2016,09,09, Friday
このところ、ずっとコーパル樹脂のことを考えていました。ダンマルの名称、原産樹木なども問題も複雑で、混乱の元となっているとはよく言われますが、コーパルよりはずっとマシであると言えるでしょう。コーパルという名称は、現在のメキシコあたりの原住民が使用していたコパリという言葉がスペイン人を介してもたらされたという話です。現地人にとっては樹脂全般を意味する言葉で、現代のような植物の分類もなく、自分たちの土地の樹木の樹脂をそう呼んでいたのでしょう。これはdamarという言葉が、東南アジアの現地人の間で樹脂全般の意味で使われていたのと共通しています。「コーパル」はやがて、国際市場では硬質で融点が高い樹脂を示す用法が定着しますが、どのような変遷をたどってそこに至ったかははっきりしないようです。名称の由来は中南米で、産地として有名だったのはアフリカ、しかし現在使用されているのは東南アジアという経緯があったと考えると、地域の違いや、樹木の種類の違いも大きく、さらに、地面から掘り出されるものと、生きている樹木からタッピングで採られるものがあり、その違い、主に経年による変化かと思いますが、それも含めると、コーパルは性質や特徴が幅が非常に広い材料だといえるでしょう。ダンマルは東南アジアが舞台であり、タッピングで採取されるものに絞られますから、コーパルと比較すると、まだわかりやすい部類だと思います。
現在、絵画用に使われているのは、東南アジアのマニラコーパル、しかも生きている樹木からタッピングで採取されるものだそうなので、それだけをカバーしていればいいとも言えますが、かつて絵画技法書などで論じられたのは、おそらくアフリカ産のコーパルのことだと思います。ヨーロッパが植民地支配していた頃の話ですが、アフリカの各種コーパルは、現在のマニラコーパルよりも硬質で融点も高く、ニス用途に優れていたと思われます。絵画に使われている天然樹脂の中では、ダンマルが最も広範囲に調合画用液に使われていると思いますが、最も人気のある樹脂はコーパルなんじゃないでしょうか。ルフラン社の画用液にも含まれているものが多く、やはりそれはアフリカのコーパルを使っていた頃からの伝統なのではないか、という気もします。どの時期にアフリカのコーパルを多用していたかというのは、気になるところです。この辺はまだあまり知らべていないので、まだまだ語るには時期尚早なのですが。 コーパルといえば、琥珀に至ってはいない段階の半化石樹脂ともいわれていますが、東南アジアのコーパルはかつては、地面から取るものもあったものの、今は生きている樹木から取っているということで、この半化石樹脂という定義は必ずしも当てはまらないようです。コーパルの説明では、生きている樹木から取るが、地面に埋まっているものを取ることもあるという記述をよく見かけますが、少なくとも半化石樹脂というものになるには、相当な年月が必要で、森の生態系が変わったり、森そのものすら無くなって久しい的な状況ではないとおかしんのではないか、という気がしていました。地面から採取方法はアフリカ各地や他の地域でも、だいたいは先を金属で強化した棒で地面を引っかいて集めるぐらいの記述であり、その深さも1メーターということもあれば、たった数センチというのもあって、不思議に思っていましたが、最近読んでいるPLANT RESINSによれば、ザンジバルコーパルに次いで硬質だと言われるコンゴコーパルもおそらく半化石化に必要な年齢(5000-40000年)に到達していないかもしれないと述べています。コンゴコーパルですら半化石樹脂でなければ、厳密に半化石樹脂とされるものは、コーパルの中でも一部のものに限られるのではないか、という気がします。マダガスカルコーパルにおいては、半化石樹脂として売られていたものを調べてみたところ、50年ほどしか経過していないものだったという例もあったとか。 アフリカのコーパルについていろいろ話たいことはあるのですが、それは控えるとして、現在入手可能な東南アジアのコーパルに限ると、フィリピンのマニラコーパルと他にニュージーランド北部のカウリコーパルがあるそうですが、販売されているものを購入してみました。 ![]() 商品説明には、化石樹脂と記述されておりましたので、そうだとしたら、なかなか稀少な製品かと思います。 そして、ランニングアンバーも販売されていましたので、注文してみました。 ![]() カウリコーパルは実際に使用するかどうか(というより使用できるのか)は今のところわかりませんが、ランニングアンバーであれば、テレピンに溶解するのならば、すぐにでも画用液として使用可能なので、近々試してみたいかと思います。絵画用のアンバー画用液も売られているのですが、価格が高すぎて試せなかったということもあって、楽しみです。 |
2016,09,03, Saturday
画家鳥越一穂氏が計画しているMediciという仕組みのテスト運用に参加しています。仕組みについては下記を参照ください。
http://torigoeart.wixsite.com/medici 2ヶ月毎にパトロン間で作品を交換するのですが、試験運用も2ヶ月目に入り、2作品目が届きました。 なお、前作については下記を参照ください。 http://www.cad-red.com/blog/jpn/index.php?e=1266 さっそく自宅の壁に飾ってみました。 ![]() なかなかの風格があります。今回も銅板に油彩で描かれたトロンプルイユ(だまし絵)です。黒の額縁に入っており、本体のサイズは前回よりもやや小さいものの、全体としてはより立派な印象を感じます。この近辺のサイズの場合、支持体を銅板にするというのは、よい選択かもしれません。キャンバス画より細密感があり、板絵ほど嵩張らないと思われます。 では、細部までじっくり鑑賞しつつ何か語ってみたいと思います。何しろ、昔のヨーロッパ、テレビもラジオもインターネットもない頃は、1枚の絵の前で何時間も議論することがあったと言います。現代では、映像など情報メディアと親和性の高いジャンルに攻められて、絵画にそのような役割がなくなってしまったような気がしますが、鳥越氏のモチーフにはいろいろ議論できそう要素がたくさんあります。 ![]() 額縁の色と混ぜ合わせた一体感のだまし絵となっており、額縁の影も描かれています。バックの白い下地はやや茶色味がかっており、暖かみのある色合いになっていますが、おそらくアンバーで調整し、かつリンシードオイルを使っていることによるのでしょう。個人的には青白い白よりもこちらの方が絵画的な落ち着きがあってよいと思います。表面の粒状感は、地塗り材に含まれる大理石粉かと思われます。これは平滑な面に油彩画を描いたときの、光の反射の問題を解決しており、細密でありながら、印象派以降の一般的な趣味にも合うのではないかと思います。 モチーフは、ガラス容器に入った昆虫標本、おなじくガラスサンプル容器に入った天然ウルトラマリン顔料?、チェーンにメダル、そして背景には赤い封蝋のようなもので貼られたメモ書きのようなものが見えます。私としては非常に興味深いモチーフです。これを前にして、1時間は講義できそうな気がします。コルクや標本のシール、乾いた顔料の雰囲気や質感がよく描かれていると思います。鳥越さんの作品は虫が描かれていることが多いのですが、これはヨーロッパの静物画、特に花やフルーツが描かれている作品には定番の要素で、むしろ虫がいっぱいいる方が、モチーフの花やフルーツの魅力を物語っているとも言えるのですが、日本の一般的な顧客層に理解してもらえるだろうかという心配がなきしもあらずという気持ちはあります。封蝋も見たことがない、存在すら知らない、という日本人が9割以上を占めるかと思います。ヨーロッパのだまし絵の文化や、静物画、特に実物をよく見て知っている層には、すんなりと入っていけるのですが、その人数は限られていることは確かでしょう。西洋美術になんらかの関わりがあれば、知って当然そうなことを意外と知らない人が多くて、ちょっと残念に思ったりするのですが。様式やモチーフの物質的なところについて見てきましたが、もうひとつ気になるのは見えている個々のモチーフや組み合わせに、何か裏の意味があるかどうか、という点でしょうか。わかりやすいところでは、ヴァニタス、メメント・モリ、カルペ・ディエムなどの寓意的な意味が込められているか、あるいはもっと複雑な裏構想があるのかどうか。昔の絵は、そういうものに満ち満ちていたわけで、それらについても議論されたり、あるいはその意味を理解して飾られていたことでしょうから。と言っても私はそちらの方面は得意分野ではないので、本人に聞いてみないとわからないのですが、本作では文学的な、あるいは抽象的な意味や、形而上学的な思索みたいなものは、それほど複雑に取り入れられてないのではないかと思います。取り入れても現代人にほぼ理解されないので、そこを複雑化するのは危険ともいえるかもしれません。誰にでもわかるような文学的表現なら美術史家などの層も開拓するとなると、こっそりそういうの入れておくのもいいかなという気はします。各地の大学に美術史専攻というのはそれなりの数あるので、一定の数の卒業生は知識を持って卒業しているはずなのですが。この辺はいずれ話題にしてみたいと思います。 |
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