顔料 (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) [コメントする]

顔料」からの続き。


顔料 (1)


画家のパレット、ラピス・ラズリの論文の件など

miyabyo さんのコメント
 (2002/12/01 22:38:37 -
E-Mail)

●りさ さんへ
 はじめまして。私がこちらのHPに書き込みを始めましたのが9月上旬からですから、りささんが書き込まれて数ヶ月のブランクがありますし、その後自力で文献等を見つけられて、ある程度解消されておられたのだろうと思っておりました。


《絵画と色彩(といっても美術史と余り変わらない)というテーマで発表しようと思ってます。》

《たまたま、選んだテーマが、「スペイン絵画の黄金期−グレコ、ベラスケス、 ゴヤ」です。》

《「カンジャンテ」とは具体的にはどんな技法で、どういう画家が使っていたのでしょうか?ミケランジェロなどが例としてあげられてましたが、他にはどんな画家が使用しているのでしょうか?変化に富んだとは色相的にでしょうか?明度でしょうか?》

 りささんのバックボーンが判りませんので、どの程度の文献をご紹介すればよいのかわかりませんが、研究テーマは、どういう文献を素材として使用するかを取捨選択することで、すでにその研究の6割は終了しているというほど、大事な作業だろうと私は考えています。

 我々画家の調べごとと違って、特に文献を駆使しての研究発表を控えておられる場合、安易にその疑問の結果のみをお答えするのは逆に失礼になるとも考えます。りささんに対してではなく、その発表を聞かれる、又は読まれる方々に対して。

 私はりささんほど色彩理論には関心がないので多くは知りませんが、以下の文献は十分に役立つだろうと思います。

Hall, Marcia B.,“Color and Technique in Renaissance Painting Italy and North”, J. J. Augustin, Publisher, Locust Valley, New York, 1987

この書には「カンジャンテ(cangiante)」のこともちゃんと書いてあります。
関連論文を目次からピックアップしますと

  第1章 形式上の研究 では
      フィリッポ・リッピの絵画における色の空間構造
  第2章 技術的研究  では
      イタリア・ルネサンスの天井画におけるテンペラ絵具
      ヴェネツィアの画家たち(1480-1580)による色使い:材料と技術
  第3章 色の規範 では
      ルネサンスの色の規範:典礼、人文主義、工房
      イタリア・ルネサンスの等色[Isochromatic]の色合成
  第4章 色彩理論 では
      色彩理論におけるレオン・バチスタ・アルベルティの位置
      色の文体論

などです。参考図版及び絵画層のクロスセクションは2枚のマイクロフィッシュにしてあります。
古書の入手方法に関しては、「輸出入&翻訳」スレッドの私の書き込みも参考になるかもしれません。


●『ラピス・ラズリを顔料にするにあたっての若干の考察』(1987年私家版)入手の件
 正面きってのご質問なので、ちょっと躊躇したのですが‥‥
 この論文に関して直接のメールも様々な立場の方々から頂いており、その方々には事情をお話申し上げているのですが、結論を申し上げますと(前宣伝のようで恐縮しますが)、来年の前半あたりを目処に、改訂版が某○○経由で公表できそうなので、その準備をしているところなのです。したがって、その間 ’78年度版についての話題は封印しなければなりません。
 
 本が出る前にこの場ですべてを公開するわけにも行きませんし。 (年内立ち上げ予定だったHPもしばらくお預けです。 管理人さん悪しからず。 ついでに、それまで書き進めていたものもしばらくお預けとなりました。 当分は息抜きにこちらに立ち寄らせてください。)


《  随分、詳しい資料ですが、A資料、B資料というのは、やはりご自身の研究されたものなのですか?もし、さしつかえなかったらどういう資料なのか教えて頂きたいのですが・・・厚かましいでしょうか? 》

●A資料、B資料について
 A.資料 Mckim-Smith, G. / Andersen-Bergdoll, G / Newman, R. ,“Examining Velazquez”,Yale University Press: Mew Haven & London, 1988.

 B.資料 Brown, Jonathan / Garrido, Carmen, “Velazquez: The Technique of Genius”, Yale Univ. Pr Published, 1998.

 あえてこの原典をお教えするのは、《厚かましいでしょうか?》とおっしゃるりささんなら、きっとちゃんとお調べになって書かれるだろうと思いましたから。

 また、どういう方向にアンテナを張れば「知りたいこと」が得られるかを実感していただければと考えたからでもあります(はっきり言って、今のご様子では、多分1年経っても上記の本までは辿りつけません)。
ちなみに、A.資料はA級資料、B資料はやや劣るB級資料です。その差は、読み比べていただければわかります。とはいえ、どちらもヴェラスケスのパレットや技法を考える上で、平たく言えば現時点のネタ本・虎の巻に相当します。
 合わせて、私が他のスレッドにレスしたものも見ていただければ、どのような文献にあたれば画家のパレットが見出せるかお判りになることと思います。
 

《 色彩学と絵画とを関連づけて勉強しています。 》

ぜひ良い成果を残されてください。

●bonapaさんへ
ラピス・ラズリでなかったのは残念ですが、アズライトだと特定できてよかったですね。

●管理人さんへ
ラピス・ラズリの論文の件は、当初徐々にでもこの場をお借りして公開してもよいと思っていたのですが、ちゃんとした形で残した方が良いとの勧めでもあり、そのようにすることにしました。
それはそれとして、お聞きになりたいことは一応なさって結構です、話せる範囲内でお答えはするつもりですから。


管理人 さんのコメント
 (2002/12/02 05:04:51)

Miyabyoさん、

ご論文の方は、ちゃんとした形で公表された方が良いと私も思います。
もちろん管理人としては、この掲示板で語っていただけたら、ものすごく嬉しかったのですが、まとまった形の本の方も今から楽しみです。
ご本が出るまで、論文の内容に触れる話がしずらくなりそうですが、公表されましたら、本の内容にもからめて、是非またいろいろラピスラズリについて、詳しいお話を聞かせてもらえると嬉しいです。

「某○○経由」ということは、一般書籍として販売、あるいは国会図書館への納入などがあるのでしょうか。
今のところは、プロローグか宣伝のような形でもかまわないので、何かありましたら、書き込んでください。

論文の方は、顔料化がメインテーマだと思うのですが、そのあたりはMiyabyoさんのご著書を待つとして、しばらくはその周辺について、ラピスラズリの話題を続けていけたらと思います。

それにしても、絵画技術関連の本は、タイミングを逃すと手に入れるのが難しいですね。
チェンニーニのような本でも、日本語訳は、絶版になっていますし。
それに、本の存在を知ることすら、難しい場合もありますし、このサイトのコンテンツや掲示板を通じて、書籍の情報が伝わったり、本の販売実績があがったり、あるいは再版されたりしてくれると嬉しいです。


株式会社喜屋様へのお詫び

Miyabyo さんのコメント
 (2003/02/25 02:38:36)

管理人さん、お久しぶりです。
論文の追い込みで忙しい日々を送っております。
久しぶりなので<雑談>の方にもお邪魔します。

さて、今般日本でも非常に質の高い日本画材を長年提供されている株式会社喜屋さまから、私の文面で誤解を生じかねないかたちで御会社名を使用したことに対するメールが昨日ありました。

以下返信しました内容をここに転載します。
なお、

不詳の《日本画材料では都内では良く知られているお店》(bonapaさんの書き込みより)と株式会社喜屋とはなんら関係がないこと、

また、

これは今回のメールで知ったことでしたが、《当店では絵画の多様化に伴い、世界の様々な石を絵具にしております。また、絵具に製造して販売している原石は、信用出来る宝石商から購入いたしております。》とのことです。
したがいまして、株式会社喜屋様で販売されている顔料ラピスラズリ(bonapaさんが某画材店から貰われたのは鉱物ですから顔料のことを示す訳ではありませんが)がアズライトであるわけではないこと。

以上をここに銘記しておきます。

私が東京に居りました当時は、何度か喜屋画材店に足を運んだことがあります。特にここで製造される顔料アズライトの青は当時の私の羨望でした。
もし、まだご存じない方がおられたら、ぜひ足を運ばれてください。

113-0034
東京都文京区湯島3-44-8 (株)喜屋 
営業時間 午前9寺30分〜午後6時30分 定休日―毎週月曜
TEL03-3831-8688 FAX03-3837-3587


__________________________________

メールを読ませていただきました。
今回のご指摘ありがとうございました。
以下、ご返事申し上げます。

●結論
私のコメントの背景にある情報にはそれぞれ時間差があります。これはいたし方ないことではありますが、今回のようにそのことによって生じる現実との差異で、ご迷惑をおかけすることになったことを、率直にお詫びいたします。
その上で、この文章を『画材&技法掲示板』内の「顔料」の掲示板」に載せます(ちなみに、私はこのHPの管理者ではありません。私の書き込みにつきましては、『画材&技法掲示板』の検索キーでそのすべてがご覧になれます)。


●経緯
私がこのラピスラズリを研究しましたのは1984年頃からでその成果として残したのが、『ラピスラズリを顔料にするにあたっての若干の考察』(1987)でした。当時入手しました資料の中に御社の『日本画材の基礎知識』(84.06. 10.000と裏に印刷)が含まれておりました。日本画材に関してもっとも信頼できる会社という認識は今も同じで、一つの判断基準として御社に行けば正しい認識が得られるはずだと判断しておりました。その前提として商品アイテムにラピスラズリはないという(古い情報に基づいた)思い込みがありました。このことが今回のご迷惑になる原因となったことになります。
 したがいまして、御社の営業アイテムにあるラピスラズリが偽物であると誤解されかねない表現を故意にしたわけではないことをご理解ください。


●お願い
私は今、ある美術館の要請があって、15年前の論文(これは私家版として極少数のコピーがあるのみで、一般入手は困難)を改訂中です。昨年の10月からその準備で、その後の諸外国の文献や顔料見本を集めておりまして、2月に入りまして執筆を始めたところです。
中世から17世紀の手稿本に残されたラピスラズリの処方の紹介と、その再現を主とするものですが、私が手がけた現代的処方の紹介も含んでおります。

そこで、お願いなのですが、御社のラピスラズリを紹介するパンフレットなどがおありでしたら、文末の私宛に送っていただけないでしょうか。
また、日本で入手できるお店として論文中で紹介して差し支えなければ、その了承をお願いいたしたく存じます。

文面に《当店では絵画の多様化に伴い、世界の様々な石を絵具にしております。また、絵具に製造して販売している原石は、信用出来る宝石商から購入いたしております。》とあり、日本で顔料として入手できることを素直に喜びたいと思います。

●以下は一般論として受け止めてください。ラピスラズリに関することを少々述べてみます。

ラピスラズリの産出地としてアフガニスタン産が有名ですが、それ以外に以下の産地があります。
ロシアの南バイカル領域のMalobystrinskoye鉱床、及びピレネー山脈南西部のLyadzhvardarinskoye鉱床。チリのオバエ(Ovalle)、コルディエラ(Cordillera)、イタリアのヴェスヴィオス山、アメリカ合衆国のサンバーナーディーノ山脈にあるカスケード・キャニオン、カリフォルニアにあるオンタリオ・ピーク、そしてコロラド州にあるサウォッチ山脈(Sawach) です。

私はビルマ産の見本も持っておりますが、これは顔料用としてはほとんど使用されていないようです。理由は、色そのものは非常に濃い青色をしておりますが、和牛の霜降り状に方解石が満遍なく含まれているために、顔料にした場合の色あいと歩留まりが悪いからと思われます。

しかし、実際のところはわかりません。
多くの顔料を販売している会社は産出地を明記しなかったり、最高グレードの図版をあえて明示しなかったり、判で押したようにアフガニスタン産であったりいたします。場合によっては、同じアフガニスタン産であってもAfhganite(1968年の発見)というほぼ同じ鉱床から採れるものを従来のアフガニスタン産と偽っている場合もあります。それが仲買人のレヴェルでそうなのか、絵具製造元でそうするのか、私は知るよしもありません。

かつて、フェルメールの贋作の事件で「ファン・メーヘレン事件」というのがあります。なぜ彼の贋作だと判明したかといえば、その理由のひとつが彼の使用した顔料ラピスラズリでした。彼はそれを純粋のラピスラズリと信じて慎重に使用したのですが、絵具製造元がちゃっかりコバルトブルーを混入させていたのです。ご承知のように、人工顔料コバルトブルーは、フェルメールが生きていた時代は、まだこの世に生まれていなかったのですから。

今回ご覧になられた私の「コメント」は、bonapaさんが『ラピスラズリ、使い方』のタイトルで2002/11/15に書き込まれたことを受けてのことでした。

 《私は「これは本物のラピスラズリだよ」といわれて戴いた青い石の塊を持っています。

私にその石をくれたのは画材やさんで日本画材料では都内では良く知られているお店でした。
お店では日本画の画材料として、その青い石を自家製で先生からのリクエストによって「番手」を調整してひいていました。》 

とあります。私はこの内容をひとまずすべて本当のことと受け止めて、いくつかの合理的な結論を試してみたのが今回ご覧になった文面です。

私の紹介した「赤熱させる」方法を試されたその後日譚が、すぐ後にご本人から寄せられております。読んでいただくとよいと思うのですが、結局bonapaさんが「日本画材料では都内では良く知られているお店」からラピスラズリとして頂いたという鉱石は、結局アズライトだと判明しています。

《ところで結果は「ラピスラズリ」ではありませんでしたぞ。火にかけたあと黒ずんでいました。》とあります。

すべてを、聞き間違いやお店の方の知識不足(アルバイトから責任者の方まですべて同一の知識を有しているわけではありませんので)ではなく事実として捉えるならば、残念ながら、すでに故意又は誤認による販売がある実例となります。


また、顔料ラピスラズリとして売られているものの中には、粒状性に疑問が残るものがあることも事実です。
昔日の作品から採取した顔料分析の論文では、数μ〜30数μで、平均粒状は10μなのです。この歴史的に使用された粒状度を知らずに顔料として販売している業者も多く見受けられます。
私の実験では、色別に6グレードに分け、いわゆる「ウルトラマリン灰」は3グレードに分けて全体を9グレードにしています。これは私の推測ですが、1200〜1700年代の作品に関する修復保存報告書と、昔日の手稿本をつき合わせていくと、ウルトラマリン灰以外の顔料ラピスラズリは、最盛期には5〜6グレードのものをクライアントの要請、制作代金、色調としての要求などで、使い分けたのではなかったかと考えています。

御社で顔料にされておられるとのことなのでご存知のことと思いますが、この鉱石は、単なる水簸(パンニング)だけでは十分なグレードのものが得られません。
顔料ラピスラズリに関して多くの方からメールを頂きますが、このパンニングだけで抽出したためのグレードに対する不満が非常に多いようです。


●日本の文化と顔料ラピスラズリ
今回頂いたメールに

《貴方様のコメントで、日本人はラピス・ラズリの本物をほとんどの人が見たことがないと書かれている点が理解できないのですが》

というくだりがあります。引用された私の文章は、

『こうした連鎖の根底には、ほとんどの日本人が顔料ラピス・ラズリを見たことはないし、使用したという文化もない、という現実があるからです。』

の部分だと思うのですが、「ラピスラズリ」と「顔料ラピスラズリ」ではまったく内容が変わります。私は鉱石としてのラピスラズリと、顔料としてのラピスラズリは明確に書き分けています。

これも一般論として書きます。
たとえ「顔料ラピスラズリ」であっても、アズライトのようにパンニングしただけの顔料を西洋で使用された「顔料ラピスラズリ」と同一視しておられる方々、もしくは業者の方も私からすると「見たことがない」日本人だと考えています。
なぜならば、実際に絵画として残っている「顔料ラピスラズリの青」を知らず、はるかに劣るグレードのものを本来の「顔料ラピスラズリ」と誤解することになるからです。
たしかに、西洋にマルコポーロが紹介した1200年代では、パンニングのみで作った顔料を使用していました。しかしその後様々な処方が試みられ、比較的安定した深味のある青が抽出できるようになりました(東洋では中世以降も引き続きパンニングのみであったために、ある時期、精製されたものが逆輸入されて使用されたこともわかっています)。
仮に日本人がパンニングのみ又は、不適切な処方によるグレードの低い顔料しか知らないとすれば、これはその後1700年代までの西洋絵画で使用された顔料体験を無視することになり、日本に顔料ラピスラズリを根付かせるにはあまりにも空しいものがあります。

御社も実際に作られておられるわけですから、私のこの思いにきっと同意していただけると思います。


現在にいたるも中世と変わらない規範に則って描かれているイコン画というものがあります。これは本来画家としての訓練をつまずに信仰の証として描くために、多くの日曜イコン画家がいます。
こうしたイコン画に携わるプロ?やアマチュアの方に向けて天然顔料のみを提供する会社があります。私はそこの顔料のほとんどを見本で提供して頂いたのですが、最高級の顔料ラピスラズリ(アフガニスタン産と、チリ産とのことでした)は膠で描くには限界のある青さでした。


=============================
以上、縷々書かせていただきましたが、本当の意味でこの顔料が日本に根付くことを願っておりますし、やがてそれが文化となることも望みます。
私が近く上梓する論文も、その一助となることを望外の喜びとし、私の知りうる処方をすべて公開いたします。株式会社喜屋様に置かれましても、御検証いただければ幸いです。

今後も御社がいつまでも良質の天然顔料を提供していかれることを信じてやみません。
今回の失礼にたいして、メールを頂き本当にありがとうございました。
また、“お願い”でお願い申し上げましたこと、お計らい頂きますようよろしくお願いいたします。

では、失礼いたします。


続 ラピスラズリ雑感

Miyabyo さんのコメント
 (2003/03/29 19:16:05 -
E-Mail)

久しぶりです。

ラピスラズリの論文に関しては、実はまだ原稿を持ったままです。
当初の消極的的改訂(誤字、脱字、誤訳に主眼を置きオリジナルを最大限に優先させた改訂)から積極的改訂(15年という歳月の中の情報や成果を積極的に盛り込む改定)に変更せざるを得ない状況を感じ、期限を延長させてもらっています。

こぼれ話、数題

●ラピスラズリの色と粒状度
私が一番驚いたのは、今回入手したラピスラズリの市販品(2社から4種類入手)が、パテを使用しないいわゆる水簸だけで得られる程度のものであるということでした。

今回資金が尽きて入手しなかったのですが、クレマー社の場合は、HPの解説(結構スペル違いあり)を読むと、パテを使用して抽出した顔料(Fra Angelico blue)と使用せずに抽出した顔料を用意しており、特に後者をfine(微細:もっぱら油画用) medium(中位:もっぱらテンペラ画用)、ash(いわゆるウルトラマリン灰。この中にはFra Angelico blueが抽出された最後の方のグレードのものも含まれると推測します)に分けています。多くの顔料の参考粒径が載っていますが、残念ながらラピスラズリの粒径は載っていません。
商品そのものは先述の理由で実見していませんが、比較的良心的な説明書きであると思います。

大雑把にいうと、最高級品又は最もグレードが高いとされる商品が、10〜15gで1万円以内で売っている顔料ラピスラズリ(平成15年現)は、そのほとんどが、金と等価であったと古文書や技法書に残っている最高の顔料ラピスラズリではないこと、このことをはっきりさせておく必要があるでしょう(すべてを観たわけではないので、「すべて」とは書きません)。つまりその価格では、グレードの劣るもの、もしくは水簸による抽出程度のものでしか対応できません。一方、数万円以上するからといって、最高の顔料ラピスラズリを保証するものでもありません。

これは、その内容に偽りあり、ということをいいたいのではありません。かつて実際に使用され、画家もそれを使うことを羨望した色に相当する商品が非常に少ないことを強調したいのです。画家の端くれでもある私が実際に顔料ラピスラズリを作ってみて、使ってみたい色、あるいは魅了された色はせいぜいサードグレードまでだからでもあります(グレードについては後述)。そして、そのファーストグレードの色は、人工ウルトラマリンより深い色をしています。

人工ウルトラマリンを作ったギメも、想像するにその当時入手ができたもっとも美しい顔料ラピスラズリを横に置いて、あるいは昔日の作品を観察して、その色になるよう努力したに違いありません。


今回の論文を書くに当たって、市販品の2社の最高グレード(を示す表現で売られているもの)2種と、私の5グレードに分けたもの及びウルトラマリン灰2種の合計9種の粒径を測っています。

1.「レーザー粒径解析装置」(8年程前の製品)を使いました。3nm〜5μmは動的光散乱法、3〜100μmは自然沈降法を利用するのですが、特に後者は信頼性に問題が多いことがわかりました。粒状が一定で単一密度の試料を使って事前試験をしたのですが、密度設定を意図的にわずかに変えても甚だしく結果にブレを生じます。特にラピスラズリのような複合鉱石の場合、密度も複数あり、粒状性もかなりムラがあるため、向きません。

2.結局、「電子顕微鏡」による撮影に切り替えました。スケール付きの写真を載せて、それで違いを想像して貰うというやや非科学的な方法の方が、誤解は少ないと考えました。又、平均粒状度についても今調べている最中ですが、信頼性に妥協点が見られたら載せる予定です。


●今回あまり突っ込んで調べられなかった中に、顔料ラピスラズリは交易品として、日本にもたらされる事はなかったのか、というのがあります。

実は、山崎一雄著『古文化財の科学』思文閣出版(S.62)には、
    「日本ではラピスラズリを産出しないから、その使用例はない。」(178頁)とあるだけなのです。
そのほかに、
    小口八郎著『古美術の科学 材料・技法を探る』日本書籍1980年 では、
    人工ウルトラマリンのみ言及
    同著者尾ほか『古代・中世日本画の彩色材料調査』「古文化財の自然科学的研究」同朋舎出版S.59
    「わが国ではその例は知られていない」
    渡邊明義著『古代絵画の技術』日本の美術10 No. 401 文化庁監修 至文堂1999年では、
    まったく言及していない。
また、 『文化財保存修復学会誌』のバックナンバーに上記山崎氏、小口氏以外で関連タイトルなし
といった状態で、論文を書く上では十分に私を説得させてくれないのです。


現時点で江戸以前の日本画に使用された形跡は報告されていない、ということは今までにも書いてきましたが、はたして一例もないのか?という疑問です。例えあったにしても特例というレヴェルにしかならないことは、江戸時代以前の画術書たぐいに論及がないことも合わせてみても判っているのですが。

それでも可能性としてまったくなかったのかといえば、それは今のところ否定は出来ないと思ったのです。

いきなり17世紀のヨーロッパに飛びますが、
例えば、英国で書かれたノーゲートの『細密画又は写本彩飾画論』1621-26, 1648-50年には、

「汝の最良のラピスラズリの岩片は、アレッポ(Aleppo シリア東北部の都市)と交易のある商人から入手できる、その深い色合いは最高である。」

また、ほぼ同じ時期に画家のピエール・ル・ブランの著した『ブリュッセル手稿』1635年(Merrifield, p. 787)には、

「彩飾写本は、絵具を卵白又は樹膠(gum)で混ぜて羊皮紙で作業を行う。その上で描くものには、粉末状にした金(金箔ではなく)を使用しなければならない、“azur de'Aere”、すなわち、金の外観で採石場からもたらされる最も美しいもの(つまりウルトラマリン)は、スペイン及びインド諸国からもたらされる。」

とあります。

アフガニスタンで掘り出された原石は、大まかに2つのルートがありました。地中海近くの都市まで運ばれてヨーロッパにくるルート(ノーゲートの例など)と、いわゆる「東インド会社」から喜望峰を経由するル・ブランのいうルートです(当時は、喜望峰より遠いところを一括して「インド諸国」といっていたようですが)。

後者のルートは、アフガニスタンからパキスタン経由で南下させたものですが、これを東インド会社で扱っていたわけですから、平戸や出島に持ってこられたとしても不思議はないのです。現に、量はわずかですが、宝石や染料が交易アイテムにあったことはよく知られています。また、交易品としてではなく、賄賂用に様々な珍品が届けられています。
私が空想したのは、大友氏などのキリシタン大名への献上品、あるいは布教用に描かれた聖画又は描くための顔料としてもたらされなかったか、ということでした。今のパキスタンやインドのゴアなどでは、まだ小割りにしただけの未加工品だったということはあるのですが、ヨーロッパの精製品が東洋に逆輸入されたことも判っていますから、可能性はあるのです。問題は記録としてあるかどうかです。

以上のことを期待して、
●「フロイス 日本史」全12巻 中央公論社
●「オランダ東インド会社―日蘭貿易のルーツ」 科野 孝蔵 同文館1984年 
●「平戸オランダ商館の日記」永積洋子 全4巻 岩波書店1980年
● 「和蘭風説書集成」上下巻 日蘭学会/編  
●「日本関係海外史料 オランダ商館長日記」 原文編
 「日本関係海外史料 オランダ商館長日記」 訳文編 東京大学史料編纂所/東大出版会/昭52
●「朱印船」永積洋子 吉川弘文館2001年

など目を通してみたのですが、その半ばで頓挫しました。
日本でオランダが交易権を持つ前のポルトガルについても、例えば、岡美穂子さんが2001年に「海域アジア史研究会例会」で報告された、「『モンスーン文書』に見られる17世紀前半ポルトガル船のアジア交易」にある、『モンスーン文書』などの重要な文献が容易に閲覧できない状況では、安易に短期間で調べ尽くせるはずもなく、いわんやポルトガル語ができない私には諦めるしかありませんでした。今後の研究成果を待つしかありません。
まあ、私は私で今回の論文とは別に引き続き調べてみようとは思っています。

論文にはほとんど出てきませんが、こうした行き詰まりの壁の高さを知ることも調べごとの楽しみ?ではあります。


●なぞなぞ
1.ラピスラズリの粒子は予めどの程度細かくしておくのでしょうか?
 「心すべきは、細かに挽けば挽いただけ、この青顔料は細かになるが、濃い菫色の美しさは失われてしまうということである」
  チェンニーノ・チェンニーニ『絵画術の書』辻茂 編訳 岩波書店1991年(36頁)
 
 「軟膏のように細かくなるまで‥‥よく練るように」『ド・マイエルン手稿』fol. 76

 なぜ、このように指示が違うのか?
  
2.パテから滲出する最初の青粒子は大きいのか小さいのか?
  
「最初に出てくるものが最も細かく、最もきれいな絵具になる」
ゲッテンス/スタウト『絵画材料事典』美術出版社 邦訳p.163, 原文p.166

「最も大きくて、最も深い色あいをもつ青粒子が最初にでてくる」
Plesters, Joyce, “Ultramarine Blue, Natural and Artificial”, Studies in Conservation, vol. 11, No.2, IIC London, 1966, pp.62-91, p.63) 現在、Roy, A.,“Artists’ Pigments Vol.2”, Oxford Univ. Press, 1993で読むことが可能です。

と云っています。どちらもラピスラズリに関しては重要な情報が載っているものですが、どちらが正しいのでしょう?


3.残ったパテは次回も流用できるのか出来ないのか?
「パテは別の青を作るときにも使えるから、取りだして清潔な場所に取っておけ。」
『ボローニャ手稿』処方24

「パテは、一度使ったものは決して役立たず、松明や点火棒を作る以外に使いみちはないということも留意せよ。」
E・ノーゲイト『細密画または写本装飾画論』

とあります。どちらの方が良いのでしょう?

4.顔料ラピスラズリを抽出する時に使う材料が原型となっていると思われる材料が、ある技法の重要な材料にあります。さて、それは何でしょう?
ヒントは「エ○○○○に使うグ○○○」です。
この材料は、少量のラピスラズリで実験するには良いかもしれません。ただし、少しリンシード油を加えた方が扱いやすいかも。

今回は以上です。


顔料 (2)」へ続く。


[HOME] [TOP] [HELP] [FIND]

Mie-BBS v2.13 by Saiey