樹木の組織の中に包まれたまま琥珀になるケースもあるようです。樹脂なら全て化石化するわけではなく、そして化石化する樹脂も、条件が揃ってようやく化石化するのであって、レアケースなのでしょうけれども、数百の琥珀鉱床が見つかっているようですが、そのうち採掘するほどの大きな鉱床は20地域ぐらいとのこと。代表的な琥珀産地の地図が飯田孝一(著)『琥珀』に掲載されております。各地の形成年代と琥珀の特徴も書かれています。

樹脂はどれくらいの年月で琥珀になるのか。画用という面で考えたとき、気になるのは、どの時点でコーパルなのか、どの時点で琥珀になるのか、という点です。地質の条件が深く関わるので、経過年数が樹脂の化石化に直結するわけではないけれども、多くの書物では、琥珀になるには数百万年、数千万年の時間が要ると書かれています。ただし、Plant Resinsでは、その数値に根拠はないと言います。Plant Resinsによれば、0~250年を経過しただけのものは、まだ現生樹脂か最近の樹脂(modern resin or recent resin)という括りであり、250~5000年は古樹脂(ancient resin)、5,000~40,000年の間のものを半化石樹脂と分類し、そして40,000年以上経って化石樹脂になるとする。4万年というのは琥珀の世界では非常に新しい樹脂のようにも思えるが、4万年前はマンモスが居た頃で有り、化石になるには充分な年月とも言えるのか。数字が千年単位とかで、4千万年前の間違いかと最初は思ったのですが、放射性炭素年代測定による年代の分析に依っているので、放射性炭素年代測定でさかのぼれる限界が4~5万年だとすると、やはり4万年なのでしょう。琥珀に関してはともかくとして、コーパルを入手したとき、それが本当に5000年以上の時を経た半化石樹脂なのか、それとも最近樹木から採った原生樹脂なのか、それを調べる手段としては、放射性炭素年代測定で判別できそうな、という気はします。例えば、海外のショップでコンゴコーパルの名がついた樹脂が売られていたりしますが、実際はたぶん買う方も売ってる方もそれが半化石樹脂なのかはわからないと思いますが、どうしても気になる場合は、そのような方法ではっきりさせることができそうです。どこに頼めばいいのか、いくらかかるのかはわかりませんが(かかった費用に見合うリターンがあるのかも微妙ですが)。

というわけで、以上のような知識上の基礎を踏まえた上で、琥珀を熱してみたり、前日入手したランニングアンバーをテレピンに溶かしてみたりなどしつつ、鳥越さんと動画を収録しました。うまく編集が進めば年内中には公開されるのではないかと思います。

| 絵画材料 | 11:36 PM | comments (0) | trackback (0) |
カウリコーパルについて
樹脂について語る動画シリーズの続きです。

■ダンマル/コーパル/バルサム #6 カウリコーパル・琥珀

ニュージーランドで採取されるカウリコーパルが登場します。現在、ニスようのコーパルはフィリピン産のマニラコーパルで、おそらく現生樹脂だと思われるのですが、カウリコーパルは化石樹脂かもしれません。ナンヨウスギ科のAgathis属の樹脂です。まぁ、マニラコーパルもAgathisですが、しかしカウリコーパル採掘の写真など見ると、地面をものすごい掘っているので、数万年前の樹脂を掘っている感が溢れています。今も掘っているかどうかはわかりませんが、あまり流通していないので掘ってはいないのでしょう。化石樹脂だったところで、画用への活用の道があるかどうかは微妙ですが。。。アフリカのコーパルはマメ科の樹木、そして東南アジアのコーパルはナンヨウスギの樹木、これらは遙かな昔に琥珀を生んだ樹木の子孫です。現在、琥珀(アンバー)に関する動画も収録しようと計画していますが、そちらへの伏線ともなっているので、興味のある方は是非ご覧ください。

■ダンマル/コーパル/バルサム #7 バルサムの比較と考察

バルサムが登場します。バルサムはメーカーによって粘稠度が異なりますが、柔らかい製品は溶剤で希釈してあるのではないかな、と前から思っていたので、その話をしています。思っていたというか、容器のラベルにはしっかりとバルサム+ホワイトスピリットなどと明記されています。従って、メディウムを調合する際は、希釈済かどうか確認しないと、濃度がだいぶ変わってくると思います。どうせならテレビンで希釈すればよいのに、何故にペトロールなのか。臭いを嗅ぐと石油臭がするので、すぐにわかります。ペトロールの方が安いのか、それとも安定するのか。なお、実際のところ、希釈してある方が使いやすいのは確かです。

| 絵画材料 | 12:07 AM | comments (0) | trackback (0) |

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