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.昔の技法書/手記 全般


Webmaster さんのコメント
 (2005/08/17 07:49:03)

主に18世紀以前の技法書、手記など。
古くはウィトルウィウス『建築十書』、プリニウス『博物誌』などから、ナポリ手稿、ボローニャ手稿等々。

必ずしも技法書にこだわらなくてもよいかもしれません。
ファン・マンデル『絵画の書』、アルベルティ『絵画論』など。

もしとりたてて話題が無ければ、とりあえず名前だけでもどんどん挙げていってもらえればと思います。入手方法や和訳の有無、解説や感想なども付いていたらなお良いです。


画術にまつわる文献 01

Miyabyo さんのコメント
 (2007/01/17 14:00:52)

「絵画技術」と「絵画技法」の狭間

さて、この二つの言葉の違いはどこにあるのでしょうか?
前者は、絵画に用いられる様々な材料、即ち画材の取り扱い方を主題にしており、後者は、ある特定の画家や画派、地域、時代を特徴付けると思われる画風や画術の具体的な実技に関して用いる場合が多いようです。

前者の例としては、ド・ラングレ『油彩画の技術』、ディルナー『絵画技術体系』、ヴェールテ『絵画技術全書』など。
後者の例としては、おそらくエルテ出版の巨匠の絵画技術シリーズや、かつてこちらのサイトで良しくも悪しくも話題になったことのあるシェパード『巨匠に学ぶ絵画技法』などを示すものと思われますが、信頼できるに足る内容ではありません。
むしろ、ある程度の技術を紹介した上で著者の技法をデモンストレーションしている『アトリエNo.605 古典画法の生かし方』、『テンペラ画ノート』視覚デザイン研究所編、佐藤一郎『絵画技術入門』等の方が、腕の役には立つのかもしれない。また、英語圏では、Watoson-Guptill Publicationsから出ているような、様々な技法解説書、例えば

Robert Vickrey, New Techniques in Egg Tempera, 1973.
Altoon Sultan, The Luminous Brush,1999.

等も好き嫌いはあるでしょうが、個人の技法という点では例に挙げてもいいかもしれません。


このように書きますと、いやそうじゃなくて、ファン・アイクやカラヴァッジオやレンブラントやフェルメールはどのように描いたのかその技法は?彼らが生きていた時代の技法書や、彼らの技法を研究した論文はないのか?という声が返ってきそうです。

結論から言えば、冒頭に述べたような意味での「技法書」なるものは、その当時もなかったし、こうだと結論を出している技法書も論文もありません。

ありませんが、それを探ろうとする努力は連綿とある。そして、いくつかのことが判ってきた。
そのひとつが、どのような顔料を使っているのか、ということです。
また、どのような支持体にどのような下地を施しているのか。
そしてごく最近になって、どのような乾性油や樹脂が用いられたのかも特定できるようになってきている。
しかしながら、希釈材が特定できない(良質の希釈材を使っていればまさしく跡形もなく揮発しているのですから)。又乾性油の重合度は判ってきたが樹脂を含むその処方(配合比)がよくわからない。
巨匠たちの絵の修復を施す際にサンプリングされたクロスセクションを流用することで、何層塗っているのか、どのような色材を用いて最終的な色の効果を出しているのか、は判る。しかしながら、それは点としての情報であって、面としての情報ではない、等々。


話を元に戻しましょう。
ここしばらく不定期にご紹介していく史料や研究論文は、そのほとんどが「技法書」ではありません。むしろ「技術書」やその周辺の類であるわけですが、それは、絵画だけに留まらず、美術一般に関わる材料とその技術の、一部若しくはいくつかのことについて言及するものが多くあります。ある時期までは、薬学史、技術史、錬金術を含む化学史などで挙げられるものとある程度重なっています。

また、参考になりそうな考古学や保存修復のほうでの成果なども、周辺資料として多少触れていく予定ですが、個人で興味の赴くままに購入したものですから偏ったものとなることを予めお断りしておきます。後学者の便も考慮し、挙げる史料や文献には一部所持しないものも含みます(所持は●、未所持は○で区別)。

記載は、極力年代順としますが、年代が確定していない手稿も多いという事情の他に、すべての最新情報を網羅できる立場でもありませんので、ある程度大雑把になろうかと思います。
また、同じ文献がその内容から複数の箇所に出てくる場合があるでしょうし、脱線して時代が逆行したり突然時代と国を跨いで挙げる文献もあるかもしれません。


■西洋絵画はいつから「西洋(ヨーロッパ)」絵画なのか?
もっぱら西洋(ヨーロッパ)の絵画を軸に置くわけですが、実のところ、いつからが西洋(ヨーロッパ)なのかと問えば、大方の方は、西洋の源はギリシャ(現にヨーロッパに近い東方諸国という意味の近東はトルコからエジプトあたりを示し、ギリシャはヨーロッパ側に置かれている)なのだから、ギリシャ時代あたりからだろうという答えが返ってきそうですが、それは果たして本当のことでしょうか?


世界史の古代編では日本が出てこないように、西洋(ヨーロッパ)もでてきません。これは、日本だけでなく、ヨーロッパでも同じことで、1980年代に、フランス、スペイン、イギリスの中等教育で実際に使用されていた歴史教科書を読んだことがありますが、ギリシャ時代の自国の様子を記載した教科書はなかった記憶があります。

実は、数年前やや過激な発言を読む機会がありました。曰く、
 ≪ホメーロスはふつう「ヨーロッパ、西洋文学の父」とされている詩人だ、しかし、ホメーロスが生きていたころ、私たちが考える「ヨーロッパ、西洋」は存在したのか。「ヨーロッパ、西洋」はただの土地の名前ではない。ヨーロッパ文明、西洋文明あっての「ヨーロッパ、西洋」だ。ホメーロスが生きた紀元前8世紀に、その名の文明があっただろうか。当時の「ヨーロッパ、西洋」はただの黒い樹林の広がりのある土地としてあっただけのことではないのか。
 同じことは、時代はもう少し後のことになるが、「(西洋)哲学の始祖」ソクラテス、「(西洋)歴史の父」ヘロドトス、「(西洋)医学の開祖」ヒポクラテスにも言える。彼らが生きた時代には、「ヨーロッパ、西洋」はいぜんとしてただ黒い樹林の広がりのあった土地で、その名の文明があったわけではない。
 なかったものの「父」や「始祖」「開祖」になれるわけがない。逆を言えば、その子孫を僭称することはできない、元来が無関係なはるか昔の偉人を先祖と称して自分を偉く見せるのはサギ師がよくやることだ。私には、「ヨーロッパ、西洋」は長年そのサギをやってきた詐欺師のように見える。≫
(マーティン・バーナル『黒いアテナ:古典文明のアフロ・アジア的ルーツII 考古学と文書にみる証拠』上巻 金井和子 訳 藤原書店2004年にある小田実「『黒いアテナ』のすすめ」より引用)

小田実さんらしい言い回しですが、『黒いアテナ』の内容は、更にヨーロッパの人々、強いては白人種にはショッキングな内容と写ることでしょう。M・バーナルの著書に対するレフコビッツ等の反論も面白い。興味のある方は読んでいただくとして、‥‥。


‥‥要は、「西洋」絵画というものを、史料として残っているものを使ってそこに用いられた材料や技術について歴史を辿ろうとすると、どうしても本来「西洋」絵画と直接関係のない時代と地域の史料にも言及せざるを得ないという事情もありますことを、喚起しておきます。
ローマが政治的に地中海を安定的に統一していたとされるB.C.5〜2世紀の前は、ギリシャ人、エトルリア人、フェニキア人(カルタゴ人)たちがその商業圏を持っていましたし、彼らの多くの智恵は中東のそれに依存していた。我々日本人の歴史認識は、長くヨーロッパの歴史認識を背景にしており、その認識は、中東が歴史において果たしてきている重要な役割を過小評価しているというのが現状であることも知っておきたいと思います。

次回より具体的な文献に当たっていきます。
古代〜中世の画材と技法
 ・ 古代/古典美術
というスレッドもありますが、ひとまず、一貫してこちらの方に載せていくことといたします。

では、近いうちに‥‥


画術にまつわる文献 02

Miyabyo さんのコメント
 (2007/01/21 04:13:51)


■今回は、
ヽ┣莎蚕兒砲鯰轤廚靴笋垢そ顱概観を得るのに有益と思われる書
B.C.5〜A.D.4世紀の原典
8殿絅┘献廛罰┣茵特に蝋画について


ヽ┣莎蚕兒砲鯰轤廚靴笋垢そ顱概観を得るのに有益と思われる書
●Merrifield, Mary: The Art of Fresco Painting as practised by the Old Italian and Spanish Masters , 1st Edition, 1846(Reprint, edited by A C Sewter , Alec Tiranti Ltd, London, 1952, 1966)
 索引を入れて134頁と小冊子ながら(ただし活字はかなり小さい)、“Original Treatises on the Arts of Painting”で有名なメリフィールド女史(「女史」という言い方は差別につながるらしいのですが、私は敬意を込めてあえて使います)のもうひとつの書。フレスコ画に関する、主にイタリアとスペインの原史料を引用して、その技術や顔料について言及してある。ウィトルウィウス、修道士テオフィルス、レオン・バチスタ・アルベルチ、C・チェンニーニ、G・ヴァザーリ、ラファエロ・ボルギーニ、ジョヴァンニ・バチスタ・アルメニーニ、アンドレア・パッツァ、フランシスコ・パーチェコ、アントニオ・パロミーロ、ジョン・マーチンらの著述を利用してフレスコ画の制作工程を辿っている。

●Eastlake, C. L., “Materials for a History of Oil Painting”, London (1847-86) 後に改題、“Methods and Materials of Painting of the Great Schools and Masters”, 2vols., Dover, 1960. 
vol. 1は様々な原史料を引用しながら特に中世から17世紀までの絵画技術・材料の歴史を辿っており、なかでも『ド・マイエルン手記』からの引用が多い。vol.2は様々な小論文から成る。
イーストレーク(1793〜1865)は王立美術学校で学び、14年間ローマに滞在した。1830年にロンドンに戻り、この書の準備が始まることになる。1850年に王立美術院の学長に、又、1855年にロンドン・ナショナルギャラリーの館長になった。既に絵具の手練りから開放されていた時代にあったこともあってか、過日の色材に対するよりも、ヴィヒクル類に対して多くの関心を寄せていた。その当時既に失われていた過日の溶剤の処方を画家としてなんとしても知りたいという学術的に執拗な追求が、この書には感じられる。彼は、その当時絵具製造家であり色彩理論家として著名であったジョージ・フィールドに自著を送っている。表題紙に、銘『筆者より敬意を込めて、ジョージ・フィールド殿』と記された書が残っている。フィールドは、この書に100箇所以上の傍注を記し、後に出版された『クロマトグラフィー』の増補版において、特に明記することなく引用している箇所がある。
北方の絵画技術を記した『シュトラスブルグ手稿』を我々が読めるのは、この論考の編集段階で、彼がコピーをとっていたからだ。1870年、シュトラスブルグ図書館の火事でオリジナルは焼失してしまった。コピーは現在ロンドン・ナショナルギャラリーに保管されている。

●Merrifield, M. P.,“Original Treatises, Dating from the XIIth to XVIIIth Centuries, on the Arts of Painting, Oil, Miniature, Mosaic, and on Glass ; of Gilding, Dyeing, and the Preparation of Colours and Artificial Gems”1849. (rp.“Original Treatises on the Arts of Painting”, 2vols, Dover 1966. Medieval and Renaissance Treatises on the Arts of Painting, 1vol., Dover 1999)  
編纂されてからすでに1世紀半経過しているが、手ごろな値段でこれほど画術に関する貴重な原史料を豊富に集めた書は現在でもない(原文付き)。M.P.メリフィールド女史の300頁に及ぶ序論は、絵画の技術史を辿る上でひとつの指針となる。既に挙げた
The Art of Fresco Painting as practised by the Old Italian and Spanish Masters 燹
と併読するとひとまず美術の技術全般が見渡せる。復刻のDover版では、S.M.アレクサンダーの「技術用語の解説」が添えられている(但し、一部誤記がある)。1999年版は、1・2巻を1冊に合冊。
彼女のその他の著書として以下の書がある。‘A Treatise on Painting, by Cennino Cenmnini’, London, 1844.


●Berger,E.“Beiträge zur Entwicklungsgeshichte der Maltechnik”, 5vols, Münchn, 1897-1904.改訂版 4vols. (1901-12), Sändig(1975-79:但し、所持分は、vol.1 1986、vol.2 1982、vol.3 1984、vol.4 1986).
復刻改訂版は、初版の第1巻と第2巻が、合本になって第1巻に納められており(但し、頁は変わらず)、内容は、vol. 1 古代、vol. 2 中世、vol. 3 ルネサンス以降、vol. 4 フレスコ画。vol. 2には『シュトラスブルグ手稿』全文が、またvol. 3には『ド・マイエルン手記』の対独語訳付きが含まれている。(2000年代に入り、私が所持している書の復刻版が出ている) 
未だに、このボリュームと通史を越える書はなく、メリフィールド『絵画技術原史料集』とともに技術史の基本文献。

●Laurie, A. P.,“The Materials of the Painter's Craft in Europe and Egypt from earliest times to the end of the 17 century, with some account of their preparation and use”, London & Edinburgh, 1910.
『古代から17世紀末までのヨーロッパ及びエジプトの画術に使用された材料−その調合と用法に関する若干の報告』
 今となっては色褪せた通史と見えるかもしれないが、20世紀初頭の技術史や修復保存学を数歩前進させたローリーの功績は大きい。

●Loumyer, G.,“Les Traditions Techniques de la Peinture médièvale”,G. Van Oest & Cie.Paris, 1914. 
 『中世絵画の伝統技術』
 一部「技術概論:その由来と歴史」、二部「中世絵画の処方の起源と展開」、三部「中世期に使用された絵具」の三部構成から成る。

●Brunello, Franco. ,“The Art of Dyeing in the History of Mankind”, Neri Pozza Editore, Vicenza, 1973 
 原題は‘L’arte della tintura nella storia dell umanità’, Neri Pozza Editore, Vicenza, 1968.
 俯瞰的視野で染料に関する歴史を説いた貴重な書。

●Talley, M. K.,“Portrait Painting in England: Studies in the Technical Literature before 1700”, The Paul Mellon Center for Studies in British Art, 1981.
本書は、英国で1573〜1699年間に書かれた絵画技術に関する書や手稿の研究。博士号取得論文。

●Kühn, H. / Roosen-Runge, H. / Straub, R. E. / Koller, M.,“Reclams Handbuch der Künstlerisc- hen Techniken”, Band 1, Philipp Reclam jun, Stuttgart, 1984.
絵画技術の通史。構成は、顔料と結合材、彩色写本、中世の板画とカンヴァス画、近世のイーゼル絵画、から成る(オリジナルからの翻刻はほとんど含まないが、出版当時までの研究成果がふんだんに盛り込まれ、参考文献もかなりある)。

●Veliz, Z.,“Artists’ Techniques in Gold Age Spain −Six Treatises In Translation”, Cambridge Univ., Press (1986).
 スペイン黄金時代の技術書の抄訳集。1615〜1724年刊の6原典より。
参照
●Veliz, Zahira,“Francisco Pacheco’s Comments on Painting in Oil”, Studies in Conservation, vol. 27, 1982, pp. 49-57.
●Veliz, Zahira,“Aspects of Drawing and Painting in Seventeenth Century Spanish Treatises”, Looking Through Paintings, The Study of Painting Techniques and Materials in Support of Art Historical Research, Erma Hermens (Editor), Archetype Pub., 1998, pp. 295-317.


●Viñas, Salvador Muñoz,“Original Written Sources for the History of Medieval Painting Techniques and Materials: A List of published Texts”, Studies in Conservation, vol.43, No. 2, pp. 114-124, 1998
 中世絵画の技術と材料を知る上で重要な原史料を22冊挙げて寸評し、それぞれの公刊リストを載せている。原本の翻刻版、関連書籍・論文など総文献数74冊。保存修復に携わる者の必読書という位置づけから、リストアップされている。

●Clarke, Mark,“Art of All Colours. Medieval Recipe Books for Painters and Illuminators”, Archetype Publications, London, 2001.
 中世の絵画技術に関する手稿の総リスト最新版。現存する中世期までの絵画技術に関する手稿本が約400あるという。その多くは断章であったり、更に古い手稿からの部分的筆写であったりする。この書は紀元3〜4世紀の『ライデン・パピルス10番』『ストックホルム・パピルス』から筆を起こし、15〜16世紀までの手稿について寸評及び色材に関する手稿相互の考察を行っており、それに関わる文献を詳細に載せている。原典からの一部英訳引用を含む。



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B.C.5〜A.D.4世紀の原典を挙げると以下の通り。

【古代】
色材の原材料となる鉱石や植物などの記述があるものも含む。

『歴史』(B.C.5世紀)ヘロドトス ギリシャ語
●『歴史』全3巻 松平千秋訳 岩波文庫
 

『石について』(B.C.3世紀)テオフラストゥス ギリシャ語
 画家と建築家の用いる材料について言及。顔料としてアズライト、ラピスラズリ、辰砂、赭土、黄土、オルピメント、鶏冠石、マラカイト、クリソコラ、鉛白などに触れている。
●Caley, E. R. / Richards, J. F.(edit.), Theophrastus,“On Stones”, Columbus (Ohio) 1956.
 原文ギリシャ語の翻刻、考証、英訳、注釈からなる。編者 E. R. Caleyは、後述の『ライデン・パピルス10番』『ストックホルム・パピルス』も翻訳している。
○Elichholz, D. E.(edit.), Theophrastus,“De Lapidibus”, Oxford (1965).


『建築十書』(B.C.1世紀≒B. C.33-23年頃) ウィトルウィウス ギリシャ語
 第7書3〜5章に漆喰の処方及び彩色、7〜14章に顔料 
 白:石灰(特に消和した石灰)、大理石の粉、白亜、鉛白(ロドゥスでは瓶の中に葡萄の枝を置いて酢を注ぎ、この枝の上に鉛の塊を置き、次いで閉じ込められた空気が隙間から散逸しないように蓋で密閉せよ。) 黒:   青:アルメニア青(アズライト)、瀝青 赤:人工ヴァーミリオン、赭土、暗赤色(「上等の黄土が火の中で灼熱状態になるまで焼かれる。それが酢で消されると、紫がかった色が出来上がる。」) 黄:オークラ(黄土) 緑:緑青 紫:茜(白亜を茜の根で染めて作られた)、貝紫 褐色: 
●『ウィトルウィウス建築書』森田慶一 訳注 東海大学出版会(1979)
●Vitruvius,“The Ten Books on Architecture”, Dover, 1960


『博物誌』(1世紀)プリニウス ギリシャ語
 顔料、結合材などに触れているのは、第33書〜35書。
●プリニウス『博物誌』中野定雄訳 雄山閣出版(1986)


『薬物誌(デ・マテリア・メディカ)』(1世紀) ディオスコリデス ギリシャ語
全5書中第5書に顔料の製法あり
○Gunter, R. T., “The Greek herbal of Dioscorides”, New York (1959)
●『ディオスコリデスの薬物誌』小沢鼎三 編集顧問 エンタープライズ(1983)
○Dioscorides, P., Acerca de la rnateria medicinal y de los venenos ntortígeros, edición facsimil de la Salamanca (1556), trans. A. de Laguna, Ediciones de Arte y Bibliofilia, Madrid (1983)
 1556年にスペインで翻訳されたものの復刻版

『エリュトゥラー海案内記』1世紀中頃 不詳(エジプト在住のギリシャ商人 蔀勇造説)ギリシャ語
 ギリシャ語でエリュトゥラー海(本来は紅海を示す言葉だが、このテキストでは現在の紅海、アラビア海、インド洋にかけての広い海域を示した)といわれた海域諸地方と当時ローマ領であったエジプトとの交易品や、それぞれの港の輸出入品などが記されている。様々な古今の資料を駆使して卓上で書かれた同時期のプリニウスの『博物誌』などとは異なり、著者の実体験に基づいた生の情報として貴重な史料。交易品には、貴石、貴金属、鉱石、油、香辛料、香料、乳香、樹脂、布、革、染料、貨幣、葡萄酒、穀物、ガラス等々の多彩な原材料や製品に渡る。また、商品としての奴隷も含まれていた。インド西岸のインダス河口にあったバルバリコン(Barbaricon)からの輸出品目として、ラピスラズリ(sappheiros)が挙げられている。この書のオリジナルは失われ、写本として9〜10世紀のものとされるハイデルブルグ大学所蔵本と、14〜15世紀といわれている大英図書館所蔵本の二種があるのみ。
●村川堅太郎 訳注『エリュトゥラー海案内記』生活社1946(中央公論社1993年)
○L. Casson, The Periplus Maris Erythraei, Princeton, 1989. (ギリシャ語との対英訳付)
●蔀勇造「新訳『エリュトラー海案内記』」東洋文化研究所紀要第百三十二冊 東京大學東洋文化研究所 1997年 pp. 1-30.
参考
●村川堅太郎「『エリュトラ海案内記』に見えたる紀元一世紀の南海貿易」アジア学叢書30 東西交渉史 上巻 (昭和14年 冨山房)史学会編 大空社1997年pp. 101-155.
●蔀勇造「『エリュトゥラー海案内記』の成立について」史學雑誌 第85編第1号 昭和55年(1980) pp. 1-37.
●ホルスト=クレンゲル「古代オリエント商人の世界」江上波夫・五味亨 訳 山川出版社1983.
●蔀勇造「エリュトラー海案内記の世界」地域の世界史〈9〉「市場の地域史」山川出版社1999年 pp. 250-289.
●浅香正「『エリュトゥラー海案内記』について」シルクロード学研究叢書6 シルクロード学研究センター2002, pp. 59-86.


『ライデン・パピルス10番』(3世紀末〜4世紀初期)不詳 エジプト ギリシャ語
 19世紀初頭エジプトのアレキサンドリアでスウェーデンの副領事を勤めたヨハン・ダナスタシー(Johann d’Anastasy)が、テーベの墓で収集したギリシャ・パピルスのコレクションに含まれていた。パピルス紙は3世紀頃のもののようだが、内容は、紀元前28年頃にラリッサ(Larissa)のアナクシラオス(Anaxilaos:前1世紀頃)が著した染色に関する書に基づいている。ただその処方に実用性は乏しく、むしろ錬金術との関連が強いことから、錬金術師による処方の断片集との見方もある。
●Caley, E. R.,“The Leyden Papyrus X ― An English Translation with Brief Notes”, Journal of Chemical Education, U.S.A., vol.3. 1926, pp.1149-1166.
 

『ストックホルム・パピルス』不詳 エジプト ギリシャ語
 上記の『ライデン・パピルス10番』と一緒に発見された。
●Caley, E. R.,“The Stockholm Papyrus ― An English Translation with Brief Notes”, Journal of Chemical Education, U.S.A., vol.4, 1927, pp.979-1002.

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■『ライデン・パピルス10番』抄訳(試訳)

1. 鉛の焼入れと精製
 鉛を溶かし、パウダー状に挽いた明礬(alum)と緑礬(copperas)を平磐上にのばして一緒に混ぜよ。そうすれば鉛は鍛えられる。

 “alum”、もっと正確に言うと“alumen”という語は、製品の一種を示す一般的な用語として古代の著述家に使われた。通常それらは鉄とアルミニウムの硫化鉛を含む不純な混合体であった。これは以下の処方にみられるように、金属を精製するために広く使われたようだ。


2. 錫の別(の精製)
 同様に鉛と白錫は、ピッチ(松脂の滓)とビチューメン(瀝青)で精製する。明礬、カッパドキア産の塩、マグニーシア産の石を、それらの表面に振りかけて精製された。

 化学生成物や鉱物の命名がその起源の場所に基づいているという古代の習慣が、この処方によく表れている。「カッパドキア(*小アジア東部Cappadocia)の塩」はおそらくごく普通の塩で、一方「マグニーシア(*トルコ西部、エーゲ海に近い都市で、マニサの古名Magnesia)の石」は様々な意味を有するが、一般的には磁性酸化鉄又はヘマタイト(赤鉄鉱)を指す。

3. 錫の精製は、asemの合金と加えて行え
 ほかの材料で精製した錫を取り、それを溶かし、冷ませ。しかる後そこに油で覆いよく掻き混ぜ、再びそれを溶かせ。次に少量の油、ビチューメン、塩を一緒に潰したものを金属の上で揉み、3回目の溶解をせよ。融解したならば、洗浄液(washing)で錫を精製した後に、それを別々に分けよ。それによって硬い銀のようなる。
 次に、もしも汝が、見破られることもなく又、銀の硬さを持つような、そのような銀の物体の製造に使いたいならば、銀4部と錫3部を混ぜ合わせよ、そうすればその製品は銀物体のようになる。

 “asem”あるいは“asemon”という語は、金又は銀(最も一般的には後者)を模造する目的の合金用に使われた。

4. 錫の精製
 液状のピッチ(*松脂からテレピンを採った後の滓)とビチューメン(*瀝青、アスファルト)を同量ずつ取り、(錫の中に)入れ、溶かし、掻き回せ。乾燥ピッチ20ドラクマ、ビチューメン12ドラクマ。

5. Asemの製造
 錫12ドラクマ、水銀4ドラクマ、キオスの土2ドラクマ。溶かした錫に、砕いた土、次に水銀を加え、鉄(*の棒)で掻き混ぜ、用いたいところに(そのできた物を)置け。

 ここで述べているキオスの土(earth of Chios:トルコ西海岸に近いギリシャの島産)は、クレー(白土)の一種であった。

‥‥と以下続いている。

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8殿絅┘献廛罰┣茵特に蝋画について

古代エジプト絵画に用いられた画材などは、従来からよく引用されてきたのが、ルーカスの書だった。
●Lucas, A.,“Ancient Egyptian Materials and Industries”(1926)3ed. Revised, Edward Arnold & Co. , London, 1948 A. ルーカス『古代エジプトの材料と遺物』(初版1926)改訂第3版1948.
 この書で絵画に関する部分は、彼自身が参考にした中の一人、ローリーの著書で間に合うが、それ以外の様々な分野の材料については、非常に得るものがある。第4版まで出された。

この書の後を引き継ぐ書として、
●Nicholson, Paul T. / Ian, Shaw(ed), Ancient Egyptian Materials and Technology, Cambridge University Press, 2000.

が有益。古代エジプトの様々な材料と技術に関する総合的な最新情報で百科事典としても使用できる内容。専門家34名が分担執筆。図版が少ないのが難点。



■古代の画材や技術を考える上での関連書籍
●Forbes, R. J.,“Studies in Ancient Technology”, 9vols. Leiden, 1958-66(所持は第3, 7, 8巻のみ)
 R. J. フォーブス『古代技術の研究』全9巻中特に第3、8巻。著者はオランダ人。このシリーズは、特に第3巻の第7章で「絵具、顔料、インキ、ワニス」について述べている。その他に、天然アルカリ、石鹸、明礬、酢などの項目もある。また、第8巻は鉱石及び金細工師について述べている。7巻では古代地質学、古代採鉱、古代採鉱技術などを扱っている。

○『技術文化史』上下巻 著/T・k・デリー他訳/田中実他 筑摩書房1971 

●『古代中世科学文化史』 全5冊 G・サートン 平田寛 訳 岩波書店1987年

●フォーブス/ディクステルホイス『科学と技術の歴史』広重徹・高橋尚・山下愛子訳 みすず書房1977年

●『技術の歴史』Singer, C他 全14巻 平田寛・八杉龍一監修 筑摩書房1978年
R. J. フォーブスも執筆者の一人。

●Ratnagar, Shereen, Trading Encounters: From the Euphrates to the Indus in the Bronze Age, Oxford University Press, 2004.
様々な交易品に関する研究。


蠟画(エンコスティック) 
 名称の由来は、古代ギリシャ語の「焼き付ける」から。エンコスティック(アンコスティック)といえば、ファイユーム地方で発見された紀元前2世紀頃の棺に描かれたものが有名だが、最盛期はB. C.4〜A. D.8世紀。
 ド・ケイルス伯 / M. J.マジョーが1755年に著した『エンコスティック画と蠟画に関する覚書』が牽引となって蜜蠟画というものが認知されていった。そもそも蜜蝋を使うことはあっても油絵具には入れる習慣はなかったのだが、このことが蜜蠟入り油絵具ができるきっかけになった背景がある。20世紀の画家でも、ピカソ、クレー、ローシェンバーグなどが作品を作っている。

●『建築十書』(B.C.1世紀≒B. C.33-23頃)ウィトルウィウス
 第7書9章に蠟画の記述あり。
 『ウィトルーウィウス建築書』森田慶一 訳注 東海大学出版会(1979)
 Vitruvius,“The Ten Books on Architecture”,Dover(1960)
●『博物誌』(1世紀)プリニウス
 第35書39章に蠟画の記述あり。
プリニウス『博物誌』中野定雄訳 雄山閣出版(1986) 
●De Caylus, C. / Majault, M. –J.,“Mémorie sur la peinture à l’ encaustique et sur la peinture à la cire”, Genève et Paris (1755), (revised & enlarged 1775), Rp. Minkoff, Genève (1972)
『エンコスティック画と蠟画に関する覚書』ド・ケイルス伯 / M. J.マジョー(1755)
ド・ケイルス伯(考古学者兼銅板画家)/ M. J.マジョー(パリ大学医学博士)
 蠟画再発見又は考案の当事者による書。森田恒之氏の『絵具の博物誌』では、「この新しい考案をさっそく試みたアカデミー会員の画家もたくさんいたらしい。後年出た『覚書』改訂版にはそうした追体験記録が追加された」とあるが、私がもっているのはその改訂版の復刻版。
○Diderot, D.,“L’ histoire et le secret de la peinture en cire”, Paris, 1755
 この『蠟画の歴史と秘密』でディドロは、上記ケイルス/マジョーの書を批判。
○Muntz, J. H.,“Encaustic: or, Count Caylus’s Method of Painting in the Manner of the Ancients. To which is added a sure and easy Method for Fixing of Cayons (pastels)”, London, 1760 序文8+本文139頁
○Taylor, W. B. Sarsfield,“A Manual of Fresco and Encaustic Painting containing ample instructions for executing works of these description. With an historical memoir of these arts from the earliest times”,London, 1843 序文20+本文214+広告16頁
○Thomas, William Cave,“Mural or Monumental decoration: Its Aims and Methods”, Windsor & Newton, London, 1869
 これは英国の絵具会社ウィンザー&ニュートン社刊で、序文8+本文314+社のカタログ32頁の構成。Pratt, F. / Fizell, B.では、刊年が「1900?年」となっている。
○Sartin, John,“On the Antique Painting in Encaustic of Cleopatora ; Being Discovered in 1818”, Philadelphia: George Gebbie & Co., 1885
●Schmid, Hans.“Enkaustik und Fresko auf Antiker Grundlage”, München, 1926
(rp. Sändig Reprint Vaduz, 1986) 『古代の蠟画とフレスコ画の原則』
●Pratt, F. / Fizell, B.,“Encaustic, Materials and Method”, New York, 1949
 絵画技術史研究家や作家の処方集

諸研究
●Laurie, A.P., Greek and Roman Methods of Painting, Cambridge University Press, 1910.
●Laurie, A. P.,“The Materials of the Painter's Craft in Europe and Egypt from earliest times to the end of the 17 century, with some account of their preparation and use”, London & Edinburgh, 1910.
●Stout, G. L.,“The Restoration of Fayum Portrait”, Technical Studies in the Field of the Fine Art, vol.1, pp. 82-93, 1936
●Dow, E.,“The Medium of Encaustic Painting”, Technical Studies in the Field of the Fine Art, vol.5, pp. 3-17, 1936
●Sack, S. / Stolow, N.,“A Micro-Climate for a Fayum Painting” , Studies in Conservation, vol. 23, pp. 47-56, 1978
●Filippakis, S. E. / Pedikatsis, B. / Paradellis, T.,“X-Ray Analysis of Pigments from Vergina, Greece(Second Tomb)”, Studies in Conservation, vol. 24, pp. 54-58, 1979
●Ramer, B.“The Technology, Examination and Conservation of the Fayum Portraits In the Petrie Museum”, Studies in Conservation, vol. 24, pp. 1-13, 1979
●森田恒之著『絵具の博物誌』中央美術出版pp. 36-43 1986年
 もとより題名が示すように、研究書ではないが、蠟画の再発見前後のことがわかる。
○Wunderlich, Christian-Heinrich,“Enkaustische Maltechniken: Ein Versuch zur Rekonstruktion anhand von Quellen”, Restairo, vol. 106, No. 2, pp. 110-116, German, 2000
 『蝋画の技法:原典による再現の試み』過去の蝋画法に関する考察。punic wax(カルタゴ蝋)に焦点を絞った議論。


第2回は、これで。
又近いうちに。


.昔の技法書/手記 全般 (1)」へ続く。


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