顔料 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) [コメントする]

顔料 (4)」からの続き。


顔料 (5)


どうもありがとうございます。

柳 さんのコメント
 (2007/05/03 19:37:24)

ミヤビヨさん、教えて下さり、どうもありがとうございます!
紹介して下さった以下の文献は、ちょうど今その一部を読んでいる所です。
◎Schweppe, Helmut / Winter, John,“Madder and Alizarin”, FitzHugh, Elisabeth West (editor), Artists’ Pigments ―A Handbook of their History and Characteristics― Vol. 3, National Gallery of Art, Oxford University Press(1997), pp. 109-142.
ここで一つ伺ってもよろしいでしょうか。私は今、この文献のp.122にある、茜レーキの製造についての部分を和訳して読んでいます。「garancine」という単語がありますが、これは何を意味しているのでしょうか。英和辞典で調べてみても載っていなかったので、気になっています。もしよろしければ教えて下さいませんでしょうか。フランス語で「ガランス」が茜を意味しているので、これも茜という意味なのかなとも思っているのですが・・・。また私的なことになりますが、実は和訳があまり得意な方ではなく、四苦八苦しています。そのあたりの方でも、何かアドバイスがありましたら、伺いたいと思います。

 私は絵具としての観点で、レーキ顔料、特に赤色レーキ顔料である茜レーキに興味を持ち、調べたいと思っています。なので、今回教えて下さった文献が大変参考になりました。これからミヤビヨさんが紹介して下さった文献を、取り寄せるなどして読んで行きたいと思います。今後分からない点があった際に、またお聞きしたいと思いますが、よろしいでしょうか。どうぞよろしくお願い致します。


付け足しです。

柳 さんのコメント
 (2007/05/03 19:41:46)

すみません、訂正です。私は、グレーズ技法に使われる絵具としての赤色レーキ顔料という観点で、茜レーキやコチニール、アリザリンレーキに興味を持っています。


Re: レーキ顔料について 2

miyabyo さんのコメント
 (2007/05/04 02:42:58)

、磧garancine」という単語がありますが、これは何を意味しているのでしょうか。≫

これは、仏語で「アカネ染料」を意味します。

「garance」 に接尾辞「ine」をつけて 「garanceを成分とするもの」となりますから、 「アカネ染料」と訳していいと思います。


□禺造蕨駄があまり得意な方ではなく、四苦八苦しています。そのあたりの方でも、何かアドバイスがありましたら、伺いたいと思います。≫

お教えできるほどの素養を持ち合わせているわけではありません。ただただ知りたいという欲望が、語学力もそっちのけで強いというにすぎませんので、あまりお力にはなれないでしょう。
ただ、共通項としての辞書について申し上げれば、英語に関しては、日本で出版されている辞書以外に「OED」(Oxford English Dictionary)のCD版を是非揃えられることです。かつては、paper edition全20巻で60万円ほどしていました。CD版化のVer.1は、13万円ほどでしたが、今は5〜6万円だろうと思います。ver.3以降からPCに入れておけるようになり、特に近世英語などを読む場合、大いに頼りになります。


最後に私の一押の文献をご紹介しておきます。
●Chenciner, Robert,“Madder Red - A History of Luxury and Trade”, Curzon, 2000.
 
この書は全384頁で、現在マダーレーキに関して最も詳しい書のひとつです。絵画のみでなく、当然ながら、染料染色までも網羅してあります。5000年のルーツを辿り、その色の純正をどのようにして高めたのか、交易・価格はどうであったのかといった話題や、「レオナルドの選んだマダーレーキ」「トルコ赤の秘められた処方」といった章もあります。

レーキ顔料の昔日の処方については、
Merrifield, Medieval and Renaissance Treatises on the Arts of Painting, 1vol., Dover 1999.
近世の処方は、
●The Tate Gallery,“Paint & Painting”, London, 1982
 英国の絵具会社 ウィンザー&ニュートン(Winsor & Newton)社が150年記念行事としてスポンサーとなったもの。絵具の歴史や製法例が記載されていて、ラファエル前派の作家やターナーに影響を与えた色彩理論家で絵具屋でもあったジョージ・フィールドのマダーレーキ・レーキの処方が載っています。

また、もし閲覧可能なら(金沢美術工芸大学の図書館にあります)、
●Dossie, Robert, The Handmaid to the Arts, 2vols., London,1758.
に詳しく載っています。私が持っているのは、絵画関連の第1巻のみで1764年版ですが、顔料、展色材、乾燥剤、琺瑯画、箔置き、染付け、漆、などの製法・技能を詳述しており、当時の技術を知る格好の書といえるでしょう。


どうもありがとうございます!

柳 さんのコメント
 (2007/05/06 03:24:20)

返信が遅れてしまいました。すみません。

>ご質問の内容としては、「画材&技法掲示板」の「顔料」や「翻訳」などのスレッドの方がよかったのかもしれませんが、心無い方のスパム攻撃とやらで、管理人さんが修復中とのことですから、このままここでご返事いたします。

そうだったのですか・・・。
私も以前こちらへ訪れたことがあったのですが、
その時に使わせて頂いていた掲示板が表示されなく
なっていたので、どうしたのかなと思っていました。

「garance」は「アカネ染料」と訳していいのですね。
また和訳に関しても、丁寧なアドバイスを下さり
どうもありがとうございます!辞書についても
購入するかどうか考えてみようと思います。

>最後に私の一押の文献をご紹介しておきます。

教えて下さり、どうもありがとうございます!
● Chenciner, Robert,“Madder Red - A History of Luxury and Trade”, Curzon, 2000.
をAmazonで調べてみました。高価な本なのですね。
ぜひ読んでみたいと思うので、購入を考えてみたいと思います。
他に紹介して下さった以下の3冊も、直に手にとって読んでみたいと思います。
●Merrifield, Medieval and Renaissance Treatises on the Arts of Painting, 1vol., Dover 1999.
●The Tate Gallery,“Paint & Painting”, London, 1982
●Dossie, Robert, The Handmaid to the Arts, 2vols., London,1758.
webcatで調べてみた所、大学の図書館、特に東京芸術大学の図書館にある様なので、問い合わせてみようと思います。本当にどうもありがとうございます。


高松塚古墳の青龍等の顔料「ラピスラズリ使用」説のその後

miyabyo さんのコメント
 (2007/12/12 23:08:12)

今年も残りわずかになりました。顔料に関することで、この1年で最も印象に残ることといえば、やはり、「ラピスラズリ使用」説の撤回でしょう。この「ラピスラズリ使用」説にいち早く疑問を唱えた者として、所感を書かせていただきます。多分1回では書ききれないでしょうから、2〜3回に分けて書くこととします。


奈良・高松塚古墳
「青龍にラピスラズリ使用」説 東文研が事実上の撤回


これは、2007/06/04[月]読売新聞の見出しです。
記事を引用しておきます。

≪奈良県明日香村の高松塚古墳(8世紀初め)の極彩色壁画のうち、「青龍」に使われた鮮やかな青色の顔料について、東京文化財研究所が3年前に発表した「宝石のラピスラズリが使われており、日本では類例がない」とした説を、事実上、撤回していることがわかった。調査方法などに研究者から疑問が相次いだためで、東文研も論拠の薄弱さを認め、最近の専門誌では触れていない。青龍が描かれた側壁は7、8両日に取り外される予定で、文化庁などは、顔料の結晶構造などを詳しく調べる。

‥‥‥≪中略≫‥‥‥

 東文研は壁画発見30年を記念し、2004年に出版した「国宝高松塚古墳壁画」で、蛍光画像撮影や蛍光エックス線分析などの調査結果を掲載。この中で、青龍の胴体などに薄紫色の蛍光を確認し、特定の波長の光を当てたところ、分光曲線がラピスラズリの波長と一致したとして、ラピスラズリを使用していたと断定した。

さらに「一つの衝撃。壁画の高貴性や、歴史的な流通が感じ取れる」とし、同年6月には奈良市での研究報告会でも発表していた。

 しかし、高松塚以外にラピスラズリが顔料として使われた例は確認されず、高松塚古墳のルーツとされる中国・西安の唐代壁画でも使用例はないなど疑問視する声があがった。さらに、地質学や保存科学の研究者からも、携帯式の蛍光エックス線分析による結果だけでは、調査方法や学術的な検証が十分でないなどの意見が相次いだ。

 東文研内部でも、「十分な科学的データがない。他の分析をきちんとしないと分からない」(三浦定俊副所長)などと否定的な意見もあり、今年5月発行の「日本の美術5」では「緑青や群青以外の彩色材料を考えることが必要」との表現にとどめ、分光曲線やラピスラズリに触れなかった。

分析法認められず
 顔料に詳しい成瀬正和・正倉院事務所保存科学室長は、「東文研の調査方法による顔料識別は認知されていない。また、西安や朝鮮では使われておらず、西域から直接日本に入った可能性があるか、ないかという点も議論されていない」としている。≫



 以上が、その内容です。
振り返ってみますと、高松塚古墳壁画の青色に「ラピスラズリ」使用を東文研が示唆した、と各紙がいっせいに報道したのは、3年前の2004年4月30日〜5月1日でした。どういった内容が発表されたのか、抜粋しておきます。


共同通信:飛鳥美人の青アフガン産か 高松塚壁画にラピスラズリ [ 04月30日]
「 東京文化財研究所は、特定の物質に一定の波長の電磁波を当てると固有の蛍光を出す性質に着目。2002年末から03年10月、同古墳の石室に電磁波の波長を操作する装置を持ち込み測定。四神図の玄武や青竜のうろこ、東西の壁に描いた男女群像の上衣やスカートなどの蛍光反応が、ラピスラズリと一致することが判明した。」


毎日新聞: <高松塚古墳>壁画の青色に「ラピスラズリ」使用か [04月30日/05月01日]
「奈良県明日香村の特別史跡・高松塚古墳(7世紀末〜8世紀初め)の極彩色壁画(国宝)に、青色の顔料として鉱物「ラピスラズリ」が使われた可能性があることが、東京文化財研究所の調査で分かった。‥‥中略‥‥
 東壁・青竜の胴や北壁・玄武の蛇の胴、東西壁の人物群像の衣服など、肉眼で青や緑に見えている部分の大半に使われていたとみられる。青、緑の顔料の上に重ねたらしい。

 02年9月から03年4月にかけ、特殊な波長の光を当てて蛍光反応によって有機物の性質を調べる分析を実施。その結果、有機物が反応を示さない二つの波長域で特有の蛍光反応を確認。ラピスラズリを構成する複数の要素のうち、不純物を含むものと、光の屈折異常を起こすものによるとみて、東文研は「ラピスラズリの存在を示唆する」と結論付けた。」


朝日新聞:高松塚古墳の壁画に西アジア産顔料使用か? [05月01日]
「同研究所がこのほど、壁画の顔料に特定の光を当てた時に生じる蛍光を分光分析した結果、有名な女性群像の衣装や、四神である青竜、玄武などの青や緑に見える部分に、ラピスラズリを砕いた顔料を使ったらしいと推定した。」


東京新聞:『飛鳥美人』の青 アフガン産? [05月01日]
「東京文化財研究所は、特定の物質に一定の波長の電磁波を当てると固有の蛍光を出す性質に着目。二〇〇二年末から〇三年十月、同古墳の石室に電磁波の波長を操作する装置を持ち込み測定。男女群像の上衣やスカートなどの蛍光反応が、ラピスラズリと一致することが判明した。原石を取り寄せて色合いなども比較。アフガニスタン産の可能性が高いと判断。これまで高松塚壁画の青は日本画の顔料、岩群青だけと考えられていた。」


どうでしょうか、これだけのことを各紙で書かれてあれば、普通の人ならすっかり信じてしまいますよね?

私は、これらの記事を見てまず驚きました。そんなことはありえない、と。
東京文化財研究所が今回その判断のよりどころとした「ハンディ蛍光X線分析装置」では、顔料ラピスラズリを構成する元素が特定できるわけがないからでした。
私も使ったことがある通常の固定式の蛍光X線分析装置でなら、一定の説得性あり、といえるのですが、「ハンディ蛍光X線分析装置」は真空ではなく、大気を介在させて測定することもあって、元素としてカリウム(K)よりも原子番号の大きい元素でないと検出は困難であるからです。

つまり、通常の顔料ラピスラズリを構成する元素及び構成比は、
Si:30.08〜36.73%
Al:10.08〜22.86%
Ca:15.70〜44.36%
Na: 5.29〜15.85%
S: 3.30〜 9.82%
Cl: 0.58〜 2.11% (私が実施した分析データより)

で、下地にも使われているカルシウムを除く他のすべて(ケイ素、アルミニウム、硫黄、塩素)がカリウムより小さい元素であるために、検出できるわけがなかったからです。
ですから、顔料ラピスラズリを示唆している以上、記事にはない機材による分析結果があるのではないか、と思いました。しかしながら、それにしても随分乱暴な発表だな、というのが第一印象だったのです。

それで、そのことを早速5月4日に「修復家の集い」の旧スレッド≪しゅうふく事情≫の関連情報に投稿したのでした。
(実はこの記事はすでに見られなくなっていることが、先ほど判りました。以下全文載せておきます)


------------------------------------------------------------------
「しゅうふく事情」
392. Re: <高松塚古墳>壁画の青色に「ラピスラズリ」使用か  2004/5/4(05:39)

高松塚古墳で使用された青顔料と顔料ラピスラズリについての疑問


報道のタイトルは、歯切れが悪いものの、やはり衝撃的でした。

<高松塚古墳>壁画の青色に「ラピスラズリ」使用か [ 05月01日] 毎日新聞
高松塚古墳の壁画に西アジア産顔料使用か? [05月01日] 朝日新聞
飛鳥美人の青アフガン産か 高松塚壁画にラピスラズリ [ 04月30日] 共同通信
『飛鳥美人』の青 アフガン産? 2004/05/01朝刊 東京新聞

しかしながら、その記事を読んで、私は果たしてラピスラズリの可能性をいかな
る裏づけを持って示唆しているのか、疑問に思いました。

従来想定されていたアズライト(岩群青)は、銅の塩基性炭酸塩2CuCO3.Cu(OH)2.
で構成されている。
一方、今回想定されているラピスラズリ(ラズライト)の化学式は
(Na, Ca)8(AlSiO4)6(SO4, S, Cl)2です。
また、鉱石ラピスラズリは以下の不純物が含まれる。

ラピスラズリに含まれる代表的な不純物  方解石:CaCO3 黄鉄鉱:FeS2 
その他:石英:SiO2 透輝石:CaO・Mg・2SiO2 苦土橄欖石:2MgO・SiO2 珪灰
石:CaO・SiO2


東京文化財研究所のHPで公開されている報告書
「ハンディ蛍光X線分析装置による高松塚古墳壁画の顔料分析」(早川泰弘・佐
野千絵・三浦定俊)2004. 77 によれば、

1.大気中での測定では,有機物(主元素C,N,O,Hなど)や軽元素(例え
ばAl,Si,S,Clなど)の検出は行えない。有機物を主成分とする各種の染料あ
るいは白土(主成分Al2O3・2SiO2)などについては,主成分の元素情報を得るこ
とも困難である。
2.今回の調査で検出された元素はカルシウム(Ca),鉄(Fe),銅(Cu),水銀
(Hg),鉛(Pb),金(Au),銀(Ag)の7元素だけであった。

と、述べています。

ところで、西洋の処方に基づいて、アフガニスタン産の原石ラピスラズリから、
私が作成した顔料ラピスラズリの蛍光X線定量分析によれば、その主要な元素の
構成比は以下の通り。
Si:30.08〜36.73%
Al:10.08〜22.86%
Ca:15.70〜44.36%
Na: 5.29〜15.85%
S: 3.30〜 9.82%
Cl: 0.58〜 2.11%

一般的には、良質の紫がかった青はS(硫黄)の比率が高い。また、純度が高い
ものほどSi(透明な珪酸塩)やCaの比率が低い。

西洋では中世のある時期から、樹脂、蜜蝋等で作ったパテを使用していくつかの
グレードを作り、最後には後世の命名である「ウルトラマリン灰」を抽出したが、
それ以前は、原石の青みの濃い部分を選んで、単に細かくすり潰して使用してい
たために、SiやCaの比率が多い。

おそらく、これを読まれる方もすでに疑問に思われるでしょうが、今回のハンデ
ィ蛍光X線分析装置で調べた7元素では、ラピスラズリを構成する元素について、
何一つ情報を提供していない。にも拘わらず、なぜラピスラズリが想定されたの
でしょうか?

共通の元素Ca及び不純物に含まれるFeに関しては、ラピスラズリ以外の顔料に
も含まれており、ラピスラズリを示唆する材料とはならない。青色をしていると
ころにCuの比率が多いことは、むしろ従来想定されたアズライトを更に決定付
けることはあっても、元素として検出できない元素を持つラピスラズリを想定す
ることには無理があります。

げんに、報告書でも、「Cuは緑色顔料の緑青や青色顔料の群青の主構成元素であ
り,従来の調査結果‥‥にも高松塚古墳壁画の中に広く使われていることが記さ
れている。今回の調査でも,緑色および青色を示している箇所から大量のCuが
検出された。」とあります。

それがなぜ、「男女群像の上衣やスカートなどの蛍光反応が、ラピスラズリと一致
することが判明した。原石を取り寄せて色合いなども比較。アフガニスタン産の
可能性が高いと判断。これまで高松塚壁画の青は日本画の顔料、岩群青だけと考
えられていた。」(東京新聞)となるのか?

今回使用した機器では「軽元素(例えばAl,Si,S,Clなど)の検出は行えない。」
としている以上、それら元素こそがラピスラズリを決定する要素であるわけです
から、大いに矛盾するはずなのです。


それとも、以上挙げた新聞及び研究所報告書以外で、ラピスラズリを示唆するデ
ータ又は報告があるのだろうか?

-----------------------------------------------

私は、日本で顔料ラピスラズリが使用された可能性を、現在もまったく否定していません。あってもおかしくないと思っています。そのことは次回以降に、少し話してみます。


高松塚古墳の青龍等の顔料「ラピスラズリ使用」説のその後 2

miyabyo さんのコメント
 (2008/01/12 01:29:22)

あっという間に、既に年を越し、1月も半ば。

前回は、顔料ラピスラズリの可能性を探る機材として、携帯性には優れるが大気を介在させざるを得ない「ハンディ蛍光X線分析装置」は不適切な機材であったことを、その具体的な理由を挙げて書きました。

仮に実施しても、
文化財研究所(文化遺産国際協力センター)と東京藝術大学が共同で実施した、

『アフガニスタン流出文化財の調査 バーミヤーン仏教壁画の材料と技法』明石書店2006

の報告にあるように、
可搬型蛍光X線分析では、顔料ラピスラズリではないかと思われる部分で検出されるのは、せいぜい組成の一部のCa(カルシウム)と、不純物としてのFe(黄鉄鉱の鉄)なのです。



こうして書きますと、出てくる疑問のひとつとして、東文研内部での整合性はどうだったのか?ということがあります。
つまり、東文研内部で、使用顔料を調べたグループが二つあり、その分析処理により事実上まったく別の結論が導き出されているからです。
前回転載した『高松塚古墳で使用された青顔料と顔料ラピスラズリについての疑問』をサイトに書かいて約一ヶ月後の6月11日に

『国宝 高松塚古墳壁画』文化庁監修 中央公論美術出版 2004

が公刊され、報告内容にもある種のねじれがあることを知りました。

「ハンディ蛍光X線分析装置による高松塚古墳壁画の顔料分析」(早川泰弘・佐野千絵・三浦定俊)
『保存科学』vol. 43, 2004, pp. 63-77.(前回ご紹介した報告書)

を略述した報告である

『高松塚古墳壁画の顔料分析』(早川泰弘・佐野千絵・三浦定俊)pp. 15-16.

の節では、最後に次の文が添えられていました。

≪‥‥本文中でも触れたように、染料や軽元素を主体とした顔料の分析はまったくなされていないのが現実である。他の節で記載されているように、高松塚古墳壁画には染料や軽元素を主体とした顔料が使われている可能性が非常に高く、それらの情報と今回の調査結果を総合することによって高松塚古墳壁画に用いられている彩色材料・技法に関する詳細な知見が得られるものである。≫

ここでいう「他の節で記載されている」報告とは、この報告の次頁にある

『壁画の画像形成について』(情報調整室:城野誠治)同書pp. 17-119

を示しています。
また、これを受けた形で、勇み足で書いてしまったのが、

『携帯型蛍光X線分析器による顔料調査の成果』(東京文化財研究所所長:渡部明義)pp. 12-14.

で、書が公刊される前に、いわば検証不十分のまま見切り発表となった2004年の報道(4/30〜5/1)の根源に、この印刷に回っていたふたつの報告があった、ということがわかります。

つまり、私の「修復家の集い」への投稿の末尾に書いた、

≪それとも、以上挙げた新聞及び研究所報告書以外で、ラピスラズリを示唆するデータ又は報告があるのだろうか?≫

が、やはりあったわけです。
しかしながら、2007/06/04[月]読売新聞にあるように
≪成瀬正和・正倉院事務所保存科学室長は、「東文研の調査方法による顔料識別は認知されていない。 ‥‥」≫
というのが現状であるわけです。


保存科学部に所属の早川泰弘・佐野千絵両氏と、当時協力調整官として参画された三浦定俊氏3名の論調とは、明確に区別しておく必要があります。
現に、三浦定俊氏の発言として、前回の冒頭でご紹介した撤回報道記事でも、

≪東文研内部でも、「十分な科学的データがない。他の分析をきちんとしないと分からない」(三浦定俊副所長)などと否定的な意見もあり、‥‥≫2007/06/04[月]読売新聞

と、明確に言われているのも、部外者ながら心情お察しいたしたいところです。



さて、
問題の箇所の青顔料には、現在までわかっているアズライト以外に別の顔料が用いられているのか?
用いられていたとすれば、それは染料系顔料なのか、あるいは懸案の鉱物性顔料ラピスラズリなのか?



‥‥問題の、東第二石(青龍)は2007年6月7日に解体・移動が行なわれた。

≪2007年4月から開始した高松塚古墳の石室解体も、6月26日に西第一石(男子群像)が解体され仮設修理施設へ移動したことで、残すは床石のみとなりました。
‥‥中略‥‥
 仮設修理施設にて受け入れた石材は、写真撮影・サンプリング・クリーニングを行なったうえで修理作業室に移動します。その後、画面表打ちの除去を行ったうえで、壁画面の状態を観察・記録し、これから長い期間をかけて行なう壁画修理に必要な情報収集を行なっています。 ≫
(保存修復科学センター・森井順之、木川りか)

とのこと。
どの時点で顔料同定のための調査が実施されるのかと思っていたわけですが、この問題の象徴とも言える東第二石(青龍)が解体・移動する3日前に、前回冒頭の新聞報道のように、一旦「青龍にラピスラズリ使用」説を撤回しているということが知らされたわけです。

「一旦」と書いたのは、顔料ラピスラズリを構成する元素が同定された場合よりも、その可能性を否定する結果がでた場合を考えれば、先にそれとなく撤回をにおわせていた方が、ダメージのリスクとしては軽減できると判断したのかもしれない、とも思えるからです。

個人的には、青龍の部分を調べるだけでなく、青龍が描かれた岩を支える床石に積もっている泥を調べることも重要であると思っています。
すでに青龍の青にアズライトが使用されていることは過去の分析でも明白ですから、西洋でよく見られる彩色法と同様にアズライトの上に顔料ラピスラズリが塗られているかどうか(あるいは染料系顔料が塗られているのか)の可能性なのです。
つまり、青龍の図像の多くが剥落していることから考えれば、仮に青龍図像部に一粒の顔料粒子もなくとも、先に剥落している顔料ラピスラズリが、必ず堆積した泥の中にあるはずだからです。


このことは、すでに「修復家の集い」で
ONOさんの「gesso grosso」の焼石膏説について
で交わしたレスの、
「タイムカプセルとしての絵画」2006-10-21 5:27
でも、書きました。

----------------------------------------------------------------------
≪‥‥この問題は、実は、今般の高松塚古墳壁画問題でも感じるものがあります。
その問題のひとつが顔料ラピスラズリの使用ということでした。

「青龍の肌の部分で分光分析した結果、その分光曲線はラピスラズリに一致することが判明した。」p.13 

「高松塚古墳壁画にラピスラズリが顔料として用いられているというのはひとつの衝撃である。直ちに大方の賛同は得られないかもしれないが、可能性は認められてしかるべきであり、今後の調査活動による事例の増加が願われるのである。」p.14
(以上『国宝 高松塚古墳壁画』文化庁監修 中央公論美術出版 2004 より)



「発掘調査の際に石室内から排出された土壌の一部分の供与を受け、‥‥中略‥‥東壁中央青龍下部‥‥」p.20 

これは、「佛教藝術」87号1972年に載せられた安田博幸氏の
「高松古墳の壁画顔料について−その科学的調査−」の一文ですが、その末尾に、
「青色顔料にラピスラズリ(青色宝石粉末)を使用するというような特殊珍貴な物質を利用した形跡は認められなかった。」
とあります。

つまり、およそ半分ほど欠けた青龍の壁画部分では、分光分析で顔料ラピスラズリの存在が確認されたにも関わらず、その剥がれ落ちた下部の床から採取した鉱物性青顔料からは、アズライト以外の顔料が出ていないという結果になります。通常アズライトを塗った上に顔料ラピスラズリを塗るという使用方法が取られることからしても、この結果の不適合さがあるわけです。

したがって、「今後の調査活動による事例の増加が願われるのである。」というような先送りをせずに、保存されている青龍下部から採取した土壌を再度調べるという姿勢こそ必要ではなかったか。少なくともその予定を示唆する文言があっても良かったのではないか。

壁の絵は国宝でしかも非破壊的方法は取れないとしても、剥がれ落ちて泥にまみれた残遺は、調べられるはずです。その結果顔料ラピスラズリが同定されれば、「直ちに大方の賛同は得られないかもしれないが、可能性は認められてしかるべきであり」といった、およそ科学的分析の報告にあるまじき表現をせずとも済むはずです。≫

----------------------以上「タイムカプセルとしての絵画」より転載-----------------------


安田博幸氏の
「高松古墳の壁画顔料について−その科学的調査−」佛教藝術87号1972年
の時は、その泥の一部を分析しているわけですから、現在保管されている泥や今回移設のために取り除かれた泥も合わせれば、顔料ラピスラズリが使用されたのかなかったのか、あるいは、カルシウムに青染料を吸着させた、いわゆる染料顔料なのか、はっきりするのではないでしょうか?
仮に、顔料ラピスラズリが使用されているなら、顔料ラピスラズリを塗ってからアズライトを塗るというようなありえない描法でもない限り、泥の中にこそ先に剥落した顔料ラピスラズリが多く残っているはずですから。




ところで、実は、撤回するであろうという予測は、この撤回記事を遡る5ヶ月ほど前にすでにあったことがわかりました。

その研究誌を、私は今年に入って入手しました。

それは、
『国宝 高松塚古墳壁画』文化庁監修 中央公論美術出版 2004
で、顔料ラピスラズリに関しては相反する報告をしたといえる、早川泰弘氏及び城野誠治氏の連名で載せられた報告書です。

『佛教藝術』290号毎日新聞2007年1月
の「特集高松塚・キトラ古墳壁画」に収められた、
「高松塚古墳壁画の彩色材料について」pp. 69-75.
が、それです。

あたかも、顔料ラピスラズリのことなど高松塚古墳に関して語ること自体論外とでもみなしているかのように、まったく触れられていなかったからでした。

では、何が語られていたのか、といえば、従来から言われていた群青(アズライト)説への支持と、染料顔料の可能性でした。



青系染料顔料については、かつて、山崎一雄氏が「日本画の顔料について」の中で、高松塚古墳壁画のことをいっているわけではありませんが、次のような指摘をしています。

「‥‥また(*藍銅鉱は)岩緑青と異なって産出が少ないため、高価であり、そのため黄土を藍で褐色した代用品(代用群青)が用いられた例がある。たとえば、室生寺の仏像の光背(九世紀後半)、醍醐寺五重塔(九五一)、鳳凰堂(一〇五三)、霊山寺の仏像(十一世紀)などである‥‥」(「古文化財の科学」思文閣出版1987年177頁)

黄土には、カルシウムと水酸化鉄が含まれていますから、CaとFeで反応があります。


---------------------------------------------------------------------------------------

分析には、さほど日数もかかりませんから、研究所内では既に結果は出ているかもしれません。
2007年6月からすでに半年経過しているわけですが、正式な発表が出たのかどうか私は知りません。

この件、単にやんわり撤回するのではなく、正式な発表をきっちりしてほしいものです。


次回は、一般論としての、日本における顔料ラピスラズリが使用された可能性、を探ります。


顔料 (6)」へ続く。


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