『西洋絵画の画材と技法』 - [支持体]

油性地(非吸収性地)

本頁では鉛白とリンシードオイルによる油性地作りを紹介。油性地は、地の吸収性が低く絵具の油分を吸い過ぎないので油彩らしい艶を引き出す。膠による地塗りに比べて柔軟性がありキャンバスのような動きのある支持体にも適している。麻布のキャンバスと鉛白の油性地は、油彩地塗りの王道と言える。油性地はアクリル画などには使用できない。詳細は「支持体と地塗り」を参照。

材料と道具

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■材料と道具
練り板(大理石板など)、練り棒、ヘラ、刷毛、防塵マスク
鉛白顔料、チタン白顔料、リンシードオイル、テレピン

道具類に関しては「油絵具の手練り」も参照するとよい。

顔料は鉛白が堅牢性や乾燥性の点で適している。これに何割かのチタン白を加えると、白さと明るさを高めることが期待できる。そこで、まずは鉛白とチタン白を半々ずつ混合した地塗り塗料をお薦めする。実は鉛白は手練りするのに手間がかかる顔料であり(現代の製法に依るものという話も聞くが)、逆にチタン白はたいへん練りやすい。鉛白にチタン白を混ぜると、それだけで練りの時間が短縮される。絵画教室や大学等の授業で実施する際は、チタン白のみで行なえば短時間で済む上に、毒性の心配がない。ジンクホワイトは油性地塗には絶対に避けるべき顔料で、これを使うと後に剥離、亀裂等の原因となる。

地塗りの展色材には、乾燥が速く丈夫な皮膜をつくるリンシードオイルが適している。スタンド・オイルサンシックンド・リンシードオイルはより堅牢な皮膜を作るが、粘度が高いので、生のリンシードオイルと混ぜて使うとよい。スタンドオイルは乾燥が遅いので、まずは生のリンシードオイルとサンシックンド・リンシードオイルを等量混ぜ合わせたものがよいかと思う。

この地塗りを施すための支持体は「パネルの作り方」または、「キャンバスの作り方」ページ等を参考にして用意する。油性地は柔軟性があるためキャンバスに適しているが、パネルのような固い支持体に使用してもかまわない。ただし、いずれも膠などによるサイズ引きをしっかり行なったものでなければならない。

油性地手順

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練り板に鉛白顔料とチタン白顔料を置き、乾性油を滴下、ヘラでよく混ぜ合わせる(ヘラは金属製のものが弾力があって使いやすいが、大理石板を傷つけることがあるので、それが嫌な場合はプラスチック製等にする)。飛散した顔料を吸い込むと身体に悪いので、顔料が満遍なく濡れるまでは防塵マスクを着用する。鉛白は給油量が小さく、顔料に対して1割程度の展色材で練ることができる。今回はチタン白を加えているので、それよりもいくぶん給油量は大きくなるが、それほど劇的には変わらない。油の量は少々足りないかと思われるぐらいに留めておいた方がよい。多少足りないくらいでも、練り合わせていくうちに、無事にペースト状になる。

ある程度ヘラで混ぜ合わせたら、次に練り棒に代えて時間をかけて練り合わせる。練り方の詳細は「油絵具の手練り」も参照。油が足りないようであれば、途中で少量を追加することもできる。逆に途中で顔料を追加するのは、最初から練り直しに近い労力を費やしてしまうので、止めておいた方がいい。地塗り絵具が完成したら、そのまま塗布するか、あるいは空チューブに入れて保存する。

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テレピンで希釈する場合、軽く混ぜただけではムラが出やすいので、パレット上または写真のように溶き皿で入念に混ぜ合わせる。ハウスペイントよりやや固練りぐらいの粘度がよいとされる。希釈しぎると地の耐久性を損なうかもしれない。またテレピン等の溶剤は浸透性が強いので、媒材なども含めて膠層の下までひっぱっていくような気がしてならない。キャンバスが一時的に弛むことがあるが、ふつうは乾燥と共にもとに戻る。地塗りに油分が多すぎると絵具層の固着に悪影響を与えるから、乾性油を追加してはならない。

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油性ペイント用の大きめの刷毛を使い、地塗り塗料を塗布する。単に刷毛で塗る方法と、ややたっぷり目に塗りパレットナイフまたはスクレイパーで余分をかき取る方法がある(キャンバスの場合、画布の四隅に木枠が当たり、その跡がついてしまうと思うが、裏側から手で画布を持ち上げて作業を行なうことで回避できる)。2〜3日後、指で触って問題ないぐらいに乾燥したら2層目を同じように塗布する。油性地の場合、2層ぐらいが標準的である。完成したキャンバスを使用する前に、数ヶ月の乾燥期間をおく。

市販絵具を使用した油性地

もっと手短に出来る方法として市販油絵具の白、あるいは下地用ホワイト(ファンデーションホワイト)を利用して行なう地塗を紹介。既製の下地用ホワイトでも工夫次第で自分用の地塗りを作るために調整でき、時間や労働力の点で顔料から練るよりも現実的な方法と言える。

地塗り用ホワイト、ファンデーションホワイトは元々地塗り用なので、そのまま地塗り材として塗布して何ら差し支えない。ファンデーションホワイトは、鉛白とチタン白をリンシード油で練ったものが多いが、鉛白のみ、またはチタン白のみ等、メーカーによっても違う。チタン白と鉛白のものが堅牢性や白さの点でお薦めだが、鉛白のみが良いという人も多いかと思う。チタン白のみは賛否両論ありそうである。また、おそらくは体質顔料等も含まれていると思うが、それはべつに悪いことではないと思う。ジンクホワイトはやはり避けるべきであるが、最近のホワイトにはジンクが混ぜられていることが多く、特に欧州メーカーの製品は、下塗り用のホワイトにまで含まれているので、それらは避けるべきである。

通常のホワイトはポピー油またはサフラワー油で練られていることが多いので、以下に紹介する方法を使って油抜きし、リンシードオイルで練り直す。ちなみに、W&N社をはじめ、海外メーカーのシルバーホワイトは、環境や人体への配慮から鉛白だけでなく亜鉛華が混ぜられているものがほとんどであり、あまり地塗りに相応しくない。混ぜものがされていないシルバーホワイトは缶に入って売られている。前述のファンデーションホワイトは、リンシードオイルで練られているので、そのまま使用しても充分な強度が得られるが、一端油抜きしてサンシックンド油、スタンド油などの重合油で練り直すこともできる。

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新聞紙の上に、毛羽立ちの少ない白色の紙を載せ、その紙の上に、チューブから絵具を搾ってのせてゆく(新聞紙、その他印刷物の上に直接絵具を載せると、インクの色が混じってしまう)。パレットナイフなどで、紙の上の絵具を伸ばして、より油が吸収されるようにしておく。時間をかけて油抜きしたい場合は、軽くラップなどをかぶせておくと、絵具が酸化しない。

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油抜きした絵具をパレット上に移し、若干のサンシックンド油(またはスタンド油)を添加し、パレットナイフかヘラのようなものを使って混ぜ合わせる(より入念に分散させたい場合は、練り板と練り棒を使う)。完成した地塗り用白絵具は、チューブに入れて保存しても良いが、それもある意味面倒な話なので、そのときに必要な分を用意して使い切るのがいいかと思う。支持体への塗り方は先の油性地の方法と同じである。余った分は、習作用の支持体用に、あるいはパネル画の裏面保護などそてい塗布するといいだろう。

備考

鉛白、チタン白の他に体質顔料を加えることもできる。体質顔料を利用する最大の利点はコストを抑えれらる点だが、個人で自分の為のキャンバスを作成する上では経済的なメリットはあまりない。しかし、幅広いサイズの粒子がまんべんなく含まれる塗料は、均一な大きさだけの顔料の塗料より安定するというペンキの性質から、体質顔料を加えることは良いことだと思われる。天然の重晶石を砕いたバライト粉は安定しており吸油量もかなり小さいので地塗りの体質として優れている可能性がある。

一般的に真っ白い地塗りよりも、有色地に描く方が短時間で制作できる。例えば、バロック時代の絵画をよく見ると、地塗りの色がそのまま残されている部分が散見される。例えば、薄いグレーのトーンで作られた地塗りならば、石造りの建物や、空の雲などを地塗りの色にちょっと手を加えるだけで仕上げていることが多い。下地色は白い地塗りのうえに色を塗っても良いが、地塗りの段階からトーン調整してもよいかもしれない。ただし、あまりにも濃い色にすると、時間の経過と共に画面が暗くなる傾向があるから、淡いトーンや中間色ぐらいが妥当か。特に大作の場合は地塗りの設計から効率よく進めることを考慮してよいかと思う。なお、近年、絵画の断層写真が書籍などに掲載されていることがあるが、それぞれ顔料の異なった二層式の油性地をみかけることがよくある。例えば一層目は体質顔料と土製顔料、二層目は鉛白とトーン調整のための若干のその他の顔料といった具合である。必ずしも過去の作例が手本として優れていることばかりと言えないし、現代の材料は選択肢がずっと豊富であるため、そのまま参考にはできないが、過去の作例は大いに刺激になる。そもそも、せっかく自分で地塗りをやるというのに、市販品のようなものを目指しては物足りない。膠を使った水性(または半油性)の地塗りの場合は、乾燥前と後の色が差が非常の大きいため、どのような仕上がりになるか予測が難しい。それに比べると油性地の場合は通常の油絵具程度の差しかないからだいぶやりやすい。


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最終更新日 2008年04月24日

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