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画材&技法 全般 (8)


インプリマトゥーラについて

Miyabyo さんのコメント
 (2003/05/15 17:54:16 -
E-Mail)

インプリマトゥーラについて

ukaさん、初めまして。ご質問は2つ。

1.インプリマトゥーラによる吸収性のコントロール
2.メジューム自製における加熱処理について

2.については、どのような効果を期待して作るかで様々な処方があります。したがって、具体的な出典、又は処方やそれに使用する材料が不明確ですので記せません。

1.インプリマトゥーラによる吸収性のコントロールは、最も簡単な方法は、ルツーセを使うことです。予め、実験用に用意した下地に一定のエリアに何種類かの濃度のルツーセを塗布します。
乾燥後に通常使用なさっている濃度の油絵具を塗って、どの濃度を好むか知ることです。

濃度が薄すぎれば吸収地のままですし、濃すぎれば絵具を受け付けにくいと感じるでしょう。ただし慣れてくると、多少濃すぎる場合は、テレピンを含ませた布で表面を拭くことで、ある程度調整できます。
大まかな目安は、卵の殻のテリ(半光沢)。

私の場合、インプリマトゥーラは、最低数日はそのまま放置します。。

自家製のインプリマトゥーラ専用メジュームについては、

Reed Kay, The Painter's Guide to Studio Methods and Materials, Printice-Hall, 1983、pp. 125-126.

がお勧めです(アメリカなら、abebook.com などで古書をすぐに入手できるでしょう)。そのほかにも有益なアドヴァイスが多いです。私は、水ぶくれしたRalph Mayerの大著より高く評価しています。

以上の礬水引き(どうさびき)では、基本は絵具を含みません。


展開として、ルーベンスなどで特に有名な、絵具を加えた方法があります。
ルーベンスは工房でこれを実施させていますが、かなり短期間で制作でがきた理由のひとつに、このインプリマトゥーラの効果があります。ルーベンス工房で制作された多くの作品は、もっぱら明部を描きこみ、明部から陰部への移行部にはグレーもしくはバーント・シェンナなどを使用し、陰部はほとんど地のインプリマトゥーラが見えております。極端な場合陰翳部はインプリマトゥーラ以外の色がない、という作品もあります。つまりそれで絵がもっているのです。その分時間が短縮できたのです。

簡単ですが、ご参考になれば幸いです。


Miyabyo さんのコメント
 (2003/05/17 17:16:21 -
E-Mail)

インプリマトゥーラ補足

前回の油彩板画を前提としたレスは、少し誤解をされる方もおられるかもしれませんので、教科書的な説明も少し必要かと思いました。

インプリマトゥーラの大元のラテン語の原義から派生させて英語では priming(地塗り)という場合が多いようですが、狭義では、有色下地としています。英語ではcolored groundと表記してあることが多いようです。

下地に使用される素材は炭酸カルシウム又は硫酸カルシウムのみを使用するものから、その他の白色粉末(鉛白、リトポン等々)を添加させるものまで様々ですが、この下地の段階で灰色、黄土色、褐色等の下地となるよう有色顔料を添加させるものを有色下地といいます。

また、すでに出来上がった白色下地の上に前述のような有色顔料を塗布し、その色が動かないよう一定の時間乾燥させた状態までをインプリマトゥーラとする方法もあります。
ここで、大元の白色下地が吸収地である場合、目止めを兼ねてやる方法が、前回のレスでした。
したがって、白色下地にまず目止めを施し、その後に有色顔料で下地塗り(又は下塗りunder painting)を施しても、もちろん構わないわけです。
かなりゆるく溶いた絵具(樹脂又は油を含み、それをテレピンでかなりゆるくした用液)で素描(under dorawing)を兼ねて描いた後に、同じ用液を少量含ませた布で一度拭き取るという手抜きをする知人もいます。壁のしみのように残った絵具の色が想像力を掻き立てるようです。

目止め用には、前回の樹脂を含む溶液以外に、膠液、リンシード油を含む溶液で施す方法もあります。
私は、リンシード油主体の溶液は画面を沈ませるので、目止め用としては使用しません。
(ちなみに、「溶液」か「用液」かという議論がありますが、溶質と溶媒が一体となった液体を溶液とする、理化学用語として私は、「溶液」を使います。もし私が「用液」という語を使う場合は、例えば「miyabyoスペシャル画用液」として特定の用途でブレンドしたものを示したい時に使用することにします。mongaさん、管理人さん、どうでしょう?メーカーが、それぞれ自社ブランドのペインティングオイルを用意していますが、それを画用液とするのは、画材の世界では自然なのだろうと思っています)


前回例に挙げたルーベンスの場合は、土台が一様の色になることを嫌い、後者の方法を採って、大元の下地の白が透けて見えるように、意図的に刷毛目を残しています(つまりその隙間から白色地が見えるように)。
上野の国立西洋美術館にある『眠れる二人の子供』はすべてルーベンスの手で描かれており、非常に参考になります。また、図版、応用文献としては以下のものが有益です。

1.『世界の素描10 ルーベンス』講談社昭和52年
2.Held, J. S.,“The Oil-Skeches of Peter Paul Rubens: A Critical Catalogue”, 2vols, Princeton, 1980
(ヘルドのは研究書としては最高の書ですが、現時点でわかっているルーベンス自身の油彩スケッチをすべて載せているものの、図版が小さく、又モノクロであるのが非常に残念です)
3.『ルーベンス展 巨匠とその周辺』1985年カタログ
(これは東京日本橋高島屋からの巡回展で、私は山口県立美術館で観ました。作品の質はあまり高くありませんでしたがルーベンス作、工房作、ルーベンス派のそれぞれを比較でき、更に下地塗りをよく観察できました)
4.“Peter Paul Rubens's Elevation of the Cross. Study, Examination and Treatment”, Bulletin XXIV, Institut Royal du Patrimoine Artistique Koniklijk Institut voor het Kunstpartimonium, 1992
(『十字架昇架』をもっぱら対象にしていますが、有名な修復家P.コレマンスの行った『十字架降下』を引き継ぐ修復プロジェクトの手によるもので、インプリマトゥーラを含み、画家として読んでも有益な情報を多く含みます。 現在もこの修復研究所が運営するHPで購入が可能です)


Re.インプリマトゥーラ補足

Miyabyo さんのコメント
 (2003/05/17 17:24:05 -
E-Mail)

インプリマトゥーラ補足の補足

(樹脂又は油を含み、それをテレピンでかなりゆるくした用液)
の「用液」は当然ながら「溶液」です。


か、完璧なまでの、、、

uka さんのコメント
 (2003/05/24 05:39:25 -
E-Mail)

Miyabyoさん、ここまで説明していただいて正直驚いています。私も勉強しなければ、、、
さて、Ralph Mayerの本を読んでいたのですが、(Reed Kayのはちょっと高かったので古本屋さんをまわります)ダンマルワニスをインプリマトゥーラで使用すると不浸透性のフィルムが出来てしまうと書かれています。(P.319) ルツーセ(はRetouch Varnishですよね)も同じく樹脂をターペンタインで薄めた物ですが、特に問題はないのでしょうか?あと人からラビットスキングルーを使うと良いとも聞いたのですが、もっとも一般的なやり方はルツーセを使う方法なのですか?

ちなみにルーベンスの絵も見に行きました。バーントアンバー(か、ちょっと明るめ)が下地として塗ってあるように見えました。インプリマトゥーラにしては厚めに塗ってあるように見えたので、それがきっとMiyabyoさんのおっしゃった”明部から陰部への移行部にはグレーもしくはバーント・シェンナなどを使用”と理解したのですが。基本的に明部、ミドルトーンをグレーで、バーントシェンナを陰部にもってくるやり方をしているんですね。大変勉強になりました。ありがとうございます。


ukaさんへ

Miyabyo さんのコメント
 (2003/05/25 07:51:46 -
E-Mail)

●ルーベンスを実際にすぐ観られる幸せ
ukaさん、早速確認に行かれたのですね。
ルーベンスが簡単に観にいける環境は良いですね。

ルーベンスの絵を観る時は、極力オイルスケッチを観ることをお薦めします。多くの場合、ご承知のように工房の共同制作で、そうした作品は基本的に主要人物意外ルーベンスの筆ではありません。参考書籍でご紹介したHeldの2巻本で、所蔵美術館を確認して、もし近くで所蔵していたら観にいくことを勧めます。必ずしも展示していないこともありますが、その場合でも、学芸員に直談判してみる価値はありますよ。
彼がオイルスケッチに使用したものは、インプリマトゥーラまでは工房に任せていたようです。これは、オイルスケッチ又はルーベンスの真作と、工房の弟子が師匠の模写をやっているものと、その下地が同じであることから推測できます。彼が工房のスタッフに、こんな感じで描け、と渡していたオイルスケッチをじっくり見れば、私がいうのが更に明解に観察できるはずです。

●ルツーセ(加筆用)のこと
ルツーセを流用することが、最も一般的かどうかは判りませんが、最も簡単な方法ではあります。

≪ダンマルワニスをインプリマトゥーラで使用すると不浸透性のフィルムが出来てしまうと書かれています。≫
 これは第5版もしくは第6版? 私のは第4版(1982年)です。数10頁又膨れていますね。

確かにその傾向があります。が、要はその濃度と施し方です。その濃度を知るためには実験が必ず必要なのです。ただ、その上にくる絵画層を乾性油と希釈液を配合したビヒクルのみ(例えばリンシード油+テレピン)で描く方の場合は、あまりお勧めしません。私は、目止め又はインプリマトゥーラの上にくる絵画層は、必ず樹脂を含むビヒクル(ヴェネツィア・テレピン・バルサム、又はコパル樹脂を含む溶油を好みます)で描画しますが、まったく問題を起こしていません(数十年)。例えて言うならば、しばらく放っておいた絵を再開させる時に、多くの場合ルツーセ(加筆用)を塗るわけですが、それを描き始めからやっていると思えばよいのです。異なるのはその濃度です。

私の場合は、まず目止めとして自製のダンマル樹脂を溶かした液を、広刷毛で満遍なく塗ったらすぐに布で拭き取ります。そのあとしばらく放置して、もしも照りが強い場合は、樹脂を溶解させるのに用いたテレピンのみを布に染込ませて、表面を拭きます。そのようにして調整します。

目止めを膠液でやることも多いです。間に合わせにルツーセを薄めて流用することもあります。

そして、前回お話しましたように、この目止めに(1種〜数種の)顔料を少量混ぜて施す場合もあります。時には下地そのものを有色にすることもありますし、目止めの後に、気が変わってインプリマトゥーラを施すこともあります。

何度か失敗するはずですから、とにかく木端などに施した下地で実験してみてください。

レスでご紹介したリード・ケイは、最高級の透明なシェラック樹脂+アルコールの方法、ダンマル樹脂+テレピンの方法、そして、トタン膠(兎皮膠)+水の方法を紹介及び注釈をしています。この書の良いところは、彼の実体験からの様々な助言をしてくれていることです。これは、ラルフ・メイヤーやドイツの技法書にはほとんどない長所です。私はカゼインによる下地を作るときに10冊ほどの過去100年の技法書を読み比べましたが、この本を越えるものはありませんでした。

●膠のことなど
ルツーセの流用よりは面倒ですが、最も安全(失敗が少ない)なのは、膠です。
膠液のやり方は2つ。そしてその他は2つ。
1.膠+水
2.膠+ニンニク汁(又は玉葱の汁)+水
3.玉葱の汁(又はニンニク汁)を下塗りの表面に直に擦り込む
4.イチジクの樹液
最も一般的なのは1の方法。
ニンニク汁を加える方法は、1600年代の技法書にあり、代表的には、ヴェラスケスの師匠フランシスコ・パーチェコの『絵画芸術論』に記されている方法(2)や、『ド・マイエルン手記』にあるヴァン・ダイクの方法(3)などがあります。パーチェコは、これを好まない画家もあるが、自分にはベストだ、といっています。

ちなみに、私は小品に自家製のラピスラズリを使用することがあります。昔日の作品では、これを使用する場合、例え油彩画の場合であっても、この色のみ又はその下に置くアズライトやスマルトも膠で施している場合が結構多いのです。しかも、ラピスラズリはワニス層の前、すなわち絵具層の最上層に薄く施す(陰翳をつけるためにその上に赤のグレーズ層がくることもありますが)のです。

さて、ここで問題になるのが、場合によっては、ラピスラズリを置くその下のビヒクル又はインプリマトゥーラ(有色下地)などに乾性油を使用していることがあって、一体どのように接着させたのだろうか、ということになります。
修復報告書のメジューム分析では、まだその証拠はないのですが、上記のように「ニンニク汁」を塗布させるという処方が手稿には残っているのです。チェンニーニの頃は、ラピスラズリに使ったとは記していないのですが、イチジクの樹液(4)を使用しています。イチジクの樹液は、これ自体エマルションですから、十分納得が行きます。

●厳禁の乾性油
私が乾性油を使ったインプリマトゥーラ兼目止めを絶対しないのは、昔日の絵画から採取したクロスセクション写真の解説などを読むと、このインプリマトゥーラをしたものは、大雑把にいうと、下地の最上層のところがかなり透明化しているのです。しかも、リンシード油による黄化現象を生じ、下地が薄いものなどは、下地の白の被覆力が効かずに古くなった支持体の色(キャンバス布、板)が画面の明るさに影響を与える可能性もあります。

以上です。
ukaさんの実験経過や、その後のルーベンスの感想等などありましたら、ぜひUPして下さい。

ukaさんは学生さんですか? よろしければ、アメリカではどのような授業を受けられているのか教えていただけますか?


もう一度見てきました。

uka さんのコメント
 (2003/05/27 10:08:37 -
E-Mail)

miyabyoさん。
もう一度今度はオイルスケッチを中心にルーベンスを見てきました。ちょうど2つのオイルスケッチ(もっとドローイング的なもの)が出ていて、とても薄くですが、大きなはけかなにかでざっと緑がかったグレーが塗られていました。(白地も見えましたが)私が前回見に行った時はバーントアンバーのようなブラウンの下地と思っていたのですが、友人に”グレーの下地にダークとライトを後から足していくのがルーベンスのよく知られているやりかただよ”と言われ、さらなる勉強必要性を感じました。とほほ。Max Doerner のThe Materials of the Artistを読むようにとその人には言われたので早速読もうと思います。ところで、Kurt Wehlte - The Materials and Techniques of Painting が半年程まえにKremer Pigmentsから再発行され、人によくすすめられますが、実際どうなんでしょうか。

*ルツーセ実験経過
まず、ルツーセの濃度が25%、50%、100%にセクション別けしてジェッソグラウンドにぬり、乾燥後、ターペンタインで薄くしたブラウン系の絵の具をカラーグラウンドとして塗りました。ルツーセ100%のセクションは表面に膜のようなムラができていました。(ちなみに私のRalph Mayerの本は第5版です)すべて乾燥した後に絵の具をのせてみると、私の絵の具のブレンドのしかたから言って、濃度50%かそれ以上の濃さのものがちょうどいい事が分かりました。25%ほどだと、絵の具の吸収がまだ早く、ブレンドの際に筆が引っ掛かる感じがあります。余分なジェッソグラウンドがなかったので、膠の方までは実験できていませんが、上の同じ友人から、彼の友人が絵の具の付着が悪かったものに玉葱の汁を付けて、絵の具ののりを良くした事があるとききました。膠+水と言うのは考えうる方法と思いますが、ニンニクや玉葱と言うのは考え付きませんね。これは実際何がおこって絵の具がのりやすくなるんですか?

>ちなみに、私は小品に自家製のラピスラズリを使用することがあります。〜ラピスラズリはワニス層の前、すなわち絵具層の最上層に薄く施す(陰翳をつけるためにその上に赤のグレーズ層がくることもありますが)のです。

すみません、よく理解できなかったのですが、インプリマトゥーラにですか?それともグレーズとして使用するんですか?質問ばかりですみません。

さて、私の方ですが、NYにある学校で先生について勉強しています。基本的には2〜3週間毎日モデルから描くというような授業です。先生がかなりマテリアルに関しては詳しいので、いろいろ試してみて質問をしようとナチュラルジェッソを使用したパネルをD.Thompsonの本を参考に作ったのですが、回数をこなしていない事もありなかなかうまくいきませんね。今回のパネルでいくつか失敗をして助言をもらったので、次回頑張りたいと思います。アクリルジェッソを使う手もあるのですが、どうもあのツルツル感が好きになれません。手間はかかるけれどもナチュラルジェッソを施す方が、数倍いい表面が作れると思います。しかし、扱いに相当気をつけないといけないので大変ですよね。
miyabyoさんは研究をしながら教えてらっしゃるんですか?


ukaさんのリポートに寄せて

Miyabyo さんのコメント
 (2003/05/28 23:38:14 -
E-Mail)


ukaさん、早速リポートしていただき、有難うございます。


この何度かのやり取りは、こうしたHPでは非常に稀有なこと、といいますか、ヒントをレスした当方からすると、最も理想とするところではないかと思っています。
自分の書いたものを改めて読んでみると、舌足らずのところが目に付いて、いかばかりのことが伝わるかと、案じたりしますが、多くの場合レスがないので、それを確かめることもできませんでした。

以下、ukaさんのその積極性にお答えして、長文ですが、書き込みます。

●絵画技法書について
例え水面下で多くの協力を受けて書かれたにせよ、一人の画家兼絵画研究者が一冊にまとめたものであれば、絵に対する姿勢が明確に出ているものです。単に処方のみがわかればよいのであれば、Robert Massey, “Formulas for Painters”, Watson-Guptill, 1979. の処方の寄せ集めがありますが、私は、これを薦めません。この書は、その目的からして、絵画に対処する姿勢やポリシーを決して教えてはくれないからです(最近邦訳が出ているようですが、これは上記の意味では、褒め殺し的にいうなら中級者向けです)。

◆Kurt Wehlte - The Materials and Techniques of Painting のこと
日本では、芸大の佐藤一郎教授が監修されて『絵画技術全書』の書名で売られています。8800円と高価ではあります。ちなみに、私は以下のもので読みました。

Kurt Wehlte,“The Materials and Techniques of Painting”, Translated by Ursus Dix, Van Nostrand Reinhold Company, 1982.

個人的なことですが、邦訳されたものは、英訳の「pigment List」の部分が、「顔料解説事典」となっていて、私にとって興味がある過日の顔料については、一括「その他の顔料」に収めてあり、しかも英訳では載っている情報もグッと圧縮されているのが残念ではあります。
また、構成のみでなく、記述内容もかなり変わっています。

金銭的余裕があれば、まず読破し、それからその処方を実験してください。

一方、せっかくRalph Mayerを教科書にしている国で勉強されているのですから、それをマスターされることを薦めます。ご承知かどうかわかりませんが、同著者に以下の入門書があります。

“Painter’s Craft”, Penguin Books, 1982.

この書は、Paperback版で200ページほどですが、写真が100枚ほど(数えたわけではありませんが)豊富に使用されており、今お読みの大著の助けになるはずです。


◆Max Doerner ,“The Materials of the Artist”
確か、英訳されているのは、48年版?以降増補版は出ていないのではないかと思うのですが、だとすれば、いまやディルナーのオリジナルに最も近いものではないでしょうか?
1976年版(邦訳1980年)では、ディルナーのオリジナルが残っている「絵画技術」とほぼオリジナルの「昔の画匠から現代までの絵画技術について」以外は、その後の成果を積極的に盛り込んでいて原形を留めていないわけです。

過日の技法を知るということで、ディルナーを勧められたということですが(「昔の画匠から現代までの絵画技術について」の部分を指していると思います)、それと今回のルーベンスとを兼ねて申し上げるならば、確かにディルナーは多くのページをルーベンスのために割いていますが、この章は、すでにかなり古い情報に基づいていますので、あまり参考にはならないと考えます。もし、真剣にルーベンスの技法について、画家として調べようとされるならば、ドイツ語ですが、私の知る限り現時点でベストの論文があります。

Hubert von Sonnenberg,“Rubens’ Bildaufbau und Technik - I. Bildträger, Grundierung und Vorskizzierung”, Maltechnik/Restauro, vol. 85, No. 2, 1979, pp. 77-100.

Hubert von Sonnenberg,“Rubens’ Bildaufbau und Technik - II. Farbe und Auftragstechnik”, Maltechnik/Restauro, vol. 85, No. 3, 1979, pp. 181-203.

Hubert von Sonnenbergは、メトロポリタン美術館の絵画修復部門に籍を置いていました。
この論文と現物を比較されると良いと思います。

彼のその他の論文として、フェルメール(英語)、レンブラント(独語)などに関するものも非常に有益かと思います。上記の機関誌Maltechnik/Restauroやメトロポリタン美術館のBulletinに寄稿しています。

上記のルーベンスに関する論文では、支持体、下地、インプリマトゥーラ、下絵、メジューム、顔料、彩色法等が解説してあります。後ほど少し触れましょう。


●過日の巨匠たちの技法探索について
我々がどんなに絵を間近に見て研究したいと念じても、所詮常時絵画を間近にする修復家ほど観察したり研究したりすることはかないません(一般論として受け取ってください)。唯一できることは、そうした彼らが残した報告書を丹念に読んで、自分で空想したり、実験して自分の技術に取り込むことなのでしょう。私は、それが、実作を直接観ることと合わせて我々にできる最善のことではないかと思っていますし、それを私は実践しているつもりではあります(本物を目の前において模写ができれば更に理想的)。

ただ、今回のニンニクや玉葱の小技(小道具)のように、現代の科学でしても同定できない、あるいは解明できないこともまだ多く、現在に伝わる昔日の手稿に目を通して初めて推測しうることもたくさんあります。もちろん、この逆の場合もあります。手稿に書き残されていることが現代の英知(絵画への様々な薬品・機材の活用等)で確認されたりもします。
いづれにしても、こうした最新情報・成果が、現行のいわゆる絵画技法書に反映されるには時間がかかります。

また、絵画技法書に分類される多くの書籍は、昔日の技法を掘り起こすことを目的にすることはほとんどなく、単に現代において妥当性を有し、しかも絵を描くに当たっての入口まで導くことをもっぱらの目的として書かれています。個人的には、昔日の技法を知るために現行のそうした絵画技法書にそれを期待するのは難しい時代だと思っています。

こちらの他のスレッドに修復保存に関する機関誌等の情報を多少載せておりますので参考にされると良いでしょう。


●暴言少々
私たちは、少なくとも、白衣を着た方たち(化学者)の手のひらで制作をしているわけではありません。白衣の方々には一見理不屈なものでも、そのある種曖昧な中に当時の傑作は生まれてもいるのです。
例えば、イタリアのエッグ・テンペラも、補助剤を無視して言えば、基本は卵黄だけです。しかし、そこにスプーン1杯程度の乾性油を加える、いわゆるテンペラ・グラッサという描き方があります。通常テンペラとハッチングは表裏一体のものであるわけですが、逆に、平塗りや重ね塗りができない、もしくはし難いという思いをもち、もっと延びのある筆跡を欲し、しかし、テンペラ特有の色の軽やかさと鮮明さを望んだ画家たちが、試行錯誤して考えた技法であったのでしょう。
そうして生まれた傑作のひとつが、ボッティチェッリの『Primavera』であるといえます。あの絵にはハッチングがほとんど観察されないテンペラですよね?

それこそ、さじ加減で生じる絵の効果というものは、画家固有の嗅覚といえます。
今回ukaさんが、実験の結果お気づきになったことでしょうが、ルツーセは、加筆用として販売されていますが、この中に含まれる希釈液を多くすれば、インプリマトゥーラ用となり、また、逆に希釈液を少なくすれば(樹脂の濃度を高めれば)最終ワニスとなる、これもさじ加減で生じる効果です。

ukaさんは、materialに詳しい先生につかれているとのことですが、素材のもう一歩先の組成までしっかり知っておくことは、先々の自力の源になります。つまり応用か利きます。

こうした技術の結果として存在する処方というのは、当然ながら、決して白衣を着た方々の創造ではありません。巷の研究熱心な画家が生み出すものです。

鉛白やヴァーミリオンなど鉛系の顔料もそのうち「その他の顔料」の仲間入りをするのでしょうか?(もし生きている間にそうなれば、私は昔の処方に基づいて自分で作るだけです。痛くも痒くもありません)
また、そのうちに、画家ではなく、白衣を着た方々だけで絵画技法書が出されるかもしれません。

いささか強引な話になってきました。現代の英知は利用するが、自分の制作に何を使うかについてその呪縛は受けない、という姿勢は大事にしたいと思っています。


●リューベンスについて
話を元に戻しましょう。
以下のルーベンスのパレットを見てみましょう。

青                 12345
アズライト             ●●●●●
ラピスラズリ             ●●●●
スマルト              ●●●● 
ヴァーディター(アズライトの人工版)   ● 
インディゴ              ●● ●


マラカイト(岩緑青)         ●   
ヴェルディグリ           ● ●  
樹脂酸銅                  ●
青と黄の掛け合わせ          ●●●●


ヴァーミリオン           ●●●●●
鉛丹(ミニウム)          ● ●● 
赤レーキ              ●  ●●
マダーレーキ            ●●●  

黄及び茶
イエロー・オーカー         ●●●●●
鉛-錫黄                 ●●●
黄レーキ                ●●●
レッド・オーカー          ●  ●●
アンバー                  ●
ヴァンダイク・ブラウン         ● ●


鉛白                ●●●●●
炭酸鉛                  ● 
白亜(主として下地)        ●●●●●


植物炭黒(plant black/charcol)   ●●●●●
ランプブラック(caebon)           
アイボリ・骨炭黒           ●   
瀝青                  ●  


データが不完全ではありますが、これは5論文の顔料同定で、言い伝えや二次資料からではありません。最も信頼できるパレットです。少なくともこの3倍ほどのデータがあれば、ルーベンス又はルーベンス工房のパレットの傾向がはっきりするでしょうが、今回、あえて推理をしてみましょう。

例えば、ルーベンスといえば、青顔料にスマルトを多用した、とよくいわれています。絶対量(これは単に使用重量を示します)は確かに多いでしょう。そして高価なラピスラズリの絶対量は常にどの時代でも少ないのです。しかし、上の表でも予測できることですが、青を必要とするところに、他の色を使用せずに好んでスマルトを使用したという傾向はないのです。仮に、この表から「やはりスマルトを多用している」と結論づけるならば、それは思い込みという以外の何ものでもないでしょう。

それよりも、この表から彼がランプ黒を好まない傾向がありそうだ、ということの方がはるかに意味があるのです。これは、白〜灰色(時にオーカーを混入)の下地を陰翳部で生かすために、被覆力が少なく青みのある植物炭黒を多用したことと対照的です。

また、緑は単色よりも青と黄の混色を好んだようだということも推測できます。

もうひとつ書いておけば、ディルナーでは、ルーベンスの技法について
「移行調子は、濁っていない煤けていない明るい、黒と白とおそらくウルトラマリンあるいはヴェロナ緑土(* テル・ヴェルト)の微量が軽く加えられた灰色である。」(随分回りくどい訳になっているようです 邦訳p. 499)
と<ルーベンスとオランダ人の技術>の項で書いていますが、上の表では、その「テル・ヴェルト」が存在しません。仮に、恒常的に使用したならば、●が少なくともひとつや二つあってよさそうですがありません。ディルナーの勇み足?

前回、「陰の移行部にグレー又はバーント・シエナ」と書いてしまいましたが、これはうっかり私の描き方をばらしてしまいました。私は、ロー・シエナをフライパンで好みの色に焼いたものを手練りして使っています。


なお、ルーベンスの下地とインプリマトゥーラは、物語「フランダースの犬」で有名な板画『十字架降下』を例に取ると、コレマンスは(●の2列目)

まず、下地は白亜+動物性膠(但し、上層部に乾性油を染込ませている)。
その上のインプリマトゥーラは、鉛白+白亜+動物性黒+水性の結合材、と報告しています。


キャンバスの方では、『ジェルビエの家族』National Gallery of Art, Washingtonの報告書によると、(●の4列目)

まずキャンバスに膠で礬水引きし、その上に白亜+鉛白+黄土+乾性油(油又は油−樹脂)による下地を塗り、インプリマトゥーラとして灰色+乾性油(おそらくリンシード油)を施している。

と、なります。
コレマンスの報告の場合、油性礬水引きの上に水性結合材によるインプリマトゥーラがきていますが、普通に考えるとはじきますよね?それぞれの結合材の濃度調整や、ニンニクなどの補助材料で難なく(?)クリアしていたのでしょう。


また、インプリマトゥーラには、コレマンスでは動物性黒(アイボリ・骨炭)となっていますが、多くの報告書から、ルーベンスはむしろ植物炭黒の方を多用したことが判っています。

また、コレマンスは、ルーベンスはアンバーを知らなかったようだと報告していたのですが、●の5列目の『十字架昇架』には、アンバーの存在が述べられています。上の表では1件ですが、ロンドンナショナルギャラリーにある『サムソンとデリダ』でも同定されています。

以上、多少の推測を試みましたが、これも修復保存家が報告書として残しているからこそ、我々にも判ることなのです。もっとも、すべての報告書が有益である、と言うつもりはありません。むしろ少ない方だと思っていただいた方がよいでしょう。だからこそ、探すのが大変なのです。


●ラピスラズリについて、そして再びインプリマトゥーラについて
もちろん、ラピスラズリはインプリマトゥーラには使用しません。
ラピスラズリを引き合いに出したのは、油彩画における特異な使用法があったからでした。
これは、ラピスラズリを気品ある色と深みを最大限に生かそうとしたために、油彩画であってもこの部分だけテンペラで施すことがあったので、インプリマトゥーラのメジュームを説明する好例と思ったのでしたが、唐突だったようです。

目止め又はインプリマトゥーラに非水性メジュームを使用されていても、ラピスラズリのように水性・非水性どちらのメジュームも使用されたため、組み合わせによって接着がうまくいかないと考えられることがある、という例を示したかったのです。
もっとも、これは話を単純化していっておりますが。

ヴァン・ダイクがド・マイエルンに語った話を載せておきます。

   (No.86, v. d.Graaf,ド・マイエルン手稿. pp.177-8. 独:No.332, 仏:fo1.153, pp.149-51)
   傑出せる画家、騎士アントニオ・ヴァン・ダイク卿
   1632年12月30日
   注意。油は画家が吟味すべき重要なものである。それが品質が良く、透明であり、流動性に富んでいるかどうか試すこと。というのも、もしも脂肪質が多すぎると、最も美しい色、特に青系の色やその青で作られる緑などを、すべて殺してしまうからだ。
 リンシード油は中でも最高であり、もっと脂肪質(油っぽい)のクルミ油や、脂肪が増えて濃厚になりやすいポピー油を凌ぐ。
    【欄外付記:ロンドン
     前述の青や緑の絵具は、テンペラのようにガム水か魚膠で描き、そうしてからワニス掛けをするように彼は勧めている。それは油で塗った色と遜色ないらしい。彼がいうには、自分の絵にはいつもガム水を使って上述の色に塗っており、乾かしてからその上にワニスを引くとのことだ。しかしこの秘密は、上述のテンペラ絵具を取ってこれを油性の下塗りの上に結合させることにある。それが確実に結合するように、玉葱の(又はニンニクの)汁を下塗りの上に擦り込む。それが乾燥したならば、水などと混ぜて作った絵具を受け入れ、そして支える。


少しはイメージがつかめますか?

ラピスラズリ関連は、こちらのHPのスレッド『顔料』『用語・翻訳』『ルーベンス』『フェルメール』などご覧下さい。また、関連として『支持体と地塗り』3.4.5あたりもご参考に。(訂正もしくは補足したいところもいくつかありますが、放ってあります)


●下地の自製
私はもっぱら板にのみ下地の自製をしています(こちらのスレッドのどこかに略記していたと思います)。アクリル系は、私は使用しません。
1.気泡がないこと。
2.支持体から下地が浮いていないこと。
3.半年以内に亀裂が入らないこと。
以上がクリアできたら、一応O.K.です。
10回もやればコツが判ってくるのではないでしょうか。
1〜2の失敗した場合の対処法も見つけてください。3だけは後の祭りです。膠の濃度が濃すぎるか、木に水分を取られすぎると起こる現象です。


●≪miyabyoさんは研究をしながら教えてらっしゃるんですか?≫
ただひたすら当てのない真実一路の旅ですね。


ukiさん、どうぞ良き基礎固めを存分になさってください。
応援のつもりで、少し無理して書きました。


画材&技法 全般 (9)」へ続く。


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