フジミ模型 1/150 慈照寺銀閣寺 制作記2
フジミ模型の銀閣寺、製作開始しました。

さて、前回も述べた通り、キットの屋根には縦線のモールドがありますが、こけら葺きの場合は横線になるかと思われましたので、耐水ペーパーで削り落としました。
銀閣寺
これに改めて横線を彫り込むという手もあるのですが、かなりの手間になるので断念し、経年劣化してこけら葺きの線が見えなくなった状態を再現するという方向でいくことにしました。その方がらしく見えるかと思います。
やや形が不鮮明になったような状態を表現するため、まずは、タミヤの情景テクスチャーペイントの路面ライトグレイを塗ります。
銀閣寺
刷毛で何回か繰り返し塗布しました。このテクスチャは経年檜皮葺の屋根でも使用しましたが、数十年ほど経ったものは、遠目にはこけら葺きと檜皮葺は、似たような感じに見える、あるいはなんとなく似ているけれども、こけら葺きは檜皮葺ほどは乱れない、檜皮葺は古くなると草やら苔までも生えてくる、というような印象なのですが、しかし私の伝統建築屋根観察は最近はじめたばかりなので、まだまだ勉強不足であります。
今はそれはともかく、このテクスチャの上に色を塗ろうと思いまして、画像検索して銀閣の屋根の写真をたくさん見たのですが、天候や時間帯等の条件によって色がかなり変化し、何色を塗ったらよいか結論はでませんでした。葺替えからの年数でも変わってくるかと思います。黒く見えることもあるし、灰色でもあるし、赤っぽいときもあるし、時には銀色に輝いて見える写真もありました。というわけで、それらの色をちょっとずつ缶スプレーで吹いてみることにしました。
銀閣寺
これは我ながら微妙な出来映えであり不満もあるのですが、この後の壁などとの組み合わせで印象が変わってくるであろうから、あまり考え過ぎずに次にゆきましょう。

次に壁のパーツにかかりますが、スケールが小さいこともあって、木と漆喰、障子等が分かれていないので、自分で塗り分けないといけないようです。そこでまずは全体をつや消しの白でスプレー、ちょっとだけ灰色もスプレーして落ち着いた彩度に調整しました。
銀閣寺

それから白部分にタミヤのマスキングテープを貼ります。白部分は説明書の塗装解説に指示されてあります。
銀閣寺
地味に大変な作業ですが、タミヤのマスキングテープが扱いやすくて、ついつい夢中でやってしまうようなところがあります。

マスキングが済んだら、全体にウッドブラウンをスプレー。
銀閣寺
一般に銀閣寺からイメージされる色よりも、明るめに塗装しました。これも写真を見ると、日照条件などで、色がころころ変化しているので、なんとも言えません。模型のパッケージの写真だと、ほぼ黒という印象ですが、光量が多いときには、だいぶ木の質感がしてきているように見えるので。というわけで、明るめの木の色調で塗装した上に、ウェザリングで暗い色を表現していくことにします。

まずは全体にMr.ウェザリングカラーの「マルチブラウン」を塗布します。
銀閣寺
さらに二階の壁は同じくMr.ウェザリングカラーの「マルチブラック」で塗り重ねます。銀閣寺の二階は黒漆塗りだった可能性があり、その話をすると非常に長くなりますが、たいへん有力な説だと思われます。現在の状況を模型レベルの視点で観察するのは難しいですが、ちょっと黒いようにも見えます。ちなみに軒下部分の構造物には豊かな彩色もあった痕跡も見られるようです。

ウェザリングを綿棒で丁寧に拭き取ってから、マスキングテープを剥がしてみました。
銀閣寺
うまく言っているのかどうか、緊張する場面ですが、あんまり上手くいってるようでもありませんが、まぁ、こんなものでしょう。
銀閣寺

どうも、この調子だと年内の完成は無理そうです。

| 史跡・古墳・名所等 | 10:06 PM | comments (0) | trackback (0) |
フジミ模型 1/150 慈照寺銀閣寺 制作記1
再販されたようなので、さっそく購入してみました。ドナルド・キーンの足利義政を読んでから、自分の中ではなかなか重要な日本建築のひとつとなっておるわけですが、実は銀閣は2、3度訪れたはずなのですが、いずれも何もわからずに見ていただけだったのだけれども、今なら銀閣だけでも2時間ぐらい語ってしまえるような気がします。いずれまた行ってみたいと思うのですが、しゃべりすぎるといけないので、次は一人で行くべきですな。

さて、到着したキットですが、税込定価1760円のプラモデルだったのですが、けっこうミニサイズでした。
フジミ模型 慈照寺銀閣寺

パーツ構成は以下のようになっております。
フジミ模型 慈照寺銀閣寺

古い金型なのか、バリが凄いので、ランナーについているうちに目立ったバリはナイフで処理しておきましょう。
フジミ模型 慈照寺銀閣寺
パーツ数は少ないのですが、少ないだけに、色の塗り分けは大変そうです。障子や漆喰等の白パーツは分離していないので、自前で塗り分けが必要です。しかし、自分で塗り分けるということは、実際の建物をよく観察することにも繋がるということで楽しみであります。

屋根はこんなふうです。
フジミ模型 慈照寺銀閣寺
銀閣寺の1階の屋根は東西と南北で勾配が異なるという特徴があるのですが、しっかりと再現されております。また二階の縁の幅も東西と南北で違うのですが、それもしっかり再現されております。素晴らしい。しかし、屋根の凸モールドが縦方向の筋になっておりますが、銀閣の屋根はこけら葺きなので、実際には横方向になるかと思います。これはヤスリで削り落とし、経年のコケラ葺きます。ちなみに、創建当初は二階の壁は黒漆であり、一部鮮やかな彩色があった可能性がありますが、そのあたりについて読みつつも、ひとまずは現状の再現を目指して塗装したいと考えております。

基礎の部分といいますか、ベースのパーツはこのようになっています。
フジミ模型 慈照寺銀閣寺
よく見ると池に相当する部分も含まれているようです。池の縁には現在も石が並べられているので、粘土か何かでそれも再現したいところです。

今回の模型作りにおいて、精神面ではドナルド・キーン、技術面では『日本名建築写真選集』をベースとしてやっていこうと思っておりますが、随時図書など探しながら調べていこうと思います。

| 史跡・古墳・名所等 | 11:34 PM | comments (0) | trackback (0) |
久々に本棚を作る
模型を部屋に置くために、図書の類を物置に移そうかと思っているのですけれども、その為の本棚を組み立ててみました。

1830×140×19mmのSPF材833円を5本使用。この時点で4165円。完成サイズは高さ1849×幅610mmとなりそうです。
本棚
なんとなく釘に頼るのが好きじゃなくて、どうしてもホゾを作ってしまって、そのせいで手間がかかっておりますが、できるだけ手早く木材をカットしていきました。

仮り組みしてみたところです。
本棚
しかし、裏板用のベニヤが必要であったなぁと気がついて、本日のところはここまでで終了ということにしました。あと耐水性のニスを塗りたいので、結局いろいろ含めて8千円くらいの材料費になりそうです。安い本棚を買ったらこのサイズで1万円弱くらいかと思うと、この手間を考えると、自分で作る意味はなさそうですが、化粧ベニヤの棚は何年か経つと急激にみすぼらしくなるのですが、手作りしてニスを塗ったものは、けっこう年数が経っても、それなりにカッコいいのです。

なお、物置は湿気がひどくて、とにかくすぐに黴びたりして本や書類を保存しておけるような環境ではないのですが、床下にホームセンターで買ったコンクリートを流し込んでベタ基礎にしたので、なかり改善しているであろうと思われます。
本棚

それから大判の本も一部移したいと思って、ちょっとした棚を組んでみました。
本棚
使用したのは1820×200×13mmの桐材を1本、1097円。
本棚
これはあんまり意味なかったかもしれない。2000円くらいのカラーボックスを買ってきた方がいいのかも。しかし、実はこれと同じようなものを何度も作っていて、職場の教卓の上に置いてあるのですが、美術書を並べておくのに便利であります。

| 日曜大工 | 10:04 PM | comments (0) | trackback (0) |
『日本名建築写真選集(第14巻)伊勢神宮・出雲大社』読了
フジミ模型の出雲大社1/100を買おうかなと思いつつ、注文ボタンを押さずに過ぎておりますが、さすがの出雲大社だけあって、なかなかの大きさらしく価格も¥8,800(税込)となっており、実売価格は6千円前後だけれども、それでもプラモデルとしてはなかなかのお値段であります。まぁ、買うと思いますが、前に買った諏訪大社もまだ作っておらなんで、あまり先走りして買ってもなぁというところではあります。先に下調べだけしておこうと思って、『日本名建築写真選集(第14巻)伊勢神宮・出雲大社』1993を読了。前半は写真集、後半は梅原猛の歴史的な、あるいは文学的な解説、そして稲垣栄三による具体的解説となっているのですが、大変勉強になりました。限られた紙数ながら、基礎的な知識を得たように思いましたが、むしろ自分の知識の乏しさを痛感したとも言えます。まぁ、これ読んでるとむしろ伊勢神宮が気になりますが、伊勢神宮のプラモデルはないみたいですね。ウッディジョー「1/150 神明造り 神社」は近いかもしれませんが、まだウッディジョーに手を出す勇気はないです。やはりフジミの出雲大社を買わねばなりません。このブログの記事を投稿したら、ポチっと注文ボタンを押しにいかねばなりません。なお、1/50銀閣寺は既に購入したのですが、あまりの小ささに驚きました。税込1760円なのですが、ガンダム旧キットだったら300円くらいの箱に入っておりましたよ。ガンダム市場と比べても仕方ないのですが。でも、小さいながらも先日調べた銀閣の特徴はけっこう忠実に再現されており、教材としては立派なものであると思われます。

さて、最近はできるだけ図書のような資料は買わずに、図書館などで読んで済ませた方がいいのではないかな、というふうに考えを変えております。できるだけ、一回読んだときに記憶するように訓練せねば、膨大な量の資料に埋もれるだけで、時間と物理的空間だけ無くなっていくようで。模型制作の場合は具体的に色とか形状を操作していくので、けっこう印象に残って、学習方法としてやはりよろしいかなと思います。しかし、作った模型を置く場所が必要という、物理的空間の占め方がそろそろ問題になってきておりまして、とりあえず部屋の本をどけて、本棚に置いておこうかなと考えております。図書の方は外の物置に移してしまおうと思って、現在、その為の適当な本棚を組み立てようとしているところです。180センチくらいの高さの本棚作って、物置に入れておこうかと思いまして。物置に入れて湿気って黴生えたりする可能性もありますが、べつにそんな念入りに保存するほどのものでもないし、最低限読める状態であればもういいです。というわけで、安いパイン材を買ってきて切り始めたわけですが、ぱぱっと適当に作ろうと思っていたものの、最近大工作業から遠ざかっていたので、勘が戻らない。

| 書籍・雑誌・漫画・アニメ | 10:47 PM | comments (0) | trackback (0) |
図書館にて金閣寺について読んでくる
金閣寺のプラモデルはやはり売れ筋なのか、数種類販売されていますが、私が購入したのはフジミ模型の1/100金閣寺。これまでけっこう建築プラモデルを買いましたが、このモデルは箱を開けた瞬間に出色の出来映えであるな、と感じました。実際作ってみたらどうだかわかりませんが、見た感じ、もうランナーについたまま飾ってもいいくらいであります。
金閣は日本美術史上なかなか興味深い建築物なので、この機会にそこそこ勉強しておこうと思って県図書館に行きました。金閣の図書はさすがに豊富ですな。短期間で全て目を通すのは無理であろうというくらいありましたが、おそらく模型制作で最も参考にされているのは『日本名建築写真選集 (第11巻) 金閣寺・銀閣寺』新潮社(1992)ではなかろうかと思います。写真の美しさもさることながら、宮上茂隆氏の解説がコンパクトながらも構造や外観等の歴史的経緯をまとめており、創建当初の想定にも説得力があります。他には『日本の庭園美(2)鹿苑寺金閣 義満の神仙浄土』集英社,1989も通読しました。より文章量の多い本としては、藤田和敏(著)『近代化する金閣:日本仏教教団史講義』が気になりましたが、購入しようかどうか迷っているところです。ネット上で閲覧できる論文も探してみましたが、湯谷祐三「金閣寺は、金閣寺として建てられた:「日本国王源道義」こと足利義満と五台山の仏教説話」というものが、とても面白かったです。金閣について語るならば、これは読んでおくべきでしょう。

多少なりとも文献に目を通し、最終的に『日本名建築写真選集 (第11巻) 金閣寺・銀閣寺』の論を参考に創建当時の様子を再現すると、以下の方が作られたジオラマに近い形に行き着くかと思われます。
https://twitter.com/joukakumokei/status/1084712505799131136
天鏡閣からの空中通路、三層が現在のように下層の中心にない構造、二層に金箔は貼られておらず、黒漆塗りであり、三層それぞれが違う様式になっているという重要な特徴、下層が住宅様、二層が和様、三層が唐様というのが視覚的にわかりやすくなっていますし、先の「金閣寺は、金閣寺として建てられた」の論にあるように、二層目の渡り通路の重要性も考えると素晴らしいジオラマといえるでしょう。

さて、私はどのように塗装したものか。三層の位置など、構造自体を改造する技術はまだ私にはないので、ただ論文等を読みつつ、色分けして自分の勉強にするというくらいのものであるけれども、三層構造の意図をわかりやすく見せるような教材として活用できるような感じでもいいような。三層はすべて金、二層は黒、三層はブラウンで完全に色分けしてしまうというのもありかもしれません。いっそのことグレーサーフェイサーで単色塗りにしてしまうと、色に惑わされずに特徴を視認できるというのもあるかもしれません。

さて、金閣寺の他には、岐阜城を組み立てたいかと思って、そちらの資料も図書館で探したのですが、いいものは見つからず。岐阜市歴史博物館で開催された特別展「信長 岐阜城とその時代」というものを借りてきましたが、肝心の岐阜城の資料はほとんど掲載されておりませんでした。岐阜城は実は戦国時代の城の中では、最も重要な城だったのではなかろうか。安土城よりも長く信長の本拠地であったことでもあるし。安土城のキットも買ってあるのですが、こちらはもしかしたら天守の金色は金閣寺の三層の影響もあるかもしれない。しかしよく当時文書にある各層が違う色だったというのはどういう意味か。瓦の色が違うのか。というわけで、銅瓦が使われ始めた時代とかいろいろ整合性を調べたりして無駄な知識を付けておるところです。

| 史跡・古墳・名所等 | 09:16 PM | comments (0) | trackback (0) |

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