荻野弘之『書物誕生 あたらしい古典入門 マルクス・アウレリウス『自省録』精神の城塞』読了
いろんな法改正にびっくりしながらそれらに対応しつつ、なんとか生きておりますが、最近話題のインボイス制度というのはちょっと難関ですな。現在は講師の仕事の他、以前会社をやっていた頃に受注した仕事の維持更新みたいなところをやりつつ糊口をしいでおるわけですが、インボイス制度が面倒過ぎたら個人事業の方は何か考えねばなりません。消費税は1000万円の売上の場合、10%の100万を納めるというものではなくて、仕入れや下請けなどの時点で大部分支払っておりますので、営業形態にもよりますが、1000万円を割っているとけっこう少ない金額になるかと思います。実際に以前やっていた会社の場合、廃業を計画して事業縮小していた頃、そろそろ非課税法人になるなという頃は消費税の納税額は大した負担ではなくなっていました。仕入れも外注もないという完全クリエイターの場合はそれなりの額でしょうけれども、かなり珍しい例ではなかろうかと。というわけで、この場合、納税額よりも制度の把握と対応の準備にけっこうな時間を取られるというのが一番の問題ではないでしょうか。初見では理解不能な場合が多いのですよね。それをなんとか解釈しつつ、対応した体裁を保ちつつも現状を維持するような感じなのでしょうか。実は現状では私の個人事業的な活動は休止に近い状態なので、じっと世間の様子を眺めて、どんな対策があるのかを見ていればよさそうな感じなのであり気を揉まないように致します。

ところで、非常に希にではありますが、営業マンの方の話を聞いたりしなければならないこともあるのですが、極力丁寧に対応しようと心がけてはいたのですが、下手に話を聞いてしまうと非常に強硬な感じの昭和的な営業をされる方もおりまして、これがけっこう面倒なことになるので自分としては不本意なところですが、早い段階でガツっと門前払いするべきなのだろうと考えを改めております。商品の質だけでよく見て判断すればそれが一番ですし。私のようなものが営業マンとして採用されることはまずないので、相手に対して余計な同情心も捨て去ってしまってよろしかろうし。時間も無駄にしたくありませんが、感情的になってる人を相手にするというのが最も嫌です。最近は細々とした制作と実験と読書など内省的な行為に沈潜しておりまして、考える余力みたいなものを集中したいというところもあり、思考時間の断捨離みたいに考えて、カットするものはバサッとカットすることを心がけております。というわけで、荻野弘之『書物誕生 あたらしい古典入門 マルクス・アウレリウス『自省録』精神の城塞』を読みました。これは企画の時点で素晴らしい。書物誕生シリーズのストア派代表として自省録が選ばれたということですが、当初は何故に自省録?とか思って、購入後数年放置してしまっておりました。私も学生時代にはひと頃自省録を愛読していたこともありますが、ストア派についての理解は全くないまま直感で読んでおったのです。それでも自省録の読み方として充分なわけですが、しかししっかりとしたストア派解説と共に読んでみると、この書は現存するストア派の書物の中でも、シリーズの代表に選ばれる書であると大いに納得しました。前半ではエピクテトスの語録、提要を取り上げてストア派全般について語りつつ、後半では自省録の内容について切り込んでいくという具合で、ストア派入門書として最適なの構成ではないでしょうか? ヘレニズム哲学の多々ある学派の中でもストア派とエピクロス派は代表格といえますが、しかし、プラトニズムに関する本はけっこう真剣な解説書が多いけれども、ストア派というのは意外とないような気がします。ないわけではないけれども、何を読んでもいまいち把握しづらいところがあったのですが、今回ちょっと理解の入り口に立てたような気になりました。参考文献の箇所を見たら、実は良書っぽいものがたくさん並んでおりましたので、私の勉強不足であったというところもありますが。ちなみに先日読んだ、小池澄夫『書物誕生 あたらしい古典入門 ルクレティウス『事物の本性について』愉しや、嵐の海に』の方は、エピクロス派について最良の入門書と言えるので、両方合わせて読むのがよろしいのでありましょう。こちらもルクレティウスを選んだところが、やはり企画として目の付け所がしっかりしているのであろうと思います。そして私は普段の生き方としてはエピクロス派の教えに倣い、何か役割を果たさねばならぬときは自省録に倣って生きようかな、という気分であります。特に自省録の、(言葉を微妙に換えつつ)繰り返し書くことによりイメージトレーニングを日々続けるという行為はなかなか実践的かもしれません。宗教的な悟りを開くというのは私にとっては理解できないことで、一時的に悟ったような気がしても、日々様々な問題が、あるいは似たような問題でも、違った仕方で現れてきて、その都度新たな煩悶の種となるもので、悟りとは放っておけば薄れるものであり、出家して修行するのでもなければ、心構えのトレーニングの為に書いて再び悟りを更新するというのは最も実践的ではなかろうか。これはエピクロス派の教えでも共通しそうであるし、自省録でもちょっと混ざっているような感じもあるので、微妙にブレンドしても実は違和感ないかもしれないので、私としてはその辺を調整しつつ生き方を探ってゆきたいところです。

| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 02:43 PM | comments (0) | trackback (0) |










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